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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~終末ノ足音~
207/234

#207_和解、そして別れ


 東京シェルターがデーモンにより破壊された二日後には、全ての兵器を打ち尽くした北米・欧州・アジア・アフリカ大陸に存在する全てのシェルターも潰滅した。

 潜水艦や空母、客船などで海に逃れていた者たちも、海に落下したデーモンにより存在を探知され、余さず船もろとも海底に没した。

 そうして、地球上から全人類は駆逐された。

 大地にはデーモンの落下によるクレーターが無数に穿たれ、暴風でもびくともしない大木も根元から圧し折られ、海に落下した億単位のデーモンにより海面は上昇し、陸地は見る見るうちに面積を減らしていった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 マリーレイアたちが避難した翌日。

 この避難施設をザグランドシェルターと呼称するようになると、各大陸にあるシェルターも同様に大陸名+シェルターと呼び名を決めた。

 各シェルターとの通信は通信室と呼ばれる厳重に警備された場所でのみ可能で、聖石から蓄えたエネルギーを利用した技術で開発された水晶玉のような装置によって行う。

 こういった通信網は地球の技術を模倣した。

 ただ、地球の技術に及ばない点があり、送受信できるのが音声と文字だけで映像は扱えない。

 それでも全てのシェルターと同時に接続できるので、余程の事が無ければ不自由はしないだろう。


 通信室でマリーレイアが他の大陸の指導者たちと情報交換をしていた。



「……そうですか。大体どこも似たり寄ったりですね」


「前みたいに交易なんて出来やしないんだから、それぞれでやりくりするしかないってことさね」


「それでも一人で考えられる事には限界がある。自分たちの事が最優先というのは当たり前だが、余裕があれば他のシェルターの問題点にも気を回してもいいだろう。

 それがもしかしたら思いも寄らない功を呼び寄せるかもしれない」


「ええ。シェルターに関しては基本的な構造は一緒ですから、対処が難しい不具合などは相談していきましょう。

 それと人々の生活、精神面でのケアも私たち共通の課題です。それについても定期的に話し合っていく必要があります。これからも変わらず協力していきましょう」



 通信水晶の調子と現状確認を終えて解散の雰囲気になった所で、クナムス大陸の指導者が待ったをかけた。



「一つ良いか?」








「まさか、お前がそんな事をしていたとはな……」



 ザグランドシェルターの通信室では、リディン、シャルフ、ハインの聖騎士三名が唖然とした顔で通信水晶に話しかけていた。

 通信水晶から声が返る。



「本当は会うつもりはなかった。あの時、自分の命と部下の命惜しさに逃げ出した。だけど弁明するつもりもなければ……謝るつもりもない。

 今更蒸し返そうとは思わないけど、俺の正しいと思った事とお前らの正しいと思った事がそれぞれ違ったってだけの話だ。

 つまるところ、俺は聖騎士なんて器じゃなかったってことだな」



 通信水晶越しにナナリウスの声がする。

 彼はクナムスシェルターにいて、おそらくもう二度とかつての仲間と顔を合わせることできない。

 それを思ったクナムス大陸の指導者は、特例として聖騎士団を引き合わせようとマリーレイアに提言。

 多少の紆余曲折はあったが、こうして実現した。



「……結果論だが、アルス村でのお前の言葉をもっと真剣に受け止めていれば、多大な犠牲を出すこともなかったとあの直後に痛感した。

 思い返せば、地球の戦力の強大さを示すものはいくつも明示されていたな。極短時間で作られた無数の落とし穴、森の中のトラップ、アルス村での戦闘。

 それらの前には必ず警告があった」


「リディンもカイラスもあの時はそれほど気にしてなかったが、あの警告は強く見せるためのはったりなんかじゃなく、絶対的優位にいる者の情けだったと、手遅れになってからやっと気が付いた。

 ……あの時は逃げ出したお前を恨んだりもした。お前も戦っていれば戦況を覆せる何かが起こったかもしれない、カイラスが死ぬことも無かったかもしれないってね。そんな都合の良い事は無いのにな。

 そう気付いたのは、ある程度時間が経って気持ちが落ち着いてからだったよ」



 結果的に袂を分かってしまって、その当時はまだ全員が二十代。

 聖騎士とはいえ色々と経験が浅かった彼らは、まだ感情を上手くコントロールできるような時期ではなかった。

 あれから十八年経てば、わだかまりを上手に解しながら落ち着いて話し合えるくらいには成長する。



「……言い出した俺が言うのもおかしいだろうが、もうやめようぜ、こんなしみったれた話。お互いに若かった、それで充分じゃねえか?」



 リディンは軽く笑った。



「そういう所は変わらないな」


「お前だって堅苦しい物言い、全然変わらねぇじゃねえか」



 互いに声を出して笑った。

 それでもう全てを許し、許された。



「こうして魔物の大進攻に備えてくれたナナリウスには頭が上がらない。感謝してもしきれないな」


「結構危ない橋渡ったりもしたけど、俺だけじゃここまで出来なかった。狩人ってヤツら知ってるだろ?あいつらの手を借りろ、っていう教皇の指示がなきゃ無理だったな」


「あの悪名高い狩人を?」



 ウィルハルドを勧誘・説得・納得させてからの経緯を軽く話すと、リディンとシャルフは驚愕に目を見開く。

 ハインは相変わらずの無表情。

 驚いていた二人だが、得心がいって頷いた。



「言われてみれば、確かに随分前から狩人の噂は聞かなくなってたけど、そういう事だったのか」


「裏世界の人間も駆り出さなければならないほどに切羽詰まっていたか」


「……俺もよ、あいつらは金さえもらえれば笑って人を殺せるような危ないやつらだと思ったんだけどよ」


「……というと?」



 出会いからシェルター建造に着手するまでの数年で知った、狩人と呼ばれたエストレア共和国の被差別種族についてナナリウスは話した。

 リディンたちもいくら他国の人間だったとはいえ、諸外国についても全くの無知ではない。

 エストレア共和国が多種族国家であること、国家の主権を争って二大派閥が衝突していたこと、貧富の差が他国と比較して突出していたことは知識としてあった。

 が、一種族を最底辺に置いて差別・迫害した歴史は二大派閥にとって外聞が悪いためひた隠しにされ続け、そんな歴史があることを今の今まで知らなかった。

 この事実は聖マリアス国だけでなく他大陸の諸国はじめ、隣国のアレイクシオンですら気付けぬほどだったので仕方がない事だった。

 話が進むにつれ、リディンとシャルフの表情が険しくなった。



「情勢が不安定なだけでなく、モラルも歪んでいた……。いや、これは我々の国も同じだったか」


「何の疑問も抱かないまま、マリアス教に属さない国の兵士たちを元教皇の命令で殺してきたからね……。いまさら正義を掲げるのは虫が良すぎだな」



 そこで初めてハインが口を開く。



「もはや感傷に浸っても無意味。冥府への旅路を覚悟して、贖罪の意志を持って死ぬまで人に尽くすまで」


「ハイン、お前……いつの間にそんな饒舌になったんだ?」


「茶化してやるな。あの時に辻本に……元大司教が人質にした女性の兄だが、その者に救いを求めに行ってから少し変わってな。

 何があったのか聞いても教えてくれないんだ」



 二人はハインへ目を向けると、既にハインはそっぽを向いていて聞こえぬふりをしていた。

 そんな様子に二人はニヤけた。その光景がナナリウスにも伝わったようで、あれから長くない歳月が経ったのだと思わせられた。

 このような心地よい時間をいつまでも過ごしていたいが、そういうわけにもいかない。

 ナナリウスは、さて、と言って話を戻した。



「狩人の頭目のウィルハルド。そっちにいるはずだ。あいつにも親しい人間がいたんだけど、そいつは別のシェルターを任せられて離れ離れになっちまってな。

 あいつも俺たちと同じ消せない罪を背負ってる。そのよしみ、っていうのも変だけどよ、俺たちがこうしてまた話せたように取り計らってもらおうと思ってんだけど」


「そうだね……、協力はしてやりたいな。どう思う、リディン」


「ナナリウスと話せたのは、今回のナナリウスの功績がそうさせたのだろう。でなければ、たかが兵士に重要施設を使用させたりはすまい。

 であれば、同じ功労人の二人がそれを許されないとは思えん」


「よし、決まりだな。よろしく頼むぜ」


「任せておけ。……達者でな」



 リディンの今生の別れの言葉に、ナナリウスは息を呑んだ。

 様々な感情が溢れ、反応が遅れた。



「……ま、聖石のエネルギーだって無限じゃねえし、ただの雑談のために使ってられるわけねえ。これが最後になるかもな」


「そんな気はしてたよ……。もうお前と話せないっていうのは寂しいけど、わだかまりを抱えたまま終われずに済んだ。それだけでも重畳だった」


「俺もだよ。もやっとしたままってのは死んでも死にきれねえ。上の連中に感謝だな。おいハイン、無口だが実は仲間想いなお前とも知り会えて、心から良かったと思ってるぜ」


「……同感だ。冥府で会おう」


「もし、私たちよりも先にナナリウス、お前が先立ったなら冥府の案内は頼んだ」


「おうよ。逆だったら俺をエスコートしてくれよ?」


「ああ、カイラスと共に待っている」



 これが最後。

 次の言葉が最後。

 万感の想いを込めて、皆が同じ言葉を紡いだ。



「「じゃあな」」



 通信水晶の光は風船の空気が抜けるように急速に窄み、発光を止めて稼働停止した。

 薄暗い室内で三人は、束の間だが声を忘れて足が石になったかのようにその場から動けなかった。

 そんな中で、感傷を振り切るように最初に声を出したのは、やはりリディンだった。



「……ナナリウスとの最後の作戦を開始する。ウィルハルドという者と彼の懇意にしている者を今一度、引き合わせる。絶対に成し遂げるぞ」


「ああ」



 ハインも強く頷き、三人は確かな足取りで通信室から出て行った。






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