#201_かつての暗殺者との邂逅
アレイクシオン城のゲストルーム。
この場にいるのは、あの下水道で鉢合わせた三人だけ。
第三者にセレスティア暗殺未遂事件が知られても浩介たち側に不都合はないのだが、余計な横やりで話がおかしな方向へ進むのを避けるため、セレスティアは余人を席から外させた。
警護は部屋の外にアリスのみを置いた。
「まずは手紙を確認してもらいたい」
「……いいでしょう。浩介」
「ああ」
名を呼んだだけでセレスティアが何を望んでいるのか、凡その見当は付く程度には長い付き合いだ。
警戒を維持しつつ、話を聞きだして欲しいのだと理解した。
「それで、セレスティアの命を狙っていたあんたが、また俺たちの前に姿を見せるなんてどういう事だ?一歩間違えれば罪人として投獄されるっていうのに」
「話せば長くなるが?」
「三行で」
「無茶言うな」
男性はふっと軽く笑って口角を上げると、僅かにだが緊張した空気が弛緩した。
今のやり取りで目の前の男に害意はないと判断し、警戒度を下げて会話を続けた。
「まずは、どうしてあの時セレスティアを狙ったんだ?狩人という組織が絡んでいると聞いたが本当か?」
「本当だ。俺は狩人と呼ばれていた組織の頭、ウィルハルド。十八年前のあの日、俺は数名の仲間と共に王女暗殺の依頼を受けて王都へ忍び込み、下水道であんたたちと出くわした」
予想した通りだった。
セレスティアは手紙に落とした顔を上げずに目だけをウィルハルドに向けたが、何も言わずに視線を手紙に戻した。
十八年越しに再び相まみえた、かつての狩る者と狩られる者。
姿を見せたのがあの日の直後であれば躊躇いなく捕縛したが、地球に現れた黒雲がいつこの世界にも現れないとも限らない今、たかが一人の過去の罪に構っていられるほどの余裕はない。
もし、この場に一般兵や従者らがいたなら、大騒ぎとなって本題を聞き出すまで時間がかかっただろう。
ウィルハルドは続ける。
「長年エストレアで差別を受けていた俺たちの種族は、持ち前の身体能力と受け継がれてきた技術を武器に暗殺や情報収集を生業とすることで、どうにか反体制派の権力者たちから身分は保証された。
それでも迫害はなくならず、俺たちは水面下で武装蜂起の準備をしていたその時に……どちらが先だったかはもう昔の事で忘れたが、この国の貴族連中と聖マリアス国の人間から、あんたの暗殺依頼があった」
「バルガントとジェイクか……」
「確かそんな名前だったような気もするが……。何せ、アレイクシオン側は複数人から同じ依頼があったからな。いちいち名前なんか覚えていない」
ヒュドラ襲撃後、そして聖マリアス国との戦争の後の調査でそれは判明していたが、報告で受けるのと当事者の口から直接聞くのとではやはりショックの度合いは違う。
セレスティアは手紙に視線を落としたまま、ポーカーフェイスでその内心は隠されている。
仮に傷ついた顔を見せていても、セレスティアは構わず話を続けろと言うだろう。
浩介は想像上のセレスティアの言葉に従う。
「だけど、命の危険を察知したセレスティアはすでに王城を抜け出していた」
「血眼になってやっと見つけたと思ったら、そこであんたの邪魔が入った」
「勝手な妄想だけど、暗殺失敗したら命はないとかそういうのはないのか?」
「貴重な人材をたった一度の失敗で殺すのは現実的じゃないな。仕事が失敗したなら、情報が流出した先を一刻も早く消した方が理に適っている。それ以前に、仲間を手にかけるなど考えたくもない。
が、裏切りはその限りじゃない」
なるほど、アニメや漫画の見過ぎだな、と苦笑して余談を挟んだことを詫びると本題へ戻る。
「それで?」
「ヒュドラが現れた後、依頼主の聖マリアス国の顔役も貴族連中も監視の目が強化されて連絡が取れなくなった。それで依頼が宙に浮いてな。しばらくして連絡が来たと思ったら、今度は別の仕事の依頼だった」
「……葉月の、地球側の人間の誘拐か」
葉月は怪我一つなく取り返し、あれから十何年と時間は経っていた。
だが、浩介は未だ完全に怒りを消せてはいなかったようだ。
声に僅かな怒気が含まれて、ウィルハルドは浩介の目を見て言葉を返す。
「ああ。確か、名前は辻本……あんたの家族だったか。だが、こっちも種族の命運が懸かってたんだ。悪いが謝罪するつもりはない」
殺さなければ種族全体が国でどんな目に遭わされるか。
葉月も被害者だが、加害者であるはずのウィルハルドたちもまた被害者でもあった。
これでは責めるに責められない。
複雑な感情を抱くことになってしまった。
心にかかる靄を振り切ろうと、ウィルハルドに話を続けろと促す。
「この国の戦争が中断された後、誘拐を依頼して来たこの国の元貴族と会った。奴は俺たち反体制派を支持していた数少ない金持ちで、奴の依頼を受けたのも今後を有利にするためと言われたからだったが……。
今後の方針を話し合おうと顔を合わせた時の奴は、俺たちの良く知る、人を捨てる時の顔をしていた。本人にはその自覚はなかっただろうがな。
それからは仲間の助言で奴が裏切る事を前提にして行動した。新たな伝手を作るために動いた時、聖マリアス国聖騎士・ナナリウスに会った」
「ナナリウス?初めて聞く名前だけど……聖騎士は死んだ者含めて四人じゃなかったのか?」
戦線を離脱していつまで経っても戻ってこないナナリウスの名前は、公の場に出る事が無かった。
いない人間の名前を出す必要性がないと聖騎士たちは判断していたからだ。
故に、浩介は知らなかった。
「そうか、地球から来たあんたは知らないか。ナナリウスはあの戦争の最中に部下を連れて戦線を離脱したから、あんたらと顔を合わせることはなかったか」
リディンたちは恐らく、話してもただ混乱させるだけだと思って報告しなかったのだろう。
それが時を経るにつれ、今まで話が出なかったのは最早話すまでもないというところまで落ちついててしまったからなのかもしれない。
そして、手紙を読み終えたセレスティアが便箋を浩介に渡して読むように促し、会話に加わった。
「その後、貴方は聖騎士ナナリウスからシスターと呼ばれる存在に引き合わされた、ですね」
「その通りだが……。なるほど、その手紙は女王が俺を信用に足る人物かどうか判断させるための材料だったというわけか。それで、まだ話が必要か?」
おどけたように肩を竦めて窺うと、セレスティアは首を振って充分だと言った。
続けてウィルハルドは、過去の罪を今問うか?とも聞いたが、まさか、と返すセレスティア。
「本音を言えば、今も貴方が怖い。ですが、あの二人のお墨付きとなればそうは言っていられません」
「……さすが国を担っているだけのことはある。あんたの暗殺を依頼した貴族やエストレアのクソ共とは器が違うな」
浩介は手紙に目を通した。
そこには要約すると、このような事が書かれてあった
エストレア共和国内における彼らの種族が抱えている問題、そしてセレスティア暗殺と葉月誘拐の経緯。
その次に、シスターを差し向けてナナリウスとウィルハルドたちに行わせた世界各地での聖石強奪。
奪った聖石を動力に用いた超大型の避難施設の建設。
中でも、サンドラが聖石強奪の主犯だったという告白には開いた口が塞がらなかった。
久遠にも浩介にもひた隠しにしていたのは、万が一にもヒトガタに気取られてしまうのを防ぐためと記述されていた。
締めには、マリーレイアの未来視ではここまでしか視えなかった、と。
想像もしていなかった事実が列挙されていた。
「……シスターがいないと思ったら、そんな事をしてたのか」
驚愕で重くなった口を動かす。
念話でサンドラを問い詰めるかとも過ったが、彼女の打った一手は非常に心強いものだったのでやめておく。
セレスティアが避難施設の詳細を聞き、ウィルハルドは答えていく。
どうやらまだ完成しているわけではないようだ。
だが、彼は言った。
時間がない、と。
「そのような状態でも使わざるを得ないというのですね」
「ああ。他の場所も似たようなもんだ。だが、少しでも生き延びられる可能性があるなら選ばない手はないだろう?」
「ええ。迷っているわけではありませんが……。そうですね、敵は私たちの準備を待ってはくれません。
それで、その施設にはどのくらいの人間が避難できるのですか?限りがあるなら民を優先しなくてはなりません」
「どのくらい?何を言ってるんだ?」
ウィルハルドは不思議そうに首を傾げてから、不敵な笑みを向けて言った。
「無論、この大陸に生きる者すべてだが?」