#20_運命の分岐点
浩介と救世主の猫はシャワーを浴びた後、控室でドリンクの交換券を貰い、早速隣の出店で引き換える。
その場で全部飲み干した浩介だったが、救世主の猫は半分ほど残してバッグに仕舞った。
それから猫又、のど飴と合流する為に階下へ向かう。
1階へ降りた二人に横から声をかける者が。
「二人ともおかえりー」
「おつかれさま~」
「あ、お疲れぇ」
「た、ただいま、です」
シャワーを浴びてさっぱりした姿の浩介と救世主の猫を迎えた二人は、口々に感想を本人たちにぶつけた。
「ちょっとハイネガーさん、体力なさすぎ!」
「恥ずかしくて目を覆いたくなる程だったよ」
「っるさいですわよ!やれば分かるけど見た目以上にしんどいんだからな!」
「私も最後まで立ってられるか、途中から不安になりましたよ……」
「猫さんがそういうなら仕方ねぇや。でも、コピー3体釣ったのはすげぇと思ったわ」
「ね!見ててちょっとテンション上がったよね。まんまゲームでするような事だったし」
面映ゆく短く言葉を返す。
それがおかしかったのか、猫又とのど飴の頬が緩む。
「な、なんでそんなにニヤニヤしてるんだ!ほ、ほら、猫さんも褒めてあげてよ!」
「もー、仕方ないのぉ。にやにや」
「存外、恥ずかしがり屋だったんだねー」
「ふふっ」
救世主の猫も、その光景を見て上品に笑う。
これからの大きな予定は、十八時半から行われるバリスタプロジェクトのライブ。
その時を待ち焦がれながら、再び思い思いの場所を訪れたのだった。
時は浩介たちの試遊開始直後まで遡る。
イベント会場・3階。
「アークセイバーズ・カタストロフ通信制御室」と張り紙された中会議室の入口には、警備員に扮したSPが周囲に目を光らせていた。
室内には十数台のパソコンとサーバー、それらとケーブルで繋がっているアクリルで出来た透明の箱。
その中は特殊な液体で満たされていて、色違いの八個の宝石が浮いていた。
室内のサーバーのケーブルの一本は室外へ伸び、試遊会場と繋がっていた。何の意図か、ケーブルは人目を避けるように、場所によってはカモフラージュされていた。
室内でパソコンの前に座っていたスーツ姿のスタッフが声を上げた。
「テスター38番に感あり」
「ふむ、これで三人か……」
「総理、こちらがテスターの詳細です」
パソコンのスタッフとは別の人間が、横から資料を渡す。
それに目を通した総理と呼ばれた五十代半ばの男性は、軽く眉を顰めた。
「計測期間が少々心もとないが、先の二人より適正値は高いな」
「ですが、この調子では……」
総理は、祈るような目でアクリルの中の宝石を見つめた。
「万端には程遠い」
ハードディスクの回る音、ファンの回る音が室内に響く。
その場の全員が、次のテストに意識を向けて間もなく、一人のスタッフの困惑を隠しきれない様子で報告する。
「感ありっ!ですが、これはどういう……いやバグでしょうか?とにかく確認をお願いします!」
総理と資料を渡した男が傍へ寄り、モニターを覗く。いくつかのグラフと数値が映し出されていて、絶え間なく変動していた。
男はグラフを見ると、その目が驚愕の色に染まった。
「こんなことが……ありえるのか?他の数値に異常はないからバグではないみたいだが……これでは、まるで」
「まるで、何だ?」
「……いえ、私の思い過ごしでしょう。君、この適正値を叩きだしたテスターは誰だ?」
「43番です」
手に持った資料から該当のページを探し出し、総理と一緒に確認する。
「43番……これだ。彼です。実際の様子をご覧になりますか?」
「ああ、出してくれ」
43番を観測しているパソコンはそのままにして別のパソコンへ移動し、スタッフに画面を切り替えさせた。
試遊の模様が映し出される。
「彼か?」
「ええ、テスターの中では一番年齢が高いです。運動能力は……あまり鍛えられていない様子ですね」
「まあそれは問題ないだろう。重要なのは相性だ」
「そうですね……あ、これではもうすぐ退場になりますね」
総理は言葉を返さず、画面を凝視している。
男の言う通り、43番のテストはもう終わる直前だった。
「しかし、なんだか頼りないような気もしますが……」
そう呟いた時、アクリルの中にあった一つの宝石がひと際輝いた。
「な、なんだっ?!」
総理と室内にいたスタッフ全員が、何事かと宝石に振り向く。
だが、その輝きもすぐになくなり、元の様子を見せた。
「な、なんだったんだ、今のは……」
「……今の彼と、38番の彼女の連絡先は?」
「え?あ、えーっと……携帯番号があります」
「では、後のテストで反応がなければ、まずはその二人を採用する。明日にでも連絡を頼む」
「わ、わかりましたっ」
総理はアクリルの中の宝石を一瞥してから、制御室を出て行った。
そして時間は流れ、ライブがもうすぐ始まろうとしていた。
浩介たちはホールの中に入ると、人の波に流されて散り散りになった。
それから間もなく、ホールの照明がすっと暗くなり、来場者全員が黙してステージに注目する。
数分間に渡って訪れた静寂と暗闇は、突如として大型スピーカから流れる大音量の音楽とライトアップにより打ち消され、ステージ上にはまだ誰も登っていないにも関わらず、建物を揺るがさんばかりの大声援が轟いた。
直後に、ステージの袖から数人の男女が観客に大きく手を振りながら満面の笑みを湛えて、ステージに立つ。
その中の一人が、マイクを通してオーディエンスにコールする。
「みんなー!今日楽しんでるかーっ!」
大声援はひと際大きくなり、それに応える。
「それじゃあ、今日はもう残り少ないけど、俺たちのライブも目一杯楽しんでってくれよーっ!」
観客の声はさらに大きくなる。
こうして笑顔と熱狂溢れるライブが始まった。




