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#2_お祭りと龍角散

 と、昔の私は思っていただろう。今は少し違っている。

 同じ戦闘をするにしても、何となくこの世界の事が分かってきたが故に余裕が出てきた。

死人が生き返っても驚くこともなく、じゃれ合うような会話を戦闘中に聞いても不快に思う事もなくなった。


 この世界は、そういうものだ。


 それに、どうやら私の体は彼らが操っているのだとも分かった。

そんなことは創造主でも不可能だというのに、彼らはそれが出来ることが当たり前だと認識している。

 そして、私が何がどうして彼らの操り人形にされているのか、こればかりは未だに皆目見当が付いていない。


 デーモン討伐後の雑談が耳に入ってくる。



「どう?良いのドロップしたかい?」


「いや、全部ダブり。なんも落としてくれなかった」


「ねぇ、このレイブレイカーっていうのは強いの?」


「はあああっ!?おまっ、それ落ちたの!?」


「嘘っ!?」


「あ、なんかごめん」


「まじでふざけんなよおめっとさん!初デーモン戦で落ちるとか……物欲センサー仕事し過ぎだろ」


「もしやあの絶妙なタイミングのレーザーはこの前兆だった?」



 あの光景が余程鮮烈だったのか、二人の男性の声は思い出して笑う。

まるでレイブレイカーという武器の事などすっぽりと頭から抜け落ちているみたいに。



「おいしい場面は持ってくわレアドロップするわ、今日ののど飴さんやべぇな」


「おめでとさんね」


「なんか素直に喜べないんだけど」



 そうは言うものの言葉とは裏腹に、拾ったものが貴重な物だということで声色は機嫌が良さそうだ。

 しかし、いつまでもここに留まっていても仕方がないだろうということで、会話をリードしてきた男の声が場を締めくくりに入った。。



「んじゃま、ロビーに戻りますか」


「おけまる水産」


「……今の若い子ってリアルにそれ言うんだな、ビックリだわー」


「いや、ちょっと古くない?っていうか、明日早いから俺もう落ちるね」


「了解。あ、ハイネガーさんって明日の夜もインする?」


「何もなければね」


「公式スケジュールだと明日のこの時間もデーモンだし、一緒にやらない?いや、やるよ」


「拒否権どこいった。全然良いけど。のど飴さんは明日スケジュールどんな感じ?」


「レポートあるけど、真面目な大学生なので余裕です」



 まるで親指でも立ててそうだ。

どこかおかしかったのか、微かに笑われていた。



「ホントにぃ?なんかいつもいる気がするけど。んじゃ明日もこの3人と、あとは誰か捕まれば、かな。とりあえずまた明日ねー、おつかれー」


「うぃ~、おつかれさま~」


「お疲れ様~」



 空間にカタカタと何か打ち付ける音が響き、私の体が青白く光った後で意識が途切れた。





――――――――――――――――――――――――――――





 辻本浩介はヘッドセットを脱いでパソコンをシャットダウンさせ、ぐぐっと体を伸ばして大きく息を吐く。

椅子から立ち上がると部屋の照明を落とし、ベッドにダイブする。



「はぁ、笑ったぁ」



 枕の横に放置してあったスマホのアラーム予定時刻を確認し、そのまま眠りに落ちた。





 アークセイバーズ・カタストロフ。

 半年前に日本国内の大手ゲームメーカーが開発しリリースした、全世界で今一番注目されているオンラインアクションRPG。

テレビCMやネット広告、ゲーム雑誌での特集記事や攻略情報などで多くのゲーマーに知れ渡っている。


 ネット上では、数多くのユーザーがレイドバトル攻略方法や高難易度のソロ専用クエストのRTAリアルタイムアタックの動画をアップしている。

 アクティブユーザー数(同時接続人数)が1日に200万人を下回ることはなく、アップデート規模の大小の差はあれど毎週のように実施されている。

 それが、この異常とも思えるほどのユーザー数の獲得に貢献しているのは間違いないのだが、それと並ぶもう一つの大きな理由がある。


 マルチシナリオシステム。

 アップデートされる度に、プレイヤーの作ったキャラクターを主軸にした物語が次々に追加されていくのだが、そこでのプレイヤーの行動や選択肢でその後のストーリー展開が個々で大きく変わっていく。

既存のゲームにあるようないくつかシナリオが用意されているわけではない。

イベント中にキャラクターを自由に操作でき、NPCへの受け答えに要した時間も秒単位で後のシナリオに影響する。

つまり、その人のための物語が紡がれる。

 このようなシステムは他のオンラインゲームにはほとんど見られず、この目新しさが飛びぬけたユーザー数の獲得に繋がっているのは公式サイトのアンケート結果で発表された。


 世界は未だフルダイブシステムと呼ばれるような夢のゲーム機は存在していない。

それでもクリエイターの底の知れない発想力と胃を削る程の苦労と努力のおかげで、これに限らず素晴らしいゲームが世に産まれ続けている。





――――――――――――――――――――――――――――





 赤い袴に白い長着、基調は薄い水色で濃淡がグラデーションされた陣羽織、という和装の男が宮殿を彷彿とさせる巨大な施設の中に出現した。

 私である。

 直前の記憶は荒野でデーモンを倒した後。瞬間移動したような感覚だ。



「こんばんは、のど飴さん」


「ハイネガーさん、やっほーい!」


「猫又さんはまだ?」


「そうみたい。ギルメンのリストはオフになってるし」


「そっか」



 私たちがいるこの場所は、メインホールと呼ばれている。

 天井が目算で十メートル程、広さも千人は収容可能なくらい広々としている。

 ホール入口の壁沿いにはクエストカウンターと呼ばれる様々な依頼を受注・報告ができるカウンターがあり、並んで初心者を手引きするためのビギナー相談窓口、他にはギルド設立や入団希望申請の窓口がある。

 メインホールの随所には、こちらが話しかけても同じ言葉しか繰り返さない謎の人物が佇んでいたり、何かまじない的な意味があるのか常に同じ場所を往復している者もいる。

 他には、どんな意味があるのかクエストカウンターを通さずに謎な依頼をしてきたりする人物も複数存在している。

 ここは変人の巣窟か?

 ただ、そのような者たちの服装には統一感があり、黒を基調としたスーツとブレザーを融合させたような服を纏っている。

男性と女性とでは若干デザインは違っていて、更に女性はスカートの種類が豊富で、フレア、プリーツ、タイトと揃っている。

スカート丈は膝上五センチほど。別にやましい目で見ているわけではない、自然と目に入っただけだ。

 そして、ロビーにいるのは彼らだけではない。

戦士、暗殺者、武闘家、魔術師のような出で立ちをした者や、Tシャツとジーパンというラフな恰好、異国の王女のようなドレスを着た者も。ブーメランパンツとパンダもいた。

奇抜といえばいいのか、中々に個性的な恰好をした者がこのロビーには多いだろう。



「っていうか、ハイネガーさんは猫又さんとフレンドじゃないの?」


「あぁ、うん、そうだね。」


「私が二人に助けてもらった時から二人は仲良かったし、結構一緒に遊んでるんじゃない?」


「そうだね、クローズドβからだね」


「ほんとの初期からの知り合いじゃん。なのにフレンドじゃないんだ?」


「まぁ、なんというか、俺は自由気ままに遊びたいタイプなので、あんまりフレンドとかは、ね」



 尋ねられては困るような質問をされたらしく、私の体を自由に動かしているハイネガーと呼ばれた男は煮え切らない言葉を吐く。

その空気を察して、のど飴と呼ばれた女は少しだけ明るく返す。



「そうなんだ。あ、気にしないで、ちょっと気になっただけだから」


「大丈夫。こっちこそなんか気を遣わせちゃったみたいでごめんね」



 ハイネガーはその気持ちを汲むように、何事もなかったかのように雰囲気を元に戻した。

それに乗じて、のど飴は話題を変える。



「っていうか」


「ん、何?」


「なんで名前が、ナクコ・ハイネガーなの?」



 フルネームを名乗った覚えはないが、何故分かった?

というか、私の名前はナクコ・ハイネガーだったのか。

 よく見ればのど飴と呼ばれる女の頭上に、スッキリのど飴、と白抜き文字で浮かんでいる。

まさか、あれが名前だったというのか。

 ということは、私の頭上にも同じように名前が浮かんでいるのか?



「秋田出身?」


「いや、全然」


「じゃあ何でよ」



 のど飴は吹き出してしまった。

ハイネガーは名前を付けた理由を思い出すべく記憶を遡る。



「ん~……プレイ前に、なまはげの動画見たからかな」


「何でそんなの見てたの」



 ここでも、のど飴は吹き出してしまった。



「いやほらユアムーヴで、あなたにオススメの動画!とかあるじゃん。何でか分かんないけどそれに出てきて、何となくポチって」


「あ~、あれね~。何でか知らないけど、私も全然興味ないメガネザルの動画とかオススメされた事あるわ。あれ、本当に意味不明じゃない?」


「でしょ!まさにそれ」


「いや、それにしてももっと別の名前あるでしょ」



 のど飴が軽く笑いながら言う。



「そうなんだろうけど、俺、キャラに名前付けるの苦手なんだよなぁ」


「まぁ、私も苦手なんだけどね」


「のど飴さんは、何でのど飴さんなの?」


「なにその哲学」



 またも軽く吹き出した。

のど飴はハイネガーのように記憶を呼び起こすまでもないようで、すぐに答えが返ってきた。



「机の上にスッキリのど飴シークヮーサー味があったから、それ付けた」


「人の事言えなくない?」



 笑いの絶えないやり取りをしていると、突然ロビー全域の照明が赤い明滅を繰り返し、緊急事態を報せる。

 ロビー全体に緊張感を伴った女性の声が響き渡った。



「全セイバーズへ緊急通達。第1アビス5階層に大型デーモンと思われる熱源を感知。15分後に討伐作戦を開始します。作戦に参加するセイバーズはクエストカウンターで申請をお願いします。繰り返します……」



 第1アビス5階層。

そこは昨日、私達が戦った場所だ。現れたデーモンというのも、おそらく同類種だろう。

 どういう理由かは謎だが、ここ最近の討伐作戦の殆どはその階層に出現するデーモンである。今回も昨日と同じものだと考えて間違いはないだろう。



「どうする?猫又さん、まだ来てないよ?」


「ギルドチャットはどうなってる?参加者集めてる感じ?」


「ん~、特にパーティー組むとかいう話は出てないかなぁ」


「フレンドさんからお誘いは?」


「今のところ来てないよ」


「そっか」



 一瞬の沈黙。

恐らく、のど飴のフレンドを誘って少人数パーティーを組んで他のマルチパーティーと合流するか、このまま二人パーティーとしてマルチパーティーに参加するかで二人とも逡巡しているのだろう。

 ハイネガーが提案する。



「二分前まで猫又さん待って、来なかったら二人でマルチに参加しよっか」


「お~、そうだね!んじゃ、パーティー申請送るねー」


「いつもすまないねぇ」


「それは言いっこなしだよ、お父さん」


「良く知ってるね。キミ、本当に女子大生?二十くらいサバ読んでない?」


「紛れもない真実だわ!おばあちゃん子なだけだわ!」



 言い合いながらパーティー申請を承認し、のど飴の名前が白から水色に変化した。恐らく私の名前も水色に変化しているのだろう。

 のど飴は作戦参加のために、個性豊かな恰好をした者たちが群がっているクエストカウンターへ走り寄り、作戦待機部屋を確保した。

 ピロリン、という何とも言えない緊張感に欠けた音が鳴る。

 のど飴はロビー中央にある地下へ行くためのエレベーターへと乗り込み、私もその後を追った。


 直後に私の意識は一瞬だけ飛び、気が付いた時は五メートル四方を鋼材のような素材で囲まれた殺風景な部屋に立っていた。ここが待機部屋と呼ばれる部屋である。

後方にはロビーと行き来するエレベーター、前方には下へ続く階段。階段を下りた先には、作戦区域に通じる扉が構えている。


 毎度の事なのだが、この部屋を入出する際は必ず意識が飛ぶ。

その間に殺されはしないだろうか不安になり、どうにも慣れない。

私を操作している者はそんな下手は打たないだろうと思ってはいるのだが……。


 そんな事を考えている間、私とのど飴はレーションを取り出してそれを一瞬で食べきってしまう。

よく噛んで食べないと消化に悪いとは思うが、例の如く声も出せない。



「そういえばさ、このレーションってどんな味なんだろうね」


「乙女なのでイチゴ味を所望します!」


「いや乙女関係なくない?」


「乙女なので!」


「……歳の話、根に持ってる?」



 ここでも相変わらずの様子で、そうこうしていると作戦開始時間が迫っていた。

作戦開始、三分前。



「あ、猫又さん来た」


「おぉ、間に合ったか。良かった」



 それから一分と経たず、同じ部屋に猫又がドアを開けずに突然そこに現れた。

まるで瞬間移動のようだ。

 もしかして、私もそうやってここに来ているのだろうか。



「ごめんごめん、仕事が定時で終わんなくて。でも、ちょっぱやで終わらせてきた!」


「お疲れ様だ」


「ごめん、ちょっぱやって何?」


「……」


「……」


「え、何」


「知らないとか、嘘だろ……」


「もう絶望しかない……」



 二人のテンションが若干下がったまま、室内にアナウンスが流れた。



「これより第1アビス5階層に出現した大型デーモンの討伐作戦を開始します。作戦に参加するセイバーズは至急、該当区域に降下して下さい。繰り返します……」



 猫又は静かに言った。



「いこっか……」






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