#199_諦めない者たち
ヒトガタの化石の所在を尋ねた久遠の目的は何か。
「まさか、破壊するのか?」
「これしかないとなったらね。その時の為に聞いておきたいんだ」
「変わらずワシントン大学の研究室にあるはずだが、こうなっては魔物たちの行動次第でどうなっているか」
芳賀の言う通り、建物自体が破壊されていたり、魔物たちに己の一部の回収を命じさせる可能性は十分にある。
もし回収された場合、『それ』を持った魔物は何処へ向かうのか。
「今はそれだけ分かれば大丈夫かな」
「いいのか、放っておいて?」
「もし、あの化石がアイツにとって重要なら、とっくに奪われているはずだよ。まだそこにあるってことは、それほど重要じゃないか、存在自体を知らないってことだからね」
「なるほど」
「他に聞いておきたい事はあるか?」
「私は大丈夫。キミは?」
「……俺もだ」
「ならば、すぐにでもあちらへ戻り、ブラックゲートを封鎖するんだ。
辻本君、私たちを慮ってくれる気持ちは有難いが、ここでグズグズしていては本当に守りたい者たちを守れなくなるぞ。早く行くんだ」
芳賀は微かな希望である二人の尻を叩く。
地球の犠牲を無駄にするんじゃないぞ。
暗にそう言われている気がして、これでも動かないほど浩介は落ちぶれてはいない。
「わかりました。芳賀さん、今まで本当にお世話になりました」
「礼など不要だ。仕事だったからな。さあ、早く」
「はいっ!」
もちろん、仕事というだけで浩介に色々と便宜を図っていたわけではないのは分かっている。
だが敢えて否定せず、代わりに溌剌とした返事の中にありったけの感謝を込めた。
「いい返事だ」
それを最後に芳賀との通信は切れた。
浩介は別れを振り切るように一秒ほど固く瞼を閉じてから久遠に話しかけた。
「戻ろう」
ブラックゲートを封鎖するにも連絡や準備が必要だ。
久遠には神殿の駐留部隊に芳賀の最後の命令を伝えて撤収させ、神殿を崩落させる。更に周囲の断崖の岩を切り出し、神殿を埋めるよう岩山を築いて空壁で押さえて封じてもらう。
その間に浩介はアレイクシオン全土に駐留している連邦軍へ、住民の避難誘導をさせる。
最初の連邦軍への事情説明時、通信でセレスティアとも繋げて二者同時に説明して手順と手間を省く。
そう決めると、久遠と浩介は二手に分かれた。
アレイクシオン城・食堂。昼下がり。
非常に珍しいことに、この国の主がそこで優雅に紅茶を嗜んでいた。
そんな休息をとっていた時、気分を台無しにする話が齎された。
通信で話を聞いたセレスティアは、半ば途方に暮れたような目でカップの中を見つめる。
「どうしたものでしょう……」
「陛下、先ほどの通信で何かあったのですか?」
侍従長の白岩涼子が恭しく主人に尋ねた。
そんな二人を遠巻きから興味深く観察する食堂の面々。
女王の姿を目にすることに物珍しさは無いが、おいそれと声を掛けるのも躊躇われる御身には違いない。
「そうですね。貴方には話しておかなくては……いえ、話すべきですね。とはいえ、時を置かずに耳に入る事になるでしょうが……」
そう前置きしてから、地球側からの通信内容を伝えた。涼子の顔からみるみるうちに血の気が引き、聞き終える頃には真っ青になって顔を小刻みに震わせていた。
「そ、そんな……」
「心中お察しします、とは軽々しく申し上げられません。何と声を掛けたらよいのか……」
セレスティアの声が耳に入っていないように膝から崩れ落ちた。
「お父さん、お母さん……みんな……っ……っああっ……」
床に大粒の涙が落ちていくつも染みを作る。
セレスティアは椅子から立ち上がって、声にならない泣き声を上げる涼子の肩を抱いた。
ようやく彼女が落ち着きを見せた頃、浩介が食堂に入って来た。
「セレスティア、さっき話し……涼子さん……」
一目で状況が分かったので、話は後にするか迷ったがセレスティアが先を促した。
「構いません、幾分か落ち着いてきたようですので。レーザーキャノン、でしたか、そのような代物の保管場所を確かに提供しました。案内させましょうか?」
ちらりと視線が涼子へ注がれ、落ち着き始めたとはいえセレスティアは彼女の傍を離れられるわけにはいかないと伝えてきた。
しかし、案内されたとしても浩介はレーザーキャノンの使い方がわからない。
整備は定期的に行われていたというので、自衛隊の人間ならば使い方を熟知しているだろう。そもそもレーザーキャノンを使うのは浩介ではなく、自衛隊だ。
そう言って申し出を断ると、通信で伝えていた他の話をする。
「それじゃあ確認するけど、ブラックゲートを封鎖するけど、いい?」
「残念に思いますが、芳賀の決意を無下にできるはずがありません。それに、それがこの世界を、民をより長く生き永らえさせる選択であるなら、異を唱えるなどありえません。
……やってしまってください」
「了解」
女王らしからぬ砕けた言い方に口元が緩むが、言葉に宿した確固たる意思は伝わって来た。
そしてセレスティアは表情を一転させ、眦を下げて涼子に詫びた。
「涼子……申し訳ありません。私にもっと知恵があれば……。貴方の故郷を見捨てる私を恨んでくれて構いません」
洟を啜り、泣きはらした顔を上げる。未だ少しだけ嗚咽の混じった震えた声で答えた。
「陛下は何も悪くありません……陛下までそんな顔をなさらないでください」
「涼子……」
会話が出来る程度まで落ち着いた涼子だが、その心境を思うと心苦しい。
とはいえ、いつまでもここに留まるわけにはいかない。
セレスティアもそれを察して、ここはもう大丈夫と浩介に目で伝えてきた。
浩介は頷き返して食堂を出ると、その足で王都内に敷設された自衛隊宿舎へと向かった。
話はすでに伝わっていたようで、浩介がドアを叩く前から宿舎内は慌ただしかった。
「(もう準備を始めてるっぽい。やっぱり、さすがだな)」
日本が極東地区と名称が変更され、連邦軍が地球の主力部隊として編制された。
その際、自衛隊は組織としては解体されずそのまま残ったが、優秀な人材は軒並み連邦軍に半ば強制的に転属命令が下った。それ以降の自衛隊は、新人や階級の低い者たちの寄せ集め部隊になった。
そうして残ったのは、突出した技能を持たない自衛官。
いっそのこと彼らも連邦軍へ配属されれば問題は無かったのだが、旧日本以外のどこの地区も余計な人員を養う気はなく、かといって中途半端に戦力を保有する自衛隊は完全解体も許されなかった。
連邦政府は隊員の募集を連邦軍のみに絞ったことで、自衛隊に新しい人材は届かなくなった。
そして現在、自衛隊の年齢層は三十代後半から七十代のベテランのみ。つまり、世界連邦政府が樹立する以前に入隊した人員のみで構成されている。
問題となったのが、のけ者のようにされた彼らをまとめる者が不在であること。
そこで各幕僚長らが、引き抜かれた者の中から連邦政府から咎められない程度に「これは」と思う人物数名を自衛隊へ戻すことを申請した。
旧日本以外の地区としては自衛隊がどうなろうと知った事ではないが、「人類の明日のため」と国の枠を超えた連邦政府を立ち上げておきながら、自衛隊を冷遇しては体裁が悪いと思ったのだろう。
半ばあしらうような形で人員の差し戻しを了承した。
そして現在、旧日本が推薦したその彼らが自衛隊の指揮を取っている。
「辻本さん、何が御用でしょうか?」
忙しなく動いていた一人が浩介に気付いて声を掛けてきた。
「ああ、いや、この様子だとすでに話は聞いてるみたいですね」
「地球の事、ですね」
あまり表情に変化はないが、声のトーンが落ちて少し瞳に暗い影が差したように見えた。
彼らにも地球に残してきた家族がいるだろうに、私情を押し殺して芳賀からの最後の命令を完璧に全うしようとしている。
レンジャー持ちでも特殊作戦群の一員でもない彼らは、世界を越えた場所でそこに住まう人々を、それこそ命を賭して救おうとしている。
その気高い精神と信条に、心の中で首を垂れた。
「芳賀総司令から直に聞きました。これからレーザーキャノンの調整に向かい、王城展望室に設置します」
「ちなみに弾数は?」
目の前の彼は横を通り過ぎようとした他の自衛官に聞くと、八発との返答が来た。
浩介は先ほど見た地獄の有り様を思い出して唸った。
「八発、か」
「地球からの補給もなくなったので、これ以上は……」
目の前の彼も、たったそれだけでは足止めすら出来ないのは理解していた。
それでもやらなければならない。
「それでも、私たちは最後の自衛官です。隣人たちを守ってみせます」
守って見せる、彼はそう言い切った。
もしかしたら、こちらに現れるデーモンの数は地球よりもぐっと少数かもしれないし、そもそもデーモンではなく既知の魔物かもしれない。
もちろん、そんなのは希望的観測でしかないのは承知している。
それでも、僅かな希望を自分たちの中で無理やり作り上げなければ戦えない。
端から絶望していては、見えたかもしれない希望を見逃してしまうから。
彼の言葉に、人の強さの理由が見えたような気がした。




