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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~終末ノ足音~
197/234

#197_隠し続けてきたサンドラの一手


 聖マリアス国・孤児院。

 庭で子供たちの遊び相手をしていたマリーレイアの元へ、一人の兵士が息を切らせて駆け寄って来た。

 きゃっきゃと騒いでいた子供たちは幼いなりにも雰囲気を察し、静かにしてマリーレイアを見つめた。



「何かありましたか?」


「ち、地球で大規模な、とてつもなく大きな召喚門らしきものが空に現れて、そこから何万……いや、何百万ものデーモンタイプの魔物がっ!」



 マリーレイアは一瞬目を見開いたが、慌てることなく兵士に告げた。



「いつ、こちらの世界にも現れないとも限りません。すぐに島民全員で避難します」


「し、しかしお言葉ですが、その召喚門の大きさは空を全て覆うほどのようで、逃げ場なんてどこにも……」


「心配はいりません。このような事態を想定して避難場所を用意してあります。ただ、アレイクシオンの海岸沿いなので船で移動しなくてはなりません。急いで島民全員の乗船準備を」


「は、はっ!」


「それと、民の間には混乱が予想されますので、リディンに全指揮権を預けます。民からの信頼厚い彼ならば上手くやってくれるでしょう。では、これをリディンへ」



 マリーレイアは煌びやかな宝石がはめ込まれたブレスレット、それと教皇の封蝋が押された手紙を兵士へ預けた。

 このブレスレットは教皇の証。

 これを一般兵に預けるなど大問題である。

 ただの兵士や一般人がこれを手にしたところで何の権力も発生するわけでもないが、罪に問われてしまう。

 故に、道中彼がその罪に問われないようにと唯一無二の封蝋が施された手紙も託すのである。

 大任を仰せつかった兵士は意気込むあまり、声が上擦った。



「か、必ずやリディン団長にお渡しいたしますっ!」



 急がねばと思う余りに敬礼が疎かになっていたが、それを気に掛けるマリーレイアではないし、些細な事に目くじらを立てる時でもない。

 すぐに子供たちと先生たちに説明して、避難の準備を進めた。

 地球の空は暗雲立ち込めても、異世界の空はまだ快晴。

 気持ちの良い天気のはずなのに、どうしてか見上げて感じたのは不気味さだった。

 マリーレイアは沈んだ顔で呟く。



「とうとうこの時が来てしまいましたか……」


「ここまで気取られずにやってこれたが、これから先は未知の領域じゃ。相変わらずこの先からは視えぬのか?」


「はい……」


「そうか。難儀するのう」



 そう言ってからサンドラがある者へ念話で事を伝える。


 教皇の未来視で見えるのは、歴史の分岐点となる事柄のみ。

 ナナリウスのように時間が連なって視えるわけではないので、大きく歴史が変わらない因果は視ることが出来ない。

 これまで彼女が視れたものは、アレイクシオンの崩壊と戦闘力が大幅に減衰した末期の浩介。

 だが、映す未来は解決策を教えてはくれない。

 また、絶滅を回避するために取った行動が果たして正しかったのかも、全てが終わるまで分からない。



「浩介さんたちの世界のラノベ、でしたか?現実はそれみたいに都合よくはできていませんね……」


「わしから言わせてもらえば、あんなのは『ちーと』じゃ。視たい時間を自由に視れてその代償もないとは都合良すぎじゃ。そ奴はそれこそ神と名乗れ、まったく。

 そんな力があるなら教会やら王城でじっと主人公を待つよりも、能力に目覚めた時点でさっさと使者を遣わすなり自分から迎えに行くなりすれば話は早かろうに」



 ラノベという一言がサンドラにとってまさかの地雷だったとは。

 だが本気で憤っているわけではないので、軽く宥めるだけで済みそうだ。



「ま、まあまあ。それでは物語は面白くならないのでしょうから許してあげてください」


「そうじゃな。娯楽じゃし、大人げなく腹を立ててしまったわ。現実は後手に回るしかないのが歯がゆいのう」


「もし先手を打てるなら、それは浩介さんと久遠さんが鍵となるでしょう。その糸口を見つけられれば良いのですが」


「戦えないわしらに出来るのは、思考を止めないことだけじゃ」



 孤児院の扉が中から音を立てて開け放たれ、リュックサックを背負った子供たちと先生たちが出てきた。



「マリー先生、じゅんびできたっ!いこー!」


「あれ?マリー先生まだ準備してないの?」



 荷物を持っていないマリーレイアを見て、子供だけでなく先生らも急かすが首を振って問題ないと示す。



「私の荷物はすでに避難先に用意してありますので大丈夫です。さあ、行きましょう」



 そう言ってからマリーレイアは先頭を歩き始めた。

 大人たちは不安を抱きながら神妙に頷き、事の重大さをまだ理解できない子供は遠足気分でわくわくしながらついて行くのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ヒッテリア大陸の浜辺の岩陰の地面。

 人目を憚るようにひっそりと、でも大胆に作られた地下へ通じる巨大な鋼鉄の扉がぼうっと光を帯びていた。

 扉の表面には複雑な紋様が施されていて、扉全体の寸法は縦五メートル、幅は十メートルとなかなかに巨大。。

 シスターはその前でサンドラと念話を交わしていた。



「(いよいよですね。こちらの準備はほぼ完了しました。あとは予備の寝具と衣類の搬入業が残っていますが、避難民の誘導と並行して行えると思いますので問題はありません)」


「(うむ、今日まで苦労をかけたのう。悪いが最後にもうひと働き頼む)」


「(各大陸の作業班に伝えるんですね)」


「(うむ、よろしく頼む)」



 サンドラからの指示を受けたシスターは、足元の重厚な扉をいともたやすく開け放つ。

 その先は地下への階段があり、アレイクシオン城の地下にあった動力源が謎な照明が一段一段をはっきりと照らしている。

 階段は地下深くまで続いていて底が全く見えない。

 シスターはそれを素直に下りていくのではなく、地下入口付近の壁にある扉を開け放つ。

 扉の先は少し大きめの何もない部屋。

 壁には小さい窪みがあり、その奥に小さく光る宝石が見える。

 シスターがそれにトンと触れると、少しして部屋が小刻みに振動して僅かな浮遊感を感じた。



「エレベーターって便利ですねぇ」



 電気を用いていないので地球のものと同じ原理ではないが、同じ動作をするのでエレベーターと呼んでも問題ないだろう。

 とはいえ、シスターの乗っている箱の大きさは地球のエレベーターと比較するとかなり大きなもので、護衛艦が甲板の戦闘機や消防車を格納するためのエレベーターと同等かそれ以上。

 百人乗っても大丈夫だろう。

 そして、乗ること数十秒。

 ドスンという音と軽い衝撃が目的の階に着いたことを報せた。

 扉を開けた先には、およそ異世界だろうとは思えない無機質で未知の素材に囲まれた、どこまでも伸びる廊下。

 地球人がこれを見たなら、近未来の建物と思うだろう。

 真っ白な壁には等間隔で無数の個室が用意されていた。

 シスターはエレベーターのすぐ脇に設えられたマイクを手にした。



「たった今、主さまから時が来たと連絡がありました。私はこれから各大陸の作業員にこの事を伝えに行きますので、留守の間も手筈通りにお願いします」



 マイクを元に戻すと、すぐにそこかしこの部屋から聖マリアス国軍の旧式装備を身に付けた者たちが姿を見せた。

 彼らは口々に激励の言葉を贈ると、さらに自身たちを奮起させようと喊声を上げた。

 それを見て安心したシスターは彼らに背を向けると、今度は地上へ向けて階段を駆け上がった。

 シスターにしてみればエレベーターを使うより階段を使った方が遥かに早い。

 下りでエレベーターを使ったのは、最終点検を兼ねて。問題なく使用できると確認できた今、わざわざ時間のかかる手段を選ぶ道理はない。

 段を軽く二十段飛ばしで跳躍し、地上へ出ると海へ向かって走り出す。

 そして、そのまま海の上を走って他の大陸へ向かうのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――





 異世界に存在する大陸の一つ、クナムス大陸。

 浜辺にはアレイクシオンにあったものと同じ巨大な扉がここでも密かに作られていた。

 ここの指揮を執っていたのはナナリウス。

 完成目前までこぎつけはしたが、保存食の搬入量がまだ終わっていなかった。

 あともう少しという時、ナナリウスの予知能力が本人の意思とは関係なく発現した。



「なんだ、どうしたんだ俺は……こんなことは今まで一度も……」



 視えた光景は数秒先の出来事ではなく、もう少し先の未来のようだった。

 海を越えてやってきたシスターの幻影がナナリウスに何かを伝える。

 その何かを聞いて、弾かれたようにクナムス城へ駆け出すナナリウス。

 二人の幻影はそこで消え、今度は大勢の人々が見た事もない凶悪な面をした魔物に蹂躙されている光景が視えた。

 そこで画面が消えるようにパッと全ての幻影が消えた。

 これは一体どういうことか、と幻影が見せたシスターのやって来る方向の海を見つめるが、凪いでいる海が辺り一面に広がっているだけでシスターが現れる様子はない。



「まさか、この石が見せたっていうのか?」



 懐にやった手には、浩介や将継が持っている宝石と同じ色違いのもの。

 黄金色に近い黄色の輝きを持つそれを不思議そうに見る。

 浩介たちのそれと明らかに違うのは、ペンダントに入っているのではなく剥き出しでナナリウスの手に直接触れている。

 かといって、適正者のように超人的な能力は与えられていない。

 彼にとってはただの宝石でしかなかったが、ナナリウスにそれを預けたシスターから事あるごとに肌身は離さず持っているようにと耳に胼胝ができるくらい釘を刺されていた。

 何故そのような物を預けたのか、何故神経質なほどに釘を刺し続けてきたのか。

 その理由と目的がこの時になって繋がった気がした。



「……シスターが来るのを待ってたら手遅れ、って思っていいんだよな」



 この推測を確かめる方法はシスターを待つしかないのだが、それではこれまでの十数年の準備が無に帰してしまうかもしれない。

 そんなのは受け入れるわけにはいかない。

 宝石を仕舞い込むと、迷いを振り切って見張りの部下たちに伝える。



「どうやら「その時」が来たみたいだ。俺は国王にこの事を伝えに行く。お前たちは民を誘導する準備と、ギリギリまで食いモンの搬入を全力で続けろ。

 あと、俺がいない間にシスターが来たら、もう動いてるって伝えといてくれ。多分それだけで意味は伝わるはずだ。頼んだぞっ」


「はっ!」



 ナナリウスは近くに繋いであった馬に跨り、王城へ走らせた。






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