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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~終末ノ足音~
190/234

#190_追悼


 浩介と葉月の両親の葬儀は厳粛に行われた。

 魔物や人災による犠牲者が膨大だった災厄発生初期に棺の在庫は底を尽き、以降は合同火葬や水葬という方法が主流となった。

 だが、異邦人にも拘らずアレイクシオン王国に貢献した二人の死を悼んだ国民の嘆願により、特別に木棺を用いた火葬が執り行われた。

 王城の一室にこじんまりと設えられた祭儀場には、二人の最期を見送りたいとひっきりなしに人が訪れ、棺の中の顔を見ては思い出を振り返って想いを募らせた。死が日常となった今では珍しい光景だった。

 葬儀の間、魔物の襲撃はなかった。

 骨壺に遺骨を納めて地球の辻本家の墓に納骨を済ませると、大仕事を終えた時のように肩の荷が下りたのを実感した。

 寺院の階段を下りながら葉月に確認する。



「……やり残したことはないよな?」


「そのはず。あとは四十九日法要の時に親戚に連絡をするくらいだと思う」


「そうだな……」



 二人の死因は急速な体力の衰え、いわば老衰に近いものだったが、その進行速度は異常だった。

 もともと老いを見せていた身で生活環境がガラリと変わったものだから、それが積み重なったのかと思っていた。しかし、サンドラと久遠は違うと言った。

 曰く、元々体力が衰えていたところにヒトガタの瘴気に中てられて、生命力が底の抜けたバケツのように外に漏れ出してしまったのだという。

 この症状は異世界人には見られず、地球人の人体構造との違いによって引き起こされたものらしい。

 つまり、これが聖石を失った大地の変化の一例。

 目に見える形の瘴気の影響。

 二人はその最初の犠牲者だった。

 浩介と葉月は言葉なく長い石畳の階段を下り、平らな地面に立つ。



「……もっと言葉を交わしておけばよかった」


「後悔は尽きないと分かってはいたけど、割り切れないよな」


「うん」


「それにしても……」


「なに?」


「お前も年とったよな。イイ感じに皺が……」


「うるさい。そういうお兄なんかまだ結婚してないくせに」


「俺と釣り合うのは並大抵の人じゃ無理だからな。そんなヤワな切り返しじゃノーダメージだぞ」


「むぅ、失敗した」


「お前の方こそ、そろそろ子供産むの大変な年だろ。予定はないのか?」



 葉月は五年ほど前にアレイクシオンに住む一般人男性と所帯を持った。

 異世界人との婚姻に関する法整備が整っていないため入籍は未だ出来ていない状態だが、互いの親族を集めた小さな結婚式だけは挙げた。

 特別ゲストでセレスティアが出席していたので世界初、かつ国公認の夫婦というわけである。

 これで離婚などすればセレスティアの顔に泥を塗ってしまうという重責を負った、なんともかわいそうな二人でもある。

 まあ、今のところは仲睦まじいようなのでその心配は無用だろう。



「もう四十後半だよ?ムリムリ。産めたとしてもこんな時代で生きるのは可哀そうだし」


「そうか。すまん……」


「なんでお兄が謝るのよ。全部ヒトガタのせいだし」


「いやまあ、そうなんだけど。なんとかできそうな立場なのに何もできてないし」


「自惚れんな」



 アニメならデコピンでも飛ばしてるだろうそんな茶化し具合で葉月が言った。



「世界中の頭のいい人たちがどんなに頑張って知恵を絞っても何もできてないのに、お兄一人で解決できるわけないでしょ。余計な責任を勝手に背負いすぎ」


「そ、そうか。すまん」



 謝る浩介の顔を覗き込んでまじまじと見て言った。



「……っていうか、ホントに年取らないんだね。その若さ分けてくんない?」



 いつまでも暗い雰囲気を引きずらないのは変わっておらず、今もそれに救われた。



「(こういうとこ、本当かなわないよな)」



 地球での一仕事を終えた二人は異世界に戻った。

 アルスメリアの門に着くと、迎えに来ていた葉月の夫に妹を引き渡す。

 一人になった浩介は、昼食がてら定食屋で働いている理津の様子を見に行くことにした。

 木製の扉を開けると活発な声に出迎えられる。



「いらっしゃいませー!」



 お昼時なので店内はほぼ満席。

 それでも空いている席を探すと、カウンター席の一番奥が見つかったのでそこに腰を掛ける。

 カウンター内の女性店員がお冷を出してくれた。



「あら、浩介さんじゃないですか。いらっしゃいませ。ご注文、何にします?」


「カレーライスで」


「かしこまりました。あー、ちょっと時間かかりますけど大丈夫ですか?」


「急いでないから大丈夫だよ」


「では、少々お待ちくださいねー」



 女性店員はざっと店内を見渡してから料理が出来上がる時間を告げると、威勢の良い声で厨房へ向かって浩介の注文を通した。

 料理が届くまでネットサーフィンで時間を潰す。

 異世界でインターネットが使えるようになったのもごく最近だ。

 この世界の宇宙に衛生はないが、異世界中に設置された中継装置のおかげでネット環境は整った。

 それにより世界を隔てても通話が可能になり、魔物への対処スピードが飛躍的に向上した。

 浩介は新たなブラウザを開いてニュース記事でも読もうとした時、肩に手が置かれた。

振り向くと、眉を顰めた異世界人の男性が話しかけてきた。



「親御さんの事は、本当に残念だったな。俺も現場の人間も何度世話を焼いてもらったか分からない。いつか礼をしなきゃなと思ってた矢先だったよ……。

 代わりと言っちゃアレだけど、困った事や誰かの手を借りたくなった時は遠慮なく言ってくれ。せめてもの二人への恩返しだ」


「親父さん……はい、そうさせてもらいます」



 男性は挨拶して自分の席へ戻っていったが、今度はそのやり取りを見ていた他の客がわらわらと浩介を囲むように集まってきて、両親を悼む言葉をかけてきた。

 困惑しながら一人一人にその気持ちに感謝を述べる。

 こんな大勢の人たちに慕われるほど二人の存在は凄く大きかったのだと、このとき初めて知った。

 そうして浩介の周りが落ち着いたころには結構な時間が経っていたようで、タイミング良くカレーライスが運ばれて来た。



「はい、お待ちどうさまです。凄かったですね」


「ありがとう。ご飯食べにきただけなのにな、俺もビックリしたよ。それで、理津ちゃんの様子はどう?」



 言葉尻は僅かに声を落として聞くと、女性店員は厨房へちらりと目を向けてから答えた。



「さすがに辛いでしょうけど、仕事に打ち込んで考えないようにしてる風に見えます。ただ、やっぱりふとした時に思い出しちゃうのか、沈んだ顔になっちゃう時がありますね」


「仕方ないか。特に母親に懐いてたからな……。ここの厨房の仕事だって、母親が勧めたからだもんな」


「ええ。初めてりっちゃんと話した時は、子供ながらにこの子大丈夫かなと思いましたけど。

 うちの親が辻本さんの推薦なら間違いない、ってすぐに受け入れて驚いた覚えがあります。今や、りっちゃんナシのお店なんて考えられません」


「それ、本人に言ってあげたら?」


「いやですよ。恥ずかしいじゃないですか」



 くすりと笑い合う。

 店員がこうやって客と雑談に興じれるのは、ピークも過ぎて一段落したからなのだろう。

 客からお会計の声がかかると、元気のいい返事を飛ばしてそちらへ向かった。

 軽く後ろ姿を見届けてから、目の前のカレーライスに手を合わせる。



「では、いただきます」



カレーを口に運ぶと、幼いころから食べてきた味がした。



「この味付け……」



 もう二度と食べる事はできないと思っていた、母の味付け。

 不意に嗚咽がこみ上げて、次の一口が運べない。

 カウンター越しから声が掛けられた。



「普段はこの味付けをお店では出さないんですが、せめて今月だけでもお母さんの味をお客さんに食べてもらいたくて……」



 いつの間にか、笑顔で泣いている理津が正面に立っていた。

 泣き顔を見られるのが恥ずかしかった浩介は、目元から下を手で隠して頷いた。

 二人の目から涙が止まった時には、カレーは冷めてしまっていた。



「冷めちゃいましたね……」


「だね。近いうちにまた来るから、あったかいのはまたその時にいただくよ」


「また泣かなきゃいいですけど」


「言うねぇ。さすがにもう泣かないよ」



 理津がやんわりと冗談を言ってくる。

 出会った当初からは考えれられないようなことだった。

 両親や葉月と共に過ごしたことで、この数年で必要以上に人の顔色を窺ったり卑屈になっていた理津は変わった。



「お店では今月いっぱいって言いましたけど、もし浩介さんが食べたくなったらいつでも言ってください、作りますから。私も忘れないように定期的に作っておきたいので、遠慮しないでくださいね」


「ああ、ありがとう」



 カレーが冷めて膜が張ったが、それでも記憶の中の味を思い出せるカレーライスを平らげ、理津と女性店員に挨拶をして店を出た。


 次に浩介が向かったのは、中央通り沿いにある剣術指南の道場。

 道場といっても屋根があって板張りの床があるのではなく、大人の背丈ほどの石壁に囲われただけの野ざらしの場所だ。

 その中から気合の入った掛け声と木剣の打ち合う音が漏れ聞こえてくる。

 木枠の門を潜って中に入る。

 男女問わず子供から大人まで、木剣と王国兵士の防具のお古を付けて稽古に励んでいた。

 打ち合う音の中に一際甲高い音が聞こえて、それは鋭い一撃が相手の兜を打ち据えた音だった。

 見事な一撃を放った女性が尻もちをついた相手に手を差し伸べて立ち上がらせているところだった。

 手を引かれた男性が浩介に気付き、見事な一撃を放った女性も釣られてこちらに振り向いた。

 女性の方は浩介のよく見知った顔だったので「よう」と手を挙げた。



「お兄ちゃん、来てたんだねっ」



 そういって駆け寄って来たのは、かつて貧民街で暮らしていた少女だった。






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