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#19_感想


「failure...」



 誰かの声が聞こえたような気がした。

それは参加者のものかもしれなかった。だから、気にしない事にした。

 そしてゴーグルに浮かんだゲームからの離脱勧告。視界に映る景色が荒野からイベントのホールへ変わった。

 10分にも満たない試遊だったが、遊んでいるゲームの世界を体験できたのは非常に楽しかった。

 見せられた風景や敵の姿、武器の造形などすべてが本物みたいだった。


 フィールドに目を移すと、救世主の猫たちはデーモンの凶悪な姿とまだ戦っている。浩介の手元に武器はもう無い。



「やべ、早く出ないと……」



 息も絶え絶えで、歩く力もほとんど残っていない。

 大衆にこれほどまでに無様な姿を曝け出した浩介に、これ以上かく恥はもうない。

 フィールドの端がすぐ近くにあった。



「はっはっはーっ!今こそ最後の無様を見せる時!」



 そう言って浩介は寝そべると、くるくると寝返りを打ってフィールドから抜け出したのであった。

 それを待ち構えていたかのように、男性スタッフが酸素吸入器を差し出してきた。



「お疲れ様でした。こちら、お使いになりますか?」



 何ともまぁ、ここまで至れり尽くせりだとは。

 吸入器が必要になるほど酸欠状態ではなかったため、丁重に断る。



「いや、大丈夫です。そこまで深刻じゃないんで。少し休めば落ち着きますから」


「わかりました。もし必要な場合は、すぐ近くにスタッフが待機しておりますので、お声がけください」



 そう言い残してスタッフは浩介から離れた。

 確かに数メートル離れた位置に、凡そ等間隔でスタッフが立っていた。

 催し物が催し物なだけに、緊急事態を想定しているのだろう。

 再びフィールド内へ向ける。

 そこには未だ、最後まで諦めずに戦う人たちの姿がある。だが、この一戦が終了するのは秒読みであることは誰の目にも明らかだった。



「こんなことなら、毎日筋トレしとくんだった」



 レーザーの直撃を受けたり巨大な拳で殴られ、それがとどめとなって次々と脱落していく。

 残り2人。

 救世主の猫はそのうちの一人だった。

 デーモンから距離を取るも、本体に気を取られて後方にいたコピーデーモンに気付かぬまま、近接攻撃の間合いに入ってしまった。

 その後は予想通り、コピーデーモンの薙ぎ払いが救世主の猫の体にヒットし、ホログラフの武器が消えた。

 最後の一人はそれを見るなり諦めてしまったようで棒立ちになり、右ストレートが来ると分かっていても避ける素振りも見せず、これにて試遊は終わった。

 フィールドから全員が退出すると、中継カメラの一つがアームを曲げて浩介に寄ってきた。

 何事かと眺めていると、声をかけられた。



「お疲れ様でしたー。浪木さんとパーティ組まれた方ですよね。もし宜しければ感想など頂いても良いですか?」



 マイクを持ったディレクターの牧内がいつの間にか近くに来ていて、床に座り込んでいる浩介に合わせて屈んで問いかけてきた。

いつの間にか浪木も牧内の隣に来ており、首に掛けたタオルで額の汗を拭いつつ笑顔を浩介に向けていた。



「(これ、番組に映ってるんだよな?)」



 試遊で見せた無様な姿を思い返すと、堂々と感想を言える気分にはなれなかった。

 しかし、逆に思い切って笑い話にしてしまう事ができたら、いい思い出として残るかもしれない。

 イベントの空気に中てられたのか、今日を全力で楽しもうと決めたからだったのか、はっちゃけた思考が勝った。



「はい、私で良ければ」



 未だ荒い呼吸の収まらないまま答えた。

 牧内は笑顔で感謝を言うと、立ち上がって中継カメラを操作しているクルーに手で合図を送る。

 襟元に付けたピンマイクで一言二言やり取りした後、浩介に言った。



「このあと、すぐに感想を頂きますので、よろしくお願いします」


「あ、はっ、はい」



 まだカメラ回ってなかったのか。

 急いで言うべき言葉を考え始めるが、ものの数秒でカメラが回ってしまい、何も考えられていないまま始まってしまった。



「はい、ではこれからテストプレイの感想をいただきたいと思いますが、時間的にもお一人しか伺えないので、こちらで一名選ばせて頂きました。その方にお聞きしたいと思います」



 牧内は未だ座り込んでいる浩介に合わせて再びしゃがみ、カメラも追尾して下方へスライドする。



「えっ、私、座ったまま……」



 浩介の声が極力入らないよう、牧内はマイクを自分に向けたまま答える。



「そのままで大丈夫ですよ」


「す、すみません」



 短いやり取りを済ませ、早速インタビューに入る。



「お疲れ様でした。いかがでしたか、テストプレイは」


「そうですね……」



 思ったままの事を言う事にした。



「まず、目の前の景色がここから切り替わった瞬間、一瞬でどこかに本当に飛ばされたかと思うほど、リアルで驚きました」


「おぉ、それはとても嬉しいですね。ありがとうございます。それで、武器の使用感などはいかがでしたか?」



 まだ手に握っていたWSBを見て、言葉を紡いだ。



「武器……えっと、これ、重さがスマホくらいですね。それを攻撃する度に振る。意外と私のような運動不足のおっさんには良い筋トレになるんではないでしょうか」



 牧内が軽く笑ってくれた。



「開発段階で私もちょっと遊んでみたんですけど、そうなんですよね。武芸者で弓と刀、両方試されていたようですが、何か感覚に違いはありましたか?」



 感覚、と問われて、どういう意味の感覚か分からなかったが、真っ先に思い浮かんだものを言葉にする。



「感覚と言えるかは分かりませんが……刀を振って攻撃を当てても手応えなんてものはありませんけど、斬った瞬間だけその箇所にゲームのエフェクトが入るので、それでダメージを与えられたんだと思いました」


「では、弓ではいかがでしたか?」


「弓ももちろん本当に矢を番えて弦を引くわけではないし、動きは単なる振りでしかないですけど、だから気軽に手軽に弓を射れるのが凄く爽快でした」


「なるほど、ありがとうございます。それでは最後に、何かこのシステムに望む事はありますか?」



 試遊前のインタビューでもそうだったが、思ったよりも緊張せずに受け答えできた浩介は、ここでもまた思ったことをそのまま口にした。



「そうですね……ゲームに希望する事ではないんですけど、これが自由に遊べる時までに体を鍛えておこうと思いましたね。皆さん、私みたいになりたくなかったら、運動しましょう」



 牧内と浪木は笑いを漏らし、こうして浩介の息を切らせながらのインタビューは終わった。その後、近場にいたスタッフがデバイスを回収した。


 それからは歩ける程度まで体力の回復を待つ。

 他の参加者を見ると、半数以上は浩介より早く試遊を終えていたため、既に待機室へ戻り始めていた。

残っているのは、まだ息を切らせている最終盤まで残っていた人だけ。

そういえば、と救世主の猫の姿を探すために見渡すと、向こうも浩介を探していたらしくすぐに目が合った。

 救世主の猫は浩介の方へ向かって来た。足の運びは少し重く、息を切らせてはいたものの、浩介ほどの体たらくではなかった。



「お、お疲れ様、でした」


「おつかれー」



 互いに労うと、まだ興奮冷めやらぬ状態で話し出した。



「す、すごかったですね」


「だねー、色々と。まるでワープしたように錯覚したよ」


「はい、私もです。それにまさか、本物のデーモンがあんなに怖いものだとは、思いませんでした」


「ね。猫さんに叫ばれるまで、動けないくらいに圧倒されてたよ」


「本当にハイネガーさんが死んじゃうかと思いましたので……」



 そんな感想を言い合っているうちに浩介は立ち上がれるまで回復し、救世主の猫と一緒に控室に向かった。

 その途中、救世主の猫の服を預かっていた女性スタッフが声を掛けてきた。浩介は先に控室に向かうと告げて、一旦別れた。

 控室が見えてくると中から話し声が聞こえてきて、出入口に近づくとその内容が明瞭に聞こえた。



「……って!あれマジでヤバイって!パないって!」


「語彙の少なさよ」


「ってか、あれ倒すの無理ゲーだろ。楽しかったけど、もうちょいバランス考えて欲しかったよな」


「あー、分かりみが深いわぁ」


「元々、討伐報酬くれる気はなかったんじゃないか?」


「かもな。運営の体力に合わせて調整したら簡単に倒せるしな。そうなったら絵的にマズイって思ったんじゃね?」



 あまり楽しい内容ではなかった。建設的な意見ならいざ知らず、愚痴の類は聞いてて嫌な気分になる。

そんな雰囲気の中に入りたいとは思えず、控室の手前の壁に凭れかかってタイミングを待つ。

それから少しした後、試遊会場から戻ってくる牧内の姿が見えた。



「(陰口みたいなの、聞かせたくないなぁ)」



 そこで浩介は一計を案じた。



「お疲れ様でした!あれです、あの、シャワー室とかー……ないです、かね?すみません、汗かいちゃったもので!」



 わざと控室にも届くように声を張り上げて、牧内がすぐそこまで来たと示す。

話が盛り上がって外の声が聞こえない状態ではない事を祈りつつ、牧内と会話を続ける。



「先ほどはありがとうございました。シャワー室、この通路の奥に行った所にありますよ。

 テストプレイヤー様専用なので、すぐに使えるはずです。男女で分かれているので気を付けてください」


「そうなんですね!ありがとうございます!ちょっとこれから使わせて頂きますね!」


「あ、それとお戻りになったら中にいるスタッフにお声がけください。ドリンクの引換券をお渡しいたしますので」


「はい、ありがとうございます!それでは、お仕事頑張ってください!」



 控室に向かう牧内の背中を見送りながら聞き耳と立てると、室内は静かだった。

 胸を撫で下ろす。

 救世主の猫にシャワー室の存在を教える為にその場に留まると、程なくして彼女が姿を見せた。

 それを聞いた救世主の猫は、今日一番の反応を見せるのだった。



「やったー!嬉しい!行きましょう!」



 半ば強引に救世主の猫に手を引かれて連行された。






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