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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
終ワル世界ノ章 ~終末ノ足音~
189/234

#189_十五年の歳月、そして別離


 地球の刻む時はヘドロのように緩やかに、決して澄み切ることのない澱を抱えたまま過ぎ去っていく。

 生産業に従事していた人間は田畑や牧場捨て、漁業や林業も右に倣えと政府の提供する難民施設へ移住した。

 中には己の仕事を生きがいとして、野菜を栽培したり魚を獲り続けている人たちもいる。

 今や新鮮な野菜や魚、肉はそういった人との繋がりがなければ口に出来ない贅沢品となっていた。



 ヒトガタ復活後の三年間で国やJAが保有していた食糧の備蓄は底を尽き、露店に並ぶおにぎりは一つで千円を超えた。

 それでも食べる物がないよりはマシだ、と給料の入らない財布から涙ながらにお金を出す人は大勢いたが、日を追うごとに納品数と値段が反比例していった。

 価格の高騰は青天井。食品を買い続けられる裕福な人間は非常に少なく、なけなしのお金をはたいていた庶民が店に訪れることは、それから半年経つ頃にはいなくなった。

 そして、店の棚に商品が並ぶこともなくなった。

 そうなる少し前から国民の食事は配給制に移行しつつあったが、餓死者が出始めた頃にようやく完全配給制となった。

 配給される食品はほとんどが合成食品。

 人工的に生み出された原材料がどのようなもので、人体にどのような影響を与えるかなどはどの国も明言していない。

 明言したとして、それが害のあるものだとしても食べないわけにはいかない。正義感あふれる人間の批判する声が上がっても、大半の人は見向きもしなかった。


 そのほかに衣服、生活必需品に関しても国が一括管理するようになった。

 必要なものがある場合はリストを自治体に申請し、自治体がそれを国へ上げて申請が妥当とみなされると自治体へ許可が下りて、それから申請者の手元に届く。

 ひどく手間と時間がかかる体制だが、災厄以前と比べて稼働している工場数が80%も減少してしまったので仕方がない。

 国がこの状況を国民に説明したのだが、不自由を強いられたり要望が通らなかったりすると声を荒げて口汚く政府を罵倒し、近くにいた者に八つ当たりをする光景はそこかしこで生まれていた。

 世界の外観もそうだが、人々の内面の荒廃具合も同じくらいに終末を思わせていた。



 事態の好転を見せることなく、悪化する事もなく十五年の歳月が経過し、やっと国という垣根を取り払った新世界連邦政府が樹立した。



「……ヒトガタなる人類の脅威が地球に出現してから、今日で十八年。最初にその残忍な牙が突き立てられた元C国の首都の跡地には、多くの人々が追悼に訪れました。

 いつどこに魔物が現れるか予断を許さない状況ですので、新世界連邦軍が警戒を厳にして警備に当たっています」


「あれから紆余曲折はありましたが、新世界連邦政府が樹立してからは情勢も安定に向かっていっているので、人々の心に余裕が生まれ始めましたね。

 C国の悲劇を繰り返さないために、各国が手を結び合って誕生した奇跡ですよ。ですけど、こうは思わずにはいられません。

 ヒトガタという存在を知った時点で、これに向けて動いていれば、と」


「そうですね。当時もそれなりの努力はしていたのだと思いますが、ヒトガタの脅威がそれらを完全に上回っていたということなのでしょう。

 ですが、ようやく戦況を拮抗状態まで持ち込むことが出来たと言って良いのではないでしょうか。

 今日は、過去から今日に至るまでの道程を振り返りたいと思います」



 視界の端にコンタクトレンズ越しで映し出される動画を見ていた浩介は、アレイクシオン城に宛がわれた部屋でコーヒーを飲みながら久遠と寛いでいた。

 科学は飛躍的に進歩し、この十八年でスマートフォンは腕時計型にコンパクト化され、そしてさらにコンタクトレンズ型に置き換わろうとしていた。

 何時の時代も、戦争は科学を飛躍的に進歩させる。

 操作は網膜神経に流れる電気信号を介して行われるので、視線を動かして考えるだけでアプリケーションの操作が可能になっている。

 現時点でコンタクトレンズ型スマートフォンは軍内部でも試作品しか存在しておらず、所持しているのは立場上で必要とされる人間のみ。

 その中に浩介と久遠は入っていた。



「確かに、今日まで色々とあったなぁ」


「最初は、どうして手を取り合えないのかとちょっと苛立った時もあったかな」


「ホントにね。俺もなんでこんなヤツらの為に戦わなきゃいけないんだって思ったくらいだし。

 物資に余裕がなくなって配給が足りなくなって死人が出た時期、あれからようやくって感じだったな」


「魔物以外で一番死者が出た時期だったね。ここまで持ち直せたのは、人口が激減したからっていうのも残酷な話だよ」


「それまで生産量に限界のある物資を大人数で分け合ってたからな。母数が減れば余裕も生まれる。今の人類は、その犠牲の上に成り立ってるんだ。残された人たちで助け合えなきゃこの先はない」



 前触れなく訪れる災厄は着々と人々の命を奪っていった。

 魔物や人災問わず、この十八年間の地球上での死亡者数の推移は、最初のC国の約十二億人が最大で以降はI国の七億三千万人、次にA国の一億二千万人、R国の四千万人と、国の人口比に対して減少していた。

 その理由と原因は、地球の防衛体制と物資の不足が時間経過とともに改善された事と、そもそもとして地球の総人口が減少し続けているからであった。

 現在の地球上の人口は、約三十億人。

 ヒトガタに対する明確な対抗策がないまま歳月を経るとすれば、真綿で首を締めるようにゆっくりとだが最終的に絶滅を迎えるであろう。

 その不安は常に人々の心を苛んでいた。



「って言ったけど、問題を根本的に解決しなきゃ遅かれ早かれ未来は一つしかないんだよな……。

 化石をどうするかも、ヒトガタへの反撃の一手も見出せてない。っていうか、異次元から仕掛けてくるってなんだよ」



 久遠とサンドラの見解では、ヒトガタは別次元から魔物を送り込んでいると見ていた。

 実際、あの日以降にヒトガタの目撃報告は一切なく、久遠たちもその気配を感じていない。

 人類は後手に回らざるを得ない状況がずっと続いている。



「唯一の好機はこの城の地下で復活した時だったけれど、万に一つも勝目がなかったし……」



 では、今はどうなのかと浩介の好奇心が頭をもたげた。



「仮にだけど、今俺らとヒトガタが戦ったとして勝機はある?」



 すらりとした顎に指をかけて少し考え込み、視線を落として考えをまとめながら答えた。



「はっきりとは言えないけど、万に一つが千に一つくらいにはなったかも?でも、今どれだけ死のエネルギーを溜め込んでるのか予想が付かないから、復活直後で見積もってるけどね」


「結構自分でも強くなったと思ってたけど、それでも全然届かないのかよ……」



 C国本土奪還作戦以降、浩介と久遠、それと合流した将継たちは知恵を出し合って新たな戦闘スタイルの考案や創造武器のアイデアを練り上げ、個々の戦力強化を遂げてきた。

 浩介と久遠とは性質の異なる将継はどうしても出来る事の幅は狭くなってしまうが、魔物に対して一騎当千の活躍をしているのは二人と同じ。

 将継も最初こそは大多数を相手に大立ち回りなど出来なかったが、浩介たちと再会してからは徐々に能力の使い方にも慣れて、数年で頼れる存在に仕上がった。

 それからは浩介と久遠ペア、将継は両世界に出現する魔物を手分けして討伐するようになり、事態への対応力が各段に向上した。

 もちろん、将継を鍛えている間も自分たちを鍛える事も怠ってこなかったつもりだった。



「闇喰らい、光鎖刃、空壁・改と考えてきたけど、もしかしてアプローチの方向が間違ってた?」


「そうじゃないよ。保有しているエネルギー量に覆せない差があるってこと。もし、私たちに同じエネルギー量があれば勝負は分からないはず」


「つっても、そんなエネルギー手に入れられる方法わからないしな」



 頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに体重を乗せ、椅子の足を浮かせて弄ぶ。

 久遠は随分前から湯気の立たなくなったティーカップに口をつける。

 視界の端で流れる動画を流し見していると、ノックが聞こえたのでアプリを落す。

 返事をして入室を促すと、メイド姿の白岩涼子が姿を見せた。

 それも、今にも泣き出しそうなくらいに心痛の面持ちで。

 二人は察しがついた。



「すぐ来て。時間がない」



 そう言う時間すらも惜しむように急き立てる。

 跳ねるように椅子から離れ、主のいなくなった椅子が床に転がるのも無視して三人は部屋を飛び出す。急いでとある一室のドアを丁寧に開けると、断りを入れずにそのまま入った。

 中には葉月、理津、将継、セレスティア、サンドラ、アリスといった知った顔ぶれが揃っていて、二つのベッドを囲んでいた。

 物音に気付いた葉月が振り向くと、瞳に涙をためて唇を震わせていた。



「お兄ぃ……」



 振り絞る様に出したその声を聞いて最悪の事態が脳裏をよぎる。ベッドを取り囲んでいた人たちが浩介の為に体を脇へ寄せて空間を空けてくれた。

 跪いてベッドに向き合う葉月の隣に立つ。



「親父、おふくろ……」



 ベッドが二つくっつけられていて、浩介と葉月の両親が力なく横たわっていた。

 浩介の声が届いたのか、二人は重たそうな瞼を必死に開けて応えた。



「……なんだよ、まだ元気そうじゃん。大丈夫、余裕であと十年は長生きできるよ」



 あと十年は長生きできるよ。

 それは、あと十年は長生きして欲しいという、叶わぬ願望。

 強がった言葉とは裏腹に、勝手に声が震えて両親の姿が滲む。

 葉月の反対側へ移動して同じように膝立ちでベッドに寄り添う。

 あり得ない程にゆっくりと呼吸する父親が、静かにしていないと聞き逃しそうなくらいの掠れた声で言葉を返した。



「俺も……そのつもりだったんだけどなぁ……」


「諦めんな。まだ若いじゃん。そんなこと言うの、らしくないぞ」


「ありがとう……最期に息子からそう言われるのは……嬉しいな……」



 その言葉に父親の全ての感情が詰まっているように聞こえた。

 返す言葉を失った。

 そして、隣の母親がか細い声で浩介と葉月を呼んだ。

 二人は震える声で返事をした。



「もう、お母さんたちは一緒にいれないけど……たったふたりの兄妹なんだから……ずっと仲良くね……」


「うん、わかってる……心配しないで。ほら、私ってブラコンだからさ」


「ああ、大丈夫だ……」



 上手く会話できている葉月と違い、浩介はただ返事をすることしかできなかった。



「お前たちは、俺たちの自慢の子供だ……胸張って、生きていくんだぞ……」


「葉月……何か困ったら、浩介に相談しなさい……思いっ切り、頼っていいんだからね……」


「うん……」


「浩介……」


「なに……?」


「あんまり無茶して、風邪なんてひくんじゃないよ……」


「……うん、気をつける」



 それが浩介と葉月が両親と交わした最後の会話だった。






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