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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
188/234

#188_久遠の性質


 衝撃の事実だったが、浩介は何故ただの化石をそこまで恐れるのか疑問に思った。



「でも、あの骨自体にはもう何の脅威はないんじゃないの?」



 研究員らも同意しかけた時、久遠は頭を振って否定した。



「完全に二つの世界が隔たれたままだったらなんてことはなかっただろうけど、二つの世界が繋がったことであの化石にヒトガタの力が帯びつつあるみたいなんだよ。

 それがヒトガタの目的の一つだったのか、それともアイツにとっても想定外だったのかは分からないけれど、これ以上刺激するのはやめた方が良いと思う。

 私にも何が起こるか分からないから」


「なら、このまま骨までパワーアップするのを指を咥えて見てることしかできないのか?」


「もちろん対策は考えるよ。ただ、何も分からない状態で無闇に刺激するのはよした方が良いって話さ」



 浩介は顎に拳を当て思考する。

 ヒトガタの事を何も知らないので考えても仕方がないのだが、それでもどこかに解決への糸口は無いかと考えられずにはいられなかった。

 その想いは研究員たちも同じだった。



「俺らには、あんたらみたいな特殊な存在についての知識や情報が全くない。それを教えてもらえれば、少しは力になれるかもしれねえ」


「その気持ちだけありがたく受け取っておくよ。多分、この次元の人に説明しても信じてもらえないだろうけど、それでも聞くかい?」


「ご鞭撻たまわろう」



 それから久遠は自らの存在について、久遠自身が把握している事を話し始めた。



「私はこの世界でいう所の、六次元的存在と四次元的存在の性質を持って生み出されたんだ。私を作った存在は、私に一つの使命を与えるとすぐにこの次元に送り込んだ。

 低位の次元に送られた事とヒトガタとやりあったことで、今は元来所持していた性質のほとんどが失われてしまったけれどね」


「その性質ってのは何なんだ?」


「並行世界の観測と空間への作用ってところかな。まあ色々あって、私には並行世界の観測はできなくなっちゃったけれどね」


「……どれも理論上の話じゃねえか」


「上位次元を知ろうとしても、この次元では理論を組み立てるところまでが限界だろうね。ここより高次元の世界はどうやっても覗けないから、あとは想像するしかない。

 だから、私の話を信じるのは難しいと思う」


「信憑性については後に議論するとして。空間の作用って言ったが、あんたらが使う桁外れの身体能力や、何もない空間から武器を取り出す事もその一例なのか?」


「その通り。人間よりも僅かな力で速く走ったり、風を操れる事もそう。自分の想像するものの情報を世界から集めて形作ってるんだ」



 そこで浩介がつい口を挟む。



「ちょっと待って。ってことは、適正者が宝石と契約した時点で同じ六次元的存在ってヤツになってたってこと?」


「ううん。あれはスピリットを介して行われてるから、高次元の存在に昇華させてるわけじゃないよ。

 寿命が延びるのは、ワンクッション置いたその性質の影響を受けた事に起因してる。まあスピリットを介して希釈されてる、って言った方が分かり易いかな」


「なるほど、なんとなく分かった」



 浩介の話が終わるのを待っていた藤田が再び質問をする。



「だが、あんたの話を聞いてる限りじゃあ、高次元の性質が失われてるとは思えないんだが?」


「完全には消えてはいないからね。でも、三次元世界でのみ可能な現象しか出来なくなったから、やれることは本当に少ないんだ」


「……俺の価値感じゃあ、それだけでも十分すぎるほどにハチャメチャな能力なんだけどな」


「俺も自分の使ってるのがそんな絡繰りだったなんて初めて知ったよ……」



 藤田が呆れた目を浩介に向けて咎める。



「お前、自分の事だろ。あまりに無頓着すぎやしねえか」


「ですよねー。ずっとアニメとかの魔法みたいなものだと思ってたから、深く考えてませんでした」


「まあ、俺らにしてもこの話はアニメみたいなもんか。どんだけ天才が頭を捻っても辿り着けない上位次元の存在が目の前にいるんだからな」



 決して解けない問題を前に悔しそうに口を歪めると、潔く話題を変えてきた。



「これ以上あんた自身の事を聞いても俺たちが出来ることは何もなさそうだな。じゃあ、今度はヒトガタについて教えてくれ」


「昔行われた不老不死の実験、アイツはその犠牲者なんだ。当時の技師たちは、自分たちが研究していたものの本質を理解してなかったようで、間違った理論を信じて実験を行った。

 その理論は、存在を四次元へと昇華させるものを根幹としていたんだけど、さっきも説明した通り土台それは実現不可能。

 なまじ理論上は実現可能だったから、それが悪かったんだね。それに気付かないまま、強引に実験を重ねてしまった結果があの姿。

 肉体から精神が剥がされ、中途半端な不老不死体に成り果ててしまった」


「じゃあ、そいつは幽霊みたいなもんなのか?」


「半分は」


「ゴーストみたいに実弾が効かないタイプなら、対ゴースト弾が有効か」


「どうだろうね。一番厄介なのは、人の姿を失った事で一次元上の存在に手を掛けてしまった事だよ」


「生身の体が高次元の存在になるのは無理でも、精神や魂だけなら不可能ではないってことか?」


「理解が早くて助かるよ。アイツが精神体になってなお完全に上位次元の存在になれなかったのは、その実験の不完全さ故。

 中途半端な存在のアイツに効果的な攻撃手段は、より上位の次元の特性を含んだ攻撃だけ。残念だけど、この次元で作られる物じゃ傷一つ付けられないよ」


「マジかよ……。じゃあ、この三次元に生きる人間にできるのは、せいぜい出てきた魔物をモグラ叩きみてぇにぶっ叩くくらいしかねえのか?」


「いや、そんなことは無いよ。最初から私がみんなに言ってる通り、ヒトガタの力の源である死のエネルギーの供給を止める事。これがどんな攻撃よりも一番効果的な対策なんだ」


「死ぬにしても負の感情の伴わない死に方をしろってヤツか。まさに理想の死だが、その訴えは効果出てるのか?」


「国同士の大きな殺し合いはなくなったけど、宗教や思想が原因のものは逆に増えてしまったよ……」


「だろうな。世界の終末が近いとなれば、やれメシアの降臨だ最後の審判だの、その界隈の派閥は思想を強く持っちまうからな。

 最悪のパターンは……もうどこかで起こってるかもしれねえが、テロに発展することだ。

 無関係の人間が訳の分からねえモノの餌食になっちまうのは、こんな状況になる前でも胸糞の悪ぃ事件だ。

 質の悪い事にそういった悪党どもは、追い詰められて正常な判断ができねえような人間に付け込んできやがるから、使い捨ての駒を確保し放題だ。

 世界中でとち狂った野郎がとち狂った思想を流布しやすい環境が整っちまってる。届け出のないカルト宗教が一体どれくらい出来たのかねえ」



 白衣のポケットから煙草を取り出して火を付ける寸前でピタリと止まり、皆に窺うように視線を巡らせる。



「あーっと、一服いいか?」



 研究員たちにしてみれば断りを入れるなんて今更だったが、お客の前ではそういうわけにもいかなかった。

 浩介は本音を言えば煙草の煙は苦手だったが、申し訳なさそうに言ってこられては断れない。

 久遠に目で問うと小さく頷きが返ってきた。



「ええ、どうぞ」


「悪ぃな」



 ライターのカチッという音を聞いて、皆の肩の力が少しだけ抜けた。

 藤田は肺に煙を満たして、大きくゆっくり天井に向って吐き出した。

 それを小休憩の合図のように思った誰かの息を吐く音が聞こえた。



「どうにもならねぇなあ」



 それは人間がヒトガタに対して何も出来ないことを言っているのか、それとも絶滅の危機に陥ってなおも身勝手に振る舞える人間について言っているのか、はたまたその両方か。

 この場にいる誰一人、藤田の一言に返せる言葉を持ち合わせていなかった。

 煙草はまだ半分以上残っていたが、構わず携帯灰皿でもみ消しながら久遠に一つ確認した。



「とりあえずは、あの化石についてはもう手出しは厳禁ってことで大丈夫そうか?」


「多分ね。アレについては私も全部知ってるわけじゃないから断言はできないけれど、不測の事態を招く可能性はぐっと低くなるはずだよ」


「そうか。……おい、聞いての通り、以後は観察と監視のみだ。これに反したヤツはぶっ殺……じゃなくて半殺しだ。全員にそう連絡しろ」



 研究員は返事をすると、早速伝達しに出て行った。

 部屋の扉が閉まり、藤田は軽く息を吐いた。



「化石調査に人外対策。どっちも専門外だったんだがな。どうしてこうなっちまったんだか」


「タイミングと運がイイ感じに組み合ったからじゃないですか?」


「……このタイミングで正論言われるのは妙に腹が立つな」


「カルシウムが足りてないんじゃないですか?ウチの猫用に取っておいたニボシならありますけど?」



 無言でサブリナを睨む。

 小首を傾げておどけるサブリナ。

 藤田は大きく息を吐いて掛け合いを打ち切った。



「一つだけおたくらに伝えておこう。このふざけたヤツの閃きがなければ、おたくらがここを訪れることはなかったかもしれねえ」


「藤田さんっ?!私を褒めるなんてめずら―――」


「っていうのは過大評価だが」


「おおいっ!」


「それがなければ、おたくらがここに辿り着くのはもっと遅かっただろうな」


「へえ……」



 浩介は思わず声を漏らした。

 二人はふざけたやり取りをしている場面を見る方が多かったので、意外に感じたからだ。

 サブリナは頬を膨らませ、いたずらっ子のように軽く睨んできた。



「その「へえ……」っていうのはどういう意味の「へえ……」ですか?仕事出来なさそうなのに意外っていう「へえ……」ですか?それとも見た目に寄らず仕事が出来るな、の「へえ……」ですか?」


「あ、いや、他意はまったくないんですが……(それってどっちも同じ意味じゃ?)」



 この人の前では迂闊に言葉を滑らせられないと思った。

 本気で怒っているわけではないのは皆も分かっていたが、初対面でそのような目を向けられてはどうにも落ち着かない。

 藤田が取りなすように話を戻す。



「サブリナ、あまり人を困らせるな。そう、こんなようなヤツの一言で虎の尾を踏む危険を避けられたってのは、俺も納得いかねえが」


「それはあんまりじゃないですか?化石ぶん投げようかしら」



 じゃれ合うような言葉の応酬の後、話は終わった。






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