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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
184/234

#184_久遠の静かな怒り


 『もがみ』の甲板から、頭上を通り過ぎる戦闘機を見送る浩介たち。



「あれはどこに向かうつもりだ……いや、ひとつしかないか」


「魔物が集中してる場所だね。でも、魔物がこんな風に纏まって動くなんて初めてだよ。どうする、追うかい?」


「……そうしよう。なんだか嫌な予感がする」


「私もだよ。なんだか、不幸の要因が積み上げられていく感覚があるね」



 言い得て妙だが、言いたい事は理解できなくない。

 こういう小さな違和感が積み重なって、やがては取り返しのつかない事態にまで及びそうな……そんな光景を見せられている感じがする。

 ただの思い込みかもしれないが、あの戦闘機を追えばこの感覚の正体を掴めるかもしれない。

 浩介と久遠は甲板から飛び出した。

 瓦礫の上を足場にしながら戦闘機の後ろを追うと、やがて魔物の群れが見えた。

 が、魔物が円を形成している場所よりも手前の区画なので、恐らく無関係の集団だろう。

 予想通り、戦闘機はこれらを無視して通り過ぎていった。

 ついでなので、追跡に支障が出ない範囲ですれ違いざまに剣閃を飛ばして数を減らす。

 その集団を越えて数分、本命の集団が見えてきた。



「あれか。確かに道路に沿って綺麗に中心を取り囲んでるな」



 その大きさは思っていたよりも大きく、約一キロメートル四方はありそうだった。

 あまり接近し過ぎて感づかれるのも面倒なので、奇跡的に無傷だった高層ビルの屋上から様子を窺う事にした。



「あの戦闘機がただの偵察目的っていうのは考え難いけど、まさかやっぱりあの中心部への爆撃か?それにしても……」



 甲板上で聞いた口頭説明からのイメージだと、中心部を形成している魔物は針も通さない程にぎっしりと密集しているものだったが、現物はそんなものではなかった。



「あれは、もう山だな」


「魔物をうず高く積み上げて何がしたいんだろう。何かを召喚するにしてもあんな儀式は見たことないよ」



 魔物が魔物の上に重なり、その高さは浩介たちが今いる超高層ビルに迫っていた。

 それ以上は高くする気はないようで、今はグロテスクな山に動きはない。

 その上空目掛けて、轟音を響かせながら一直線に戦闘機は突き進む。

 この後の戦闘機の行動で、どう状況が変化するのか固唾を呑んで注視する。



「もし攻撃をするなら今か」



 浩介が誰へともなく呟くと、その通りになった。

 戦闘機の一機からミサイルが発射され、その山を頂を打ち崩した。

 山の頂が抉られ、消滅していく魔物が黒い粒子が雲の様に山の上部を隠すが、それも十秒ほどで消滅した。



「なんていうか、迫力凄いな」


「船による攻撃も凄かったけど、あれだけの数を一撃で消せる武器は初めて見るよ。昔の戦いでもアレが人間側にあれば、戦況は全然違っただろうね」



 だが、その一撃はてっぺんを崩しただけでまだ魔物の山は健在。

 後続の戦闘機から二発目が撃ち出され、さらに山を削る。

 それでもまだ半分以上は残っていたが、攻撃を仕掛けた二機が上空を旋回して再び目標をロック。

 追加のミサイルを撃ち込むと、魔物の山はほぼ消滅した。



「一応、山はなくなったけど……何も起きないな。思い過ごしだったか?」


「だといいけど……あれ、また回って来たよ」



 久遠が言う通り、もう地面が見えるほどに破壊したにも関わらず戦闘機は後続の三機と合流して、再び山のあった場所へ向かって行く。



「もしかして、魔物を残らず消し去ろうとしてる?」



 浩介の推測を肯定するように、ミサイルは魔物の山の根元へ向けて発射された。

 だが、今度のミサイルは山を崩す時とは違って地面に向けて五機が断続的にミサイルを発射している。

 どう見てもオーバーキル、というか最早そこには敵はいないのに撃ち続けている。


「何をしてるんだ?魔物はもういないのに……」


「地面が深く削られてるみたいだよ。土埃でほとんど見えないけど、全部同じ場所狙って攻撃してる」


「地面を……?ま、まさかっ」



 作戦前に、首都の核シェルターには住民は避難していると聞いていたのを思い出した。

 魔物を攻撃するのではなく、地中へ攻撃を仕掛ける目的はいくつも思い浮かばない。

 浩介の一番に危惧した想像が、一番可能性が高い。



「シェルターを破壊しようっていうのか?!」



 そう思った瞬間、体が勝手に動いて屋上から飛び出した。



「え、ちょっと待ってよ!」



 訳が分からない久遠は浩介の後を追う。

 後ろの久遠を気にする余裕もないくらいに焦っていた浩介を嘲笑うように、戦闘機はすでに任務達成した様子。現場へ向かう浩介とすれ違って、海の方へ飛び去った。



「くっ!」



 手遅れか、と諦めそうになる。

 それでも最後までその目で確認するまでは、と砕け散った希望の残骸に縋りつく。

 魔物の包囲網を飛び越え、瓦礫と土埃の舞う爆心地手前に降り立つ。

 コンビニが余裕で入るくらいの巨大な穴が穿たれていた。

 その中は、無数に砕かれたいびつな形の鋼鉄が土と混ざり合っていた。

 そして、目の端に映った電子機器の欠片や環境維持装置の残骸には、血が飛び散っていた。

 


「そんな……どうして……なんでこんな事をしたんだ……」



 遅れて降り立った久遠は、すぐに浩介の様子がおかしい事に気が付いた。



「何かあったの?」



 何から話せば良いのか頭が回らない。

 落ち着かなくてはいけない自覚はあるが、目の前をぐるぐると何故?という言葉が舞い踊る。

 ただ茫然と立ち尽くす浩介を見て「ちょっとごめんよ」と言って熱を測る様に額同士を触れ合わせた。

 その突飛な行動に驚いた浩介は、すぐに離れた。



「な、なに?」



 戸惑う浩介をよそに、久遠は何やら得心いったように呟いた。



「そういうことだったんだね」



 その一言で久遠が浩介の思考を読み取ったと分かった。

 平静を見せていた久遠の顔が、がらりと変わり怒りの表情を見せた。



「人間同士で潰し合ってる場合じゃないとあれだけ言ったのに、まだ理解してない人がいるなんて信じられないよ。そんなに死にたいのかな」



 初めて怒りを見せた久遠。

 浩介は自分が起こられているわけでもないのに恐怖を感じた。



「(温和な人が怒った時って、こんなに怖いんだ……)」



 浩介も憤りを感じていたが、久遠は彼以上に頭に来ていた。

 それを見て浩介は少し頭が冷えた。



「ま、まあ、ともかく何処の誰がどうしてこんなことをしたのか、その理由は知っておきたい。これだけ堂々と作戦地域で事を起こしたんだ。隠れてやろうなんて思っちゃいないだろうから、じきにわかるだろうけど」



 必要ないかもしれないが、浩介はスマホで現場の写真を数枚保存した。

 爆心地の周囲を囲んでいた魔物たちも役目を終えたと分かったのか、異世界で見た野良の魔物のように個々にバラバラに動き始める。

 それらを上空から間引きながら移動し、『もがみ』へ戻った。



「オペレーターさん、報告したい事があるのですが」


「分かりました。艦長もお二方に話があるそうなので、一度艦橋へお越しください」



 甲板に迎えに来た自衛官に艦橋へ案内されると、中年男性が二人を迎えた。



「お呼び立てして申し訳ありません、艦長の林原です。今は作戦遂行中でこの場を離れるわけにはいかないもので、ご理解いただけると」


「いや、全然大丈夫です。それで、お話とは?」



 タイミング的にも同じ内容なのではないかと思ったため、ひとまずは艦長の話を先に聞く。



「つい先ほど、海上から大陸内へ飛行していった戦闘機の事です」



 ビンゴだった。



「その直後、とある情報を受信したのですが……それがこれです」



 艦長が通信士に視線を送ると、艦橋内のスピーカーから外国語で喋る男性の声が流れて来た。

 例の如く、浩介の耳にはそれが日本語として聞こえてくる。



「とうとう今日までC国からの回答はなかった。我々は話し合いが出来ればと思い、最大限の譲歩をしてきたが願いは届かなかったようだ。

 真に……呵責に苛まれはするが、これは誰かがやらなければならない事であり、人類がつけなければならないけじめである。

 つい先ほど、我が軍の戦闘機がC国へ飛び立った。その目標は、いくつかある核シェルターのうちのただ一つ。

 ……C国国家主席の避難している場所である。これがどんな意味を持つかは……」



 話し方からして、不特定多数に向けての言葉。

 スピーカーの演説に、呆れと怒りが湧きあがる。

 林原艦長が情報を付け加える。



「これはA国の大統領がC国へ向けて発した粛清開始の合図だったようです。

 この声明に先んじて、東シナ海で待機していたA国の空母から本作戦海域にある艦隊に向けて、「これより首都を占拠している敵に対して空爆支援を行う」と通信がありました。

 我々の頭上を過ぎていった戦闘機は事実A国のものでしたが、聞いての通り目的は虚偽でした。

 それを知っていれば、抗議なり威嚇行動なりできたのですが……」



 林原艦長は悔し気に下唇を少し噛んだ。

 この様子は芝居ではないと直感した浩介は、自衛隊内で地位が高くても欺かれる側の人もいるのだと知った。



「粛清するにしても時期というものがあると思います。人死にが敵を強大にするっていうのに、こんな事をするのは愚かだっていうのは誰にでも分かろうものだと思いますが……。

 A国大統領はそれすら理解できてないんでしょうか」


「それは私にも分かりません。ただ、あの大国を背負って立つ人物が義憤に駆られただけで世界中を敵に回しかねない選択を取るとは私には……。これには別の意図があると見た方が自然でしょう」


「別の意図ですか……」



 浩介が思案に耽りそうになる前に、林原艦長は質問した。



「私からの話は以上です。そちらも私に話があったようですが」



 と聞かれても、浩介の方もその件についてだったので特に話すことはもうない。

 一応、スマホで撮影した写真を見せたら、参考材料として自衛隊のタブレットに画像をコピーさせて欲しいと頼まれたので、それをしたくらいである。

 それが済むと、二人は最後の強制収容所を解放しに行った。






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