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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
182/234

#182_神の消えた島


 聖マリアス国内はヒトガタの出現以降、混乱を極めていた。

 それもそうだろう。

 主神マリアスが、実は魔物たちの親玉によって作り出された架空の存在だったのだから。

 ヒトガタの声がした時に外を歩いていた教会関係者らは、信者からどういう事なんだと詰問された。

 しかし次第に感情がヒートアップし、身の危険を感じた教会関係者は全員大聖堂に立て籠もる。


「よくも俺たちを騙してきたなっ、魔物の手先めっ!金を返せ!」


「私たちのお金であなたたちだけ良いもの食べてたんでしょう!何か言いなさいよっ!」


「大司教はどこだ!俺たちにはあいつを裁く権利がある!」



 そんな最中に魔物に襲撃に遭う。その時だけは逃げ惑う島民に紛れて避難したが、騒ぎが収まりを見せ始めると、民衆の暴力を恐れて大聖堂に戻って再び閉じ籠った。

 心が荒んだ島民でもある程度の理性は残っていたようで、いざという時の盾役となる聖騎士見習いと兵士らに対して嫌味を言うことはあれど危害を加えることは無かった。

 荘厳な外見を誇った大聖堂も、数々の投石や罵詈雑言の落書きでかつての威厳はずたずたに傷つけられ、この数日で数百年も時が進んだような外観に変わり果てていた。

 だがそれは大聖堂に限った事ではなく、島中のマリアス教関連施設全体に及んでいた。

 木造の教会は斧や木槌で破壊され中は剥き出しになり、礼拝堂のマリアス像は膝辺りから圧し折られて床に転がり、さらにその後も暴力を加えられて粉々に粉砕された。

 大司教が演説したヴィネール広場の銅像も同様。

 マリアス教はすでに崩壊していた。

 混沌とした聖マリアス国に、聖騎士団長リディン、シャルフ、ハインらが帰国する。

 港から海の様子を眺めていた漁師によりこの報は瞬く間に島民の間に広がり、彼らの意見を聞かんとする人で港が埋め尽くされるまでに及んだ。

 やがて船は接岸し、大勢の耳目を集めて聖騎士たちは島に立つ。



「まあ、こういう事態になってるとは思ってた。何て声を掛ける?」



 シャルフが聖騎士団長に意見を窺うと、彼は真っ直ぐに島民らを見渡して大音声をあげた。



「ヒトガタなる者の言が真実かどうかは、私は興味などない!我ら聖騎士、そして諸君らの剣となり盾となって戦う兵士たちもそれは同じ!神がいようがいまいが、剣を持たぬ者の為に戦う事に変わりはない!

 だが、そう言っても諸君らの心は休まらぬだろう。気休めだが手土産を持って来た。

 諸悪の根源たる元大司教を船の牢に幽閉してある。これをもって皆の代わりに宣言しよう。マリアス教は私たちが終わらせるっ!」



 大地を揺さぶるほどの大歓声があがった。

 モーゼが海を渡る時のように、人垣が割れてリディンたちの行く先を開ける。

 反旗を翻した彼らが向かうは大聖堂。

 暴徒に怯えて震える神官や司祭。それを追い詰めるのは、教団内で最強を誇る武の者たち。

 理屈で言えば聖騎士たちも立派な関係者なのだが、ああまで堂々と内部粛清を実行すると言われたからか、彼らはもはや信者側の存在として認識された。

 信者たちは約束された結果に夢想し熱狂した。

 熱い視線を向けられながら歩くシャルフは、隣にいるリディンに話しかけた。



「それにしても、マリアス教解体とは大きく出たな」


「拭いされぬ闇が暴かれたのなら破壊すべきだ。そうしなければ誰も納得せんだろう」


「ん?その言い方だと、本心は他にあるように聞こえるけど」


「……私は特に信心深いわけではないと先に断っておくが、己の欲望のために信者を利用し、あまつさえ前教皇の暗殺にも及んだ大司教は死して償わなければならないと思っている。

 だが、憤怒の感情だけでマリアス教に関わっていた者全てを悪とするのは短絡的だろう。司祭や神官の大半は裏側など知らずに純粋に信仰していたはずだ。

 そんな彼らが一括りに悪と決めつけられてしまうのは、どうもな」


「……諸悪の根源はマリアスという虚構の神を作り上げたヒトガタ、そして罰するのはそれを利用していた大司教と甘い汁を啜っていた周囲の人間に限るってことか」


「甘いか?」


「さて、どうかな。今この話が外に漏れたら、袋叩きにあうかもしれないとは思うけど」



 シャルフは意味ありげに一度言葉を切ってから続けた。



「その考え方、私は嫌いじゃないな」



 無口なハインは終始聞き役だった。

 数千の兵士を伴って大聖堂に辿り着くと、周囲を包囲させて逃げ道を塞ぐ。

 その様子を一目見ようと押しかけた島民たちを、危険だから離れるようにと注意して遠くへ追いやる。

 それから中に立て籠もっている司祭たちへ呼びかけた。

 「出てこないのであれば力で押し通る」そう言われては、堪らず固く閉じていた門を開けてぞろぞろと姿を見せる。

 兵士に囲まれる中、リディンは彼らに歩みよって小声になって事情を聞く。



「出来るだけ穏便に済ませたい。大司教の悪事に加担したことがあったとしても、聖騎士の誇りにかけて悪い様にはしないと約束する。だから正直に告白してもらいたい。

 この中で、大司教の企みに加担、もしくは知っていた者は前に出てきてくれないだろうか」



 司祭や神官たちはちらちらと周りを気にして、ややあっておずおずと一人が進み出た事を皮切りに、最終的に十数人が集まった。

 その中の一人が不安そうに声を震わせて聞いてきた。



「わ、私たちを、どうされるおつもりですか?」


「そう不安がる必要はない」



 そう言って周辺を取り囲む兵士たちに一瞥してから視線を戻した。



「これから諸君は島の外、エストレア共和国に亡命してもらう。そこで一から人生をやり直すんだ」


「えっ、そ、それだけですか?まさか、何か罰が待っていたりするのではありませんか?」



 あまりに軽すぎる処罰に、何か裏があるのではないかと疑いの目を向ける。

 それを頭を振って否定した。



「今のエストレア共和国は情勢が不安定で、ゆえに亡命や密入国は容易いだろう。同時に、そこでの立ち振る舞いを間違えてしまえば命を落とす事もあろう。

 慎ましく暮らしていればそのような憂き目に遭うこともないだろうが、治安は大陸内でも最悪だ」


「どうして、そんな軽い罰を……」


「この世界ともう一つの世界を脅かすヒトガタは、人が死んだ時に発生する『気』を蓄えると聞いた。世界の存亡に比べればどうでもいい問題でヤツに力を与えるのは愚か者のする事だ。

 もはや、人同士のいがみ合いが許される時ではない。

 だが、この状況でも可能な限り厳しい処罰を与えなくては、民たちがどんな暴挙に出るか分からん。

 此度の判断は、それを防止するためのものだ」



 それを聞いて納得する者もいれば、まだ何か裏があるかもしれないと危惧する顔もあった。

 だが、この場で聖騎士に逆らえるものはおらず、言われた通りにするしかなかった。

 リディンは数名の兵士を呼び寄せ、彼らを連れて大司教から聞き出した地下通路を通って別の出口に抜け、近場に停泊させてある船でエストレア共和国へ送り届けるよう指示を出した。

 そしてこの場に残ったのは、何も知らなかった純粋な者たち。

 彼らにも地下通路を抜けて大陸へ向かうよう告げたが、その行先はアレイクシオン王国だった。



「それにしても、セレスティア女王っていうのは人が好すぎじゃないか?」



 大聖堂の地下通路へ向かう彼らを見送りながらシャルフは声を漏らした。



「自分の国を貶めようとした国の人間を引き取るなんて。そのうち首が回らなくなるんじゃないか?」


「それはないだろう。ニホンコクという強大な国との交易で生み出される利益は我々の想像を凌駕するはずだ。その強大な後ろ盾が存在する限り、物資や資金繰りに困る事はあり得ないからな」


「なるほど、確かに」


「それに……」



 リディンの目が険しい色を見せる。



「あの女王、ただ者じゃない」


「なに?どういう事だ?」



 シャルフの抱いた印象とは真逆の言葉を聞き、つい咎める口調で聞き返してしまったがリディンは気にせず話す。



「こちらの人間を受け入れたのも自国の利益に繋がるからだ。アレイクシオン国民から嫌がらせをされないようにと、町や村から離れた場所に土地を用意して住まわせると聞いた。

 それは確かに有難い待遇であるのは間違いないが、半ば隔離されたその土地で作られた農産物は恐らく絶妙に安い値段で取引されるだろう。

 元マリアス教関係者が街に出向いては危害が加えられてもおかしくはない。故に外に出る事はほとんどなく、物価の平均値など知ろうはずもない。唯一の情報源は隔離地に来る商人頼み。

 かくして、アレイクシオン王国は野良の奴隷を安く仕入れる事に成功した、ということだ」



 それを聞いて、僅かの間絶句した。



「……いや、例えそうだったとしても、そこまで計算通りに上手くいくとは思えない。深読みしすぎじゃないか?」


「そうかもしれない。だが、あの者の目の奥に宿る強い光。同盟関係にあるうちは頼もしいが……敵には回したくないな」


「そこまでの人物だっていうのか?」


「お前の言う通り、ただの杞憂かもしれないが……。すまない、結局はただの戯言になってしまったな」



 地下通路へ潜る司祭らを見送ると、リディンは包囲網を解除して十数名の兵士を大聖堂の警護に充て、遠くで様子を窺っていた島民に説明した。



「たった今、あの者らを大聖堂の地下に秘密裏に作られた牢屋へ閉じ込めた!諸君らが興味本位で近づけば、弁舌巧みな彼らに何を吹き込まれるかわからない。

 よって今後、大聖堂への接近や侵入は禁止し、それを破った者は厳重に処罰する!これは諸君らを守るための取り決めであることを理解して欲しい」



 元信者たちは期待していたような処罰にならず不満そうにはしていたが、人格者として知られる聖騎士リディンの決定に異を唱える者は一人もいなかった。

 多少ざわめきながら、人々は街へ帰っていく。

 それを眺めているリディンの後ろ姿を見て、またもやシャルフが声を漏らした。



「口が達者なのはどっちなんだか」



 呆れ半分、感心半分といった微妙な心持ちだった。

 同時に、一番の課題が独り言のように口を突く。



「マリアス教が解体された今、この島に指導者はいない。さあ、どうする?」



 その呟きはリディンに届く前に霧散した。






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