#181_サンドラの見えない思惑
将継と涼子は、王城の食堂にて渋い顔をしながら昼食を摂っていた。
「……薄い。やっぱ異世界のメシって地球とは違ってなんていうか、その」
「素材の良さを活かした味付け?」
「そうそれ、いい例えっ!体には良いんだろうけど、物足りんよなぁ。いや、化学調味料ガンガン使ってる日本がおかしいのか?」
「街並みは中世ヨーロッパって感じだけどこの味付けだと多分、一般的なその時代のイメージよりも少し前の食文化な感じがするわね」
「そういえば歴史好きだったよな。なるほどなぁ」
「いや、私も昔の料理なんて初めて食べるんだけど」
「そりゃそうだ」
肩をすくめて味の事は諦める。
そうして食事を進めていると、食堂に日本人の家族が入って来た。
夫婦、そして姉妹。
異世界に一般市民もいるんだなぁと思っていたら、見知った顔がそこにいた。
「……ん?!猫さんっ?!」
驚愕の声が大きく響き、理津はその声の方を向くと同じく驚いた。
「猫又さん、ですか?」
それから自然と辻本家と白岩家はテーブルを同じくする。
まず将継がここに来た経緯を話し、次に理津の事情を聞いた。
イベント翌日から現在までを簡単に話すと、女王が言っていたコウスケという人物がハイネガーだと知ると感心したように息を漏らした。
「ほええぇ、あのハイネガーさんがねぇ。行動力あるなぁ」
「です、ね……」
「なかなかカッコイイじゃない」
「惚れるなよ?」
「バカ言わないで」
将継と涼子は軽口を叩き合って、それから尋ねた。
答えたのは葉月だ。
「で、ハイネガーさんは今どこに?」
「詳しいことは私たちも知らされてはいないんですが、兄は今C国にいるらしいです」
「なるほど、あの国にも敵が出たからねぇ。いよいよ世界の終末、って感じになってきてるな。いや本当に終わったら困るんだけど」
将継はちらりと理津を見る。再開した時の印象は間違っていなかった。イベントの時とは違ってどこか陰鬱な感じがする。
以前会った時もあまりはハキハキした性格ではなかったが、あからさまに顔を背けたり言葉を詰まらせたりと、初対面のような態度だ。
なんだか理津は自分に水が向けられるのを避けているように感じる。
「猫さん、どうかした?少し元気がないように見えるけど」
「い、いえ、別に……」
やはりテーブルに視線を落として目を合わさない。
隠している何かを悟られないよう、誤魔化すかのようにゆっくりコップに口を付けて顔を隠す。
それを見た母親が話題を変えた。
「そういえば最近ご結婚されたんでしょ?新婚旅行が異世界なんて史上初じゃない?すごい世の中になったわよねぇ」
「え?あぁ、そう言われれば、確かにそうですね。っていうかこれが新婚旅行でいいの?」
「ビミョーすぎるでしょ。でもビザンツ帝国あたりの時代を肌に感じられるのは貴重よね。そう考えると、新婚旅行の域を越えてるわ」
「いやいや、これと新婚旅行は別でカウントしません?俺にしてみれば転勤みたいなものだし?」
「私は別にこれで満足だけど」
「涼子さーんっ」
そんなやりとりに、理津もやっと朗らかに笑い声を上げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ニーオルスン国立極地研究所。
発熱現象を見せたTB4に対し、研究所職員は総出で原因の解明にあたっていた。
今は化石サンプルを抽出し終え、後は様々なふるいにかけたデータの演算結果を待つのみだった。
「サブリナ、スクリーニングの結果はまだ出ねえのか」
「少し待ってください……出ました!あぁ、だめですね、今回もハズレです」
「ちっ、あと考えられるとしたらコイツがただの骨じゃなくて、骨に似た新種の生物ってことくらいじゃねえかよ」
藤田は解析結果がまとめられた報告書の束を乱暴にデスクへ放り投げて悪態を吐く。
普段見慣れている光景だけあって、サブリナは気にせず答えた。
「だとしたら、脳や心臓はどこにあるんでしょうね。頭蓋骨に大腸が詰まってたり?」
「じゃあケツには脳みそってか?マヌケな絵面すぎるだろうが」
「そうですか?なかなかキュートじゃありません?私は好きかも」
「お前……趣味変わってるな」
そう言いながらサブリナは自分でも突飛過ぎている可能性を閃き、冗談交じりで言った。
「でも、まだ見ぬ深海生物ってこともあるかもしれませんよ。藤田さん見たことあります?彼らって人間が想像もつかないくらいにへんてこな形してるんですよ」
「お前、誰に言ってんだ。知ってるに決まってんだろ……できれば見たくもないけどな」
「そうですか?まあ、藤田さんのひねくれた美的センスはおいておくとして。人間の化石と見せかけて深海生物だったってオチもなくはないとは思いません?」
「いやないだろ。DNAもヒトと変わらねえし、到底深海の圧に耐えられる構造でもねえ。そう結論づけたくなる気持ちも分からなくはないがな」
「じゃあもう一つ」
人差し指を立てて窺うように言う。
「今話題の、異世界の生物が何かしらの理由で紛れ込んだ、というのはどうです?」
「……お前なあ」
呆れたように溜め息と共に頭を振ると、ひったくるように内線の受話器を取った。
「藤田だ。A国の大学でも日本の文科省でもいい、至急これから言う用件を上に伝えてくれ」
「もしかして私、いい仕事したんじゃない?」
サブリナは得意げに言った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
とある国の中枢。タージ・マハルのような荘厳な建物を前に、物陰からウィルハルドとその部下が隠れて入口の様子を見張っていた。
大きな門扉を前に守備兵は四人。建物内に待機していた他の兵士は、突如として市街地に現れた侵略者・ナナリウス部隊を捕縛するために出払っていた。
「……よし、ナナリウスたちは上手く守備隊を引きはがしたようだな。行くぞ」
「はっ」
ウィルハルドたちは疾駆して守備兵に肉迫する。相手もそれに気付いて剣を構えたが、四人に放ったウィルハルドの飛苦無が太腿に刺さって堪らず呻いた。
その隙に部下たちが素早く打撃を与えてよろけさせると、薬を嗅がして無力化させ、ロープで縛った。
「物陰に転がしておけ」
固く閉ざされたタージ・マハルの門へ向き直ると、まさに忍者の如く、鞘に入ったままの剣を塀に立てかけて勢いよく柄の部分に足を掛けて飛び上がった。
塀の上に飛び乗ってから柄と手を結んだ紐を引っ張って剣を回収し、敷地内から門を開けて部下を招き入れた。
内部はだだっ広い廊下がひたすら真っ直ぐ続いている。
目的の部屋まで迷う事はなさそうだ。
突き当りにある巨大な扉を押し開けると、円形上の広い部屋があった。
室内には献上品なのか供物なのか、煌びやかな装飾品や酒、骨董品の武器などが壁際にずらりと並べられていた。
その中心には、アレイクシオン王国の地下にある聖石の色違いがカプセルの中に浮いていた。
聖石の紫色の光が室内を薄っすらと彩る。
「これか」
ウィルハルドは懐から手のひらサイズの緑色の宝石を取り出して呼びかけた。
「着いたぞ」
それに呼応して宝石からシスターが現れた。
「はい。では始めますね。えいっ」
気の抜ける掛け声と共に突き出された拳はカプセルを砕き、シスターは聖石に触れた。
瞬間、放っていた輝きは目も開けられないくらいに光度を増した。
それが十数秒続いたのち光が収まり、カプセルの中の聖石は手品のように消えていた。
いや、消えたように見えたが、手のひらサイズに小さくなっていた。
その様子にウィルハルドは目を見開く。
「あのでかい宝石って世界を支えるモンだったんだろ?本当に大丈夫なのか?」
「さあ、どうでしょう。私はただ主さまの言う通りにしているだけなので」
「実は滅亡の片棒を担いでいた、なんてのはゴメンだぞ……」
無駄話を早々に切り上げて建物を出る。
シスターはナナリウスへ作戦終了を伝えるために一足先に建物を出て、ウィルハルドたちは人目を忍びながら国を抜け出した。
聖石奪取の報を聞いたナナリウスたちは、暴動まがいの騒ぎを即座に止めてシスターと共に追手を撒いて国を出た。
国外で双方無事に合流し、早速次の目的地の確認をする。
「ここから一番近いのはゲラード王国だが、道中に山を越えなくてはならない。移動で大幅に時間を削られてしまうが、どうする?」
「どうするも何も、進む以外に道はないらしいからな。行くかどうかじゃなくて、どうすれば早く移動できるか考えようぜ」
「……ごもっともだ」
ウィルハルドは片手を腰に当てて同意した。
すると、彼の部下の一人が進み出ると畏まってから言った。
「ならば、馬を調達するのが宜しいかと」
「馬か。俺たちの分だけなら数は揃えられるかもしれんが、ナナリウスの部隊分も揃えるとなるとそう簡単な話ではないだろう」
「そこでなのですが、手段を択ばないのであれば私に一つ、案があります」
「……聞かせてくれ」
部下は周辺の地図を広げていくつかの場所を指差した。
「そこには勢力の大きい賊のアジトがあります。そこを急襲して馬を奪取するのです」
「ふむ」
数秒だけ思案してウィルハルドは意見を求めた。
「俺たちは問題ないが、正々堂々を掲げてきたアンタらはこういうのに抵抗があるんじゃないのか?」
「確かに、奇襲だとか盗っ人みたいなことは避けてきた。でも、そんなこと言ってられるほど時間はなさそうだしな。やるんなら、今の俺たちの戦力を考えればいっそのこと正面から行った方が一番上手くいくかもしれねえ」
「大胆だな。噂に聞いていた慎重派とは思えない」
「噂ってのは大体が尾びれ背びれが付いてるもんだ。俺はただ、意味もなく部下を死なせたくないだけだったんだよ」
あらかたの方針を固めたあと、手分けして賊のアジトを襲った。
馬の確保は順調に進み、目論み通りに目的は達成されたのだった。




