表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/234

#18_悪あがき


 この窮地に敵の増援とは……。

 糸のように細かった生還への道が、完全に絶たれた。

 召喚された4体のコピーデーモンのスペックは本体に劣るが、決して弱いわけではない。

 単純に考えれば5対5の構図。

 差しで勝負するなら、誰が本体と闘うのか。

 それとも本体無視で、全員でコピーデーモンを先に倒し、仕切り直しを図るか。

 が、それはないだろう。コピーデーモンもそれなりに体力はあり、どうしても本体入り乱れての戦闘になる。体力が限界近くの者たちは、これまで以上にシビアな判断と立ち回りが要求される。

 そんな戦い方を長く続けられるとは到底思えない。持って数十秒だろう。

 となれば、1対1か。

 いや、私は過去に見た事がある。

 他の選択を。



「悪あがきだろうけど、俺がコピー3体引き付けます!その間に残りをお願いします!武器変更、弓っ」



ハイネガーはそう言うなり再び弓に持ち替えて、出現直後のコピーデーモン3体に向かって矢を放つ。

それを見た誰かが、ハイネガーに向って叫んだ。



「ゲームじゃないんだから無茶にも程があるでしょうに!チッ、しょうがない、何とか耐えてくださいよっ!」


「みんな若いなぁ!俺ぁもうヘトヘトで足が動かないよ。運動不足だねこりゃ」


「あ~あ、自分じゃまだ若いつもりだったけど、たった一か月の筋トレだけじゃどうにもならないね。でもまぁ、そこまでされちゃあ俺ももうちょい頑張るか」


「が、がんばってくださいっ……」



 コピーデーモン3体の注意を引き付けると、他の者から離れた場所まで誘導した。

 既にハイネガーの呼吸は荒く、全身の筋肉が悲鳴を上げているようだ。

 だが、私が出来る事はやはり何もない。

 ただ、最期の時までハイネガーの戦い様を見届けるだけだ。



「てやっ!」



 付かず離れずの距離にいるコピーデーモンに向って矢を放った。

 しかし、なんと間の抜けた掛け声だろうか。ハイネガーらしくあるが。

 接近戦に持ち込まれないよう、ぎりぎりの間隔を保ちつつ走りながら矢を放つ。

 3体受け持ったうちで、攻撃を当てているのは一番手前にいるコピーデーモンのみ。

 手前のコピーデーモンの格闘攻撃だけ気を付けていれば、あとは後続のコピーデーモンのレーザーだけを警戒すればいい。

 いつもであれば容易くやってのけるだろうが、この体たらくではそれは望むべくもないだろう。


 後続のコピーデーモンの1体が右腕を突き出し、レーザーを撃ち出す。



「ふっ!」



 その動きを見逃さず、素早く横に飛んで射線からずれる。

 半呼吸分遅れてレーザーが通過する。

 すぐに他のコピーデーモンに目を向け、挙動を捕捉する。

 続けて後続の1体がレーザー放出の挙動を見せたところだったので、同じ要領で躱す。

 レーザーを回避しては、その隙に矢を放つ。

 それを何度か繰り返す。

 しかし、ハイネガーの体力が落ちてきたのか、徐々に先頭のコピーデーモンとの距離が詰まり始めた。

 最初こそは、なかなかの瞬発力と反射神経を発揮していたが、長くは続かなかった。

 そこからは坂道を転げ落ちるように、すぐに鈍重な動きに変わった。



「くっそー、三十代後半の力はこんなものなのか……!」



 早くも走る体力は底を尽き、前傾姿勢でようやく歩けているといった様だ。

 激しく呼吸が乱れ、弓を持つ左腕も持ち上げることが精一杯。弦を引く右腕もまるで上がり切らない。

それでも残っている力を振り絞って歩き、矢を番える。



「うくっ……」



 狙いはきちんとコピーデーモンに定めてはいるが、重石のような両腕では、せいぜいが下腿部までしか狙えない。



「ぜぇ…ぜぇ……」



 体力の限界の一歩手前。

 ついに近接戦の間合いに入ったコピーデーモンが拳を振り上げた。

 間一髪、予備動作中に差し込んだ一矢がとどめとなり、先頭のコピーデーモンが霧となって掻き消えた。



「ようやく一体か……ダメだ、もう生まれたての小鹿みたいにまともに歩けない……」



 言葉の通りに既に走る事は叶わず、歩くのもやっとといった感じだ。

 これでは、すぐにでも後続のコピーデーモンとの接近戦になってしまうだろう。

 ろくに走ることも出来なくなっていたこの身に、とうとう接近戦の間合いに入ったコピーデーモンの拳が飛んでくる。



「うあっ」



 なんとか屈んでやり過ごしたが、もう他のコピーデーモンが後方でレーザーを放とうとしていた。

 飛び退く体力はすでにない。

両腕を顔の前で交差させて防御するが、放たれたレーザーはこの身を貫いた。



「くぅ、やっぱ意味ないよなぁ」



 視界左下のゲージが数ミリしか残っていない。

 これが全て無くなると、私はどうなってしまうのか。

 私は攻撃を防ぐ手段を持ち合わせていない。

 数秒後には、私も他の戦士のように水泡になって消えてしまうのだろうか。

 そう覚悟した時だった。



「ハイネガーさん、お待たせしました!」


「っ!猫さん!」



 ハイネガーを呼ぶ声が聞こえると同時に、別方向から次々に矢と銃弾がコピーデーモンに撃ち込まれた。

 コピーデーモンはくるりと反転し、ハイネガーに背を向ける。



「そっちは片付いたの?」


「はい、コピーだけですけど。今はヴァンガードさんとガンマスターさんが本体のタゲを取ってくれてます!」



 攻撃の手を休めずに、救世主の猫は報告する。

 ハイネガーを無視して他の者に標的を映すコピーデーモン。

 ここで私が何もしなければ、救世主の猫ともう一人の戦士が攻撃されてしまう。

 ハイネガーは緩んだ気を即座に引き締めなおし、限界が近い腕で弓を構えて攻撃を再開した。



「はあ、はあ、この挟撃で上手い具合にくるくる回って、棒立ちに、っ、なってくれないかなぁ」


「そんな上手くいくわけないだろうなぁ」



 大声を出したわけでもなかったが、反対側にいた戦士の耳に届いていたようだ。



「手早く片付けて、あっちの応援に向かうぞ」


「っ、はあ、はあ、そう、ですね、っ」



 と答えるが、ハイネガーの声に覇気は宿っていない。

 足は完全に止まって膝をつき、腕も上がらず、それでもと放たれた矢は、コピーデーモンの脛あたりしか捉えられない。

 そして、矢は放つ毎に脛、踝、足の甲と徐々に大地へ向かっていた。



「ハイネガーさん、大丈夫ですか……?」



 その様子に、救世主の猫が心配そうに声を掛けた。



「はぁ、はぁ、いや…もう動けない……ごめん…」


「あ、う…どうしましょう」



 こんな姿では強がっても仕方ない。

 ハイネガーは諦めの言葉を吐いたが、それでも弓を射る手を止はしない。

 体力の限界までは。

 両腕の筋肉が震えて、的を絞るにも時間がかかるようになった。

 それでも不幸中の幸いというべきか、味方が善戦しているおかげでコピーデーモンの攻撃は飛んできていない。

 だが、そうだったとしても、私の命が少し伸びるだけだ。

 

 死ぬことに恐れはない。

 だが、全てを出し切らずに諦めては、死んでも死にきれない。

 私を操るハイネガーも、同じ気持ちであって欲しいと願う。



「もう、ほとんど攻撃できる力もない俺に、向って来てくれれば、くっ、はぁはぁ、いいのになぁ……その隙にワンチャン、討伐できるかも、だし……いや、わからんけど」


「ハイネガーさん……」



 この男……やはり私と似ている。

 まるで私の思考や感情を覗き見ているかのよう。

 この男に操られている事を幸運に思う。



「ヤバイっ!本体の相手してたヴァンガードがやられた!」



 コピーデーモンの後ろで、水泡が微かに見えた。

 構わずに最後の力を振り絞って放った矢は、コピーデーモンを霧に変えた。

 残りのコピーデーモンは1体。

 一気に視界が広くなった。

 しかし、やはりもう武器を振るう力すら残っていないようで、必死に腕を持ち上げようと力むが、だらりと下がった腕はもうほとんど動かない。

 デーモン本体へ目を向けると、デーモンの相手をしていたであろう銃使いがレーザーに射抜かれた瞬間が見えた。

 また一人、水泡と消えた。

 デーモンはそれを見届けてから、コピーデーモン越しの私に右掌を向けた。



「あちゃあ、ここで終わりかぁ……」



 ハイネガーが声を漏らす。

 救世主の猫と残った戦士が、こちらを振り向くのが分かった。

 その瞬間、レーザーが私の体を撃ち抜いた。



『私は……』



 そこで私の意識は途切れた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ