#18_悪あがき
この窮地に敵の増援とは……。
糸のように細かった生還への道が、完全に絶たれた。
召喚された4体のコピーデーモンのスペックは本体に劣るが、決して弱いわけではない。
単純に考えれば5対5の構図。
差しで勝負するなら、誰が本体と闘うのか。
それとも本体無視で、全員でコピーデーモンを先に倒し、仕切り直しを図るか。
が、それはないだろう。コピーデーモンもそれなりに体力はあり、どうしても本体入り乱れての戦闘になる。体力が限界近くの者たちは、これまで以上にシビアな判断と立ち回りが要求される。
そんな戦い方を長く続けられるとは到底思えない。持って数十秒だろう。
となれば、1対1か。
いや、私は過去に見た事がある。
他の選択を。
「悪あがきだろうけど、俺がコピー3体引き付けます!その間に残りをお願いします!武器変更、弓っ」
ハイネガーはそう言うなり再び弓に持ち替えて、出現直後のコピーデーモン3体に向かって矢を放つ。
それを見た誰かが、ハイネガーに向って叫んだ。
「ゲームじゃないんだから無茶にも程があるでしょうに!チッ、しょうがない、何とか耐えてくださいよっ!」
「みんな若いなぁ!俺ぁもうヘトヘトで足が動かないよ。運動不足だねこりゃ」
「あ~あ、自分じゃまだ若いつもりだったけど、たった一か月の筋トレだけじゃどうにもならないね。でもまぁ、そこまでされちゃあ俺ももうちょい頑張るか」
「が、がんばってくださいっ……」
コピーデーモン3体の注意を引き付けると、他の者から離れた場所まで誘導した。
既にハイネガーの呼吸は荒く、全身の筋肉が悲鳴を上げているようだ。
だが、私が出来る事はやはり何もない。
ただ、最期の時までハイネガーの戦い様を見届けるだけだ。
「てやっ!」
付かず離れずの距離にいるコピーデーモンに向って矢を放った。
しかし、なんと間の抜けた掛け声だろうか。ハイネガーらしくあるが。
接近戦に持ち込まれないよう、ぎりぎりの間隔を保ちつつ走りながら矢を放つ。
3体受け持ったうちで、攻撃を当てているのは一番手前にいるコピーデーモンのみ。
手前のコピーデーモンの格闘攻撃だけ気を付けていれば、あとは後続のコピーデーモンのレーザーだけを警戒すればいい。
いつもであれば容易くやってのけるだろうが、この体たらくではそれは望むべくもないだろう。
後続のコピーデーモンの1体が右腕を突き出し、レーザーを撃ち出す。
「ふっ!」
その動きを見逃さず、素早く横に飛んで射線からずれる。
半呼吸分遅れてレーザーが通過する。
すぐに他のコピーデーモンに目を向け、挙動を捕捉する。
続けて後続の1体がレーザー放出の挙動を見せたところだったので、同じ要領で躱す。
レーザーを回避しては、その隙に矢を放つ。
それを何度か繰り返す。
しかし、ハイネガーの体力が落ちてきたのか、徐々に先頭のコピーデーモンとの距離が詰まり始めた。
最初こそは、なかなかの瞬発力と反射神経を発揮していたが、長くは続かなかった。
そこからは坂道を転げ落ちるように、すぐに鈍重な動きに変わった。
「くっそー、三十代後半の力はこんなものなのか……!」
早くも走る体力は底を尽き、前傾姿勢でようやく歩けているといった様だ。
激しく呼吸が乱れ、弓を持つ左腕も持ち上げることが精一杯。弦を引く右腕もまるで上がり切らない。
それでも残っている力を振り絞って歩き、矢を番える。
「うくっ……」
狙いはきちんとコピーデーモンに定めてはいるが、重石のような両腕では、せいぜいが下腿部までしか狙えない。
「ぜぇ…ぜぇ……」
体力の限界の一歩手前。
ついに近接戦の間合いに入ったコピーデーモンが拳を振り上げた。
間一髪、予備動作中に差し込んだ一矢がとどめとなり、先頭のコピーデーモンが霧となって掻き消えた。
「ようやく一体か……ダメだ、もう生まれたての小鹿みたいにまともに歩けない……」
言葉の通りに既に走る事は叶わず、歩くのもやっとといった感じだ。
これでは、すぐにでも後続のコピーデーモンとの接近戦になってしまうだろう。
ろくに走ることも出来なくなっていたこの身に、とうとう接近戦の間合いに入ったコピーデーモンの拳が飛んでくる。
「うあっ」
なんとか屈んでやり過ごしたが、もう他のコピーデーモンが後方でレーザーを放とうとしていた。
飛び退く体力はすでにない。
両腕を顔の前で交差させて防御するが、放たれたレーザーはこの身を貫いた。
「くぅ、やっぱ意味ないよなぁ」
視界左下のゲージが数ミリしか残っていない。
これが全て無くなると、私はどうなってしまうのか。
私は攻撃を防ぐ手段を持ち合わせていない。
数秒後には、私も他の戦士のように水泡になって消えてしまうのだろうか。
そう覚悟した時だった。
「ハイネガーさん、お待たせしました!」
「っ!猫さん!」
ハイネガーを呼ぶ声が聞こえると同時に、別方向から次々に矢と銃弾がコピーデーモンに撃ち込まれた。
コピーデーモンはくるりと反転し、ハイネガーに背を向ける。
「そっちは片付いたの?」
「はい、コピーだけですけど。今はヴァンガードさんとガンマスターさんが本体のタゲを取ってくれてます!」
攻撃の手を休めずに、救世主の猫は報告する。
ハイネガーを無視して他の者に標的を映すコピーデーモン。
ここで私が何もしなければ、救世主の猫ともう一人の戦士が攻撃されてしまう。
ハイネガーは緩んだ気を即座に引き締めなおし、限界が近い腕で弓を構えて攻撃を再開した。
「はあ、はあ、この挟撃で上手い具合にくるくる回って、棒立ちに、っ、なってくれないかなぁ」
「そんな上手くいくわけないだろうなぁ」
大声を出したわけでもなかったが、反対側にいた戦士の耳に届いていたようだ。
「手早く片付けて、あっちの応援に向かうぞ」
「っ、はあ、はあ、そう、ですね、っ」
と答えるが、ハイネガーの声に覇気は宿っていない。
足は完全に止まって膝をつき、腕も上がらず、それでもと放たれた矢は、コピーデーモンの脛あたりしか捉えられない。
そして、矢は放つ毎に脛、踝、足の甲と徐々に大地へ向かっていた。
「ハイネガーさん、大丈夫ですか……?」
その様子に、救世主の猫が心配そうに声を掛けた。
「はぁ、はぁ、いや…もう動けない……ごめん…」
「あ、う…どうしましょう」
こんな姿では強がっても仕方ない。
ハイネガーは諦めの言葉を吐いたが、それでも弓を射る手を止はしない。
体力の限界までは。
両腕の筋肉が震えて、的を絞るにも時間がかかるようになった。
それでも不幸中の幸いというべきか、味方が善戦しているおかげでコピーデーモンの攻撃は飛んできていない。
だが、そうだったとしても、私の命が少し伸びるだけだ。
死ぬことに恐れはない。
だが、全てを出し切らずに諦めては、死んでも死にきれない。
私を操るハイネガーも、同じ気持ちであって欲しいと願う。
「もう、ほとんど攻撃できる力もない俺に、向って来てくれれば、くっ、はぁはぁ、いいのになぁ……その隙にワンチャン、討伐できるかも、だし……いや、わからんけど」
「ハイネガーさん……」
この男……やはり私と似ている。
まるで私の思考や感情を覗き見ているかのよう。
この男に操られている事を幸運に思う。
「ヤバイっ!本体の相手してたヴァンガードがやられた!」
コピーデーモンの後ろで、水泡が微かに見えた。
構わずに最後の力を振り絞って放った矢は、コピーデーモンを霧に変えた。
残りのコピーデーモンは1体。
一気に視界が広くなった。
しかし、やはりもう武器を振るう力すら残っていないようで、必死に腕を持ち上げようと力むが、だらりと下がった腕はもうほとんど動かない。
デーモン本体へ目を向けると、デーモンの相手をしていたであろう銃使いがレーザーに射抜かれた瞬間が見えた。
また一人、水泡と消えた。
デーモンはそれを見届けてから、コピーデーモン越しの私に右掌を向けた。
「あちゃあ、ここで終わりかぁ……」
ハイネガーが声を漏らす。
救世主の猫と残った戦士が、こちらを振り向くのが分かった。
その瞬間、レーザーが私の体を撃ち抜いた。
『私は……』
そこで私の意識は途切れた。




