#179_糾弾
何事もなく朝を迎えた浩介と久遠。
身支度を整えて外に出ると、朝日が昇ったばかりの秋らしい肌寒さを感じる。
アレイクシオンは昼夜でも寒暖差は激しくなかったので、地球のこの感じは感慨深い。
朝日を背に、朝食を摂るため瞬間移動でアレイクシオン城へ行く。
王城に詰める兵士や従者たちと共に食後をいただいた後、すぐに『もがみ』へ飛んだ。
オペレーターに昨日の続きに行ってくると伝え、マーカーの示す場所を片っ端から襲撃していく。
そうして今日も日が暮れるまでいくつか施設を解放し終えたが、それでもまだ半分以上残っている。
だが、このペースで行けば五日程度でやり遂げられそうだ。
夕食は昨日と同じくアレイクシオン城の食堂で分けてもらい、家に帰って風呂に入り眠る。
そうして浩介たちがU自治区民を解放している最中に、C国国家主席は昨日の発表通りに各国へ向けて声明を出していた。
「先日のA国の追及に対する我が国の答えだが、繰り返し申し上げている通り、あれは保護施設以外の何物でもない。
一体、誰がそんなでたらめな事を言い出したのかは知らないが、そんな根も葉もない噂を鵜呑みにするなど愚かな事だ。
例えA国の言うような事が行われていたとしても、それはC国の意思ではない。我々を陥れようとする何者かの謀略だ。だから、まずはその謀略を企てた者を特定するのが理であるのは言うまでもない。
だが、それよりもまずは我が国を蹂躙している正体不明の敵をどうにかしない限り、冷静な話し合いの場は望めない。
これを見ている各国のリーダーには、賢い判断を期待する」
これを受けて、A国は翌日に会見を行った。
「C国の声明を聞いたが、非常に不誠実で不愉快極まりない内容だ。
U自治区で行われていたジェノサイドは何者かの虚言や妄想で、国は関与していない言う。だが、こちらにはすでにその証拠を掴んでおり裏付けも取れている。
もし、C国がなおも白を切るつもりであるなら、それらを全て開示させてもらう。それを未だ公表しないのは、ひとえにC国に最後の良心を望んでいるからに他ならない。
魔物を地上から排除し、この問題も解決した後の世界でも良好な関係を構築していきたいというのが我が国の望みだ。
それが叶うかどうかはC国次第だ。
くれぐれも国際社会の信用、いや全人類の信用を裏切る結末にならない事を祈る」
U自治区民の救出に全力を尽くしていた浩介は、家に帰ってもテレビを見る余裕もなく眠りについていたので、そのような事態になっていたとは知らなかった。
そして、A国の最後通告ともとれる声明へのC国の返答も、その間に出されていた。
「A国の我が国への冒涜は度を越している。まるで我々が悪魔かのような言い様だ。
A国がそのような態度を見せるのであれば、例え平和な世が訪れたところで、我々のA国に対する不信感と怒りは尾を引くだろう。
証拠を掴んでいると聞いたが、そんなものはありはしない。なぜなら、非難されるような事実はないからだ。
そのような虚構の問題よりも重要な問題が目の前に出現している。再三申し上げたが、それを一番に解決させなくては始まらない。
我々が憎くて不実の罪を被せたところで、我が国を蹂躙している正体不明の存在を放置していては諸国を交えた公平な話し合いも実現不可能だ。
さらに、敵はいずれは近隣諸国へ侵攻し、至るところで惨劇が起こるだろう。
国、ひいては人類社会の継続の為に迅速な行動をお願いしたい」
運命のいたずらか、たまたま浩介が何となくテレビを付けている間には、これらの情報は流れていなかった。
そして、ついにA国が全世界に向けて言葉を発信した。
「こちらには証拠があり、誠実な態度を示さなければ公表すると勧告した。
対して、彼らは勇敢にも我々の脅迫には屈せず、己の都合という正義を迷いなく振りかざした。厚かましさもここまでくれば称賛に値する。
しかし、人として取るべき選択を誤った。過ちを認め、真摯に責任と向き合う事を拒絶した彼の国は社会的に滅ぶことになるだろう。
ここまで追い込むことはしたくはなかったが、これも彼らの責任の取り方の一つであり、彼らはそれを選んだ。
これが、まず一つ目の証拠だ」
そこで大統領は鋭く一息ついてから、画面外に待機していたスタッフに目配せして一つの映像を流させた。
ホワイトハウスから切り替えられた映像には、浩介たちが解放した数多のU自治区民たちが外壁のコンクリートの残骸を背景に映っていた。
救出されて間もない時だと見られる。
ゆっくりと水や食糧を口にしている。
そこで、ある一人の女性にカメラマンが声を掛けた。
「周辺の国から移送車両が向かっている。もうすぐ家に帰れるぞ」
「……本当に?そう言って他の場所に連れて行ったりするんじゃないの?」
「あぁ、そんな事には絶対にならない。もう君たちは自由なんだ。そして、俺たちはこんな酷い事をしたヤツらが許せない。
相応の罰を下すためにも、辛いだろうけどここで起きていた真実をこのカメラに預けて欲しいんだ」
「……わかったわ」
そういって彼女は強制収容施設で行われていた凄惨な虐待や殺戮の様子を涙ぐませながら語った。
カメラマンが求めた証人は彼女一人だけではなく、数十人にも及ぶ。
その後にカメラマンは倉庫に入るが、捏造を疑われないようにずっとノーカットでその様子を流す。
倉庫内に蓄えられた食糧は主にC国産で占められ、そこから更に離れていた場所にあった兵舎にはC国の軍服と装備があった。
だが、一番の驚きは別のものにあった。
「これはっ!」
カメラマンが思わず声を出してしまうほどの物。
C国政府による、U自治区に対する政策関係の指示書があった。
紙は日焼けして少しだけくすんでいた。
紙面をカメラで映しながらも掻い摘んで読み上げる。
「 本土西部に定住している部族の処遇について。
C国への貢献と奉仕を徹底させていくにあたり、C国に属しているにもかかわらず非協力的な国民へは教育を促す必要がある。
不穏分子はあってはならず、U自治区の監視を怠ってはならない。
反抗的な姿勢を見せた者に対しては毅然として臨み、教育を施すため速やかに隔離施設へ移送せよ。
なお、教育方法は問わず、担当に一任することとする。
隔離施設で発生したいかなる問題は、我が国への忠誠に基づく行為とし、罪に問わないものとする」
そこで一旦画面が切り替わり、再び大統領の姿が映る。
「これを合成映像だと思う者は現地へ行くといい。私が援助しよう。行くだけ時間の無駄だがね」
内容を知らされていなかったスタッフのざわめきが聞こえる。
だが、まだ矢は放たれる。
「次の映像も見てもらいたい」
今度は近代的で清潔感のある病院の一室。
そのベッドに横たわるのは、怪我を治療中のU自治区民。
カメラマンが簡単に状況を伝えた。
「ここは日本の病院。彼は元々U自治区に住んでいた男性で、先日自衛隊を襲って異世界に侵入したグループの一人です」
それからベッドに横たわる彼に、そのような行動に出た理由を聞いた。
「俺は家族から引き離されて、戦闘訓練を強いられた。そして、日本でやるべき命令を言い渡された時に言われたんだ。
C国の名前は出すな。出したら家族を皆殺しにするって。命令に背いても逃げても殺すと言われた。
だから、もうやるしかなかったんだ……」
かつての武装集団の全員の話す内容は、どれも彼と同じだった。
そして、再びホワイトハウスの様子を映し出した。
「これを見ても何も響かないようなら、こちらにも考えがある。
謝罪でも弁明でも何でもいい。会見を開いても私へのホットラインを通してもいい。三日以内にこれに対する何かしらの言葉を求める。
もし、返答が無かった場合は、このジェノサイドに対する相応の報復を覚悟してもらいたい。
どうか、賢明な判断を」
それを最後にA国の糾弾は終わった。
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U自治区民の解放を始めて五日目の朝。
自宅を出た浩介は、今日で強制収容施設の解放の目途が立っていたので、気持ちが軽くなっていた。
本日も『もがみ』の甲板でオペレーターに朝の挨拶をする。
「おはようございます。C国の戦況はどんな感じでしょうか。手伝うことはありますか?」
浮ついた気持ちから余計な気遣いが出た。
「おはようございます。現在、首都近郊にゴーストの存在を認めています。
百体以上と数が多く、周辺にも百万体ほどの魔物が密集して徘徊していますので迂闊に手が出せない状況ですが……」
言葉を選んでいるのか言い淀んだ。
「……どうかしましたか?」
「いえ、お二方の力をお借りするのは後でも問題ありません」
「はあ。強制収容所を後回しでもいいなら引き受けますけど」
「大丈夫です、U自治区民の方の救助を優先してください。恐らく、襲われた地区に生存者はいないので」
「……まさか、捜索で何か分かったんですか?」
「生存者はゼロでした。ロッカーや押し入れ、屋根裏に隠れていた人も残らず害されました。魔物は人間の居場所が分かるようです」
どれだけ人間の殺戮に特化した存在なんだ。
それが本当であれば、生き残っているのはシェルターに避難できた人たちだけという事になる。
「まだ無事な地域はあるんですか?」
「大陸東南部から中央にかけては今のところは無事です。魔物たちは北東に侵攻を続けていて、間もなく首都へ到達すると思われます」
「……魔物たちが揃って首都へ?……おかしい」
訝しむ浩介に同意を示し、久遠も口を挟む。
「そうだね、これまで遭遇した魔物たちは基本的に人間を狙う事しか考えていなかった。
統率が取られているように見えるけれど、そんなのはこれまでなかった。
だとしたら今暴れているのは、ヒトガタが魔物を生み出す際に何か手を加えて目的を植え付けた……?」
「魔物の元は混沌とした自我のないエネルギーなんだろ?そんなことができるのか?」
「分からない。私もアイツの全部を知ってるわけじゃないからね。ただ言えるのは、あいつは予想を遥かに超える強さを持った。出来る事が増えていたとしても不思議じゃないよ」
ヒトガタは自衛隊に宝石を持ち帰らせて研究させることによって、たった数年で自身の復活を早めた。
他に仕組んだことと言えば、アリスの体を隠れ蓑にしただけ。
その二手だけで、復活を百年以上も早めた。
そんなヒトガタが魔物に指向性を持たせたことに何の意味もないはずがない。
「絶対になにかあるはずだ……何だ、何を見落としている?」
オペレーターがどこか切羽詰まった様子で伝えてきた。
「敵が首都へ到着しました。ですが、様子がおかしいようで……」
「えっ」
「群れが二つに分かれ、一つは首都を遠巻きで見るように包囲し、残った少数はその中心に一か所にまとまって動きを止めました」
「……そこに何があるんだ?」
明らかに今まで見せた事のない統率の取れた動き。
ここまでくればヒトガタが何かを企んでいるのは確定的だ。
ならば、その陣形が意味するところを考えなくてはならない。
四角の中に点が一つ。
「……まさか、照準?」
「恐らくは。私たちもそう考え、対応を検討しています」
「だけど、どうしてそんな事を……。わざわざ上空からしか分からないような動きをして何の意味がある?何かがそこにあるとして、どうして魔物自ら手を出さない……。いや出せないのか?」
その時、外洋から轟音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのある音。
バルガントと対峙した時に聞いたものと似ている。
「これは、戦闘機?」
それも一機や二機ではなく、五機。
それらは浩介たちの上空を素早く過ぎ去り、C国本土へ向かっていく。




