#178_報道の仕方と裏事情
久遠と交代で浩介もシャワーを浴びて汚れを落とした。
砂埃の付着が酷くなければ湯舟を沸かしてゆったりとしたかったが、今日の汚れ具合はせっかく沸かした湯船に飛び散ってしまうほどだったので諦めた。
風呂から上がると大好きなバンドのライブTシャツにジーパンというラフな恰好に着替え、洗濯機を作動させて久遠が待つリビングへ戻る。
テレビはまだニュースを流していた。
「そういえば、リモコンの操作は知らなかったか。ここにある数字の書いてあるボタンを押すと、こんな風に番組を……ん?あれ?」
「ん?」
浩介は確かにリモコンを使ってチャンネルを変えているはずだが、ボタンを押すたびに画面がチカッを瞬くだけで番組が変わらない。
リモコンの故障か本体側の不具合かと思い、音量を上げ下げしたり天気予報を呼び出したりするが、それら機能は何の問題もなく使えていた。
もう一度、局を切り替えようとボタンを押す。
「……へ?どういう事?」
チャンネルをいくつも変えたが、どこも同じだった。
「まさか……。全部のチャンネルが同じ放送って、嘘だろ」
「何かあったのかい?」
浩介は説明が下手なので、話しても却って混乱させてしまう。
久遠には申し訳ないが、少しはぐらかさせてもらうことにした。
「うん、まあそんな感じかな……。もしかして、緊急事態だから民放を制限したのか?」
リモコンをテーブルに置いてソファへ座ると、久遠が嘆息しながら話してきた。
「それにしても、この世界は凄いね。遠くの景色がこうして目の前にあるなんて」
「あー、言われてみればその通りか。産業革命、蒸気機関の発明がなければ、今もあっちの世界と似たようなものだったかもしれないな。そこから急速に発展していったからね」
「じゃあ、あっちの世界も歴史を変えてしまうような人がいれば、こっちみたいにとても便利な世の中になっていたのかもしれないんだね」
「かもね。でも、俺は諸手を上げてそれが正しいとは言えないかな。ちょっと前に言ったけど、その技術は自然破壊ありきのものだからね。それは緩やかに人類を破滅へと導いてた。ヒトガタがいなくてもね」
何気なく口から滑った言葉に、自身も気付かされた。
「(そう、この世界の人類はヒトガタが滅ぼすまでもなく、早ければ百年で自滅するのかもしれないな)」
この心の声は久遠に聞かせられない。浩介の暗い部分が顔を覗かせていた。
その思考に寄ってはならないと分かっていたので、闇を振り切って話題を変える。
「そういえば、お腹空かない?」
即座に久遠のお腹がかわいらしく返事をした。
タイミング良すぎ。
「実は……」
少しだけ恥ずかしそうに言った。
浩介は軽く笑ってから腰を上げる。今度は顔バレ防止のためにマスクをして、元の職場ではないコンビニに出かけた。
体力はそこまで消耗していないが、U自治区民の解放でかなり精神的に疲れていたので、せめて翌朝までの短い休息時間は平穏に過ごしたい。
そして、その願いはある意味、叶えられた。
「……まーじか。コンビニ閉まるとかまじーか」
店の照明は全て落ち、外から見える限り商品棚はすべて空っぽ。
そして、いくら近寄ってもうんともすんとも言わない自動ドアには一時閉店を報せる張り紙。
近所のスーパーへも足を運んだが、やはり閉店している。
背に腹は代えられない、と元の職場へ赴くも同じだった。
浩介は知らなかった。
聖マリアス国が魔物に襲われていた時を同じくして、ヒトガタは地球人類に対しても滅亡を宣告していたことを。
日本政府の公表により、オイルショック以上の混乱が起きていたことを。
「なんか知らない世界に入り込んだみたいだな……」
どの店も閉まっている。
こうなってはもうアレイクシオン城のコックにお願いするほかはない。
ということで、王城へ行ってさくっと簡単な料理を作ってもらって帰って来た。
「おかえり。だいぶ時間がかかったようだけど、何かあったのかな?」
「あー、まあね。でも、とりあえずはい、これ」
木の器に入った雑炊のようなものを渡すと、久遠は不思議に思った。
「おや?これは私の知っているものだけれど……わざわざ戻ったの?」
「うん。なんでかは知らないけど、近所の店が全部閉まってたからね」
「ふぅん」
何か考えるように器に目を落としたが、すぐに顔を上げてご飯を口に運ぶ。
自宅で異世界の料理を食べるとは、どうにも奇妙な感覚だ。
そんな貴重な経験をあっという間に終えると、ずっとヒトガタ関連のニュースをやっているテレビから世界を揺さぶるような情報が流れて来た。
「たった今入って来た情報をお知らせします。
C国西部の山岳地帯にある保護施設とされていた建物には、U自治区に属する人々が数万人規模で監禁されていた事実がA国の発表により明らかになりました。
現在、核シェルターに避難しているC国国家主席は、各国メディア機関に後ほどこの件に関する声明を発表する意向を示しましたが、それに先んじてA国が先ほど緊急会見を開き、C国を痛烈に批判しました」
キャスターの声を背景にしてA国の会見の様子が映し出されている。
A国大統領の声が入って字幕が流れたが、浩介たちに字幕は必要ない。
「我々はかねてよりずっと、C国によるジェノサイドは存在すると訴えてきた。その度に彼らは『事実無根、罪の捏造は断じて許容できない』などと言っていた。
だが、彼らは嘘をついていた。それが先ほど証明された。遥か昔とは違い、我々はもう野蛮人ではない。この地球上で二度と歴史にジェノサイドを刻んではならない!
我々A国は強制連行されたU自治区民に対し最大限の援助をする。無論、並行して魔物と呼称されている敵への対処も完璧なものにしていく。
そのうえで、C国にはこの件についての謝罪と責任、先進国としての誇りと自覚を要求する」
二人が関わった事案なので、自然とテレビに釘付けられた。
大統領の話の内容に同意する。
だが、腑に落ちないものがある。
「あの作戦にはまだA国は参加していなかったはずだよな。それに、収容施設があったのは往来の険しい岩山の中だし、俺らがいた時は誰とも遭遇しなかった。なんでこんな短時間で知ることが出来たんだ?」
「誰かが教えたんじゃないのかな?」
「まあ、それが一番妥当だと思うけど……。どうしてA国が一番最初に強制収容施設だったと突き止めた風な状況になってるんだ?あそこの実態を一番最初に確認したのは俺たちで、それを真っ先に報告したのはA国ではなく自衛隊だ。
なら、日本もしくは作戦に参加しているほかの二カ国しか情報を知り得ないはずなんだけど……。ここでも裏の事情ってヤツが絡んでるのか?」
思い返してみると、キャスターは「A国の発表」と言ってはいたが、情報の出どころを言ったわけではない。
これは国営放送だ。
こんな世界規模の事案に対して、噂話みたいに話の出どころを偽るわけにはいかない。
だから、嘘を言うのではなく、核心に触れる部分は「言わない」のだろう。
日本とA国の関係を思い出す。
「(もしかして、国民に知られてはいけない何かがあるのか、それとも俺の勘繰り過ぎか……)」
これ以上は考えても答えは出ない。
今日はもう余計な事は考えずに休もう。
「明日も早いし、そろそろ寝よう」
「なんか勿体ないような気がするけど、そうしようか」
「勿体ないって、何が?」
「こんな風にすごい文明に囲まれた場所でゆっくりできることなんて滅多にない、ってことだよ」
「全部に片が付いたら、いくらでもウチでゆっくりできるさ」
「ホントにいいの?」
「どうしてそこで嘘つく必要があるんだよ」
軽く笑うととんでもない返しが来た。
「さすがに今プロポーズされるとは思わなかったよ」
「はああえええええっ?!」
予想外過ぎるセリフに変な声が出た。
「なんでそうなる?!」
「だって、いくらでもここでゆっくりして良いってことは、つまり永住できるってことだよね。イコール家族だよね。私がキミの家族になるにはもう結婚しかないわけで」
「あああああぁぁ……た、確かに、そうとれなくも、ない、か……?」
いつでも泊まりに来いと言ったつもりだったが、言葉足らずでこんな解釈されるとは思わなかった。
自分の落ち度かと思ったが、ふと考え直す。
「いや待て、これは俺が悪いのか?あの話の流れでそう受け取る久遠が特殊な思考回路してるだけなんじゃ……」
「それじゃあ、寝ようか。先に部屋に行ってるよ」
「あ、ああ、そうしてく……いやちょっと待て!」
しれっと同衾を狙ってくるとは油断も隙もない。
据え膳食わぬは男の恥じというが、将来的にそういう関係になる事があったとしても、けじめや筋はきちっと通しておきたい。
誘って来たからと安易に引きずられては、単なる節操無しだ。
断じて、臆しているとかそんなことではない。
と言い切りたいところだが、DT力の高い浩介は全力で意気地なしだった。
「久遠っ!いや、そのプロポーズもしていないし、俺の部屋で寝ようとするのはだめ!葉月の部屋で寝なさい!」
「えー、だめ?」
「だめっ」
「どうしても?何もしないからさ」
「それ男のセリフっ!」
「仕方ないなぁ。今日は我慢してあげるよ」
「今日はってなんだ」
じゃあおやすみー、と言ってあっさり引き下がった久遠は葉月の部屋へ向かった。
浩介は大きくため息を吐く。
「久遠はあれか、肉食系女子ってヤツか……?それともからかってるだけなのか?」




