#177_休息
無事に囚われの人々を故郷まで送り届けると、浩介は彼らへ向けて、
「あ、こんな能力ありますけど私は人間なので、神がかり的な救済とか断罪はできないです。超能力者みたいなものなので」
と言い残して足早にその地を後にした。彼らから浩介たちが見えなくなった所で、瞬間移動で『もがみ』の甲板に戻った。
瓦礫の山をそのままにしてしまったと思い出したが、後でいいかと一先ず捨て置いた。
甲板上から無線でU自治区民の解放と帰還を報告すると、まさかのおかわりをお願いをされた。
「任務お疲れさまでした。では、他の収容施設のデータを送りますので、続けてマーカーが打たれた場所へ向かい、救出をお願いします」
「え……あ、一つだけじゃなかったんですね」
嘘だろ、という言葉が飛び出そうになったが飲み込む。
が、オペレーターの方は声のトーンから浩介の内心を察したように付け加える。
「この情報をお耳に入れなかったのは、お二方が本当にこの任務を完遂できるかどうか見定めなくてはならなかったからです。
気を悪くしないでいただきたいのですが、最初から全ての情報を与えてしまってからお二人の力が及ばないと判明した時、後の情報漏洩を防ぐための措置だったのです」
「なるほど……」
つまり、情報を得たからには全ての場所を解放しなければならない。
もしそれが達成されなかった場合、いつどこで浩介の口から収容施設の場所が漏れ出してしまう恐れがある。
更にそれが良からぬ組織に伝わった場合、事態は混迷を極めてしまう。
なので、まずは浩介たちの実力を確かめるために一か所だけ所在を明かしたという経緯らしい。
「分かりました。ですが問題が一つあるかもしれないのですが」
「何でしょうか?」
「まずは収容施設の場所のデータを送ってもらえますか」
「少々お待ちください」
そう言って暫し無言の間が生じ、手持無沙汰に周りの海やら遠くに見える廃墟寸前の街並みやら久遠をチラ見したりして時間を潰し、それからオペレーターの返事があった。
「お待たせしました。送信しましたのですぐに確認をお願いします」
浩介と久遠はほぼ同時にマップを表示させると、先ほど襲撃した収容施設の山岳地一帯に大きさが大小さまざまな赤い点が数多く記されていた。
「こんな近くにこんなにあるんですか!?」
「そうです。お二方が救い出したのは一番小さな施設で、強制収容所全体では推定100万人の収容者がいるともいわれており、マップに記した通りそれだけの数と規模の強制収容施設らしき建造物が確認されています。
とはいえ、この全てがそうであるかは不明なので、虱潰しで確認していくしかありません。
お二方にはマーカーの示す場所へ向かい、捕らえられている人たちがいれば救助をお願いしたいのです」
「……分かりました。私個人としても、あんな酷いのは許しがたい。数日かかるかもしれませんが、やってみましょう」
「ご協力、感謝いたします。それで、問題とは?」
「ああ、そうでした。収容施設から助け出した後の、彼らを故郷へ帰す手段です。道が険しかったり場所が遠かったりして、憔悴している人が到底踏破できるものではなかったんです。車や輸送機か手配していただけると。
それと、監禁されてた人たちは満足に水も飲めない環境でさらに暴力も振るわれていたみたいなので、ケアできる人たちの手を貸していただけると助かるんですけど……」
「分かりました。対処できるようにしておきます」
そうして通信は終わった。そして、とんぼ返りで次の強制収容施設へ向かった。
そこでも同じようにコンクリートの壁の中に併設されたいくつもの建物があったので、施設はどれも同じ造りなのだろう。
ということは、攻略手順も全く同じで構わないだろうということで、次々に人々を解放していく。
ついでに、近くに食糧の保管所がないかと探すと、木々に隠れるようにした怪しげで大きな倉庫を一つ見つけた。
もしやと思い、扉を刀で切り裂いて中を検めると、案の定だった。
「こんな場所にあったのか。……うん、水もある。大きな割にはそこまで量は多くないけど、一日二日はなんとか食いつなげそうだな」
解放した数人を倉庫へ案内し、全員に分け与えるように言う。
その後に浩介は排泄物は敷地の隅に作った瓦礫の山を利用するようにと伝えると、『もがみ』の甲板上に瞬間移動して解放した場所と倉庫の件を報告した。
一か所解放するごとにそれを繰り返す。
理由は、人々を移送するまでの時間の短縮だ。
全部解放してから一括報告では、最初に解放した場所の人たちはそれまでずっと足止めされたままで、下手をすれば食糧が尽きてしまう恐れがある。
というわけで、自衛隊がどういう方法で移送手段を用意しているかは知らないが、すぐに動けるように都度報告する。
そうこうしているうちに、景色は朱に染まり視界が悪くなった。日暮れである。
物が良く見えぬ中で行動するのはリスクが高いので、今しがた解放した場所で一旦区切りとした。
「やり始めたのが遅めの時間だったから、数か所しか終わらなかったな」
「まだかなり残ってるね。順調に行ってもあと一週間はかかりそうかな」
『もがみ』の甲板上で帰還報告すると、お疲れ様という労いの言葉とともに艦内で休むようにと言われた。
しかし、船の中というのは慣れないうちはあまり休まらない。なので浩介はダメ元で聞いてみる。
「ウチ帰って休んでもいいですか?」
ここ東シナ海だぞ?何を言ってんの、と匂わせてくる僅かな沈黙の後、あぁ、と思い出した風に許可が下りた。
久遠を連れて自宅の玄関へ戻った。
「ふー、ただいまー」
「おかえりー」
なんだこれ。新婚さんか?
と、軽口が頭の中で流れたが、悪い気はしないどころか少しだけ心が弾んだ。
家の電気を点けていき、テレビを付ける。
「シャワー使うけど、先に入……うわ」
「え、なにどうしたの。人を見るなり失礼だなぁ」
「いや、お先にどうぞ」
「んん?よく分からないけど、じゃあお先に失礼するね」
久遠が風呂場へ向かって少ししてから、悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ!何これ、埃塗れじゃないか!恥ずかしい……」
「自分では見えないからなぁ……多分、俺も相当なんだろうな」
着ている土埃の匂いのする服を見て、その有り様が大体は想像が付いた。
「このジャケット、気に入ってたんだけどなぁ。下手にカッコつけるんじゃなかった」
袖や裾の切れた紺のジャケットを物悲しく眺めて、久遠が風呂に入った音を聞いてからそちらへ足を向ける。
シャワーの音を聞きながらすりガラス越しに声を掛ける。
「久遠、着替えとかないだろ。本当は葉月のを使えればいいんだけど、勝手に触るわけにはいかないから、悪いけど俺ので我慢してくれる?」
「ありがとう、助かるよ」
返事を聞いて、洗濯籠に綺麗に畳まれている久遠の服が目に留まる。
「じゃあ、この服洗濯してお……あ」
洗濯機に放り込もうと服を持ちあげると、その下から顔をのぞかせた純白の神秘。
神々しいと言うか、アモールの異名を持つ神の名というか、エロス。
見えない矢で煩悩を射抜かれて動きが止まる。
様子がおかしいのに気が付いた久遠が心配そうに声を掛けてきた。
「何かあった?」
その声で呪縛から解き放たれた。
「い、いや何でもない。服、洗濯するから上がったら洗濯機に入れておいて」
「悪いね、助かるよ」
何事もなかったかのように服をそっと戻し、煩悩を追い出す。
自室で久遠の替えの服を見繕うが、こういったシーンでの服と言えば一つしか思い浮かばなかった。
「ワイシャツ……なのか?それでいいのか?本当に?」
箪笥を引き出していくと、長袖のパジャマが目についた。
「これだ!」
ということで、浴室の上り口にパジャマとバスタオルを置いた。
それからリビングで何となくテレビを見ていると、興味深いニュースが流れていた。
「先日、C国に突如として現れた謎の生物の群れは本日、日本とO国、そしてR国の共同作戦によりその総数を大幅に減少させる事に成功し、港湾都市周辺を奪回しました。
しかしながら、依然として主要都市のいくつかは未だ謎の生物の支配下に置かれ、多くの住民はシェルターでの生活を余儀なくされています。
この事態を重く見たA国政府は今朝方、討伐部隊の派遣を決定。午前中には空母四隻がホノルル基地を出発し、現在も東シナ海へ向かっている最中とのことです」
前半は既に浩介の知る情報だったが、後半のA国の話は初耳だった。
「っていうか、在日A軍基地は動かないんだな」
そう独り言をつぶやいてから、それもまた一般人の与り知らぬ事情があるのかもしれないと考えて納得しておく。
そのままニュースを見続けること十数分、廊下から足音が聞こえて久遠がリビングに入って来た。
「あがったよ。まさかシャワーというものがここまで快適で便利だとは恐れいったね」
浩介のパジャマに身を包んで、髪の毛をバスタオルで拭きながら登場。
「んがっ……」
「なに、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
アニメにおいてはお約束の展開だが、それが現実になった瞬間、言葉に詰まるほどとてつもない衝撃を受けるとは思わなかった。
心の中で様々な主人公たちに向けて土下座をした。
「(こんなことぐらいで動揺するなんて主人公ウブ過ぎんだろとか思っててごめんなさい……。これはまさに、神が理性を問うために与えた試練だわ)」
とか、そんなくだらない事を思ったとか思わなかったとか。
辛く長い夜が始まるのだと覚悟した。




