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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
175/234

#175_C国本土奪還作戦(U自治区民解放作戦・2)


 銃弾の雨が浩介と久遠に迫るが、ただの銃火器がこの二人に通用するはずはない。



「ふう」



 わざとらしく声を出して息を吐いて右手を前に翳し、空壁が銃弾を全て弾く。

 弾丸がカラカラと音を立てて二人の前に落ちていく。



「な、なんなんだお前はっ!これだけ撃ってもどうして死なないっ!?」



 兵士たちは理解不能だった。

 弾丸がどうなっているのか見えない彼らの目には、浩介と久遠は平然としているように映っている。

 目の前にいるのは人間ではなく、やはり幽鬼の類だったか。そう確信してしまった途端、心臓をわしづかみにされたような恐怖に襲われ、後退りながら悲鳴を上げて乱射した。



「ば、ばけものっ!早く消えろっ!来るなあああああっ!」



 恐怖は兵士全員に伝播し、逃げ出す者や蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる者が現れ、場は混乱に陥った。

 それでも半数以上の兵士はなんとかトリガーを引き続けていたが、残弾にまで気を配れる余裕は持ち合わせおらず、一分もしないうちにけたたましく響いていた銃声はぱたりと止んだ。

 弾切れに思い至る前に故障と決めつけてライフルを投げ捨て、腰のホルスターからハンドガンを引き抜いてトリガーを引く。

 が、半錯乱状態だったせいでセーフティロックの解除に気が回らなかった。



「くそがっ!」



 苛立たしくロックを外すとすぐに弾丸が撃ち出されたが、やはり無駄な抵抗には変わりがない。



「クソがっ、クソがっ、クソがあああっ!死ねよおおおおっ!」



 考えなしに滅多矢鱈に撃ち続けたので、あちこちへ飛んでいきすぐに弾倉が空になった。

 カチカチと空撃ちするようになってから弾が尽きたことに気が付き、今度はサバイバルナイフに手を伸ばすが、ピタリと躊躇うように動きが止まる。

 霊感があったり霊能力者でもない人間が、幽霊に仕掛けて勝てるわけがない。

 後退る踵に破壊されたコンクリートの欠片が当たって、バランスを崩して尻もちをつく。



「くっ、な、なんだ、俺たちを殺すのかっ!?」



 それでも威勢だけは損なうまいとする姿勢は見上げたものだ。

 浩介はそんな彼に近づいて見下ろす。



「ひっ!」


「俺たちの目的は、ここに収容されてる人たちの解放でね。一人残らず連れて行くけどいいよね」


「な……それは……」



 承諾は職務放棄と同義であり、処罰は必定。

 己の命と使命感のせめぎあいの中、目の前の男があまりに人と変わらないので、この距離なら刺せるのでは、と幽霊と思っていた事を忘れた。



「くっ」



 兵士は黙り込み、答えを引き出せそうもない。

 浩介は勝手にやらせてもらおうと久遠に言う。



「しょうがない、俺は車が無いか調べに―――」


「うあああああああっ!」



 兵士は顔を背けた隙を狙ってサバイバルナイフで斬りつけて来た。

 途端、浩介の見ている世界がスローモーションになる。

 デーモンと戦った時と同じだ。



「(これはっ……発動条件はなんだろう。この宝石の宿主に聞けば教えてくれるかもしれないけど、対話は向こうにその気がなければ無理だって久遠が言ってたからな。

 その時を気長に待ちつつ、こっちでも考えてみるか)」



 兵士の逆手に持ったナイフが浩介の脇腹を引き裂かんと目掛けてくるが、それはナメクジの移動速度にも等しい。

 悠然と刀を出現させ、ナイフを根元から叩き折って兵士の後方へ回り込む。

 直後、時間が速さを取り戻した。



「ぁああああっ!……あ?」



 斬りつけようとしていた相手が一瞬で消え、渾身の叫びも振り抜いた腕も行き場を失って力をなくす。

 そして気付く。



「……は?」



 ナイフの刃が根元から折れていることに。

 呆然とほぼ柄しかないナイフを見つめた時、斜め後ろから覆いかぶさる影を見た。

 嫌な予感がして、振り向けない。

 動いたら殺される。

 もしかしたら、呆けた振りを続けていれば免れるかもしれない。

 そう思っていた。

 だが、それは間違いだった。



「うん、今のあんたの気持ちはよく分かるよ。実は俺も幼いころに一回だけ幽霊を見た事があってね。まあ見たのはそれ一回きりだから霊感なんてないんだけど。

 本当に怖いとさ、指一本どころか視線も逸らせないよね。でも、悪いけどこれだけで終わらせるわけにはいかなくてね。

 監禁されてる人たちを解放した後に、やぶれかぶれでその人たちに危害を加えられちゃ困るから、寝ててもらうよ」



「……え」



 恐怖で鈍った思考が働き始めた時、背中に強烈な蹴りの一撃が入った。



「がっ!」



 野球のライナーのように十メートルほど低空を飛ぶと、砂埃を上げながら地面を転がった。



「う……うぅ……」



 体が麻痺したかのように動けず、ただ激痛に呻くしか出来なかった。



「キミもなかなか容赦ないね」


「いやいやいや、ちゃんと加減はしたよ?ほら、まだ意識あるし」


「いや、いっそのこと気絶させてあげた方がまだ優しいんじゃないかな?」


「んー……」



 少し考えて、やっぱり否定した。



「まあ、悪事に加担してたわけだから情けは必要ないでしょ」


「でも、全員蹴って回るのかい?それはそれで面倒じゃない?」



 取り囲んでいた兵士たちを見遣ると、その目から抵抗の意思は完全に失われていた。

 武器を全て地面に落とし手を上げて、無抵抗の意思を示す。



「うーん、装備を解除されてもねぇ。マーシャルアーツだっけ?そういう武術の心得もあるだろうし」



 どうも浩介は何かと理由を付けて、強引にでも勧善懲悪を成そうとしている風に見える。

 久遠はその思考に危ういものを感じて諫める。



「ねえ、気分を悪くしないで欲しいんだけど、キミ、力に呑まれてないないかい?」


「え、どういうこと?」


「普通の人間でキミを止められるのは一人もいない。だから、暴力で解決するという選択肢が容易に出てきてる。そうじゃないかな?」


「それは……」



 図星だった。

 宝石の能力を使えるようになってから、何度か人間相手に力を揮う事もあった。

 野盗くずれに居酒屋の店員に迷惑をかける不埒な輩、そしてバルガント。

 ガルファを誘拐した適正者は除くとしても、その時は体に分からせようなどと思わなかった。

 野盗くずれと戦った時は行商人の安全確保に加え、その時はまだ空壁が使えなかったので他に手段は無かった。

 だが、今は暴力の他にも選択肢は存在している。

 だというのに、思い付くまま自らの鬱憤を晴らすための野蛮な行動をとろうとしていた。



「本来のキミはそんなんじゃないはずだ。ゆっくり落ち着いて、自分を思い出して」



 ゆっくり落ち着くまでもなく、言われた瞬間に分かっていた。

 誰よりも強くなって気が大きくなって、力を使っているつもりが力に使われてしまっていたと情けなくなる。

 もしかしたら、地位や権力を持つ人もそうなのかもしれない。物事が自分の思うがままに動かせ、その力に呑まれた結果が今の世界を形作っているのかもしれないと思った。

 幸い、浩介にはすぐに諫めてくれた存在がいたが、全員がそんな恵まれた境遇にあるわけではない。

 マクロな視点から世界を見れば、人間とは救いがたいほど愚かな生き物に見えてしまう。

 けれど、ミクロな視点で見れば仕方ない部分があるのかもしれない。

 今深く考える事ではないが、いずれはきちんと向き合わなければならない問題なのだろうと頭に刻んでおく。

 良い悪いで簡単に片づけられる話ではないのだろうから。



「……うん。ありがとう、また助けられたな」


「礼には及ばないよ。私もキミが闇堕ちしていくのは見たくないからね」


「闇堕ちって」



 くすっと笑いを漏らす。

 限りなく日本人に近い容姿ではあるが、人間ではない久遠がネットスラングを使う姿はやはりどこかミスマッチ。

 心が解され、浩介の持ち前の切り替えの早さも相まって思考と感情はニュートラルに戻った。



「じゃあ、とりあえず兵士たちには強制的に連行された人と同じ目に遭ってもらうとしよう」


「キミ、まだそんな事を」



 言葉の意味を過激な方に取られたので、慌てて首と手を振る。



「違う違うっ。一か所に集めて閉じ込めようって話。その後で収容されてた人たちを助ければ手出し出来ないでしょ?」


「そ、そっか。早とちりしてごめん。そうだね、うん、それがいいと思うよ」


「ああ、ありがとう」



 この会話中ずっと隙だらけだったにもかかわらず、誰一人不意を突いて攻撃してこなかった。

 理由は明白。

 先程の一幕でどうやっても敵わない相手と知ったからだ。

 暴力は褒められた行為ではなかったが、見えない所で効果はあったようだ。

 そして、それは兵士を一か所に集める時の役にも立った。

 兵士は浩介と久遠に抵抗することなく、指示に従った。

 恐怖で支配するのはどうも落ち着かなかったが、スムーズに予定が進むのは有難かった。



「あぁ、うん、これはこれでやりやすいけど、落ち着かないなぁ」


「さて、これで全員かな。五十人もいないし、これくらいなら私一人で充分だね」



 車両のある場所を聞き出してから閉じ込めた。



「それじゃあ、助けに行こうか」


「施設の方は任せた。俺は車をとってくる」



 そうして二手に分かれた。

 人々が収容されている建物は堅牢で、扉もカードキーと南京錠で施錠されているという徹底っぷりだったが、久遠の前では張りぼてに過ぎない。

 一応ノックをして扉の向こうに人が立っていないか耳をそばだて、誰もいない事を確認。

 それから扉をぶち破って建物内へ入る。

 すると、廊下を挟むように檻がいくつもあり、全ての檻にはぎっしりと強制的に連れて来られたU自治区の人たちが詰め込まれていた。

 目に入るほとんどの人が栄養失調で痩せ細り、体中には虐待による痣や裂傷が見られた。



「これは、酷すぎるよ……」



 痛ましい姿に涙がこぼれそうになるが、それよりも早くこの人たちを自由にしてあげなくてはという思いが強くなる。

 一つずつ檻の鍵を壊していく。

 抜け出しても折檻されるのでは、と檻から出る事を躊躇う。

 兵士は全員捕まえたと言って安心させると、連行された人たちは弱った足で徐々に檻から出る。

 そうしていくつかの棟を回っていくと、その間に浩介も車を調達し終えて他の棟の人々を解放していた。

 ほどなくして、強制収容されていた人たちの全てが自由を取り戻した。






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