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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
174/234

#174_C国本土奪還作戦(U自治区民解放作戦・1)


「大丈夫……?」


「ああ、ありがとう。久遠が早めに手を引いてくれたおかげで、立ち直りも早まったよ」


「それならよかったよ」



 問答無用で敵意を向けられて荒んでいた心は、言葉通りに落ち着きを取り戻していた。

 軽く微笑みを向けてくる久遠に対して、己の中から生まれた得も言われぬ温かい何かを感じた。

 どうしてか僅かに口元が緩む。

 細やかな変化に気付いた久遠が不思議そうに聞いてきた。



「少し笑顔になったようだけど、どうしたのかな?」


「そう?そんなつもりはなかったけど」


「もしかして私に惚れたかな?」


「さて、どうだろうねぇ」


「え」



 いつもの調子でからかい半分で聞いたつもりが、まさかの返答。

 普段なら否定して返している浩介も、この時はどうしてそう言ったのか分からなかった。

 分かっていたのは、いつもと違う穏やかな気持ちだったことくらいか。



「まさか、な」



 否定気味の小さな呟きは、風を切る音で浩介自身にしか聞こえなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ホワイトハウス・大統領執務室。

 広々としたその部屋には大統領と副大統領の二人しかいないのだが、声を潜めるように話していた。



「それで、アレらは今どの辺りに?」


「二十四時間前にパールハーバーで調整を済ませて出港しました。目標地点まで、あと七十二時間は必要です」


「長いな……」



 大統領は苦い顔をしてじれったそうに吐き捨てる。



「ええ。しかし、どちらに転んでも痛手はありません。長年の宿敵に一泡吹かせられるなら最上の結果となるでしょう」


「まあな。それで、C国の被害状況はどうなっている」



 副大統領は持っていたファイルを捲り、素早く該当ページを見つけて読み上げる。



「三十分前の情報です。大陸東部はほぼ敵勢力下にあり、政治の中枢を担う北東部も落ちています。

 C国軍の戦力の大半はシェルターの防衛に回されていますが、大規模な場所に限定しています。ですが、交戦データを見ても全滅するのは時間の問題でしょう。

 住民に関してですが、AIの計算では人口の八割が犠牲になっていると出ています。……たった一日で十億の人間が消えたとは、信じたくありませんね」


「恐ろしい敵であるのは間違いないが、C国の不運は大陸の一部分に人口が密集していたことだ。そんな中で、辺境に隔離されている虐げられてきた者たちが無事というのは皮肉がきいているな」


「彼らU自治区の解放は日本に一任していますが、こちらからも派遣しなくて宜しかったのですか?」


「代わりにおもちゃを貸し与えてやっただろう?それに、こちらはこちらでやる事がある。戦力を割く余裕はない。……「戦力」にならない者は向かわせたがな」


「なるほど。それも、重要ですね」



 そして、話は今もっとも主眼を置いている話題へと流れる。



「既に奪還作戦は始まっている頃か。流れによっては、アレらの到着を待たずにやることになるが、さて……」



 タイミングを見計らったようにデスクの電話が鳴り響いた。



「私だ……ああ、構わん。通せ」



 短いやり取りの後、間もなく扉がノックされて副大統領が訪問者である男性をを迎え入れる。



「こちらが12分前のデータです」


「ご苦労」



 副大統領に数枚の紙を渡すと早々に執務室を退室した。

 渡された資料に目を通すと、途中で眉を上げて目を見開いた。

 大統領は肩眉を上げて訝った。



「どうした、何が書いてある」


「……これを」



 数枚ある中の二枚を受け取る。

 軍事衛星からの画像が添付された一枚に目を通すと、副大統領と同じ箇所で目を見開いた。



「これはっ……一体何があった?」



 C国大陸の沿岸部を起点に、とある都市まで直線状に作られた魔物が存在しない道。

 浩介たちが進んだ経路だ。

 A国は彼らがどのように動くかはおろか、そもそも作戦に参加しているのかも日本からは知らされていない。

 先日の武装集団撃退の配信を見た大統領は、彼の動向を探るようCIAやNSAを動かしていたが、成果は得られなかったようだ。

 つまり、現在A国は浩介に関する情報は個人情報程度しか把握できていなかった。

 浩介の参戦を知らず、不可思議な現象にしか思えなかった大統領に、副大統領は追い打ちをかける。



「もう一枚も見てください。そちらはニーオルスン国立極地研究所からの報告です」



 うんざりする悩みの種がまだあるのかと辟易しそうになるが、確認しないわけにはいかない。



「……これは単なる機材の故障ではないのか?」


「私も読み進める前はそのように思いましたが……」



 副大統領が言葉を濁すとは珍しく、それだけ単純な話ではないと察する。読み進めていくうちに、こめかみを押さえて首を振った。



「あり得ない。ただの骨が熱を帯びるだと?私はいつからホラー映画の中に入り込んでしまった?」


「そうであればどんなに良かったでしょうね。本当にどこからか肉が湧き出てゾンビにならないと良いですが」


「まだそっちの方が単純明快で助かるよ」



 ジョークを言い合って気休めの現実逃避。

 もう一度研究所の資料に目を移すと、気になる点が見えた。



「……この発熱し出した日時だが、どう思う?」



 副大統領は戻って来た資料の指摘された箇所を確認する。

 あっと表情を浮かべ、言わんとすることが分かった。



「そうだ、誤差はあるがタイミングが良すぎる。無関係とは思えん」


「研究所に詰めている他国の研究者にも協力を仰ぎ、解析を急がせます」


「頼む」



 副大統領が執務室から足早に去り、一人になる。



「今回のC国襲撃で、対処しなければならない問題が山積みだ。恨むぞ、悪魔どもめ」



 軽く呪詛を込めて吐き捨て、デスクの受話器を持ち上げて各所に連絡を取り始めた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 浩介たちは山岳地帯で見晴らしのいい場所に降り立って、スマートウォッチで現在地を確認する。

 U自治区の人たちが強制収容されている施設まで目と鼻の先らしい。

 地形と方角を照らし合わせて肉眼で建物を探し始めると、真っ先に久遠が見つけた。



「ねえ、あれじゃないかな?」


「ん?えーっと……どこよ」



 指を差して教えてくれたが、全く見えない。

 地形と場所を細かく聞くと、それは二十キロメートルも先にあると分かった。



「目良すぎじゃね?」


「そう?」



 ともかく久遠に先導してもらって、強制収容所を見下ろせる場所に降りる。

 用心して岩陰から顔を覗かせて様子を窺う。



「ふむ……かなり厳重に警備されてるな」



 上空から見た強制収容所の全体像は、四角で囲まれた分厚いコンクリートの高い壁の中に十棟の建物が収まっていた。

 容易に脱走できないように、壁の上部には有刺鉄線が張り巡らされており、出入り口は一つだけ。

 仮に、大怪我覚悟で有刺鉄線を乗り越えたとしても、壁の外には警備兵が立っていて隙が無い。

 もし奇跡的に警備兵の目を掻い潜って逃げ果せたとしても、周囲二百キロメートルは荒廃した山が連なり道は険しく、怪我人が踏破出来る場所ではない。

 それ以前に、水源がないので途中で息絶えてしまうだろう。



「どうするの?」


「……正面突破しかないな。あまり私刑っぽいことはしたくはないけど、他に妙案は浮かばないしね。ま、極悪非道な行いに加担した罪は、その身で贖ってもらうか」


「わかったよ。そういう方針なら私、効率的な方法知ってるよ」





 長大な壁に作られた入口前。

 敷地内から二人の兵士が門番に交代の時間だと告げたその瞬間、鼓膜を破らんとするほどの爆音が轟くと同時にコンクリートの塊が目の前を飛んで行った。

 そして、敷地内から暴風が吹き荒れた。



「な、なんだっ!」



 これから休憩時間だと気を抜いていたが、反射的に音のした方を見る。

 すると、大砲の一撃を食らっても耐えうるコンクリートの壁は、見事に消し飛んでいた。

 緊急事態である。



「敵襲っ!周囲を警戒しろっ!」



 口角泡飛ばしながら仲間に呼びかける。

 そうしているうちにまた爆音と暴風が吹き荒れる。



「反対側を捜索し―――」



 話している途中でまたもや衝撃が襲う。

 飛んでくるかもしれない瓦礫から身を守りながら叫ぶ。



「なんなんだ、これはっ!」



 直後に風は止み、轟音もしなくなった。

 耳に聞こえるのは、地面にわずかに残ったコンクリートの破片がパラパラと崩れる音。

 身構えていた姿勢をゆっくりと戻し、それから目にした光景に唖然とした。



「が、外壁が、全部なくなっている……」



 警備兵の知るそれが示す状況はただ一つ。



「包囲されているぞっ!小隊を組んで周囲の岩陰をあたれ!これほどの破壊力を持った兵器を運用するにはそれなりの数が潜んでい―――」


「残念。兵器は持って来てないし、襲撃者は二人なんだよなあ」



 背後の上空から声がした。

 咄嗟に飛び退きながらライフルを構え、声のした方を振り返る。

 我が目を疑った。



「……は?」



 支えるものが何もない空中、見上げる位置に一組の男女。

 天使が舞い降りる情景を想起させるように、緩やかに下降している。

 隙だらけ。

 害する者は問答無用で射殺の許可が下りているので、銃弾を浴びせる時間はいくらでもあった。

 だが、なぜかできなかった。

 それは、神秘を目の当たりにしたからなのか、それとも非常識を目の当たりにしたからなのか。



「え、何……誰?」



 半ば思考が停止した頭でやっとのことで絞り出した言葉がそれだった。

 ゆっくりと地に足を付けた男が、薄く瞳に怒りを灯しながら言う。



「迫害された人たちの痛み、万分の一でも受けてみるといいよ」


「貴様、敵かっ!」



 この兵士の声で他の兵士たちも浩介たちを敵と断定し、即座に銃弾の雨を見舞うのだった。






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