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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
172/234

#172_C国本土奪還作戦(2)


 浩介たちは海岸から市街地へ伸びる道路を辿って進んだが、どこもかしこも魔物で埋め尽くされて地形が把握できない。

 密度は都心で開催される大型同人イベントの人混み以上、しかも中空もハーピーやキマイラなどの飛行型の魔物だけでなく、巨大な魚の骨のようなゴーストまで。

 本当に、この先に道は続いているのだろうか。

 ハーピーたちは羽音を立ててキィキィと甲高い叫び声のような鳴き声をあげて獲物を探し回る。

 ミノタウロスたちは大きな足音を響かせ、濁った眼を動かして人間を探している。

 市街地の大通りを隙間なく埋め尽くす魔物の数は、浜辺の比じゃない。

 途方に暮れそうになる。



「こいつら全部倒さなきゃいけないのかよ……。いや、これでもまだ大蛇の尻尾の部分なんだろ。『もがみ』で見せてもらった勢力図だと、こんなのがあのC国大陸の三割くらい埋め尽くしてるっていうのか」



 自衛隊は生存者の保護を任務にしていると言っていたが、こんな地獄でまだ生きている人がいるとは思えなかった。

 ここまで酷い有様ならば、核を使って一掃した方が良いのではないかと安直な思考に行きついてしまいそうになる。

 魔物の一体がこちらに気付いて咆哮をあげると、それを合図に視界に収まる全ての魔物たちが一斉に振り返って猛進してきた。



「うわ、来た」


「慌てない慌てない。こういう時の為に編み出したものがあるじゃないか」



 実は浩介が途方に暮れていたのは、この数を処理しきる自信が無いからではない。

 ただ単に、とても時間がかかりそうで面倒なだけにすぎなかった。



「だな。ま、これだけいたら適当にぶっ放しても外れることは無いからある意味楽ではあるけどね」



 半身になって刀を真っ直ぐに構え、襲い掛かる魔物の群れを見据えながら集中する。

 久遠は槍を両手に持ち、敵に体の正面を向ける。

 すると、二人の周囲に数十もの光球がどこからともなく浮かび上がってきた。

 浩介は声を低くして告げる。



「ライトニングシェル複数展開。斉射!」



 ライトニングシェル(光球)は、その名の如く弾丸のようにその場から撃ち出された。

 射線上にいる魔物を数体貫き、断末魔の叫びをあげて塵と消えていく。

 そして、射出した直後には新たなライトニングシェルが何処から設置される。その様は、見えない速射砲の射撃だった。

 この攻撃方法は、ファンタジーをリアルに再現した一端。無双モノのアニメでよくあるアレだ。

 それでも何万、何十万とひしめく物量相手に飛び道具だけでは処理しきれない。

 二人はライトニングシェルの射出門座標を固定してタレットとして使い、自身らも得物で魔物を狩り始めた。

 数分もすると、分厚かった魔物の壁にもようやく隙間が見えるようになってきた。

 少しずつ街の様相が露わになってきてはいるが、いったいこの壁はどこまで続いているのだろうか。



「さすがに物量が桁違いだ。かといって、あの時みたいに凍結させれば万が一にも生きてる人がいたらヤバイし……。

 時間さえかければ俺たちの進路上だけでも綺麗にすることはできるけど……他の場所もこれと似たような感じっぽいし。それも俺たちが全部担うのか?」



 言葉の後半はほぼ独り言だった。

 その時、スマートウォッチからアラートが鳴り響くと同時に、無線機に通信が入る。

 自動的にマップが表示され、浩介たちが今いる場所のすぐ正面のエリアが赤く点滅していた。



「お二方!一分後に市街地に向けて支援砲撃を開始します。直ちにその場から離れてください」


「助かるっ。わかりました!」



 ライトニングシェルによる射撃を継続しながら、十数秒で10キロメートルほど後ろに飛び退く。

 魔物の姿が視界に小さく収まり攻撃を当てるのが難しくなったが、ほとんど牽制として撃っているので問題ない。

 告知通り一分後、着弾予測エリアに続々と砲弾が撃ち込まれた。

 アスファルトが抉れて道路の破片や粉じんが至るところで舞い上がり、徐々に魔物が消滅する時の黒い粒子も混じって混沌としてきた。

 念のため浩介たちも攻撃を続け、艦隊もまだまだ砲撃の手を緩める気はない。

 徹底的に撃ち込んで魔物の数を減らすつもりだ。

 その時、ふと気づいた。



「ここで魔物に殺された人たちもいて、その遺体もあったんだよな……」


「世の中には、どうにもできない事もあるさ。割り切るしかないよ」


「……ああ、わかってる」



 どれくらい制圧砲撃と射撃を続けただろう。

 五分か?いや十分か?それでもまだ終わらない。

 粉じんは十階建てビルを覆うほど舞い上がり、高層ビル群は外壁が抉られ各階のフロアは露出し、高層ビル『だったもの』へと姿を変えていく。

 これよりも低いビルや商店、アーケードなどはもはや影も形もない。

 世界的に隆盛を誇った街は、たった十数分で崩壊した。

 いや、本当は艦砲射撃がなくても魔物に支配された時に終わっていた。

 そして後に判明することになるのだが、今回の魔物による犠牲者数はおよそ十億人に上った。

 空を遮るビル群が片っ端から倒壊していく。

 建造物は瓦礫と化し、町が更地になった頃に艦砲射撃は止み、浩介たちもライトニングシェルの発射を止める。

 その場で様子を窺っていると、粉じんのカーテンの奥からまばらに現れる十数体の魔物。

 こちらへ向かう間に砂塵は晴れ、人類側の攻撃がどれほどの効果をもたらすことができたのか確認できるようになった。



「……ほとんど、更地だな」


「それでもまだ撃ち漏らしがあるよ。数が多いというのは厄介だね」



 生き残った魔物へ向けて武器を構えて駆け出そうとした時、後方から車の駆動音がいくつも聞こえてきた。

 構えを解いて振り返ると、輸送車や高機動車の姿があった。



「あれは自衛隊の……だけじゃないな」



 ルーフを畳んだ高機動車や輸送車には白人の姿が多く見えた。

 道を開けて道路端に寄ると、再び通信が入った。



「残敵は他国の部隊が引き受けます。お二方は先へ進んでください」


「わかりました。でも、私たちの進路上はもとより、南下してくるC国の部隊の進路上にも夥しい数の敵がいると思うのですが、無事に合流できるんでしょうか?」


「あちらのフォローはR国の艦隊が担っており、我々含めて即座に支援要請に応じる準備はしてあります。が、このような特殊な戦闘は前代未聞ですので絶対とは言い切れません。

 万が一、C国部隊との合流が果たせないと判断した場合は、またこちらから連絡します」



 通信を終え、車両の上から残敵に向けて発砲する三つの国で構成された部隊を見る。

 問題なく銃撃は効果を見せ、着実に生き残った魔物を仕留めている。

 懸念材料のゴーストは、ライトニングシェルの斉射で全て葬れたらしく姿は見えなかった。

 オペレーターから言われた通り、残敵は戦いのプロに任せて浩介たちは邪魔にならないように上空を移動する。

 地上を見下ろして移動していると、制圧砲撃の効果範囲は想像以上に広範囲に及んでいた事を知り、人類の生み出した兵器の威力はとてつもなく高かったのだと思い知った。

 そこに生きた人間がいたらと思うと、背筋がぞっとした。



「……戦争なんて経験して来なかった分からなかった。テレビとかネットとかでしか知らなかった。同じ人類に対しても、こんな事をしてきたのか……。

 俺たち人間はヒトガタの言う通り、救いようがないのかもしれない」


「キミ……」



 感傷的になってヒトガタに感化されたか、と久遠が不安そうに見つめてくる。

 軽く苦笑いを浮かべて安心させる。


「かといって、みすみす殺されるのはまっぴらごめんだけどね。足掻いて、生きて、間違いに気付いたらやり直して、そうして学びながら歴史を紡いでいく。それが今後、人類が目指していくものなんだろうね」


「そう、過ちを認めてやり直すことが出来るのは人間の特権だよ。諦めていいのは死んでからさ」



 久遠はそう言って太鼓判を押してくれたが、心の底ではヒトガタの主張も否定しきれなかった。

 異世界とこちらの世界の歩んだ歴史は違うが、その根底にあるものは同じ。

 己の種族や国を栄えさせるためには、他者を利用して国を攻め落とし蹂躙する。

 そこには命を奪われる者が確実にいる。

 そして、国や種族の中で権力のある者は自分の保身、利益のために同胞の命や尊厳までも躊躇なく踏みにじれる。

 それは有史以来、ずっと繰り返されてきたもの。

 物欲、我欲、支配欲。

 それらが特段に強い者が権力を握り続ける世界。

 強者はどんなに卑怯な手段を用いてでも、己の地位と権力と金を維持する事に執着する。

 そして、弱者は弱者のまま。

 変えられない歪んだ世界の構造。

 弱者として生きてきた者の中に、ヒトガタに味方する人間がいてもおかしくはない。

 搾取され続ける人生ならば、せめて世界を終わらせて権力者も道連れにしてやろう、と。



「……本当はさ、ヒトガタの言う事も分からなくはないんだ」


「……うん」



 嘘をつきたくなくて、正直に気持ちを吐露した。



「大司教のような私利私欲で動いてる国家元首もこの世界にはいるし、本当に国民のことを考えてる政治家はそいつらに妨害されて、国や世界の構造は不公平で不平等なまま。

 ヒトガタもその犠牲者なんだろ?人間を憎んで当然だと思う。今は単なる憎悪だけじゃなくて、人類の持つ性とか業が害悪でしかないって思うようになったみたいだけど。

 この世界には戦争とか差別以外にも、人間が引き起こした大きな問題がいくつもあってね」



 息を一つ吐く。



「人の生活の利便性向上のために自然が破壊されていく。森林伐採や開拓で動物は住処を追われるし、商売のために乱獲され続けて絶滅した種もたくさんある。

 全部、人間の自分勝手な理由が原因なんだよ。

 それらせいで地球の気候は温暖化して、人の欲と行き過ぎた科学がこの星を蝕んでいる。

 だけどつい最近になって、このままじゃ地球に人が住めなくなるって分かった。それから贖罪のように木を植えたり、排気ガス削減に取り組んだり様々な手を打ってるけど、全然ダメ。

 木を植えたところでそれよりも多くの木が伐採されるし、排気ガスに配慮した車を開発し始めても既に何億という車が排気ガスを出し続けてる。

 食糧だって、店で大量に売れ残って捨てられるっていうのが世界中で起こってて、食品ロスをなくそうとか言ってるけど、そんなのじゃあ追い付かないっていうのをみんなは分かってない。

 無駄に作り過ぎてるのがそもそも問題なのに……って、あーだめだ、言い出したらちょっと頭に血が上ってきた」



 今度は先程よりも深く息を吐く。



「多分、大多数の一人一人は悪い人じゃないんだ。

 でも、集団になってしまうとその中で代表者が決まって、その人の決定で物事が運ばれる。どれが正解なのかわからないまま歴史が紡がれていく。

 それが繰り返し積み重なって、過ちを正そうにもどうにもならなくなっていくんだろうね」



 久遠は黙って聞いていて、その表情からは感情が読みとれない。

 それでも、続けた。



「それでも、ヒトガタの言う人類滅亡はやりすぎだとは思うけどね。だから、同時に人類が変われるのは今なんじゃないかとも思う。

 もちろん、もっと平和的に変えられる方法があるなら喜ばしいよ。

 人間のために力を貸してくれている久遠やサンドラには申し訳ないけど、ごめん。これが俺の正直な気持ちなんだ」



 この思想が世間からは酷く偏ったものだというのは承知している。

 それでも、この世界はもうどうしようもないと感じる心を、虚構の感情で蓋をすることはできなかった。

 少し後ろを行く久遠の方から、それに対する言葉が投げかけられた。



「それで、お前はどのような世界を望む?」






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