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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
171/234

#171_C国本土奪還作戦(1)


 作戦開始時刻の15時、東シナ海・C国沖。

 R国、O国、日本の連合艦隊は、魔物ひしめく砂浜へ向けて一斉に砲撃を開始した。



「っ!凄い音っ」


「思わず目も閉じちゃうね!」



 護衛艦『もがみ』の甲板。

 砲撃音をもろに全身で受けた浩介と久遠は、耳を押さえて顔を海側へ向けた。



「耳栓ないか聞いとけばよかっ……あ」



 気付いてしまった。音は空気を振動させている事に。

 空気を操れる能力とは意外と便利なものだと、つくづく思う。

 空気のクッションで無線機と耳を覆うと、鼓膜を打ち付ける轟音はかなり小さくなった。

 念話でこの方法を久遠にも伝えた。

 二人はひたすらに魔物がひしめき蠢く海岸の様子を見る。

 作戦に参加している僚艦からひっきりなしに砲弾が打ち出され、着弾地点の浜辺は魔物が消滅する時の黒い粒子と砂煙が立ち上り続けている。

 これがもし、魔物の死体が残ったままだったらと考えると……。


 砲撃が開始されて20分ほど経過した頃、海岸はかなり見通しが良くなった。

 おしくらまんじゅう状態だったものが、例えるなら学校のグラウンドに生徒三十人がまばらに散らばっているくらいの十分なディスタンスが見られた。

 そこで無線機から声が聞こえた。



「辻本さん、久遠さん聞こえますか?」


「はい、何でしょう?」


「聞こえてるよー」


「只今より艦砲射撃による制圧を終了し、艦隊を沿岸部に接岸して部隊を上陸させます。散開したビーストを処理しますので、お二人も召喚門への攻撃準備を宜しくお願いします」


「わかりました」



 通信を終えて久遠と目を合わせる。

 いくつもの戦いを経て少しは自信がついた浩介は、身を気が昂るままに任せる



「さて、ようやく俺たちの出番だ」


「私とキミの愛の結晶のお披露目だね。いやあ、感慨深いよ。私がどんなに押してもあんなに素っ気なかったキミがついに私のアプローチに……」


「え?いきなり何言ってんの?」


「え?」


「え?じゃなくてっ。いやもうそんな話してる場合じゃないな。ほら、さっさと行くよ」


「もうちょっとからかってたかったんだけどな」



 鋼鉄の船が陸地に向けて急発進する。

 曇天の空の下、身体に当たる潮風が強まり肌寒くなるが、戦いを前にした二人には丁度いい。

 すっと目を閉じて、二人はイメージする。



「さて、実用試験だ」


「『闇喰らい』の出番だね」



 それぞれの手元に光の粒子が現れて集約、形を成してマシンガンとなった。

 が、例に漏れずその形状は実際の兵器とはかけ離れているゲーム仕様。

 銃身は細長い台形。光を象徴するホワイトカラーをベースに、銃口からグリップまでシステマチックなデザインの虹色に輝く細いラインが入っている。

 手にその感触を得ると二人は目を開けた。

 それを左手に持ち、右手にはそれぞれの得意とする武器も同時に携え、遠距離武器と近距離武器の二刀流。

 浩介の持つ刀は大太刀ではなく、これまで通りのサイズである。

 浜辺の魔物たちを見据え、浩介が合図する。



「行くよ」



 久遠は言葉を返す代わりに浩介と一緒のタイミングで身を屈めて、甲板から浜辺に向けて飛んだ。

 幾つもの僚艦の前を飛ぶ二人は、当然艦橋からよく見えた。



「報告に上がってきてはいたが、まさか本当にあんな芸当ができるとは……。世の中、何が起こるかわからんものだな」



 『もがみ』の艦長は驚愕をどうにかして言葉にし、同じく艦橋にいた者たちはただ言葉を失った。

 そんな風に見られているとは露知らず飛空していた浩介と久遠。音速にも等しい速度で飛ぶのだから、甲板から陸地までは三十秒もかからない。

 露払いされた砂浜に着地し、周囲を見渡す。

 連合艦隊の仕事のおかげで、残っているのは殆どがゴーストだった。



「やっぱりゴーストもそこそこ召喚されてたか。予定とは違うけど、とりあえずはこの海岸にいるゴーストを先に倒してしまおうか。ビーストは自衛隊とかにお任せして」


「うん。これくらいならすぐに片付くね」



 浜辺の異様な気配を察知した魔物が、都市部へ向けていた足を止めて振り返る。

 二人を見た魔物たちは至る所で咆哮や唸り声を上げて迫って来る。ゴーストは人骨タイプの他に、様々な獣骨タイプが確認できた。

 バリエーション豊かなその総数、およそ500体。

 ビースト含め多数の魔物に標的にされても、慌てる様子がないどころか顔色一つ変えていない。

 落ち着き払ったままどちらともなく分かれ、まばらに散らばっているゴーストらへ向けて駆け出す。

 ビーストが立ちはだかるが、浩介の一刀、久遠の一突きの元にあっけなく屠られていく。

 もはや、能力の練度を一段階、いや二段階上げた浩介と久遠にとって魔物は敵ではなかった。ゴーストからゴーストへ、点と点を直線で繋ぐように高速移動して斬り伏せていく様はまるで雷の如く。

 魔物たちは二人の動きを追えず、抵抗する間もなく消滅させられていく。

 そして、ほどなくして最後のゴーストを斬り捨てた。



「ハーピーは砲撃で全滅したみたいだな。これなら」


「ベストポジションだね」



 二人は中空に飛び上がって滞空し、今度は『闇喰らい』と命名されたマシンガンを片手で構える。



「ぶっつけ本番だけど、効果は如何ほどか」



 浩介は挑戦的な雰囲気を出しながらも、本当に召喚門に通用するのかとわずかな不安が声色に混じる。

 そこへすかさず、自信に溢れた顔の久遠が心配は杞憂だと励ます。



「すぐにわかるよ。さあ『闇喰らい』の力を見せつけてやろう!」



 久遠が一つの召喚門へ向けて『闇喰らい』のトリガーを引く。

 銃口から撃ち出されたのは鉛玉ではなく、虹色に光り輝く球体。

 聖マリアス国での戦闘時、召喚門を破壊するために久遠が時間をかけて作り出したものだった。

 マシンガンの銃口から一直線に召喚門へ。

 狙い違わず直撃すると、あの時と同じく球体が召喚門の闇を全て吸収して粒子となって消えた。



「ほら、何も心配はいらないよ」


「だね」



 世に溢れるドヤ顔の中でも、これほど心強く思うものは滅多にないだろう。

 浩介たちが準備していたものは無駄じゃなかった。

 久遠に続いて浩介も射撃を開始する。

 照準の調整は甘かったが、的が大きいおかげで外すことなくヒットし、次々と海岸の召喚門は消滅していく。

 久遠は銃の名手みたいに狙い定める時間がほぼ皆無の上に必中。

 浩介も負けじと戦果をあげていくと、一分もかからず全ての召喚門を消し去ることができた。



「終わったか」


「思ったよりも早く片付いたね。露払いしてくれたあの人たちのおかげだね」



 久遠の言葉で沖へ目を移し、もうじき海岸へ到着する艦隊の姿を見遣る。



「少しでも作戦がスムーズにいくよう、ビーストも減らしておこうか」



 役目を終えた『闇喰らい』を虚空に仕舞い、武器一本で砂浜に立つ。

 待っていたとばかりに機を窺っていたビーストたちが一斉に飛び掛かってきた。

 常人であれば瞬きの間に命を刈り取られてしまうその一撃も、二人にとってはもはや脅威でも何でもない。

 魔物の攻撃がその身に届く前に羽虫を掃うように刀を振り、槍で薙ぐ。

 斬られた魔物たちは体を仰け反らせながら黒い塵となって消えていく。

 至近にいた魔物を全て屠り、浜辺に残っている魔物は50体を切った。

 ここまで蹂躙されれば、普通の生物であれば警戒したり逃げ出したりするものだが、魔物たちにそんな素振りはない。

 ゾンビ並みの思考力。いちいち戦いで読み合いをしなくていいのだから有難い。



「しっかし、魔物には知能はないのかねぇ。ただ向かってくるだけなんて」


「もしかしたら……」



 そう言って敵に向っていった久遠は、作業感覚で魔物を消し去りながら話しだす。

 浩介も魔物を斬り捨てながら話を聞く。



「自意識がないのかもしれない。ヒトガタは手に入れた死のエネルギーで召喚門と魔物を生み出してるようだし、だとすれば魔物に個というものはないのかも」


「ふむ……例えるなら、色んな場所から粘土をかき集めて捏ね繰り回して、それを切り分けて魔物を生み出してる、って事?」


「まあヒトガタそれ自体が、一つの巨大なエネルギータンクみたいなものだからね。

 死のエネルギーとなった人間に自我は存在しないし、それなら魔物に思考能力が無いっていうのに説明が付けられる」



 久遠の話は、少し考えれば辿りつける結論だった。

 この世界に来てからというもの、思考が鈍くなっている気がする。

 初めて目にする世界、初めて経験する出来事、そしていつの間にか人類の命運を左右しかねない立場にいたこと。

 常に新しいことを受け続けていた脳は、どうやら無自覚のうちに疲弊していたようだ。

 これまで順応性が高いと自己評価していたが、異世界で目新しいことに触れ続けていてキャパシティオーバーしていたのかもしれない。



「言われると、なるほどなって思うわ。……。こうなる前は色んな可能性を考える癖がついていたはずなんだけどな。気持ちを入れ替えよう」



 心に溜まっていた澱を吐き出すように、ふっと鋭く息を吐くと視界がクリアになった気がした。

 会話の片手間でも並みの魔物なら余裕を持って相手取れる二人は、いつの間にか浜辺の魔物を全て倒しきっていた。

 護衛艦から自衛隊とR国とO国の部隊が、揚陸艇を使って高機動車やバイクを上陸させ始めた。

 そこで無線機に通信が入る。



「辻本さん、久遠さん。魔物を掃討していただいて助かりました。我々はこれから市街地に向かい、生存者の保護に向かいます。お二方は予定通り、指定場所でC国の部隊と合流してください」


「わかりました」



 支給されたスマートウォッチのタッチパネルに触れると、立体3D画像の地図が腕の上に浮き上がった。



「すごっ!」


「まるで目の前の景色を写したみたいだね」



 最先端のマッッピング技術の感動もそこそこにして、現在地と目的地を確認。

 地球の地図の見方に不慣れな久遠を浩介が先導して、目的地へと向かうのだった。






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