#17_本気モード
オーラを纏ったデーモンは、両腕を頭上へ掲げて火球を生成し始めた。
間近にいた者は瞬時に距離を取り始める。
五秒にも満たない時間でデーモンは火球を作り上げ、自らの足元に叩きつけた。
内包していた炎が、瞬く間に周囲を焼き尽くさんと深紅に染め上げる。
「うわっ!」
「あっつ!」
逃げ遅れた参加者の視界はすべて赤く支配され、荒ぶる炎は荒野を焼き焦がす。
「(なんだこの無様な戦いは……)」
これほど連携とは無縁の戦いを目にするのは初めてだ。
しかも、たった数分動いただけで息を切らし、一般市民が戦わされているのかと思うほどである。
それに、私を操るハイネガーという男は接近戦を好む傾向にあったが、弓を使うとはどういう風の吹き回しだろうか。
いつも通り戦えば、苦戦などするはずがないのだが……。
更に、いつもと違う点が他にもいくつかある。
一つ、視界の左下にはハイネガー、救世主の猫、新太郎という文字と、それぞれの下に色のついた横長の棒が常に見える。
二つ、救世主の猫がここで共に戦っているようだが、どこにも姿が見えない。
三つ、デーモンの攻撃を受けても、吹き飛ばされたり地面に倒れない。
他にも細々とした相違が見られるが、特に気になる点が一つ。
私が目を覚ました時、既に戦闘が始まっていた事。
これまでは、必ずロビーで意識を取り戻してから探索や討伐作戦に向かっていて、例外は一つもなかった。
イレギュラーがいくつも重なっている。
私の知らないところで何かが起きているのは間違いないのだが、それが何なのか見当が付かない。
せめて、意思を伝えることが出来ればと思うのだが、そうは上手くいかないようだ。
そして、ただ指を咥えて見ているしか出来ない私が次に目にした光景は、これまでの固定観念を破壊した。
デーモンの火球攻撃を受けた戦士が、泡となって消えていったのである。
「(戦士が消えた……何が起こっている?)」
それは死を意味しているのだろうか。それとも、どこかに転移したのだろうか。
この世界の戦士たちは不死身だと勝手に決めつけていたが、そうではないのだろうか。
多少はこの世界を理解していたつもりだったが、全てを知ったわけではないということなのだろうか。
いずれにしても、このデーモンもイレギュラーという可能性もある。
そうなると、ハイネガーが下手を打たずに切り抜けられる事を、ただただ祈るしかなかった。
「浪木さんは……ダメだったか。猫さんは、大丈夫か」
「今の攻撃で前衛が2人だけに……」
ハイネガーと救世主の猫の声がした。
前衛が2人、後衛が5人生存している。
これでは前衛の負担が大きすぎる。可能であるなら、撤退して態勢を整えるべきだ。
「これはキツイな……ちょっと俺、前衛に回るね」
「は、はい。が、頑張ってください」
「いってきまー」
「い、いてらー、です」
彼も私と同じことを思ったようだが、ここは撤退すべき場面だ。
いや、もしかしたら命令で退くことが許されていないのかもしれない。だとしたら、何とも不憫な話だ。
前衛という防波堤が失われれば、一気に最悪の形で決着がついてしまう。
これまで必ずいた一騎当千の傑物たちはこの場には見られない。それでも戦いを続けるならば、前衛を補充するしかない。
少しでもデーモンに的を絞らせた方が得策である。
「武器変更、刀」
デーモンへ向かって走りながら得物を持ち替え、普段通りの近接戦を仕掛ける。
そうだ、いつものように私を動かしてくれれば、敗北はない。
そのはずなのだが、全ての動作がまるで遅い。
敵の懐に入るまでもうすぐという所で、デーモンが私に掌を向けた。
「っ!」
ハイネガーの息を呑む音と同時に飛び込み前転、間一髪でレーザーは頭上を掠めていった。
この切迫した戦況で横へ避けるのではなく前に出る。
なかなか出来る事ではない。
このような普段の穏やかな言動からは想像もつかない豪胆さが、ハイネガーへの心象を良くした。
「ふっ!」
それから一気に間合いを詰めると、刀を左から薙ぐように滑らせた。
斬撃は命中し、すぐに近くで戦う他の前衛と一緒に攻撃を開始する。
数回斬りつけた時、ふとデーモンを見上げた。
両腕を前に向ける瞬間が見えた。
「座標攻撃っ!」
ハイネガーはそう叫び、脱兎のごとくデーモンと距離を取る。
他の前衛二人も距離を取ると、デーモンの両腕は流れるように頭上まで上げた。
この予備動作は火球攻撃と似ているが、その動作の攻撃はもう1パターンあり、それをハイネガーらは座標攻撃と呼んでいる。
頭上に魔力の塊を生成するまでは同じだが、その塊から同時にいくつもの黒い矢が戦士目掛けて放たれる。
発射から着弾までの時間は非常に短く、デーモンに密着していると避けきるのはほぼ不可能。
回避方法はただ一つ。
距離を開けて被弾までの時間を稼ぎ、回避猶予時間を確保するしかない。
「猫さん、気を付けて。多分、ゲームと違って想像してるより速いかも」
「は、はい」
言い終わると同時に、魔力の塊から紫色の槍のようなものが高速で連射された。
それは矢のように速く、瞬く間にそれは私の眼前へ迫り、そして貫いた。
「は?うそだろ?」
「こ、こんなの無理ですよ……」
呆然としてしまうハイネガーと救世主の猫。
二人の名前の下のゲージが、三割程削れていた。
「数発は耐えられるけど……発射の前兆が見えたと同時に逃げるしかない!」
「攻略法は同じ、でしょうか」
「多分ね。今まで変則的な行動はなかったから、基本的な立ち回りは同じで良いと思うけど」
「な、なるほど。でも、避けられる自信が全くないです」
「俺もだよ。まさか生身で相対すると、ここまで強敵、うわっ」
言い切る前に二の矢が流星群のように何本も放たれ、その場から離れようと片足踏み出した瞬間、私は再び射抜かれた。
ハイネガーと救世主の猫のゲージが1発目と同量減少した。
前衛の戦士の一人が2射目は耐えきれなかったのか、水泡になり消えてしまった。
「これは余所見してたら死ぬな」
ハイネガーは射出する瞬間を見逃すまいと、腰をかがめて見据える。
塊が僅かに光ったと見るや、飛び込み前転でその場から逃げる。
同時に槍が射出され、直前まで立っていた場所に突き刺さった。
「ははっ、何とか避けれたけど、こんなの何回も避けられんわ!」
「だ、ダメです、私、無理ですっ!」
救世主の猫は避けられなかったらしく、ゲージ残量は僅かである。
絶望を孕んだ声で叫んだ救世主の猫に、他の戦士から声がかかった。
「座標攻撃は3発で終わるはずだから、もう来ない!」
「あっ、あ、ありがとう、ございます……」」
人見知りを発揮して、言葉尻は殆どかすれていた。
彼の言葉の通り、中空にあった魔力の塊は霧散していた。
一難が去り、攻撃を再開させようと足を一歩踏み出した時に、デーモンは右腕を突き出した。
「っ!レーザーか!」
ハイネガーは咄嗟に思い浮かんだものを叫ぶ。
しかし、それを否定する誰かの声が響く。
「いや、直線上には誰もいない。これは……マジか?」
その声は、困惑していた。
突き出された腕の先を見ると、確かに何もなかった。
そんな行動を取る事に思い当たる節がひとつだけあった。
今、この現状でアレを出されたら勝てる見込みは万に一つもない。
最悪の想像が、現実になろうとしているのか。
突き出された腕の先から、黒い渦が中空に出現した。
ソレは、何度も挫けそうになっては奮い立ってきた戦士たちの勇気を、容赦なく圧し折りにかかるもの。
「こんな状態で召喚なんて……反則過ぎるだろ……」
手の先から作り出されるブラックホール。
そこから生み出されるのは、デーモンよりも一回り小さい分身。
戦士たちは、茫然と立ち尽くす。




