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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
168/234

#168_揺らぐ自己評価


 久遠曰く、今のヒトガタは二万年前よりも強大な力を有していると言っていた。

 世界二つ分の死のエネルギーがその手にあるのだから、それもそうだろう。

 現状で戦力となり得るスピリットは、浩介と理津が持つ宝石に宿るものと、聖マリアス国で赤島らから回収した二つ。

 しかし作戦開始まで時間がない今、回収した二つの宝石の適正者を新しく見つけ出す時間もない。

 力を回復させるために眠りについていた久遠も、その途中で目覚めざるを得なかった。

 敵は力を増し、対してこちらは戦力を削がれている。

 久遠から改めてその現状を伝えられた。



「……単純に考えて勝てるとは思えないな」



 戦えるのは、浩介と久遠、シスターのみ。

 サンドラは戦闘向きではなく、理津も性格的に戦いには向いていないだろう。

 三人でどうにかするしかなく、今回も前回のようにヒトガタから力を引きはがして浄化、弱体化した本体を力でねじ伏せる、といった方法は不可能。

 だからといって、諦めるわけにはいかない。



「うん、前と同じやり方では無理だろうからね。だから別の方法を考えなきゃいけない」


「そこで、大昔に何かヒントがないか、ってことか……」



 浩介は気になる事があったようで、考え込んで俯いた顔をはっと上げて自衛官に尋ねる。



「ここってインターネット使えますか?」


「すみません。艦内システムの警備上、不特定多数からのアクセスを警戒していますので使えません」


「あぁ、ですよね」



 機密の塊である護衛艦がハッキングされたとなったら大問題だ。

 確かにその通りか、と素直に受け止める。


 地球とは違い、異世界では考古学の分野は発達しておらず、当時の遺物には誰も目を向けてこなかった。

 唯一昔から残されていたのは、世界を巻き込んだ古の戦いの伝承のみ。

 ヒュドラを調べるために図書館で読んだ本もわりかし近年に書かれたもので、調査もほとんど進んでいないと記されていた。

 だが地球では、二万年前にその地域で何が起きたかを知る術があり、化石から情報を得るなど研究も進んでいる。

 浩介はその情報をインターネットで入手しようと思ったのだが、今すぐには無理のようだ。



「こっちの世界で二万年前に起きた出来事を調べていけば、何か掴めるかもと思ったんですけど……」


「この作戦の後で構わないのでしたら、考古学の研究機関と連絡が取れるように上に掛け合いましょうか?」


「そんな伝手があるんですか?!」


「私個人にはありませんが、キーマンであるあなた方がその情報を欲していると伝えれば、上の者が融通を利かせてどうにかしてくれるかもしれません」



 願った事がこれほど簡単に実現するかもしれないと聞かされ、自分の足場がぐらついた感じがした。


 浩介は一般的なサラリーマン家庭の長男として生まれた。

 父親は子供が朝起きる前に出勤し、寝た後に帰宅していたので顔を合わせるのは月に数回しかないような状態だったが、生活はかなり苦しかったようだ。務めていた会社の経営が苦しかったのだろう。

 ようだ、というのも、浩介にはその生活が普通だったので辛いと感じた記憶はない。

 浩介が不幸だと感じなかったのは、苦労する親の姿を浩介が覚えていなかったり、子供の目に触れさせないようにされていたおかげだろう。

 年を重ねた今になって思い返すと、両親はかなり苦労をしたのだと思う。

 生活は貧しかったが、家は温かかった。


 やがて浩介も葉月も成長し、働くようになった。

 一流企業に就職したわけではないので飛びぬけた贅沢はできないものの、たまに外食できたりエアコンも数台買い揃えられたり、ゲーム機より高価なパソコンを購入できるようにもなった。

 中流家庭とは決して言えなくても、幼少期と比べれば贅沢な生活ができている。


 このような人生を歩んできた辻本家。

 長男は、生涯大金持ちになったり有名人とコネを持ったりすることなく平凡に人生を終えるものだと疑わなかった。

 今、その価値観が大きく揺るがされた。



「俺、そんなに影響与えられる人間になってたのか……」



 例えるなら、無名の一般人の元に突然「あなたは有名な財閥の隠し子で、色々あってお迎えに上がりました」的な妄想が現実になった的な感覚。

 足元が浮ついている感じがして少し混乱する。



「全人類でゴーストと召喚門を破壊できるのはお二方のみ。事態収束に役立てるのであれば、その労力を惜しむべきではない。有象無象の議員は知りませんが、総理は同じ気持ちであると私は信じています」



 理由は納得できそうだが、このVIP待遇を受け入れるには少し時間がかかりそうだ。

 ともかく、C国での任務が終わるまでは調べ物もできないようなので、今話し合わなくてはいけない問題はもうない。

 自衛官は浩介たちを部屋に送り届けると、作戦開始は現地時間で15時、後ほど睡眠導入剤を部屋に届けると言い残して去った。

 腹も膨れて、ようやく昨日から続いていた緊張感が解れた頃に睡眠導入剤が届き、早速服用すると五分も経たずに強烈な睡魔が襲って来た。

 久遠に少し寝ると断って、ベッドに身を横たえた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「まったく、あの教団は役に立たん連中でしたなぁ。計画も練りなおさなくては」



 早朝のエストレア共和国のとある小さな公園。

 恰幅の良い中年男性が、人の好さそうな笑みを浮かべながら落ち葉を掃いている。

 その傍にフードを被って顔を伏せてながら、同じように落ち葉を集めている男性。

 一見、公園掃除をしながら世間話している風だった。



「早めに頼む。保守派に怪しい動きがあると聞いている。こちらが冤罪で摘発されるのも時間の問題だ。そうなってはあんたを迎えるどころの話じゃなくなるからな」


「ええ、ええ。わかっていますとも。おっと、そろそろ次の約束の時間ですか。では、私はこれにて失礼します。大変でしょうが頑張ってください」


「ああ、そっちもな。くれぐれもよろしく頼む」



 示し合わせたかのように二人は同時に掃除を切り上げて、反対方向へ歩いて公園を出る。

 フードの男が公園のゲートを出ると、その陰から声を掛けてくる女がいた。



「あの男、本当に信用できるんですか?私にはどうも逆に利用されているような気がしてならないのですが」



 襤褸で覆った下は創作ものでよく見かけるミニスカートくのいち風の装備で、髪の毛は肩にかからないくらいに短く切りそろえられている。

 もう見えなくなった恰幅の良い中年男性・グラコスを睨みつけながら苦言を呈し、警戒を促す。

 男はフードを取り払い、精悍な顔を朝日に晒す。



「他に俺たちを支援してくれるような権力者は現れなかっただろう。怪しかろうが縋るしかない」


「それは、そうですが……」



 女はグラコスが二重スパイだと言いたいのだろう。

 だが、彼以外に後ろ盾になってくれる人間はいなかった。

 グラコスを失えば活動資金も得られず、革命は頓挫して余生は牢獄で過ごすか逃亡生活。

 更に、彼ら一族の蜂起はもう止められる段階ではなくなっていた。



「あいつも今や国を追われる身だ。そんな状態で目立った行動をすればアレイクシオン王国にも気付かれる。

 あそこの先代の王は腑抜けと聞いていたが、今の女王はなかなかに潔いらしいからな。今はそこまで警戒する必要はないだろう」


「だと良いのですが……」



 上司と思しき男のその楽観的な言葉にどうも納得できず、異論は唱えずとも同意は控えた。

 この件に関してこれ以上の問答は不要。話を切り替える。



「この後はどうしますか?」


「……そうだな。ソルナの言う通り、他の手も用意しておこう」


「っ、ウィルハルド様っ!」



 ソルナと呼ばれた女は、先ほどの進言を考慮に入れてくれたことに嬉々とした顔になる。

 ウィルハルドと呼ばれた男は、ふっと短く軽い笑みをこぼした後、すぐに顔を引き締めて言った。



「まずはアレイクシオン王国に間者を送り、保守派の息がかかっていないか裏を取る。事は急を要するが、適当な人間はいるか?」


「はい、幾人か心当たりがあります。では、その者たちに」


「ああ。手配を頼む。それと、例の声も気になる」


「あれは一体何だったのでしょうか」


「さてな。白昼夢だとか流行り病の幻聴症状だとかいう者たちもいるが、あれはそんなんじゃない。もっと別の、俺たちの理解を越えた何かだと思う」


「私も同感です。それにあの叫び声の数々。芝居にしては妙に生々しいです」



 ウィルハルドは神妙に頷く。



「本物だろうな。どうやってその声を万人に聞かせたのか謎だが、会話の内容で聖マリアス国が関係しているのは明白だ」


「そちらにも誰か向かわせますか?」


「いや、俺が直接見に行く。直感だが、しばらく国から遠ざかった方が良い気がしてな。……もしかしたら、俺も内心ではあの元貴族を危険視しているのかもな」


「私は賛成です」



 阿吽の呼吸とでも言えばいいのか、会話の終わりを告げもしていないのにソルナは建物の陰に溶け込むように姿を消し、ウィルハルドはさして気にする風でもなく遠出の支度を始めるのだった。






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