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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
166/234

#166_C国の悪夢(1)


 C国、沿岸部最寄りの大都市。

 湿地帯の召喚門から這い出た魔物たちは人の生活圏に侵攻。夜のネオン輝く繁華街やビル群を闊歩し、手当たり次第に周りにある物を破壊しながら人間を殺し回っていた。

 逃げ惑う人々の悲鳴、車のクラクション、絶叫、罵声、断末魔の絶叫。

 町が混沌に満ちる。



「な、なんだこいつらは!?警察は何をやってるんだ!」


「くそっ、車が全然動かねえ!」


「とろとろ前走ってんじゃねえよ!どけっ!」


「ひいっ!たすけっ、たす……」



 警察が駆け付けるまでのたった十分足らずで、主要な大通りは一面血の海となった。

 だというのに、最寄りの署から派遣された警察官はたった十名前後。

 なぜこれだけしか派遣されないのか。

 さらに、その警察官らも拳銃を数発発砲して効果はほぼないと見るや、早々に市民を見捨てて退散する有り様。

 守ってくれるものとばかり思って通行人は怒り狂い、遁走する警察官の背中を追いかけながら叫ぶ。



「おまえ、どこ行くんだよっ。市民を守るのが仕事だろうがっ!俺たちより良い給料もらっておきながら!その銃よこせっ、誰かその警官捕まえろっ!このクズ野郎を化け物に食わせるぞっ」



 その声を聞いた者たちが、逃げる警察官たちの足をひっかけて転ばせたり腕を掴んで捕縛する。

 魔物が迫っているというのに、捕らえられた警官の元へ集まる民衆。

 警察官たちを見下す民衆の目は怒りに染まり、生贄にしてその隙に逃げ果せようという意図がはっきりと見える。

 警察官の拳銃はすぐさまはぎとられ、されるがまま。

 誰が指図するわけでもなく、手の空いていた者が警察官の足を折って動けなくした後、



「みんな、もういいぞ!このクズ野郎たちはもう動けない!逃げるぞ!」



 蜘蛛の子を散らすように警察官を見捨てて逃げ出す。

 果たして、クズ野郎とはどちらなのか。

 いや、両方か。

 足を折られた痛みに喘ぎながらも這って逃げようとするが、魔物の影が背後から覆いかぶさった。

 身体を震わせながら振り向く。

 彼らが最期に見た景色は、身も凍えるほど凶悪な顎だった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 総理大臣らと浩介たちは地球へ戻り、オスプレイで海上自衛隊・佐世保基地へと向かった。

 今日の襲撃犯たちから齎された情報は、基地に到着してすぐに総理大臣へと耳打ちで伝えられた。

 政治とは無関係な浩介にそれが伝えられることはなく、総理大臣とは基地の入口で別れた。

 浩介たちのエスコートは総理大臣の秘書官の男性に引き継がれ、基地内の一室に案内された。

 そこでタブレットで地図を開いて状況説明された。

 あらかた説明が終わった後、浩介は質問した。



「C国の軍は動いてるんですか?」


「出撃準備が整い次第迎撃に出るとは聞いてはいますが、それとは別に日本やA国などにも救援要請を出しているようです。しかし、それが受理されたとしても果たしてどれだけ被害を食い止められるか……」


「多分ゴーストもいますよね」


「ええ」



 久遠にとって地球は勝手知ったる世界ではないので、黙って話に耳を傾けている。



「C国へはどうやって行くんですか?」


「辻本さんには当基地に停泊中の護衛艦『もがみ』に乗艦していただきます。他にはここ佐世保基地に停泊している『いせ』と輸送艇、横須賀基地から『いづも』が作戦に参加します。

 幸いにも『もがみ』は数時間前に定期点検が実施されていたので、『いせ』の最終確認が完了次第すぐに外洋に出れます」



 輸送機ではないのかと聞いたら、部隊が上陸しての大規模な掃討作戦に変更される可能性があるというのと、召喚門から湧き続ける魔物を押さえ続けるには輸送機の搭載兵装だけでは無理らしい。

 そして、かの有名な護衛艦・いづも。

 縁もゆかりもない存在に、勝手に戦友のような親近感を覚えて気分が高揚した。

 アラフォー近くにもなって廚二病がまだ抜けきらないらしい。

 そんなことを思っているうちに、自衛官が入室して浩介たちに呼び出しがかかった。

 スーツの男性はてきぱきと資料を片付けて退室する。



「では、ご武運を」



 そう言って頭を下げ、自衛官に二人を任せた。

 建物を出て、かつて訪れた木更津駐屯地のように広大な道路を車両で移動し、港へ移動した。

 車を降りると、目の前に巨大な鋼鉄の壁が視界を埋め尽くす。

 接岸しているそれは見上げるほどに高く、少し離れて見渡さなくては全容が見えない巨大な鋼鉄の塊。



「これが護衛艦『もがみ』……知名度ではいづもに劣るけど、実物見たらそんなのどうでもいいって思えるくらい凄いな……」


「これ、本当に船なの?こんなのが海を征くなんて、まだ信じられないよ……」



 威風堂々たる姿を前に呆然とするところ、自衛官がこちらへどうぞと艦内に通じるタラップを渡り、感動もそこそこに彼に続いて乗艦した。

 艦内は基本的に暗く、照明が頼りの空間。

 狭く細い通路が真っ直ぐ伸びている。

 自衛官はその通路脇にある一つの重そうな扉を開けると、ブリーフィングが始まるまでここで待機するように、と言い残して去って行った。

 用件がある際は壁に備え付けの艦内電話を使用とのこと。



「……艦内を自由に歩けるわけじゃないのか。残念」


「なら、こちらもいろいろと準備をしよう。聞いた話だと、聖マリアス国とは比較にならないほど魔物が溢れかえっているみたいだからね」


「だな。観光気分で臨んでいいものじゃないよな」



 自由に使える時間が限られている中で、やっておけることはしておきたい。



「またデーモンみたいなとんでもないヤツが出てきてもいいように、使える能力の幅を広げておきたいな」


「そうだね。それに私たちの敵は魔物だけじゃなくて、その後ろにいるヒトガタ。それを見据えて準備しなくちゃいけない」



 この八畳ほどの空間で何をどこまでできるかは、やってみなくては分からない。

 それからブリーフィングに呼び出されるまで、浩介は久遠から細かな力の調節を教わり、久遠は浩介から応用を学んだ。

 そうこうしているうちにブリーフィングの時間となり、迎えに来た自衛官に連れられて一際広い部屋に案内された。

 壁際にホワイトボード、天井にはプロジェクター、そして整然と並べられた椅子。

 既に全部の椅子には自衛官たちがピンと背筋を伸ばして座っていた。



「こちらにお掛けください」



 言われて一番後ろの左端の椅子に腰を掛ける。

 案内してくれた自衛官は浩介たちの斜め後ろ、入口を守るように気を付けの姿勢で待機した。

 それから一分もしないうちに入口から誰かが入って来た。

 瞬間、入口の自衛官は敬礼。

 入室した相手は軽く目礼で返して、ホワイトボードの前に立つ。

 座っていた自衛官たちが一斉に立ち上がり、敬礼。

 どうやら、この人物がこの艦の指揮官のようだ。

 それを見た浩介は、自分もそうすべきか?と空気に呑まれそうになるが、自衛官でもない人間が敬礼するのもおかしな話かと思い、立ち上がるだけに止める。

 久遠は「?」を頭に浮かべて座ったまま。

 本当は浩介も座ったままでも失礼には当たらないだろう。

 むしろ、そちらが推奨されるのかもしれないが、時々優柔不断になる浩介は、中途半端な起立だけするという行動をとってしまった。

 そして、直後に居心地が悪くなる。



「(久遠みたいに座っておけばよかったかも……)」



 本当に今更である。

 全員が着席すると、ホワイトボードの前で指揮官が話し始めた。



「これから、C国人民解放軍との連携を含めた今後の作戦を伝える」



 作戦概要が説明されていくが、専門用語や何かの略語が頻繁に飛び交い、浩介と久遠には何を言っているのか理解不能だった。

 そんなのを聞き続けたので半ば意識が余所へ向かおうとした時、



「では、時刻合わせ!」



 との号令がかかり、全員が一斉に腕時計の時間を合図に合わせて調節した。

 それを最後にブリーフィングは終わり、指揮官が退室してから各自の持ち場に戻る。

 浩介たちを案内して来た自衛官がまたどこかに案内したいらしく、声を掛けてきた。

 彼の後ろをついて行きながら作戦会議について質問する。



「あの、すみません、俺たちさっきの話全然分からなくて……」


「はい、それについてはこの後ご説明いたします」



 そうして連れて来られたのは、食堂。



「陽の光が届かないので時間の感覚が狂っているかもしれませんが、今は午前七時。まずはこれから朝食を摂っていただきます」


「え、もう朝?ヤバイ、集中しすぎてた……」



 能力について久遠と色々と話したり下準備やらで忙しくて時間を忘れていたというのもあるが、デーモンとの戦いの余韻が残っていたのが一番大きく、眠気が一切訪れないまま迎えた朝。

 体調が万全ではないまま迎えることになりそうで、体感的には二連戦。

 不安しかない。

 察した自衛官は少しでも休めるよう、この後に上官から睡眠導入剤を貰えるよう話しておくと言ってくれた。

 話の前にまずは朝食。トレイを手にし、順路順に小鉢やお椀をピックアップして席に着く。

 ご飯に味噌汁、卵焼きにウィンナー、漬物に納豆、半熟卵にサラダという非常にしっかりした朝食を頂いて、食後のお茶を飲んで落ち着くと自衛官が話を切り出した。



「我々海上自衛隊とC国軍の細かな作戦内容については、正直に申し上げますと我々が理解していれば問題ありませんので省かせていただきます。

 辻本さんたちに関係してくるのは、護衛艦からの艦砲射撃のタイミングと艦載爆撃機による航空爆撃に上陸部隊の動き、それとC国の部隊の動きです。

 まずは、これを見てください」



 そう言ってテーブルの上にタブレットを置き、ゲームで見た事のあるようなデジタルチックな地図を見せられた。



「これがC国です。その上にあるこの赤い三角形一つ一つが魔物集団を表しています。

 黄色に変色した地域は、すでに魔物のテリトリーとなってしまった場所です」



 地図の北側のオリンピックの会場となった大都市、南側は戦時中に日本人がC国の人間を大量に虐殺したとかしないとかの議論の的となっている都市が、既に魔物に蹂躙されている黄色で塗られていた。

 C国の特徴としては、時計で言うところの六時から九時あたりまでは広大な草原が広がっていて、九時から二時あたりの地域は広大な砂漠や山で占められている。

 大都市や主要な町は二時から六時の間の土地しかなく、当然人口の大半はそこに集中している。

 中国広しとは言うが、住むには適していない場所が半分以上だというのは今初めて知った。

 それを聞かされてから改めて地図を確認すると、すでに手遅れではないかと思ってしまう。

 ゴーストがいるとはいえ魔物の侵攻速度を考えると、軍は何もしていないのではと勘繰ってしまう。

 出撃準備が整い次第迎撃に出ると聞いていたが、どうにも怪しい。

 もう一度、確認する。



「C国の軍隊は、本当に動く気はあるんですか?」


「……動いています。富裕層だけを避難させるために」



 呆気にとられる。

 この先、金も地位も名誉も無意味になるかもしれないというのに、ここに来ても権力をかざして我が身可愛さを貫く支配者層。

 絶望と殺意が湧いた。






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