#160_苦い再会
海岸に近づくにつれ、必然的に氷魔法の範囲外にいた後詰の魔物と遭遇するようになった。
先の大規模な群れに比べれば少数で、それでも数十体は下らない。
しかし、その程度ならこの二人にかかれば一分も経たないうちに処理されるだろう。
「海岸までもう少し。多分、あの群れを消し去れば召喚門まですぐだよ」
「よし、さっさと済ませよう」
久遠は刀身が青と白でカラーリングされた光輝燦然たる槍を手に持ち、敵集団に左から突っ込んで攻撃を仕掛ける。
初めて見るその戦う姿は、滑らかで艶やかで優雅。
流れるように槍を一閃するとその力の流れに身を委ねるようにくるりと翻って、次の標的を逆袈裟に斬り上げ、天に向けられた穂先は流麗な動きで敵頭上から袈裟斬りに。
そのまま大地に打ち付け、棒高跳びのように空を舞う。敵陣の真っただ中へ頭から落ちながら回転斬り。片手で着地し逆さまの体を新体操のような動きで戻し、そのまま流れるように回転斬りで周囲の敵を蹴散らしていく。
あまりに美しい体捌きに惚けてしまった。
敵影に隠れて姿が見えなくなると、浩介は我に返って遠距離から刀を乱雑に振り、風の刃をビーストゴーストの判別なく見舞ってゆく。
分かってはいたが、久遠の鮮やかな身のこなしを見てしまうと自身の不格好さを改めて痛感する。
「顔も良ければ戦い方も綺麗って、どこのヒロインだよ」
羨んでも仕草が優雅になるわけでもない。
まず何を措いてもきっちり己の仕事をこなす。
遠距離から仕掛ける際に気を付けなければいけないのは、昔から前線の仲間の動きというのは変わらない。
誤射がないよう、常に久遠の居場所と動きを把握することが求められる。
幸か不幸か、この世界と関りを持つきっかけとなったアークセイバーズでは、前衛から一歩引いた場所から仲間の援護をすることもあった。
無論、攻め時と見れば自らもDPS(一秒間に出せるダメージ)の高い近接武器で前線に参加する。
これは弓と刀を使用できる武芸者ならではの戦い方。
武芸者ユーザーの半数以上が弓か刀オンリーに偏っていたが、浩介は使い分けて遊んでいた。
ここにきて、まさかゲームが役に立つなどと誰が思っただろう。
前方の敵の不自然な動きから(浮き上がったり一部の箇所が僅かに押し流されたような動き)久遠の居場所を仮定で決め打ちし、即座に援護の是非を断じて敵集団を外堀から削る。
その際、念話で今いる場所から大きく移動するかどうかの確認もして安全を確保する事も忘れない。
浩介が刀を振ること十数回、敵の数は目に見えて減少したので後は久遠に任せた。
これは断じて怠けたわけではない。
浩介の風刃が狙う敵が久遠と同じだった場合、浩介の攻撃が久遠に当たってしまう危険があるからだ。
と、考えていたらいつの間にか敵は全て久遠の槍に処理されていた。
「さあ、進もう」
振り返りながら器用に槍を片手でくるっと一回転させて言う。
それを見て小さく呟いた。
「やることなすこと全部がカッコイイとか、実はヒロインじゃなくて主人公なんじゃないか?」
さしづめ俺は主人公の友人ポジションってとこか。
うん、ぱっとしない顔や年齢も考えたら妙にしっくりきた。
四十手前にもなれば、否が応でも身の程というものを思い知らされる場面を何度も経験するので、次第とヒーロー願望も薄くなるというもの。
俺も年を取ったな、と軽く笑って目と鼻の先にある海岸へ向けて走った。
本当に目と鼻の先で百メートルも離れていなかったので、すぐに浩介たちは浜辺の惨状を目にした。
砂浜に無残に転がる自衛官、約四百人弱の死体を。
「っ!」
「……早く終わらせて弔ってあげよう」
これほどの数の命を奪っても飽き足らず、十数基の召喚門は魔物を吐き出し続けている。
浩介は魔物が出現したそばから遠距離攻撃で消しながら久遠の言葉を聞いていた。
「と、言ってはみたものの、まさかこれだけの数があるとは想定外だよ」
「まさか、全部破壊しきるのは……?」
無理。
最悪の想像をしてしまう。
「いや可能だよ。あぁごめん、誤解を招く言い方だったね。一つの召喚門を生み出すにも相当のエネルギーを用いるはずなんだけど、それがこんなにあるってことは、アイツは相当エネルギーを得たんだろう。
ここに来る前までの私の予想では、せいぜいで七基か八基と踏んでいたんだけど。これは少々マズイかもしれない」
何がマズイのかは、聞かなくても大体の予想はついた。
あえてその一言は聞かなかった振りをして、まずは目先の召喚門の破壊に取り掛かろうと促す。
「とにかく、すぐにこの門を壊そう。どうやるんだ?」
「まずは能力を使うときみたいに手のひらにエネルギーを集束させる。実は外界に触れた瞬間に不純物が多く混じってしまうんだけど、それを取り除いて再び純粋なエネルギーに戻してぶつける。それだけだよ」
ん?
不純物が混ざっている感覚が浩介にはなく、まったくピンとこない。
その様子を見た久遠は、心配しなくていいと話を続けた。
「それは私が受け持つから、キミは私がエネルギーを練り上げている間守ってくれれば十分、というよりこれが最善手じゃないかな」
「分かった、というか俺だけが魔物を間引てる今がその状態なのでは?」
「ふふっ、違いない。じゃあ敵は任せたよ」
久遠は両掌を空に向けて二つのエネルギーの球を発現させる。
目を閉じて集中する。
久遠の前に出た浩介はモグラたたきよろしく、魔物が門から体を覗かせた瞬間に風刃を飛ばして消していく。
これにどこかデジャヴを感じた。
「そういや、これもアークセイバーズでレベリングする時にやってたわ」
フィールド上で特殊な条件を満たすと、特定の場所だけに敵を無限にリスポーンさせることが出来る。
その状況を整えたならば、あとはリスポーン場所に向けて雑に攻撃を放ち続けるだけで余所見をしていても敵を倒せてラクラクレベルアップ!という小技。
それを思い出した。
「異世界があるんだったら、レベルっていう概念もあったらよかったのに」
命を賭した亡骸の前で不謹慎とは思ったが、思考の切り替えの早さと感情のドライさは本人にはどうすることもできない。
せめてできるのは、一刻も早く亡骸を家族の元へ返せるように動くだけだ。
そのために遺体をこれ以上傷つけないよう、一歩も近づけさせないよう魔物が出現した直後に叩き続ける。
十秒経つかといった頃、背後から野球ボール大の虹色に輝く光球が二発、それぞれ召喚門に向けて一直線に射出された。
「これが……」
その光は久遠との出会いの場にあったクリスタルの光に似ている。僅かに攻撃の手が緩んでしまう。
光球は感傷に浸る暇も与えず召喚門に接触すると、作用し始めた。
召喚門の闇が光球に吸われてその面積を縮小させ、全て吸い切ると光球も粒子となって消えた。
「おお」
「気を抜かないで。まだまだ残ってるんだから」
「わ、悪い」
再び作業感覚で魔物を消していく。
久遠も自分の役割に集中し、追加で光球を生み出しては投げつけて四つ、六つと召喚門を消していく。
魔物を排除しながら召喚門を消すというのは然程難しいタスクでもなかったため、思っていたよりもすんなりと終わりそうだった。
「あと二つだな」
浩介がそう呟いて間もなく、既に見慣れつつあった二つの光球が射出されて最後の召喚門を消去した。
魔物も浩介が全て消し去り、途端に耳を撫でる波の音。
「これで、終わったか」
夜の海はどうしてこうも人を不安にさせるのか。
だが、海岸の脅威はこれで消えた。
ヒトガタ復活から今日までの時間的猶予を考えると、このあとすぐに次の襲撃があるとは思えない。
多くの犠牲はあったが、ひとまず初戦は凌いだとみていいだろう。
久遠も軽く息を吐く。
「それじゃあキミ、自衛隊の人に連絡してこの人たちを……っ!」
美しい顔が緊張を緩めた途端、一瞬でまた元に戻る。
それどころか身構えて、何かを強く警戒する。
浩介はただならぬその様子に訝しむ。
「まさか、召喚門が?」
いや、と直後に自分で否定する。
召喚門程度であれば、久遠がこれほどの警戒するとは思えない。
では一体、何が彼女をそうさせているのか。
その答えは、波打ち際に現れた。
「これは……なんだ、この黒い小さな粒は」
無数の黒い粒が地面から昇り立っているよう。
黒い粒は地上数メートルの中空に漂っている。
その変容は一瞬だった。
黒い粒は一か所に集束し、浩介の背丈の倍ほどはある巨大な闇の塊になった。
それは粘土を捏ねたみたいな動きで一回歪んで、姿かたちを整えた。
形作られたその姿は、浩介が見た事のある異形の存在と瓜二つ。
「なんで……どうしてコイツが、現実にいるんだ……」
牛の頭に二本の大きな角を生やして筋骨隆々、二本の足で大地に立ち、3メートルはあろうかという褐色の異形。
ゲーム画面の中、そしてイベントでは動く実物大を見た。
デーモン。
試遊ではどのパーティも倒すことが出来なかった強敵。
だけど、それはゲームの中の、データだけの存在だったはずだ。
「コイツを知ってるの?」
「あ、ああ。いや、知ってるというか、現実にいるなんて、そんな……」
試遊の時の苦い記憶が蘇る。
十人以上で挑んだにもかかわらず、序盤から蹂躙されて中盤以降はもはや戦いの体はなしおらず、終盤に持ち込む前に全滅。
いくら浩介が強くなったといっても、久遠の反応を見れば強敵なのは疑いようもない。果たして被弾無しで切り抜けられるのか。
その心情を見透かしたように、あの底冷えするような声がどこからともなく響いてきた。
「あれで終わりというのは、些か趣に欠けるだろう。これは私からのサプライズだ、存分に楽しんでくれたまえ」
「いらねえよ、こんなもんっ!」
ヒトガタはその言葉に反応することは無く、浩介の叫びが虚しく響いただけだった。
「くそっ!」
「嘆いても仕方ないかな……くるよっ!」
デーモンは空気を震わすほどの雄叫びを上げて、浩介たちに襲い掛かってきた。




