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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
157/234

#157_久遠、地球に行く(後編)


 地球での目的は早々に達成され、それじゃあ戻るかと浩介が言うと久遠は渋った。



「私にとってはせっかくの異世界なんだから、多少は観光案内してくれてもバチは当たらないんじゃないかな?」


「それはそうかもしれないけど……」



 今この瞬間にもどこかに魔物が送り込まれるかもしれないと思うと、首肯するには抵抗があった。

 互いに渋い顔を向け合うが、久遠が浩介の思考を読み取ったみたいに説得を始める。



「キミの言いたい事は分かる。けど、あっちの世界でも今はパーティの真っ最中なんだよ?キミだけ真面目にしてても仕方ないと思わないかい?」


「む、それは……確かに」


「じゃあ、まずは食事処を案内して欲しいかな。まさか、この世界では夜はみんな店じまいしていたりするということは……」


「ないよ。わかった、その前にちょっと寄り道をさせてくれ。こっちを離れる時に現金は全部銀行に預けたままなんだ。コンビニのATMで下ろしたいからさ」



 簡単に説得された。

 出かけるにも異世界仕様の服を着たままだと白い目で見られるので、ジーパンとワイシャツに着替え、その上にジャケットを羽織ってから久遠と共に夜のコンビニへ向かう。

 ピンポーン、ピンポーン。

 自動ドアが開いて店内に入る。



「いらっしゃいませー」



 元気が良いのか悪いのか分からない声で迎えられた元職場。

 レジで接客中の高校生アルバイトがATMに向かう浩介を認めると、すぐに目や口を大きく開けて素早く雑に接客を終わらせる。

 そそくさとお金を下ろして忍ぶように退店しようとするが一足遅かった。アルバイトの高校生に捕まってしまった。



「辻本さん!ちょっとどういうことなんですか!」


「おう、お疲れさん。何が?」



 とぼけても無駄なのは百も承知だが、面倒な話を避けたい一心から出た言葉だった。

 浩介が冷静に挨拶してから返事をしたのを聞いて、アルバイトは取って付けたように遅ればせながら挨拶をした。



「お、お疲れ様です。って、何が?じゃありませんよ!いきなりお店を辞めたのもそうですし、あの生配信の事もですよ!」


「ああ、店を辞めたのは政府から仕事を頼まれたからだし、あの中継は合成でも加工でもないよ」



 もしこれを言ったのが、芸能人の友人の知人の家族の職場の人間あたりだったら信憑性は皆無だろう。

 だが、目の前にいるのは当事者。

 彼はテンションがさらに上がり、目を輝かせて色々と尋ねてくる。



「え、じゃあ遠くにいた敵を武器の風圧だけで倒したのも本当なんですか?!」



 恍惚とした表情で居合の仕草を見せて今日の出来事を聞いてくる。



「うん、まあそうだね」


「すげえっ!ちょっとここでやってみてくださいよ!」


「いや、お前仕事……あ」



 仕事しろと言いかけた時、いくつもの視線を感じたので店内を見回すと、いつの間にか来店客たちが浩介にスマホを向けていた。

 様々な情報端末を通じて今日一日で全世界に広く知られた顔が目の前に居たら、昨今の一般市民のほとんどが同じ行動を取るに決まっている。

 その目的はもちろん、SNSへのアップ。

 目立ちたくない浩介は肖像権を主張して逃げるように後退る。



「えっと……無断で撮影しないでいただけると助かります。ってことで……お疲れっ!」


「あ、辻本さん!」



 アルバイトに背を向けて急いで店外に出る。

 外に待たせていた久遠にも、店内と全く同じ状況がそこにあった。

 彼女は人垣の中心で小首を傾げていた。



「あ、やっと戻ってきたね。ところで、私はどうしてこんなに大勢の人に取り囲まれているのかな?」



 参ったなと額に手を当てて溜め息を吐くと、この場から脱出するために久遠の手を握る。



「もう少し落ち着いた場所にいくよ」


「ん?」


「辻本さん、待って下さい!まだ聞きたい事が……」



 その声に構うことなく、浩介と久遠は瞬間移動してこの場から消えた。

 野次馬たちは我が目を疑った。

 スマホ越しで見ていた人たちは揃って肉眼で浩介のいた場所を見て、この現象が機器の故障ではないのを信じられなかった。だが、この人だかりが幻覚でもないことの証明となった。



「マジか……」



 アルバイトの呟きが宙に揺蕩った。



 近隣の家々や昔ながらの駄菓子屋、それとライバル関係にあるコンビニエンスストアの屋根を一望に見下ろせる市立高校の屋上。

 夜闇が深みを増すこの時間でも、蛍光看板や街灯の冷たい光が人類の叡智を世界に誇示しているように感じる。

 初秋にしてはやけに肌寒さを感じさせる風が吹くこの場所に、二人は立っていた。



「ここは?」



 連れてきた本人にそれを尋ねるが、口を歪めて後悔しているように見えた。



「ここで何かあったのかな?」


「まあね。あんまりいい思い出じゃないけど」



 苦い顔をしながら軽く答える。

 これ以上話したがらない様子を見て久遠は話題を変える。



「……それにしても、夜って感じがしない世界だね。キミが立ち寄った場所もそうだったけど、夜のはずなのに建物の隅々まで明るくて見るに不自由しないとは、実に不思議な感覚だよ」


「学校の遠足で科学博物館に行ったときに知った事だけど、これでも二百年くらい前まではこの日本にはランプもなかったみたいだよ。科学の進歩が急激に早くなったのは、その後の時代からだったみたい。

 電気に冷蔵庫、車に飛行機、果てはスペースシャトルまで作って人類が月にまで……は、色々と諸説があるから何とも言えないけど、衛星飛ばしたり惑星探査機飛ばしたり。とんでもない話だよな」


「二つの世界って、過去と未来って感じだね」


「あー、確かに。じゃあ、もう数百年経てばそっちの世界にもネットやゲームが普及するかもしれないな」



 その様を想像しようとするが、中世のような世界から一足飛びに現代の技術が満ち溢れる世界を思い浮かべるのは難しかった。

 それは久遠も同じだったらしく、僅かに眉を寄せて小首を傾げた。



「ちょっと想像できないかな」


「俺もだ」



 軽く笑い合う。

 そのあと、わざとらしく思い出したように浩介が言った。



「そういえば、ご飯食べたいって話だったよね。もしかしたら、無遠慮な目を向けられずに済むかもしれないお店を知ってるけど、行く?」


「確かに、食事をするなら落ち着いた場所が望ましいね。案内してくれるかな」


「承った」



 月明りが照らす屋上に閃光が現れては消えると、再び静寂が戻った。





「おかえりなさいませ、ご主人さ……」



 ここは、葉月に連れて来られたいつかのメイドバー。

 メイド・ナズナは言葉を途中で詰まらせ、目を剥きださんばかりに開いて浩介を凝視した。

 そういった反応をされるかもしれないと踏んでいたので、こちらから少し窺う様子で入店の許可を求める。



「お店、入っても大丈夫です?」


「……あ、ああ!はい、もちろん!まだ誰もいらしてないので、お好きな席におかけください」


「ありがとうございます」



 店内に入ると、ナズナの言う通りまだ一人もお客はいなかった。

 とりあえず二人はカウンター席に座り、ソフトドリンクを注文する。

 その時、ナズナが僅かに上目遣いで聞いてきた。



「あの、ここに来るまでに結構騒がれたのでは?」


「まあコンビニ寄っただけで動物園のパンダになりました」


「ふむ……少々お待ちください」



 ナズナは店の外に出て行くと、すぐに戻って来た。

 そして何事もなかったかのように、グラスに注文したドリンクを注ぎ始めた。



「何かありました?」


「お気になさらず。ちょっとアレしただけですから」


「アレ?」


「ままままま。それよりも、今日は妹さんではないんですね」


「え、覚えてるんですか!?」


「ええ、覚えていますとも。それにしても、お連れ様すっごく美人さんじゃないですか!」



 こんな感じで軽く世間話をしてから、久遠へメニューボードを渡す。



「ここに書かれているのがご飯もの。上から、オムライス、チャーハン、トーストセット、ラーメン、月見そば。次はおつまみ系で……」


「ふむふむ、なるほど。悪いけど、どんなものか全然分からないからキミに任せるよ」


「向こうとは食文化も全然違ってたもんな。それじゃあ何が良いかな」



 この世界の初めてのご飯。

 その記念すべき一食目をどれにするかは非常に悩ましい。

 向こうの世界でまだ作られそうにないメニューが良いのか、それとも単純に好みで選ぶか。

 すると、正面から助け船が出た。



「向こうの世界のご飯って、こちらと比べてどういう風に違いますか?」


「そうですね……調味料や香辛料の種類が全然違いますね。旅の途中で野宿する時なんかは塩味のスープに野菜を入れるだけとか……いやあれは行商人がめんどくさがりだっただけか。

 全体的に素朴な味ですけど、料理によっては素材の味が良く引き立つ調理の仕方がされてるみたいで美味しいですよ。ただ、分かり易く言えば、ハンバーガーみたいなジャンキーなものは見かけたことありませんね」


「なるほど。あまり濃い味のものは避けた方が良さそうですね。では、トーストセットなんかどうでしょう?」



 流石と言うべきだろうか。

 薄味に慣れた体にいきなり濃い味を与えたらどうなるか、その気配りを素直に尊敬した。

 同時にそこまで思い遣れなかった自分に落ち込みそうになるが、これも勉強だと強く言い聞かせた。



「うん、パンは向こうにもありましたし、それでお願いします」


「畏まりました!お嬢様は決まりましたけど、ご主人様にも何かお作りしましょうか?」


「では月見そばで」


「はい、畏まりました!」



 元気よく注文を受けたナズナは、カウンター内で浩介たちの話し相手をしながら調理し始めた。

 それから十分程度経つと、久遠の前にトーストセットが置かれた。



「お待たせしましたー!トーストセットです。熱くなってるので気を付けてお召し上がりください」


「ありがとう」



 念話でナズナの脳内に久遠の感謝の声が響く。

 何がどうなっているのかと目を見開いて久遠を見たが、それ以上のことはなかった。

 トースターで焼かれたたまごサンドと、付け合わせのサラダ(シーザードレッシング)、そしてコーヒー。

 喫茶店ならモーニングでしか注文できないメニューだが、夜でも提供できるのはメイドバーという異空間ならではの技だろう。

 そんな代物を前に、久遠は手を宙に彷徨わせて何やら迷っている。



「これは、どれから食べればいいのかな?あと、どうやって食べるのかな?」


「ああ。食べる順番とかないから気になったものからでいいよ。

 三角のパンはそのまま手掴みで、サラダは……フォークがいいかな。この黒い液体はコーヒーっていう飲み物。苦いのが苦手なら、そこにある砂糖やミルクで甘みを足すといいよ」


「わ、分かった。では、い、いただきます」



 緊張の面持ちでたまごサンドを両手で掴み、ゆっくりと口へ運んだ。



「ん……もぐもぐ……んなっ!」



 目を見開いて手元のたまごサンドを睨む。

 その剣呑な眼差しにただならぬ気配を感じて、浩介とナズナは心配を口にした。



「だ、大丈夫か!?」


「お口に合いませんでしたか?!」


「ひっ……ひっ……」


「ひ?」



 二人が異口同音に口にすると、浩介を糾弾し始めた。



「ヒドイじゃないか!?キミはずっとこんなに素晴らしいものを食べてきたというのに、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだっ。

 程よい酸味と卵の甘さに加えて、このカリカリによく焼けたパンが噛むほど甘みを生み出し、口の中でそれらを絶妙に混ぜ合わせている!そして、このサラダはどうだろう……むっ!

 この白い液体、酸っぱいじゃないかっ!いや、それだけじゃない、仄かな甘みもある。どういう手品か知らないけど、野菜との相性が抜群だよ!……ま、まさか、これはっ!」


「これは?」



 たまごサンドを食べて、サラダを食べ、そしてたまごサンドを食べる。



「やっぱりだ!このパンを食べた後にはサラダ、サラダを食べるとパンを食べたくなる!これはもはや永久機関じゃないかなっ」



 どうやら満足いただけたようで何より。

 ご満悦の久遠に向って、浩介は微笑んで一言呟いた。



「食レポ上手くね?」






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