#153_二度目ましての久遠
三国合同会議の後、アルスメリア城で立食パーティが開かれた。
会場には尉官以上の自衛官と日本政府関係者、そして聖マリアス国の聖騎士と教皇、加えてアレイクシオン王国の政務に携わる者たち。
その中に辻本家と理津の姿もあり、もちろん浩介と久遠の姿もあった。
会場の奥の壇上でセレスティアがグラスを手にして乾杯の音頭をとる。
こういうのは世界共通なんだな、としみじみ考えている最中に話は進む。
「この宴席に参加いただき感謝いたします。もしかしたら、このように悠長な事をしている時間はないとお考えの方もいらっしゃることでしょう。私はそれを間違いだと思いません。
それでも、こうして異なる世界の国同士が交流を持つことで得られるものがあると信じています。信用や絆、理解し合おうと歩み寄る心が生まれれば、それはヒトガタに対抗するための立派な力となるでしょう。
住む世界関係なく、手を取り合って戦う以外に私たちが生き残る道はありません。人類の敵を必ずや討ち倒しましょう!」
改めてセレスティアが共闘を語り掛けてから、グラスを高く掲げる。
その場の全員が呼応してグラスを掲げ、それを皮切りにパーティは始まった。
このような宴席での飲み物と言えば大体がアルコール飲料と相場は決まっているのだが、ヒトガタを討滅する日まで臨戦態勢を維持しなくてはならないため提供されるのは全てソフトドリンク。
年季の入った大人たちには物足りないようで、渋い顔をしている人が少なからずいた。
給仕が次々に料理を乗せたワゴンを運び込み、壁際のテーブルの列に乗せていく。
会場内には会話時に料理やドリンクを置くための小さめの丸テーブルがいくつかある。
事前に芳賀からテーブルの用途を聞いていなければ、浩介たちは普通にその上で食事をしていたに違いない。
最初に動いたのは日本とアレイクシオン王国の政府関係者。
やはり場慣れしており、皿には目を向けずに話し相手を素早く定めてにこやかに挨拶を交わし談話に興じ始めた。
それを見て出遅れたと感じた浩介だが、よくよく考えると顔を広めておく必要が一切ない。
なんでここに呼ばれたんだろう?
考えても仕方がない。それならば宮廷シェフが腕によりをかけた料理を目一杯堪能しよう。
そう、隣の久遠に声を掛けた。
「俺、ちょっと料理取って来るけど、何か食べたいのある?ついでに取って来るよ」
「それよりもキミ、ここにいても良いの?」
「ん?なんで?」
久遠の言いたい事は分かっていたが、大人げなくも気恥ずかしさ、気まずさ、そして不安でつい知らんぷりをしてしまった。
浩介の気持ちを知った上でさらに続ける。
「とぼけてもムダだよ。私を何歳だと思っているのかな?」
「自分で言うか、それ……」
逃げ道が塞がれる。
意地悪な笑みを浮かべてはいても、その目は見守るように温かい。
さすがに久遠の気遣いと思いやりを無下にできるほど落ちこぼれてはいないので、溜め息と共に降参する。
「わかった。けど、少し待ってくれ。心の準備を……」
「残念、その時間はないみたいだよ」
久遠は意味ありげに浩介の背後へ目をやる。
まさかと、焦る気持ちと確信に近い予感を抱きながら振り返る。
「やっほ」
「こ、こんばんは」
葉月と理津。
そして。
「本当に無事で……あの時は心配で私が死にそうだったわよ!この、親不孝者っ!」
パシンッと割と強く母親から頭を叩かれた。
まだ少し怒っているらしく、軽く睨んでいる。
言われた通りの自覚はあるので素直に謝る。
「ごめん……」
「まったく……本当に無事でなによりよ。でも、こうして生きてるってだけで許し……」
そこから先は声にならなかった。
涙を流して声にならない声を上げる母親。
またも罪悪感に苛まれてしまうが、あの時と今では涙の意味が違う。
グラスを置いて、声を掛ける代わりに母親の肩に手を置いて手を握る。
かける言葉は見つからなかった。
母親はそれから少しだけ声を上げて泣いていた。
少しして泣き止み、みっともない姿を見せた、と理津と久遠に向けて謝るが二人とも優しく首を振る。
「まあ、お兄なら下手な事にはならないと思ってたけどね。ヤバイ事になっても、いつもなんだかんだで上手くかわしてきてたし。で、その女誰よ」
「その言い方よ」
葉月が目を鋭くさせて浩介に説明を求める。
軽く笑って返すと、葉月もすぐに相好を崩して言いのける。
「いや、一度は言ってみたいセリフだったから。絶対にそんな状況には出くわしたくないけど。それで久遠さん、でしたよね?兄とはどういったご関係で?」
「お前は俺のおかんか」
今度は息子の交際相手を値踏みする母親の台詞。
冗談の後に冗談を重ねるような妹ではなく、時々感じるブラコン臭を思い出すとわりかし本気に思えて少し怖い。
咄嗟の切り返しをしたものの気後れしている浩介の隣で、久遠は涼し気にわざと念話で返す。
「(おや、初対面じゃあるまいし随分な言い草じゃないか)」
「はい?」
何処から声がしたのかわからず、周囲を見渡す三人へ浩介が補足を入れた。
「念話だと通訳がいらないからね。葉月の言葉は俺が久遠に伝えてる」
「な、なるほど」
どんどん妖怪じみていく息子と兄に若干引く。
葉月は気を取り直し、初対面ではないと言われた心当たりを探す。
久遠という名前の女性に知り合いはいなかったはずだし、何より目の覚めるような美女と会っていたなら記憶に残るはず。
顔と名前を覚えるのが得意だと自負していたが、記憶のデータベースにひっかからない。
無礼を承知で素直に謝罪する。
「すみません、どこでお会いしたか記憶になくて……」
「(うん、そうだろうね。だって犬だったからね)」
「はい?」
葉月は久遠の言ってる意味が分からない。
犬だった?犬だったって何?進化したって事?犬って進化すると人になるの?そんなポケット妖怪じゃあるまいし。いやでも異世界だからあり得る?
頭ごなしに否定せずに、まずは受け入れてみようと思うのは血筋なのだろうか。
「それはどういう……?」
「(そのままの意味だよ。ほら、宿屋にみんなで押しかけて来た時を覚えてるかな。それと、そっちは理津、だったよね。サンドラちゃんに契約するなって言われた時を思い出して。そこに犬もいたよね?)」
「……確かにいましたけど。えっ、あれが?」
「(そ。だから二度めましてだね)」
ぽかんと口を開ける三人。
首を振ったり小首を傾げたりで、到底信じられていない様子。
「いやいやいや!ちょっと無理ありすぎでしょ。冗談言わないでください」
「(心外だなー、本当なのに信じてもらえないとは。キミからも何か言ってよ)」
「この場で犬になればいいんじゃない?」
今度は久遠がぽかんとする番だった。
「いやいやいやっ!姿を変えるのって凄く消耗するんだよ?!いつヒトガタが来るかも分からない時に、そんなことで変身なんかできないよ」
「そうだったんだ。でも残念だな、せっかく犬に好かれてたと思ってたんだけど」
目ざとく葉月が浩介の言葉に突っかかる。
「好かれていた?どういう事?詳しく」
葉月は問い詰め始めた。
こうなっては何があっても引かないので、浩介は犬とのふれあいを語り、要所要所で久遠が言葉を付け足す。
そうしてようやく信じてくれたようだ。
「異世界って、本当に分からないことだらけね」
「つ、つかれた……」
疲労を訴えた浩介を、久遠は微笑んで言外に労う。
だが、葉月にとって肝心な事はまだ聞き出せていなかった。
「それで、久遠さん。実のところ兄の事をどう思ってるんですか?」
「もうやめてくれ……」
まあまあと母親が仲裁に入り、おかげで渋々ながら引き下がってくれた。
今度は、これまで発言を控えていた理津が珍しく自分から喋り出した。
「と、ところで浩介さんに、お聞きしたい事があるんですけど」
「ん?なんだろ」
「葉月さんから、宝石を使えば使うほど寿命が延びると聞きましたが、本当ですか?」
「そうなの?!」
母親が驚き、心配そうな目を向けてくる。
厳密に言えば、理津と浩介のそれは既に別のものだ。
話しづらい内容だが、黙っていてもいずれ老いない浩介を不審に思う日が来る。
長命なだけだと偽って伝えれば、それはそれで先日のような無茶無謀で死ぬかもしれないと思われたまま。
結局、どう言おうがまた母親に不安と心配をかけてしまう事に変わりはない。
だったら、と浩介は決めた。
「うん、そうらしい。俺もサンドラと久遠から聞いただけだけど。半月の間、毎日長時間使ってた俺の場合は五十年は延びてたんだって。
だから理津ちゃん、契約するならそれなりの覚悟をしないと後悔するよ」
「で、でもそれじゃあ、今の浩介さんは、どれくらい……」
まあ、そうくるよなと思い、考えた答えを話す。
「何と言うか、俺の場合は特殊でね。総理から渡されたこの青い宝石とだけ繋がってたら多分、五百年くらいだったんだろうね」
母親が僅かに眉間に皺を寄せて聞いてくる。
「……その口ぶりからして、今は違うの?」
「ああ。久遠の話だと何百年何千年経とうが、ちょっとやそっとじゃ死なないみたいだ」
一斉に視線が久遠へ集まる。
実のところ、浩介も知っておくべき重要な事をまだ聞いていない。
この際、きちんと説明してもらおうと久遠へ水を向ける。
「それに、俺も知りたい事があるんだ。寿命が無くて老いないというのは大体の想像は付く。けど、怪我した時どうなるのかは俺も分からない。極端な話、即死レベルの致命傷を負った場合はどうなるんだ?」
皆の視線を受け、久遠は時間をかけてゆっくり一回瞬きしてから話し始めた。
「そうだね。確かにこれはキミにとって重要な話でもある。私も近いうちに話そうと思っていたんだけど、聞く覚悟は良いかな?」
不老不死の詳細を知るには覚悟がいるらしい。
ということは、悪い話だろう。
それでも自分の事だ、聞かなければならない。
怖さを堪えて、久遠に先を促す。
「話してくれ」




