#151_人骨化石「TB4」
A国・ホワイトハウス。
大統領は演説台に両手を着き、大勢の記者の目とカメラのフラッシュを受けながら国民へ向けて言葉を発した。
「我が国民たちは知っているだろうか。今、同盟国日本で人類史上初めて観測された地球上のどんな科学でも説明が付かない現象が起こっている事を。
そして、それが引き鉄となり地球全体を危機に晒してしまっている事を。
その様子は現在、日本国政府主導でインターネットを通じて全世界に中継されている。
日本の総理大臣によると、異世界のモンスターがこちらの世界に侵攻する危険があり、そのモンスターを生み出す原因は人の死そのものだという。
……そんなフィクションじみた話を信じる者が、この世界で果たしてどれだけいるというのか。
とはいえ、そのような中継がされている事実は無視できない」
次の言葉をよく聞かせるため、少し間を置いてから言った。
「よって、我が国はその真偽を見定め、事によっては日本を支援していく。
それにより得られた情報は全て開示し、馬鹿げたようなこの問題に対して潔白な姿勢で臨んでいく」
言い切った後で秘書が側に寄って耳打ちをするという、有事を想起させるシーンが発生した。
十秒近く後ろ向きで会話を交わしてから秘書が立ち去ると、大統領は再び記者たちに向き直って深刻そうな顔をした。
「たった今入った情報で、つい先ほどこの件で日本にアプローチをかけた者が出た」
一瞬だけ記者たちはざわめいたが、すぐに静かになり大統領の言葉の続きを聞く。
「だが、それは我らのように穏便に進めようとはせず、愚かにも暴力で訴えてきた。殺された自衛隊員もいると報告もあり、非常に痛ましく思う。同時に、私は一人の人間としてとても強い怒りを覚えている!
誰が何のためにしたのか明らかにし、襲撃者に罪を贖わせる義務が日本にはある。そのための協力を我らは惜しまない!
これまで日本の自衛隊に助けられた国は数えきれない。皆の中にも覚えがある者はいるだろう。彼らは何度もこのA国の危機に駆けつけてくれた。
今度は、私たちが良き隣人の彼らを助ける番である!」
A国大統領は、終始覇気のある表情を崩さなかった。
会見を見た国民は早速インターネットで件の動画を探し当てると、すぐさまSNSで情報を共有し始める。
「これが嘘でも本当でも、クレイジーな事には変わりはないだろう」
「問題は、国自体か、それとも地球自体かだと思うよ」
「誰か自衛隊の知り合いはいないのか?」
「異世界もそうだけど、自衛隊を攻撃したのが何処の誰かというのも気になるね」
「今の日本にテロリストなんかいないだろうから、恐らくは領土で揉めてるK国かC国、R国あたりだと思うがどうだろう」
「モンスターはどれくらいの脅威なんだ?軍の装備でも効果があるなら、そこまで怖がる必要はないのでは」
「ちょっと待ってくれ。ついさっき見つけた動画があるんだが、これを見た感想を教えて欲しい」
最後のコメント投稿者はすぐに浩介が武装集団を片付けた時の切り抜き動画を投稿した。
閲覧数は瞬く間に数百万、数千万と伸びて行き、コメントも追い切れない程に短時間で大量に投稿された。
「これ本物か?俄かには信じられないな」
「まずは映像に詳しいヤツに解析させてからじゃないと何も始まらないんじゃないか?」
「今やってる。今のところ加工した形跡は見当たらない。もっとよく調べてみるけど、ちょっと時間がかかる」
「同じく調査しているが、もしこれが作り物だとしたら映像業界に激震が走るね。ハリウッドでも日本のゲーム会社でも、今の技術でこれほどのレベルの物を作れるところはないだろう」
調査していた二人目の人物は、映画界では世界的に有名な3DCGデザイナーだった。
彼の作品=現時点の最高峰レベルであるとは業界内の常識だ。
合成エフェクトの使い方、レイヤーの重ね方、自然体なモデリング、合成技術等、それらのスキルが卓越していて、時には実写だと勘違いされた事もある。
そんな彼の発言は国を越え、日本にまで届いた。
「これ、俺でも知ってる人じゃん。マジかよ」
「あとついでにこんなのも拾ってきた。A国大統領の声明」
「……おいおいどうすんだよこれ。A国さん本気にしちゃってるじゃん。ウソなら早く謝った方がいいんじゃね?」
「っていうか、ホントにこれウソかホントかどっちなん?」
「異世界への扉があるんだったら実際に見た方が早いんだけど、政府は公表してないから信じたくても信じきれない」
「信じるか信じないかは、アナタ次第ッ!」
「それな」
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ニーオルスン国立極地研究所職員の藤田は、緩んでよれたネクタイを直そうともせず椅子の背もたれを極限まで反らしていた。
彼はスマホに映るSNSの文字を、冷めた目で見ていた。
「(信じないヤツ五割、信じるヤツ二割、条件付きが三割、といったところか。
A国のSNSも見たが、日本に比べて冷静に状況が見れている者が多い印象だな。母国とはいえ、ここまで呑気すぎると情けないな。ま、本人たちはそれを自覚できてないから、呑気、なんだけどな)」
デスクの上に置かれた灰皿は吸殻の山が出来ていた。
にも拘らず、藤田は吸い終わった煙草を不安定なその灰皿でもみ消そうと手を伸ばした時、横から鋭い制止の声が掛かった。
「だめですよ、藤田さん。これじゃあ火事の元です。灰皿交換してください」
そう言ったのはテーラードジャケットに白のブラウス、下はブーツカットパンツというフォーマル性と機能性を重視したショートボブの女性だった。
言い返す暇ももらえずに女性が灰皿を取り上げたものだから、藤田は消そうとした煙草を宙に浮かせながら、女性の紺碧の双眸を軽く睨む。
「サブリナか。何すんだよ」
サブリナと呼ばれたその女性は藤田の言葉に動じず、吸殻の山のアートをが築かれた灰皿を持って近くにある流し台へ向かう。
「それはこちらの台詞です。様々な国の人たちの血税で研究も生活もさせてもらっている私たちが、タバコで火事を起こした、なんて知れ渡ったら今の世の中袋叩きにされますよ」
「おめえは心配性だなぁ。メディアもいちいちそんなちっせぇ事件なんか取り上げねぇよ。それに、こんな辺鄙な場所の研究所の事なんか誰も見向きもしてねえし、そんくらいじゃ火事になんかならねぇって」
「甘い!砂糖をおかずに砂糖を食べるくらいに甘いですよ!吸い殻の火消しが不完全で火災になったケースが数えきれないほどあるのをご存じない?本当に科学畑の人間ですか?子供でも知ってる事ですよ?入試からやり直してきてください」
「それってただ砂糖を増やしただけじゃ」
揚げ足を取ろうとした藤田は、キッと睨まれてその先の言葉をひっこめた。
「お前、仮にも先輩だぞ?もちっと敬うとか気を遣うとかしてもバチは当たらないんじゃねぇか?」
「そういうのは、それなりの人間になってから言ってください。私はなにも嫌がらせで厳しくしているわけではありませんから」
「はいはい、ありがた過ぎて涙が出るね」
そんなやり取りをしながらサブリナは吸殻を水切りネットに移して水の入ったバケツに入れると、空いた灰皿を藤田へ渡した。
「これでもまだ何か私に言いたい事はありますか、ミスター・フジタ?」
挑発するような顔で灰皿を差し出すサブリナ。
藤田は悔しそうに口を歪ませて、差し出された空の灰皿を取り上げるように受け取った。
「ちっ、あんがとさん」
「You're very welcome」
「うわっ、厭味ったらしい!」
皮肉たっぷりな「どういたしまして」を受けた藤田は思ったままを口にするが、サブリナは澄まし顔。
気の置けない会話が始まった事で忘れていたが、サブリナは何か用件があって来たのだろう、と先が短くなった煙草を灰皿に押し付けつつ水を向けた。
「それよりもお前、俺に何か用があるんじゃなかったのか?」
「ああ、そうでした。ミスター・フジタの身の回りがだらしないからつい後回しに」
「おい」
「半分は冗談なのでお気になさらず。それで用件というのは、この間の調査時に発見したあの人骨化石、TB4の事なのですが」
「……ああ、U国の研究機関が回収しに来るまでウチで預かってるアレか。アレがどうした」
言い出し部分に多少引っ掛かりを感じたが、その都度反応していては話が進まない。
「サーモグラフィと温度センサーで発熱を検知しました」
「ちょっ!馬鹿っ、お前それをもっと早く言え!空調の故障か?だったらすぐに別室に移動させるぞ。引き渡す前に痛ませでもしたら事だ。空調の調整は」
「いいえ、空調は至って正常です。TB4の付近に熱源となり得る物も存在していません」
「要領を得ないぞ。もっと分かり易く言え」
「では」
サブリナは一言区切ってから神妙に告げた。
「TB4、それ自体から熱が放出されています」
藤田は一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
人骨それ自体から発熱しているだと?そんな事があるわけがない。
しかし、こんな冗談を言う意味もない。
考えるよりもまずはこの目で状況を確認すべきだろう。
弾かれたように立ち上がると、椅子に掛けていた白衣をひったくるように取ってサブリナに言った。
「行くぞ」
大股で歩きながら白衣に袖を通す。
人骨化石の保管室へ向かう途中、サブリナへ異常を検知したのはいつ頃か、TB4の劣化具合や破損の有無を口頭で確認しておく。
そして保管室のドアの前でカードキーを取り出し、壁に設置された読み取り機へ翳す。
ピピッという短い電子音が鳴り、セキュリティが解除されてドアが自動で開く。
見えた室内は、ミュージシャンが録音で使うレコーディングブースに似た造りで、手前の部屋には素人には何に使うのか分からない機材が壁を隠すように置かれている。
その部屋の左手奥には、TB4が保管されている部屋へ続く頑丈そうなドアが見える。
藤田は手前の部屋でモニターと睨み合いをしている研究員の背中へ話しかけた。
「TB4に異常だって?」
「ああ、フジタさん!」
振り向いたS国人男性の研究員は、救いの主が現れたかのように縋る表情を向けてきた。
「はい、サーモグラフィでTB4の発熱を確認したのが七分前。御覧の通り、今も所員が中に入って要因の特定を行っている最中ですが、今のところ外的要因は見つかっていません。
アレをここへ搬入してから今まで誰も中へ入らなかったはずですが、念のため調査させています」
「ああ、それでいい。で、熱は?」
研究員はなぜか躊躇うように眉を顰めてから、数字を言う。
「38℃です」
「……骨が風邪でもひいたか?」
サーモグラフィと温度センサーを確認したが、彼の言う通りだった。
「マジかよ、どうなってんだよこれ……いや、もしかしたら発掘時に化石に付着していた微細な粒子や細菌が時間経過で反応したかもしれねぇな。TB4に劣化や損壊箇所は見られるか?」
「いえ、変化なしです」
「部位による温度の差は?」
研究員は己の未熟さを痛感しながら首を振った。
「いいえ、骨の全てが、まるで生き返ったかのように同じ温度を発し続けています」
「そうか……他に考えられる原因は……」
「あとは微生物の可能性でしょうか」
まるでタイミングを計っていたようにサブリナが声を上げた。
藤田は間を置かずに同意した。
「だろうな。そっち方面は俺たちの分野じゃねぇから、余所の協力を仰ぐしかねぇ。今は劣化してねぇが、時間が経てばどうなるかわからん。なるべく早く原因を突き止めるぞ」
藤田の言葉に二人は頷いて、それぞれで動き始めた。
ふと、ついさっきまで見ていたSNSが脳裏をよぎる。
「(まさか、日本の事件と関係してる……ワケねぇか。俺もこの年になってまだまだ子供じみた妄想を捨てられなぇとは、大概だな)」
大人げない妄想を即座に切り捨て、他の研究員へ連絡を取るべく来た道を引き返した。




