#15_インタビュー
「みなさん、こんにちは!始まりました、セイバーズ通信。今日はいつものスタジオからではなく、ゲームスペース2025の特設ブースからお送りします。
私、司会進行を務めさせていただく、エミリー役の新藤みきです。そしてぇ」
「みなさん、こんにちは。アークセイバーズ・カタストロフ、プロデューサーの榊健一です」
細長い机の左端に二十代半ばの女性、隣には四十代前半の男性が座って正面の大きなカメラに向かって喋っている。
カメラの後ろ、新藤たちと対面する場所には、多くのオーディエンスが立ち見をしている。
それぞれの自己紹介に拍手が鳴り、新藤が手元の台本へ目を落として番組を進行させる。
「あれぇ、でも今日はなんかおかしいですね。二人くらい足りないんじゃないですか?遅刻ですかねぇ?」
「いやぁ台本通り言っていただいてありがとうございます」
「ちょ、台本の意味っ!?私ピエロみたいじゃないですか!」
会場が笑いに包まれる。
榊も笑ってごまかし、新藤に先を促した。
「それで彼らは今、どこにいるんでしたっけ?」
「もう……。はい、中継が繋がってますのでお呼びしたいと思います。ディレクターの牧内さーん!」
画面が切り替わり、牧内が映し出された。
後ろにアークセイバーズのテストプレイフィールドが見える。
新藤の顔が画面の右下にワイプで映る。
「はい、みなさんこんにちは。ディレクターの牧内です。ここは、クロスリアリティ技術を用いたアークセイバーズテストプレイのフィールドの外です。
このあと、テストプレイヤーの皆様に最先端技術を用いたシステムのテストプレイをしていただき、その様子をお送りします。これには浪木新太君にも参加してもらって感想を聞こうと思います」
「わー、浪木さんいないと思ったらそこにいらしてたんですねー」
「声優とは思えないほどの棒読みですね!」
榊が画面外でツッコミを入れた。
ワイプで画面端に映っている新藤が、屈託のない声をあげて笑った。
メインフレームに映る牧内も控えめに笑ってから、番組の進行を続けた。
「ちなみに、参加される皆さんの準備は終わっているので、いつでも始められる状態です。ただ調整の時間がまだ少し残ってるので、せっかくなので今からちょっと一人ずつお話を聞いて行こうと思います」
「わ、楽しみですね」
カメラは牧内と共に移動し、数歩歩いたところで止まる。
ゴーグルとバッジ、ウェポンストレージボックス(WSB)を身に着けた一人の男性が立っていて、彼と牧内をフレームに収めた。
牧内は手に持っていたマイクを男性に向けてインタビューを始める。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今回のテストプレイでは、どのクラスで挑まれますか?」
「アサシンです」
「というと、ゲーム中では双剣を使って手数でダメージを稼ぐクラスですが、使い慣れたクラスで挑戦したいという事でしょうか?」
「そうですね。あと、トラップと身代わりを使うとどういう風になるのか興味があったので」
「なるほど、ありがとうございます。頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
このような短めのインタビューが一人ひとり続けられ、浩介の順番が来た。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今回のテストプレイでは、どのクラスで挑戦されますか?」
「武芸者ですね」
「おぉ、ここに来て初の武芸者プレイヤーですね。遠近共にこなせるクラスですが、メインで使っている武器とかありますか?」
「近接が楽しいので刀をメインで使ってますが、その都度で武器変えてます」
「なるほど、ありがとうございます。頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
特に面白い事を言うでもなく、これまでのインタビューされた人と同じ様な内容に落ち着いた。
牧内とカメラは、浩介の隣に立っているマスクにジャージ姿の救世主の猫をフレームに入れてマイクを向けた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「わぁ、女の子!」
ワイプで映る新藤が顔を輝かせて黄色い声を上げた。
それに応えるように牧内が補足を入れる。
「ですね。今日のテストプレイはこれで5回目ですけど、女性は初めてですね」
「そうなんですね!なんか女の子も遊んでくれてるのって嬉しいですね!」
「はい。では、お話を聞かせてもらいたいと思います」
「あ、すみません、ついテンションが上がっちゃって。どうぞ」
ブースの声は牧内のイヤホンにしか届いていないので、救世主の猫には新藤がはしゃいだ事は伝わっていない。
これまでと違う流れできょとんとしていた。
「すみません、話の途中で」
「い、いえ」
「それでは、今回のテストプレイではどのクラスで挑戦されますか?」
「えっと、ぶ、武芸者、です」
「おっ。という事は、隣の彼と一緒のクラスですね」
「か、彼!?そ、そんな、ち、違います!」
彼、という言葉を恋仲と勘違いした救世主の猫は動揺し、慌てふためいて否定した。
牧内は苦笑いを浮かべながら、急いで言葉の意味を説明する。
「いや、そういう意味の彼、ではなくて、性別を指す方の彼です」
「っ!そ、そうですよね……」
指摘され、マスクをしていても分かるくらいに一瞬で顔が赤くなる。
「ちょっと牧内さん、セクハラですよー」
「え、そんなバカな!?」
「牧内君、ちょっと後で話そうか」
浩介は助け舟を出そうか思案するが、結局何もしないことが一番だと思った。
牧内は多少困惑したものの、気を持ち直して救世主の猫へのインタビューを再開する。
「えっと、続けても大丈夫ですか?」
「は、はい、すみません……」
救世主の猫もなんとか強引に平静を装って受け答えをする。顔はまだ赤い。
「では、武芸者ということですが、遠距離と近距離、どちらが得意ですか?」
「お、主に、弓を使ってます、下手ですが……」
「遠距離ですか。ではこれで遠距離と近接が揃いましたね。ありがとうございました、それでは頑張ってください」
「は、はい、ありがとうございました」
そして、最後の参加者の男性が画面に映る。
「それでは、最後の参加者のお話を伺いたいと思います。こんにちは」
「はぁい、こんにちはぁ、うふっ」
しなを作り首を傾げてカメラ目線でウィンク。
「気持ち悪いわっ!」
咄嗟に牧内の口から突いて出た。
男性はすっ、と普通の立ち姿に戻り、冗談めかして抗議する。
「ヒドイっ!」
「浪木さん、何してるんですか!」
新藤が笑いながら反応する。
「だって、女性の参加者が一人だけっていうから、心細くならないようにって思いまして」
「気の遣い方がおかしいから!」
「えーっ、百点満点の答えだと思ったんですけどねー」
その後は、牧内がカメラに向かって各デバイスの説明と各クラスが使用可能なスキルの説明をした。
内容はほぼ浩介たちが受けたものと変わらない。ただ、スケジュールの関係なのか説明は大分簡略化されていた。
普段見ることのできない舞台の内側を見れて知識欲が満たされていた浩介に、救世主の猫がジャージの袖を見ながら番組の邪魔にならない程度の小声で話しかけた。
「凄いですよね、こんなのも用意されてるなんて」
「ね。っていうか猫さん、今日試遊でめっちゃ動き回る事考えてなかったでしょ?」
軽く笑いながら聞くと、救世主の猫は少し俯いて声が沈んだ。
「は、はい。すみません……」
「いや、責めてるわけじゃないよ。でも、ジャージの貸し出しがあって本当に良かったね」
「はい、本当に運営さんには頭が上がりません」
控室で牧内による説明がなされた後、女性スタッフがジャージを持って控室に入って来た。
救世主の猫はそれを渡されると、何故渡されたのか分からずに首を傾げた。
「そのお召し物ではテストプレイ中に何かあった時に対応が難しいと思いますので、宜しければこちらにお着替えください」
何かあった時、という「何か」に思い至るまで多少時間がかかったが、焦ったように納得した。
「す、すすすすみません!全然考えてませんでした!凄く助かります……」
「いえいえ。あちらのドアを右に曲がった突き当りに化粧室がございますので、そちらでお願いします」
「は、はい。ありがとうございます」
「今お召しになっている服は、私がお預かりいたします。テストプレイが終わりましたら、再び化粧室にお越しください」
という、控室での出来事を思い返し、受付女史に対するイメージを救世主の猫に伝えた。
「マスクといいジャージといい。あらゆる面でのサポートが充実してるよね。あの人、前世はメイドだな」
「ふふっ」
俯いていた顔から笑顔が覗き、浩介はほっとした。
が、何をしても払拭できない唯一の不安材料が残っている。
へなちょこな恰好を晒さずに済みますように……。
横に一列に並ぶ参加者の面々は浩介以外、全員二十代前半か十代後半。
もしかしたら体力や瞬発力が衰えている人もいるかもしれないが、確実に浩介よりも俊敏に動けて持続力もあるだろう。
そんな中、たった一人早々に息を切らせ、よろよろとした足取りを全世界に晒してしまうかもしれない。
そんな事態になるなら、得意とまではいかないが弓を主体にしていくのも有りかと思考巡らせた時、救世主の猫から声が掛かった。
「ハイネガーさん、が、頑張りましょうね」
両腕で小さくガッツポーズを作り、意気込みを見せた。
まるで、逃げは許さないよ、というようなタイミング。
無理やり浮かべた笑顔は、きっと引き攣っていただろう。
「う、うん、が、頑張ろうね」
楽な方の選択は奪われた。
開始一分やそこそこでスタミナ切れを起こして笑い者になるだろうが、やる気満々な救世主の猫のその顔を見てしまっては腹を括らざるを得ない。
覚悟を決めた浩介は、こう思った。
「(俺もマスク貰えばよかった……)」




