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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
148/234

#148_C国の手先(1)


 中世ヨーロッパ風の趣あるアルスメリアの街中を、一台のワンボックスカーがけたたましくクラクションを鳴らしながら走っていた。

 何事かと家々から顔を覗かせる人々、慌てて脇に避ける人々。

 向かうは南門をくぐった先。

 追っているのは一人の日本人男性。

 追うは男女二人のテレビカメラクルー。

 追うと言っても、被写体の男性は瞬間移動ですでに現地へ到着しているらしいが。



「まさか、戦場カメラマン的な仕事を回されるなんて考えもしませんでした」



 男性が運転しながら、助手席に座るリポーターの女性へ会話を振る。

 上司から王都の風景を撮影するように指示されて動いていたが、急遽予定変更の連絡が入った。

 これから起きる戦闘の様子を映してこい。

 戦場カメラマンでもなんでもない二人に対してなんとも過酷な指令だったが、最大限の安全の確保も業務命令にあったのでやりきれない。



「私もよ。退職するまで地方のリポーターやらされて終わりかと思ってたけれど、しがない平社員が異世界で地球人のいざこざを中継するなんてね」


「流れ弾とか、きたりしないでしょうか?」


「それを私に聞かれても。そうでないことを祈るしかないでしょ。それに、ズームで撮れなんて言われてないし、むしろ安全な場所で撮れって指示だから危なかったら下がればいいわ」


「そうは言われても、戦場ではどこからが安全なのか分からないと思いますが……」


「そんなのは勘よ、か・んっ」


「は、はぁ」



 頼りなさそうなカメラマンと、肝の据わったリポーター。

 臆病風を吹かすカメラマンに対して、姉御肌気質なリポーターは普段と変わらない様子。

 カメラマンの乱暴な運転に揺られたリポーターはウィンドウ上部の把手に掴まる。

 これから向かう危険な現場の撮影を命じられたその理由を反芻した。



「この前の会見と今の会議を見せられたところで、国民の大半は冗談の域を出ないっていう上の見解は妥当でしょうね。

 私たちは幸運にも本当に異世界がある事を知れたから、会議での話が本当なのかもしれないと思えるけれど、他の人はそうじゃない。

 だから、今の地球人の尺度では考えられないものが起きる度に、それを撮影して広めなければならない。

 それは分かる。分かるんだけど、そう上手くいくとは思えないのよね」


「つまり、何を見せたところで視聴者はやらせを疑う、ってことですか?」


「それが当然じゃない?地球は科学の進歩のおかげで、映画やゲームの映像クオリティは現実世界と遜色ないものを作り出せる。

 AR技術なんかがその良い例よね。それに、今の技術は物凄い速さで進化を続けていて、新技術がお披露目されるたびに、ついにここまで来たか、と盛り上がる。

 これから私たちが届ける映像も、そういう技術を使っていると見られてしまうのが普通でしょう」



 カメラマンは苦い顔をしながらクラクションを鳴らしつつ、不平を述べる。



「じゃあ、俺らのこの仕事って無駄っていうんですか?」


「まったくの無駄とは言わないわ。多分、少数かもしれないけれど意識が変わる人はいると思うから。ただ、その比率が偏り過ぎてるんじゃないかっていう話よ」



 一般論を述べただけのリポーターに対して噛みついたが、彼女はそれに腹を立てることなくやんわり答えた。

 カメラマンはため息を吐いて愚痴を吐く。



「……そういう人たちの所に魔物が現れてくれれば、手っ取り早いんですけどね」


「本音を言えば私も同感。でも、そうなってしまった時にはもう手遅れだから、上手くいかないのよね」


「何でこんなことになってしまったんでしょうかねぇ」



 カメラマンの嘆きは、まさに異世界人全員の感情を代弁していた。

 舗装されていない道に進入すると、リポーターは双眼鏡の距離メーターに気を配りながら浩介を探し始めた。

 ワンボックスカーは時折大きめの石に乗り上げて車体を弾ませながら走っているうちに南門が見え、それを通り抜ける。

 眼前に広がる草原を真っ二つに分ける街道。

 その道の上、一人の男性がこちらに背を向けて立っていた。

 双眼鏡のメーターでは、男性との間は四百メートルほどを示していた。



「ここらへんでいいでしょう。車を街道に対して横に停めて。そうすれば何かあってもすぐに引き返せるし、この距離なら流れ弾が来てもドアは貫通されないでしょ。撮影は車内からしましょう」


「さっすがアネs」


「何か言った?」


「い、いえ、さすがあ、ネットで得た知識ですか、と……」



 リポーターの影の仇名はアネさんらしい。

 そう言われている事を本人も知っているようだが、そう呼ばれるのは何か気に障るらしい。

 カメラマンはかなり苦しい言い訳をかますがもちろん効果はなく、じろりと一睨みされた。

 これは堪らないと、カメラマンは撮影準備を始める。

 リポーターはため息を吐くと、街道に佇む男性を見ながらひとりごちた。



「私、まだ二十六なんだけどな……」





「指定された場所はここで合ってると思うんだけど、ここに来る前に自衛隊の人に捕まってて欲しいなぁ」



 街道の真ん中で立つ事十数分、何気なく腕組をした時に腕にごつごつした感触が当たった。

 宝石を収めたロケットペンダントだった。



「そういえば、あの森の教会で久遠に起こされてからはこれに触らなくても能力使えるようになったんだよな。今、触ったらどうなるんだろ」



 ふとそんな疑問を抱き、念話で久遠に聞いてみた。



「それは私にも分からないかな。

 サンドラちゃんのような純粋なスピリットだったら、その聖石に宿るスピリットに干渉して様々な事ができる。例えば、契約の解除や立場の交換、一時的にそのスピリットの力を借り受けるとかね。

 でもキミは人間という身でありながら私たちの世界に足を踏み入れた。そんなケースは私も初めてで、予想が付かないんだ。

 もしかしたら意図せずスピリットと意識の交換が行われる可能性もあるけれど、重く考えなくてもいいよ。

 それくらいだったら元に戻せるし、何よりキミが持っている聖石のスピリット、彼はすごく真っ直ぐで誠実な性格だからね。どう転んでも悪い様にはならないよ」



 つまり、浩介の意識が宝石の中に移る。

 重く捉える必要はないと言われても、自分の体が他人に操られるというのはどうにも気持ちが悪いのではないだろうか。

 そこで、はたと気が付いた。



「(マリーレイアも、サンドラが表に出てきてる時ってそんな気持ちなのかな)」



 自分よりもずっと年下の、下手をすると自分の娘のような年頃の少女がそんな境遇に身を置いている。

 そう思うと、尊敬の念が沸き上がると同時に、自分の情けなさも浮き彫りにさせられる。



「(だめだなぁ、あんな小さな子がすっごく頑張ってるのに、大人の俺がこんな体たらくじゃあ恥ずかしいよな)」



 両手で頬を挟むように叩き、気合を入れる。



「っし!」



 中学生時代を陸上部で過ごした浩介は、昔を思い出してストレッチを始める。

 一通り体の筋を伸ばし終えて軽くジャンプを数回繰り返した時、前方から複数の小さな黒い物体が土煙を上げて迫って来るのが見えた。

 この異世界にある物であんな動きができる物は存在しない。

 正体は分かり切っていた。



「あれだな……こちら辻本。これより不法入国者の捕縛にかかります」



 無線で伍代に交戦の合図を送った浩介は、アルスメリアにはこれ以上近づけさせまいと二百メートル以上もある距離を一瞬で詰め、一台の高機動車の正面に現れる。

 テロリストたちは幽霊のように突然現れた人間を見て驚き、咄嗟にブレーキペダルに足を掛ける。

 が、ペダルを踏み倒すよりも早く浩介が高機動車の上を側宙で飛び越えながら刀で車体を縦に両断した。

 斬った車に目を向けず、浩介は中空で次の標的を探す。



「まず一つ。次っ」



 着地時に流される体を、片手を地面に着けてブレーキをかける。

 その横を通り過ぎて行った車へ向けて飛んでは左側のタイヤ二つを切り裂き、すぐさま他の車へ飛び掛かり荷台の上から横一文字に車体を切断する。

 武装集団はわけもわからないまま、次々に外へ放り出されていく。

 秒針が進むごとに破壊されていく。

 敵襲を察知した者が車上から銃を構えるが、目にも止まらぬ速さで移動する浩介を捉える事が出来ない。

 それをよそに浩介は踊る様に動き回り、やがて八台あった高機動車の最後の一台を横薙ぎに切り払うと、すべての高機動車はただの鉄塊と成り果てた。

 所々で煙があがり、もうじきガソリンに引火し爆発するのではないかと思われるものもある中、車体から放り出された武装集団はよろよろと立ち上がり、何が起こったのかと鉄塊に目をくれる。

 そこに近づいていく、一人のどこにでもいる日本人。

 彼からは迫力も威厳も、重圧すら感じない。

 それもそのはず、彼は普通の民間人。

 しかし、そんな彼の手には到底似つかわしくない得物が握られている。

 彼は武装集団に日本政府の意志を簡潔に伝える。



「すみません、手荒な真似をして。でも、きっと止まってって言っても止まってくれなかったと思うので。

 単刀直入に言いますね。このまま引き揚げてくれませんか?」



 形ばかりの謝罪と有無を言わさぬ物言い。

 バルガントと対峙した時のように、礼儀正しいように聞こえてもこちらに従わせようという、ある種の傲慢さが際立っている。

 それは浩介自身も自覚していた。



「(俺マジ小心者だから、バリバリ威圧してくるタイプの人を前にすると、怖くて思考が鈍って思った事がそのまま口に出ちゃうんだよ……気を悪くしなきゃ良いけど、んなわけないよなぁ)」



 宝石と契約した影響でも何でもない。

 ただの怯えの裏返し。

 もし自分の意志でこんな風に言えたら、どれほど己に自信が持てるかと何度思った事か。

 ふと、コンビニの仕事に就いてた頃を思い出した。

 理不尽な要求をしてくる客と相対したあの時は、自分でもビックリするくらい堂々と構えてたなぁ。

 物思いに耽る前にその記憶に蓋をして、目の前の事に集中する。



「もう一度言います。引き揚げてください」



 浩介の声が聞こえていないのか、武装集団は放り出されて散らばった銃器を拾い上げて、それを浩介に向けた。



「どうしても退かないっていうんですね。分かりました、それならこちらも……」



 アサルトライフルやマシンガン、ハンドガンの発砲音が一斉に鳴り響き、浩介の声をかき消した。






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