#146_招かれざる者たち
富士山麓・ブラックゲート前。
テレビ中継車の中で、ディレクターがクルーと共に映像チェックを行っていた。
「にしても、これホントなのかねぇ。確かに目の前で異世界に消えたスタッフとか見たけど、バケモノが襲ってくるなんてことあり得ると思う?」
「さあ、どうでしょう。バケモノなんか見た事ないですからイマイチ想像できませんよ」
「だよなぁ」
雑談しながら音声チェックも怠らない。
異常なし。
再び画面に目を向けた時、中継車の扉が乱暴に開かれた。
何事かと二人が振り向くと、そこにはどこにでもいるような服を着た拳銃を構える覆面の男。
「な、なんだっ……!」
ディレクターの声を無視して、武装した男は何も言わずにただ首を捻って外へ出ろと脅す。
両手を上げてゆっくりと車外へ出ると、中継車を囲うように小銃を構える自衛官たちに迎えられていた。
人質がいるので手出しできないようだ。
闖入者がブラックゲートの方へ歩けと銃口で差し向ける。
「どうなってんだ、こりゃ……」
「殺されたりしませんよね?」
とにかく指示された通りにするしかない。
ブラックゲートの入口を見ると、闖入者の仲間が一人の自衛官を後ろ手に縛って、背後から首元にナイフを押し当てていた。
どうやら、最初に人質にされたのはテレビスタッフではなくあの自衛官らしい。
自衛隊のキャンプ地だからそりゃ当たり前か、と二人して思ったが、そうなると今度は人質を増やしてどうするのかと疑問が湧く。
「何がしたいんだ?」
一足先に人質となっていた自衛官の隣で膝立ちにさせられながら、そう小声で呟く。
それから少しすると、遠くの方からざわざわと草木を分け入ってくる音が聞こえてきた。
自衛官の数名が振り向いて警戒していると、程なくしてざわめきの正体が姿を見せた。
「っ!」
一個小隊規模の闖入者がアサルトライフルを携えて姿を現し、自衛官たちと少し距離を開けて対峙する。
その中の一人が銃口を首をくいっと外側へ向けて、前を塞ぐ自衛官に道を開けろと仕草で伝える。
その先はブラックゲート。
彼らの目的は、異世界なのだろうか。
自衛官のみならず、民間人まで人質を取られてしまったら言う事を聞かざるを得ない。
渋々道を開ける自衛官たち。
モーゼの十戒のように真っ直ぐにブラックゲートへと歩みを進める闖入者たち。
何を思ったのか、その中の一人が自衛隊のドローンとモニターを奪ってブラックゲートの向こうへ飛ばす。
そしてドローンの映した映像を見ると、仲間へ向かって手を煽った。
闖入者たちは人質となった三人の横を通り抜けて、漆黒の門へ躊躇うことなく足を踏み入れて次々に異世界に姿を消していく。
「なあ、確かあの先にも自衛隊、いたよな」
「え、ええ。あっちに行ったセンパイたちと打ち合わせした時に聞きました……いや、ヤバくないですか?」
「ああ、無事だと良いが……」
人質を拘束していた闖入者は仲間を全員見送ってから乱暴に人質を解放すると、逃げるように仲間の後を追った。
そうして、この場にいる者の命を脅かす存在はいなくなった。
闖入者が全員ブラックゲートの向こうに消えたの途端、自衛官たちは慌ただしく動き出した。
途端にキャンプ地の指揮官らしき人物が隅々へと指示を飛ばし始める。
「通信士は分担して統幕と総理に連絡しろ!整備隊と普通科隊員は指揮車両と武器を招集して即応できる準備を!」
やにわに自衛官たちは機敏な動きで指示に従う。
訓練が行き届いてるなぁ、と感心しながらもディレクターは考察を始めた。
「アイツら、ドローンを異世界に向けて飛ばしたみたいだけど、あの事を知っていて飛ばしたのか知らずに飛ばしたのか」
「あの事って……無線がこっちとあっちじゃ通用しないっていう?」
「そう。もし知っていたなら素性は少しは見えてくる」
「ホントですか?」
得意げに考察を披露し始めるディレクターを胡散臭い目で見るも、とりあえずは話を聞いてみる。
「まず、あのよく訓練された動き。あれは日本の暴力団やチンピラが一日二日で出来るような動きじゃない。つまり、どこかの部隊。
それに武器だ。あの拳銃が配備されている国は確か、開発元のC国含めて数カ国しかなかったはず」
聞き始めこそ疑っていたが、武器のあたりから信憑性が高い考察をしているのではと認識を改めた。
「じゃあ、その中の国の部隊って事ですか?」
「その可能性は高いかもしれない。それと、実行部隊も兼ねた工作員を潜り込ませている国は、その中で一つだけ」
「工作員とか怖い響きですけど……噂で私も聞いたことがあります。日本に自国の人間を大量に送り込んで、人口比率を日本人よりも高くする実効支配を進めているとか……」
ディレクターは頷いて、神妙な顔つきで言った。
「それがC国だ」
「マジですか!?」
驚愕の表情を浮かべるクルーに、更にその界隈では有名な噂を聞かせる。
「それにC国は共棲党の独裁政権国家だけど、日本に共棲党が設立された経緯もそっちの影響を多大に受けたからっていうのは周知の事実だよな。
半世紀以上経った今でも共棲党のスローガンが発足当初から変化がない事や国会での発言内容から、それがずっと続いているんじゃないかとまことしやかに囁かれているんだよ」
「という事は、日本の共棲党はC国の共棲党と繋がっていると?」
「事実かどうかは分からないけど、そう見る人間が一定数いるのは確かだ」
そこで後輩クルーは、はたと気が付いた。
「もしそれが本当だったら、これって国際問題なのでは?」
「……ヤバイな」
二人は慌てて中継車に乗り込み、本社と異世界の中継車に警告を発した。
本社へは問題なく電話は繋がったが、異世界の中継車はコールに出ることは無かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
会議は休憩を挟んでいた。
浩介たちは国ごとに割り当てられた控室でメイドの淹れた紅茶を飲み、フルーツの盛り合わせの中から葡萄に似た果物を一つ摘まんで疲れた脳に糖分を送っていた。
日本人の括りにされた浩介は、総理と同じ部屋を割り当てられている。
出立の時に見送られた時に会っただけで、ほぼ初対面。
話すようなネタもないので、気まずい。浩介が一方的にそう感じているだけかもしれないが。
とはいえ、向こうも関係者との話が途切れることがなかったので、無理に話そうとする必要もなかった。
ひたすらにフルーツを口に運ぶ浩介に、久遠が声を掛けた。
「そういえば、キミの世界ってどのくらい広いのかな?」
「ん?ああ、そうだなぁ……口で言うのも難しいな」
念話でゴーグルアースの画像を送った。
久遠が首を捻る。
「これじゃあ、よく分からないよ」
「ごめんごめん。俺もどう説明すればいいか分からなくてね。人口は約七十億人っぽくて、国の数は……どれくらいだろ、二百カ国以上はあるんじゃない?」
「二百もあるのっ?統治が大変そうだね」
「いや、仕組みはこの世界と同じだよ。国ごとに王族とか大統領っていうのがいて、彼らが一つの国を治めてる。何百と国があっても、ほとんどの国で毎日殺人事件は起きてるし、内戦や戦争だって起きてる。
麻薬だって取り締まられてはいるけど一般人に出回ってるし、マフィアや暴力団の抗争で無関係の人が巻き込まれて命を落とす事もざらにある。
差別や貧困も当たり前のようにあるし、たくさんの国があるのにそれぞれの国でも友好国なんてのは数えられるほどしか無い。
まあ、その中でも日本は治安が良い国判定されてるから、国民全体が若干の平和ボケしてるのは否めない。ってそこまでは聞いてないか」
浩介の顔を見ながら真面目に話を聞いていた久遠は頭を振った。
「ううん、日本がどういう国かも知りたかったから良かった」
そうか、と薄く笑った。
次は日本の人口から聞かせようと口を開きかけた時、控室の扉が音を立てて開け放たれた。
そうして入って来たのは一人の自衛官。
総理を見つけると、一礼してから速足で近寄って耳打ちした。
「どうしたんだろ?」
騒然とした様子に、自然と周囲の視線が集まる。
一瞬だけ総理大臣の表情が強張ったが、すぐに表情を戻す。
そして一言だけ自衛官に何かを伝えて下がらせた。
即座に立ち上がった総理は、浩介を見据えて歩み寄って来た。
座ったままなのも失礼なので、浩介も椅子から腰を上げる。
「緊急事態です。二時間ほど前、地球側のブラックゲート前に展開していた自衛官らの元に武装した何者かがテレビクルーを盾に取り、この世界へ侵入してしまいました。
遺跡内で従事していた生き残った自衛官らによると、遺跡周辺に駐車していた車両を奪ってどこかへ向かったとのこと。
恐らく、目的地はここでしょう」
「なっ!」
思いも寄らぬ事態に言葉を失う。
それを浩介に話したという事はつまり、
「王都の警備に充てている部隊にも迎撃命令を出してはいますが、こちらの装備は標準装備の拳銃と自動小銃のみ。自衛隊の装備を奪った彼らには歯が立たないでしょう。
そこで辻本さん。貴方にご協力をお願いいたしたく存じます」
人を超えた能力を持つ浩介に白羽の矢が立つのは自然な事。
しかし、浩介自身は未だ自分の力量を測れないでいた。
一人で手に負えるのかという僅かな不安が、視線を久遠へ向けさせた。
いたずらっぽい笑みで返された。
「何をいまさら自信なさそうな顔をしてるんだよ。聖マリアス国の大軍勢相手に啖呵きった勢いはどこへ行ったのかな?」
「あ、いや、あの時はほら、妹の事があったから」
「だとしても、キミは猪突猛進で動くタイプじゃないでしょ。それとも、聖マリアス国の兵士よりもそのならず者たちの方が脅威と感じてるのかな?」
図星だった。
己の力量を測りかねているといっても、普通の人間と戦って負けるとは思っていない。
しかし、それは相手の武器が剣や弓だった場合に限っての話で、銃やロケットランチャーで武装した相手と渡り合うのとはわけが違う。
「確かに、キミの世界にある武器はこちらとは比較にならないほどの威力だよ。
であればなおの事、その人の頼みを引き受けてみなよ。自分の力がどの程度か知るいい機会だ」
「そんな無責任な……」
銃撃を受けて死ぬかもしれないとの恐怖が顔に出たのか、久遠が追い打ちをかけた。
「大丈夫大丈夫、キミは死なないよ。なんたって、私と一蓮托生なんだから」
一蓮托生とはどういう意味で言っているのか。
でもそういう体になってたんだったか。
と、空虚な薄笑いを浮かべて依頼を受けたが、被弾した時の事を考えるとやはり気が気ではない。
「やっぱり、当たったら痛いのかなぁ。やだなぁ、痛いのはもうコリゴリなんだけどな……」
宝石との契約時の痛みを思い出し、不安を抱えたまま王都の外へと向かうのだった。




