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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
145/234

#145_三国会議(3)


 会議は順調に進み、焦点は今後両世界に出現すると予想されるヒトガタの眷属への迅速な対応に絞られ。

 が、神出鬼没な召喚門に対しての警備など果たして意味があるのかどうか。

 そして、召喚門は空間を指定して出現させるため、浩介たちの大空壁も無力。

 魔物の出現の阻止は現在、事実上不可能だ。現れた魔物を殲滅していくしかない。

 いま地球で頼れるのは対ゴースト弾のみだが、超威力のレーザーを町中では撃てない。

 遭遇したら逃げるしかない。

 一応、頑強な避難所も建造予定だが、記憶に新しい大震災の避難所の様相を振り返れば、その不自由さと窮屈さ、不衛生な環境や周りの騒音によるストレスで避難者が疲弊していくのは明らか。

 しかし、今のところはそれ以外に対策はない。

 そして、これは先進国での話。

 発展途上国では、そもそも軍隊や警察がまともに機能していない区域もあり、そういう場所が狙われてしまったらもはやその区域の全滅は覚悟しなくてはならない。


 世界は平等だと綺麗事を謳う者たちへのアンチテーゼ。

 とはいえ、この会議を視聴している人の中で、一体どれほどの人間がこの危機を真剣に受けとめている者がいるのだろうか。

 日本国民の大半が死と隣り合わせの貧困とは無縁で、犯罪による死亡率も非常に低いために世界屈指の平和ボケ大国となっている。

 この会議を見ている多くの人は、ゲリラ的に豪華なキャスティングのドラマか映画が始まったと思っているかもしれない。

 それでも、非難覚悟で国民を守るために警鐘を鳴らすのは政治家の役目。

 そんな最中、地球で矢面に立っている総理大臣へコンタクトを求める者がいた。



「……総理大臣に繋いでもらいたい。が、あれは何だ?ホームドラマか何かの撮影か?」



 英語で電話越しに問いかけるのは、A国大統領。

 ホワイトハウスの大統領執務室に剣呑な声が響き渡る。

 自身の代わりに日本へ発った国務長官をサポートするため、探りを入れようとコールしていた。

 最初、大統領は総理大臣直通のホットラインを使用して直接問い質そうとしたのだが、一向に応答がなかった。

 痺れを切らし、ならばと下の者を威圧して口を割らせる方向に変えた。 

 しかし返答は、この件に関しては存じ上げませんの一点張り。

 甘い期待に見合うのは甘くない現実。

 官僚の中でも口の軽そうな人物へコンタクトを取ったが、この件に関してボロを出す者は一人もいなかった。

 期待を寄せていた最後の相手との通話を切ると、別の場所へかけなおした。



「私だ。総理大臣の足取りは掴んでいるか?……そうか、フジサン全域の衛星画像を私と国務長官の端末に送ったあと、登山者か遭難者か何かに扮装して目標を探れ」



 短く指示を出して通話を切り、今度は内線に切り替えた。



「日本で行われている騒動についての会見を行う。……ああ、いつも通りで構わない。諸国への連絡は任せる。台本は私が用意しよう」



 受話器を置くと、大仰に溜め息を吐いて誰もいない執務室でひとりごちた。



「まったく、あんな不可解な映像を全世界に発信するなんて、総理大臣は気でも触れたか?まさかハリウッドスターになるつもりじゃないだろうな。面倒な事をしてくれる」



 細身の体がまた少し細くなったように見えた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 SNS上の反応。



「やべえ、めっちゃ可愛い子がいるんだけど!」


「冴えないおっさんの隣にいる黒髪の美女、どこの誰よ。よく今までスカウトにひっかからなかったわね」


「おっさん、そこ変われ」


「え、あれもしかして彼氏?顔面偏差値の差が激しくて彼女がかわいそうなんだけど」


「おっさん、どこの劇団員だ?俺、友達になってあの子紹介してもらうわ」


「美女と野獣の方がまだ許せる」


「ちょwみんなおっさんに厳しすぎw総理の話も聞いたげなよw」


「っていうか全局これ流してるけど、いつ終わんの?もう飽きた」



 会議を見ながら投稿されているコメントの半分以上が会議の趣旨とは遠く離れた平和なものだった。

 その中にも、これが本当だったら、という危機感を持つ人間も稀にいたが他の面白おかしなコメントの波に埋もれてしまう。

 そんな文字の海を猫又はスマホで見ながら、食後のお茶を口にして難しい顔をしていた。



「どうしたの顔しかめたりして。そんなに熱かった?」


「いやそうじゃなくて、異世界と繋がるって本当にあるんかなって思ってねー……。ネットの反応だと、やっぱり何かのお遊びでやってるんじゃないかって見方がほとんどだよねぇ」


「そうでしょうねぇ。私だって、この国どうしちゃったの?って思ってるし」


「俺も、知り合いが映り込んでなかったらそんな感じだったかもしれないなぁ。宇宙人の方がまだ現実味があるっていうか」


「わかるわかる。でも宇宙人ネタはテレビの都市伝説特番でさんざんやったから、奇をてらってみたとか?」


「さあねえ。それにしても何のためにこんな大仕掛けの舞台を整えたのかぜんっぜんわからん。じゃあこれを信じるのかって聞かれると、うーん、としか言えないし」



 眉間に皺を寄せながら呻る猫又に、彼女が少し真面目な顔をして聞いた。



「ねえ、その知り合いの人って芸能界関係とか、役者志望の人だったりするの?」



 ふとスマホから顔を上げて否定する。



「いや、そんな話は聞いたことないけど。だとしても、こんな金かかってる撮影にキャスティングされるのはかなり有名な役者じゃないと釣り合わなくね?」


「そうかもしれないけど。でもほら、素人っぽさが要求されてれば分かんないじゃない」


「そうかもしれないけど。だとしても、直感だけどなんかそれもしっくりこないんだよなぁ」




 猫又は再び流れるコメントに目を移した。

 すると、ちょうどのど飴からメッセージが届いて確認すると、



「ハイネガーさんがテレビデビューしてる!」



 と、本当にこの子は女子大生なのかと時代錯誤な言葉選びに軽く吹き出すと、食堂の入口から同僚が呼びかけてきた。



「あ、ここにいたんだ。部長がメシ食い終わったらちょっと来てくれってさ」


「わかった、さんきゅー」



 それからは、残り少なくなった休憩時間を彼女とだらっと過ごすのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 会議が始まって、一時間半と少し。

 これまでまとまった議題は、異世界の防衛においてはこの三カ国で共闘姿勢を取る事。

 ビーストには地球の現代兵器が有効であることから、異世界陣営に装備を提供する。

 地球側は依然としてゴーストへの対応は異世界の兵士に頼らざるを得ないが、兵器の提供とイーブンということで不満なく収まった。

 だが、問題はこの三国以外の両世界の各国の反応と姿勢。

 その懸念は本会議が始まる前に出席者の間で共有済みで、この会議の様子を全世界に発信したのもまずは人類全員が情報共有すべきと決定していたからであった。

 そして、日本の同盟国でありながらそのような重大な事案が事後報告になるなど納得できなかったA国は、国務長官を防衛省へ直接送り込んだ。



「防衛大臣と話がしたい」



 アポイントメントも取らずに押しかけては、有無を言わさぬ強面で受付事務に母国語で取次ぎを要望した。



「現在、大臣は出張で留守にしております」


「どこへ行った?」


「今、確認いたします。少々お待ちください」



 カウンター備え付けの電話でどこかへ連絡を取り始める。

 受話器を取っては置いてを数回繰り返した後に、ようやく防衛大臣の所在を把握する者と繋がったようだ。



「はい、只今窓口にてA国国務長官が……はい、はい……畏まりました。では、そのようにお伝えいたします」



 受話器を置いた受付の女性は、再び流暢な英語で通話内容を伝えた。



「防衛大臣は現在、異世界のアレイクシオン王国の首都・アルスメリアに訪問中です。なお、地球と異世界間での通信は有線以外に方法はないとの事です。

 帰国は明朝九時を予定しております。アポイントメントをお取りしますか?」



 国務長官はさっと顔を背けて軽く息を吐くと、苛立ちを隠さずに腰に手を当てて向き直る。



「それじゃあなにかね?こっちは宇宙人が押しかけて来ていると答えるのが作法とでも?私はジョークが嫌いだ。そんな茶番に付き合う気はない、真面目に答えてくれないか」


「そのようなつもりはございません。誓って、そのままお伝えした通りでございます。アポイントメントをお取りしますか?」



 抗議の言葉を言いかけたが、どうやら向こうは頑なに異世界云々という設定を崩す気はないように見え、これ以上は言っても無駄だと出かかった言葉を飲み込んだ。



「……いや結構。明日出直そう」



 静かに頭を下げて見送る受付嬢だが、それに一瞥もくれずに踵を返して出口へ向かう。

 その時、秘書が彼に耳打ちした。



「そうか、分かった。一度横田基地に戻るぞ」



 険しい顔つきから一変して、どこか満足そうに口角を上げて速足で防衛省庁舎を後にした。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 富士の森の中を心細そうに歩く三人の男性。

 富士山に登ろうとしていのだが、いつの間にか遭難してしまったようだ。

 そんな三人を見つけたのは、小銃を装備した二人の自衛官。



「こんな所でどうしましたか?」


「あぁ、助かったぁ!実は道に迷ってしまって途方に暮れていたんですよ」



 心底安心した風の男の隣から、素朴な疑問が飛んできた。



「見たところ自衛隊ですよね?なんでこんな場所に?」


「ここはレンジャー試験に使われる場所になりますので、想定外のトラブルが発生しないようチェックを行っている最中です」


「なーるほど、そういう仕事もあるんですね」



 こくこくと何度も頷く遭難者へ向けて、自衛官が麓まで案内を申し出た。



「もしよろしければ、私どもが市街地まで案内しましょう」


「ええ、お願いできますか?それと、悪いんですが一人、足を挫いてしまった連れが……」



最後の男性が申し訳なさそうに頭を下げた。



「大丈夫ですよ。では、私の背中に乗ってください」


「面倒をおかけしてすみません……」



 足を引きずった男性をおんぶすると、軽々と歩き始めた。

 その背中で、男がほくそ笑んでいるのを知らないまま……






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