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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
144/234

#144_三国会議(2)


 会議は事態の認識共有から開始される。

 すなわち、ヒトガタの誕生した原因、能力と目的、過去の被害から今回の被害規模の想定。

 それらを久遠は椅子に座りながら話した。



「とまあ、アイツが生まれた経緯と目的はこんな感じかな。

 私たちが妨害した甲斐あって酷く弱体化してたヒトガタは、静かに人類史を見続けてきた。

 で、その歴史は絶えず人間同士の殺し合いに塗れてて、存在価値のない種族と見限った。

 戦争や腐敗した政治や権力者の横暴、人間同士の迫害によって死亡者の数が増加し続け、ヒトガタの復活を助けた形になっていた。

 ってところだね」



 ヒトガタが復活したのは、どうしても人類の自業自得としか思えない。

 敢えて一から説明したのは、放送を見ている人々に事のあらましを把握してもらうためだ。

 久遠が一通り話し終えると、総理が挙手をして久遠はどうぞと促した。



「ヒトガタ、または永業の魔物という存在の復活に必要だった具体的な死者数というのはどの程度か、それと戦争や紛争、謀略等が発生しなかった場合もヒトガタの復活は有り得たのか。

 その辺りはつまびらかになっているのか、その把握はしておられるのでしょうか」



 異世界の人を前にしても、まるで国会での質疑応答のような物言いに浩介は内心で苦笑した。

 それを気にした風もなく、久遠は滑らかに答えた。



「死のエネルギーの量や質は人一人につきどれくらいだとか、年齢や性別だけで決まるものじゃないんだ。

 その者の根源にある魂の色、分かり易く言うと生まれ持った性格に依るところが大きくて、その闇が深ければ深いほど死のエネルギーは増大するし、輝きが大きければ減少する。

 人の心は周りの環境によってころころ変わったりするけど、その軸となる産まれる前に植え付けられた根っこっていうのがあって、その影響は無視できないかな。

 ただ……」


「ただ?」



 久遠はすっと目を鋭く細めて会議室全体へ目を向けた。



「理不尽な死を強制された人から放出されるそれは、膨大な量だよ」



 この会議に出席している者すべてに刺さる言葉だった。

 聖戦の大義名分を掲げて侵略戦争をしかけた聖マリアス国の大司教、疑いもせず大人しく従った聖騎士たちと兵士たち。

 アレイクシオン貴族の私利私欲のための人身売買、そしてその貴族たちの悪事に気付けなかったセレスティア。

 同盟国のアレイクシオンの危機を救うという名目で戦争に介入し、死者の山を築いた日本。

 大空壁を強引にでも解放しておけばと後悔する浩介。

 心当たりのない人間は、子供のマリーレイアだけだった。



「過去を反省してこれから綺麗な世界を目指すなんて言葉は、人類を二万年見てきたアイツには通用しない。

 性善説を謳うなら、どうして今までもったいぶって実現してこなかったのかと言われるだろうね」


「それは……」



 この会議の模様はインターネットで全世界へ配信されている。

 日本の舵を取る者として、無様な姿を見せるわけにはいかなかったのだろう。

 それでも、と言葉を紡ぐ。



「これを機に改善していくことは可能であると、私は信じています。

 人類という種族全体の危機に際して、国籍や人種、生まれた世界の違いを理由にいがみ合っている余裕はなく、手を取り合い一丸となって知恵を出し合い、脅威に対抗しなくては人類に未来はないのですから」


「総理大臣、とかいったかな?そう思っても、その理想を世界全体、人類全体で抱けると思うかい?

 強かな者はヒトガタがいなくなった後の世界を見据えて、後の世で覇権を握るために余力を残そうとするんじゃない?

 そうした人間などいない、人類全体は全力を注げる。そう言い切れるかな?」



 総理の脳裏にいくつかの国のトップの顔が浮かんでしまった。

 即答できず言葉に詰まったその一瞬で、久遠は図星かと呆れたが表には出さずに話を切り替えた。



「とまあ、蘇ってしまったものは仕方がない。

 人類がこれから立ち向かわなくてはならない問題は、ヒトガタの討滅」



 そっとセレスティアが僅かに震えた手を挙げた。

 昨日の対峙した場面を思い出したのだろう。



「クオンたちは聖石を使って退治したと仰っていましたが、具体的にどのようにしてあの者を退けたのですか?」


「聖石が浄化装置というのは聞いたよね。まずはあれを複数個作って、アイツの力が膨れ上がるのを防いだ。

 でも既に身に付けた力までは削ぎ落せないから、別の方法でアイツを弱らせる必要が出てくる。

 その役目を……」



 そこでサンドラが言葉を引き継いだ。



「わしらが担ったのじゃ」



 カメラが会議室中の目を釘付けにしていた久遠から、声を発した別の女性の方向へ振った。

 そこには、入場時に助けを求めるような目をしていた少女が、今は自信に満ちた目で座っていた。

 マリーレイアと入れ替わったようだ。



「そこのある……クオン様が自らの力を削って生み出されたわしらの役目は、あやつの力を吸収して自らの命と引き替えにそれを消滅させる事じゃった。

 数多くの兄妹がクオン様のためと、勇んでその命を捧げて逝った果てについに、聖石の浄化能力だけで問題が無いほどにまで無力化に成功した。

 完全に止めを刺すには最後の最後まで兄妹たちを犠牲にするべきじゃったが、クオン様はこれ以上自分の子供らが死ぬのは耐えられぬほどにお優しい方。

 聖石とわしらを同化させ、わしらが死ぬことなくその身に封じたヒトガタの力を浄化できるように計らってくださったんじゃ。

 そして、浄化装置が正常に作動しているか見張るために、御自らもこの世界と繋がる必要があっての。それはおぬしが見た通りじゃよ」


「え?あ、ああ。あれはそういう事だったのか」



 突然に水を向けられた吃驚したが、やっと久遠がクリスタルに入っていた謎が解明した。

 そこでシャルフが口を挟む。



「ならば、それをもう一度……」


「貴様ら人間の罪を、無関係であるわしらの命で再び贖わせようというのではないだろうな?」



 少女の見た目に反して、人が殺せてしまうほどにドスの利いた声でサンドラが凄む。

 浅はかな発言をしたと、顔を背けたシャルフに代わってリディンが謝罪した。



「猊下への短慮な発言、誠に申し訳ありません。未だ先日の地獄絵図が鮮明に思い出される身ゆえ、どうかご容赦頂けると幸いです」


「わかっておる。ただ、こちらとて大きな代償を払ったのじゃと覚えてもらえればよい。さあ、今はそんな話で時間を無駄にしていい時ではなかろう?」



 頭を下げるだけで良いとサンドラが謝罪の時間を短く切り上げると、今度は久遠が声を出した。



「それに、それはもう無理なんだよ。この間も言ったけど聖石に必要な材料は失われたし、他の世界からもエネルギーを補給できるようになったアイツをどうにか出来るほどの力を回復するまで、あと百年以上はかかるだろうね。それを待つ間に人間は皆殺しにされてしまうよ、きっと」



 会議室は水を打ったように静まり返り、温度が少し下がったような気がした。

 日本政府の関係者は伏し目がちに久遠やサンドラを覗き見て、何かを期待している。

 他の手段は思い付かないのか、と。

 シャルフの他力本願を打ち砕いたサンドラの言葉を聞いてもなお、久遠たちが何とかしてくれるのではないかと期待する人間たち。

 久遠は、人類とはそういう生き物だったと思い出した。

 隣の浩介は小声で人間の浅ましさを謝罪した。



「ほんと、救えない種族でごめん……」


「ううん、仕方ないよ。どこからでも眷属を送り込めて、しかもその首領も人の手に余る存在だ。藁にも縋る思いなのは理解してるつもりだよ」


「久遠……」



 その会話は静かな空間によく通り、それを聞いた総理が襟を正す様に立ち上がって頭を下げてから意見を述べた。



「我々はこの事に関しては全くの無知。恥を忍んでお尋ねしたい。それ以外でヒトガタに対して有効な攻撃手段をご存知ならばお教え願います」


「対症療法でしかないけど、まずは両世界の争いや犯罪による死者の数を抑えるのがまず一つ。二つ目はそれと並行して、神出鬼没の眷属による犠牲者を出さない事。そして、個人間でも人を殺しては駄目だ。

 さっきも言ったけど、憎悪や悔恨の念を抱いた状態とそうでない場合のエネルギーの発生量が段違いだからね。

 死のエネルギーの発生を抑制し続けることが出来れば、いずれは私たちで仕留められるくらいに弱体化させることは可能になるかもしれない。

 どれくらいの時間がかかるかは未知数だけど。一年か十年か、それとも百年か千年か」



 総理はまるで永遠に続く戦争に身を投じてしまったように、軽く眩暈がした。

 この先ずっと戦い続けなければならないのならば、解決しておかなくてはならない問題がある。

 聖騎士たちと久遠へ質問した。



「……私どもは骸骨のモンスターに対する攻撃手段を持ち得ていません。しかし、先の戦闘を拝見したところ、聖マリアス国の兵士たちは難なく斬り伏せておられました。何か秘策のようなものがあるのでしょうか?」



 聖騎士たちは首を捻って心当たりがないと示し、久遠も首を傾げてしまった。



「私たちはただ剣を振っているだけだ。秘策もコツもありはしない」


「どういうことなんだろう?キミ、何か心当たりはないかな?」


「え、いや、俺専門家じゃないしなぁ……あ」



 浩介は何か思いついたらしく、一瞬だけ間抜けな顔を晒したがとにかく考えを口にしてみた。



「俺さ、異世界と繋がってるって聞いて、しかも凄い力を使えるようになって、これって夢にまで見た異世界ファンタジーものじゃん!って思ったんだ」



 言った瞬間、葉月の呆れた顔が目に浮かんだ。



「で、そんなオタクな感性を働かせてみたんだけど、俺のいた世界には現実には存在しない伝説の金属とか鉱石っていうのが言い伝えとか文献とかで残ってて。例えばオリハルコンとかヒヒイロカネとか。

 ゲームとかだと、その設定を取り入れて強力な武器や防具作ったりしてね。

 俺たちの世界が元は一つって考えたら、それ、ただの空想じゃなくて丸ごとこっちの世界に引っ越してたりしてない?

 ほら、地球だとミノタウロスとかヒュドラとかは架空の生物だったけど、こっちには実在したし」



 伍代は会議室の隅で待機させていた副官の橋本と目を合わせると、橋本は急いで会議室を出て行った。



「可能性はゼロではないと思います。先ほど部下を確認に向かわせました」


「鉱石か。しかし、地質調査はしていただろう?」



 総理が確認を取ると、壁際に立って控えていた芳賀が答える。



「ええ。ですが、この世界全てを調査したわけではなく、また採掘場所によって採取できる鉱石は違ってくるはずです。

 もしかしたら武器に特化した鉱石が存在し、この世界の人々はその採掘スポットを知っているのかもしれません」


「確かに、全ての地質成分を解析するとなればたった四年では無理か……しかも、異世界。見通しが甘かったと言わざるを得ないか」



 総理が誰へともなく呟き、伍代は言葉を続けた。



「辻本氏の想像通りであると祈って、待つほかないですね」



 報告を待つ間に、今後の防衛体制や協力体制の他、浮上した問題について話し合った。






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