#143_三国会議(1)
スーツに身を包んだ猫又は、社員食堂でげんなりした顔をしながらテーブルへ向かう。
今日のメニューは、サバみそ天そば定食。
ご飯ではなく、天ぷらそばでサバの味噌煮を食べるべし。
これがげんなりしている原因である。
この会社の方針は、無駄の中にも価値を見出せ。
厨房を担う職員も、実に忠実に実行していた。
「これ絶対消費期限が近かったからじゃん」
たまにある謎の組み合わせ。
他のメニューも似たり寄ったりで、他にはナポリタン&カレースープ、ラーメン定食(付け合わせはバンバンジー)等、個性的なメンツが揃っていた。
食堂にある壁掛けテレビが良く見える場所に腰を据えて、一息つく。
「(まだ始まってないっぽいな)」
猫又が気にかけているテレビ画面の中にまだ誰も映ってはいないが、映し出されていたのはどこかのお城の一室のような場所。
昨日の夜、のど飴が興奮した様子で教えてくれた一大事件を思い起こす。
官邸で開かれた記者会見の内容は、異世界の危険な存在がこちら側へ侵略してくるというもの。
官僚がひとしきり伝え終えて下がろうと会釈した時に、秘書らしき男性が側に寄って耳打ちし、それを受けて再びマイクの前に戻ってこう言ったのだ。
「たった今、異世界に出向していた総理から連絡が入りました。
えー、明日、日本時間の十三時より、異世界にある一国の元首、そして別の国の聖騎士と呼ばれている方々との会議が開かれることになりました。
場所は、異世界にあるアレイクシオン城と呼ばれる王城で、その模様は国営放送局を通じて民間放送局、インターネット動画配信サイト、それとラジオを通じて中継されます」
会見が終わってからゲーム内でのど飴とその話で盛り上がったが、お互いに文化祭前日のような高揚感に見舞われていて、事の核心である危機についてはまともに受け止めていなかった。
会見では地球同様に異世界にも数々の国があることと、地球と自由に行き来できることが明言されて、夢溢れる想像が駆け巡る。
もしそれが本当の話だったら、という枕詞が付くのだが。
なので、本当にそんな会議が開かれるのか、映っているこの部屋はどこかスタジオを借りているのではないかと訝っていた。
しかし、今は飯。
耳だけテレビに注意を払い、そばを啜る。
「……この後に、サバの味噌煮が待っている」
食べ合わせに不安を抱きながらも、サバの身を切り分けて口に運んで咀嚼し始める。
「……天そばの油が口に残ってる時に、これは濃いなあ」
想像していたような味の喧嘩方面ではなく、別方向からのアプローチに無駄に感心していると、向かい側の椅子が音を立てて引かれて女性社員が相席する。
「うわぁ、これはまた初めて見る組み合わせだね」
「おう、お疲れぇ」
二人の距離間は近く、いわゆる彼氏彼女の関係だった。
部署は違えど仕事上でお互いに行き来があり、そしてなんやかんやでこうなった。
向かい側でランチボックスを広げて、自前のサンドウィッチを手に取る彼女を見て目を瞠った。
「なん……だと……っ!」
「厨房の女の子と仲良くて、今日は残念な日って聞いてたから用意してきた」
「……いやあ、じつはこれ意外とイケるんだよ。俺のと交換してあげてもいいんだけどなぁ……ちらっ」
「あ、そろそろ例の会議始まるみたい」
俺にもその情報教えてくれても良かったと思うんだけど、という言葉はそばの汁と共に飲み込んでテレビに目を向ける。
「どーなるんだろーねぇ」
「怪獣?怪物?が攻めてくるって話だけど。不謹慎だけど、少しわくわくしない?」
「わっかる。ネトゲのフレともそんな感じで盛り上がったし」
テレビカメラが会場の入り口をアップで映し、これから関係者が入場してくるのだと視聴者に報せる。
期待に胸を高鳴らせながら、その時を今か今かと待つこと十数秒。
最初に扉を開けて入って来たのは、ハリウッド女優と言われても信じてしまう程に整った顔立ちに、緩やかなウェーブがかかった綺麗な金髪を背中半分まで伸ばした若い女性。
「うわっ、かわいいっ!っていうかキレイっ」
先に黄色い声を上げたのは彼女の方。
猫又も異口同音に思ったが、流石に彼女を前にしてそんな事は言えない。
続いて入って来たのが、見知った顔の初老の日本人男性。
「マジで総理がいる……」
「もしもこれがドラマとかだったら、総理って相当ヒマなんだって思っちゃうわ」
「じゃあ、マジってこと?」
「そんなの私に聞かれてもわかんないわよ。ただそう思っただけだし」
それもそうだよな、と聞いても詮無いことを訊いてしまった。
テレビカメラは次の入場者を映し出す。
まだ年端のいかない少女と、煌びやかな刺繍が施された鎧をまとった三人の美形男子。
「……ねえ総理って本当にヒマなの?海外の知らないイケメン俳優にどこかの子供つかまえてこんな放送垂れ流すとか、何がしたいの?」
「いや、俺に聞かれても知らんがな」
海外の超人気アイドルグループかと思わせるほどの容姿端麗な顔立ち。
そして、騎士の恰好。
これが聖騎士とかいう人たちらしいが、どう見てもコスプレしているようにしか見えない。
その前を心細そうにきょろきょろと周囲を窺って、不安そうに歩く少女。
明らかに場違いな舞台に立たせられ、可哀そうになる。
「しかしこれは非常に聖騎士っぽい恰好。イベントに出たらすっげぇ人気だろうな。でもあの子はもう帰してあげて欲しいよな」
溜息と共に吐いた言葉は独り言のようになった。
「最初に出てきたのが異世界の国家元首で、次に総理大臣。最後に聖騎士。これで三者揃ったわね。女の子はよく分からないけれど」
「だな……いや、まだ誰か出てくるっぽい。政府関係者か?」
聖騎士の後にスーツ姿の日本人が一人、また一人と入場し、日本語と異世界語で表記されたネームプレートの前に着座していく。
猫又はそばを啜る。
会場の扉からハイネガーが現れた。
「ぶふうっ!!」
「うわっ、きたなっ!何やってんのよ」
盛大に麺をトレイにまき散らす。
咽て涙目になりつつも、目は画面の中に注がれていた。
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アレイクシオン城・会議室。
この中でセレスティアたちは異世界の通信機器に囲まれていた。
先の貴族の謀反により、アレイクシオン側の出席者は片手で数える程度。
だが、その出席者はいずれもセレスティアが選んだ信の置ける者たち。
浩介とも面識のある騎士、都民議会の代表、そして側付き兼護衛のメイド。
これだけ揃えば十分らしい。
それでも、うち二人は明らかに場違いだろうと思っているようで落ち着かない様子。
「陛下、恐れながらただのメイドごときがこのような場に顔を出すのは……」
「それを言っちゃあ、俺だってそうだよ。貴族でも王族でもないただの平民だってのに。もっと他に適したヤツがいたでしょうに……」
「いいえ。この短い間に色々あって、人を見る目はこれでも多少は養われた自信はあります。私の知っている者の中で、あなた方三人以外にありえません」
「光栄です……」
騎士は瞳を閉じてセレスティアの言葉を噛みしめた。
出席者の片耳にはワイヤレスイヤホンが漏れなく装着されており、これが本会議で一番重要な役割を果たす。
そのイヤホンには、異世界語と日本語の翻訳に特化したアプリケーションが入っている。
異世界の門が出現し、そこに住まう人々と交流すること四年。
先日、やっと完成にこぎつけた。
もちろん、細かい言い回しやニュアンスまでは正確に翻訳できないが、外国語翻訳アプリと大差ない仕上がりである。
これでようやく浩介も通訳から解放されるというわけだ。
「肩の荷が下りたというか、少し寂しいというか」
「何がだい?」
「久遠。いや、通訳の仕事がなくなって必要とされなくなると思うとね」
浩介は隣に座るクリスタルに封じられていた女性を久遠と呼んだ。
彼女をそう呼ぶに至ったのは、昨日の晩。
セレスティアからの褒美でどれだけ宿泊しても無料の宿に戻った浩介が自室で一息ついていると、女性が訪ねてきて気恥ずかしそうにしながら言った。
「私の名前、考えてくれないかな」
「……はい?」
「ほら、自分で名前付けるのってなんか違うなって思わない?だから、キミがつけてくれないかなって」
サンドラやシスターに頼んでも主人や神として敬っているので絶対に引き受けない。
他に彼女が命名を頼んでも良いと思るのは浩介のみだった。
彼女を神聖視していない彼ならばきっと引き受けてくれる、両手の五指を合わせる姿はそう信じていても、不安はあるようだ。
俺でいいの?と念を押して聞くと、間を置かずに、
「うん、キミが付けてくれないかな」
そう返って来たので、では遠慮なく、と名前を考える。
色々と候補は出てきた。
クリームヒルト、アテナ、ジャンヌ、エレナetc……。
「……」
全部ゲームのキャラだった。
首を振って全て打ち消し、浩介なりに真面目に思案する。
彼女の出で立ちを見て思い浮かぶのは桜花、天音、刹那……といった中二病全開のものばかり。
それでも諦めずに考え抜くと、彼女の存在そのものを表す名前が思い浮かんだ。
しかしそれも忌避していた中二病ネームで。少しばかり口に出すのを躊躇ったが、それ以外に彼女に似合う名前が思い付かなかった。
恐る恐る提案してみる。
「……久遠、っていうのはどう?」
「私はキミが付けた名前なら何でも嬉しいよ。ちなみに、どうしてその名前にしたのか聞いてもいいかな」
「君が二万年前から生きているってのを思い出して、そこからとった。俺の国の言葉で永遠って言う意味なんだよ」
「そ、それはなんか恥ずかしいね」
「だよねー。俺もそう思う。別のを考え……」
すぐに別の名前を考えようとする浩介を即座に止めた。
「ううん、それでいい。それがいい。キミが初めて私をそう呼びたいと思ってくれた名だ。私はこれから久遠だよ。ありがとう」
組んだ指を胸の上にそっと当てて、大切なものを抱くように目を閉じて心からの感謝を述べた。
そして夜が明け、今に至る。
セレスティアに久遠の報告したのは今朝だというのに、きちんと円卓にはその名が書かれたプレートが立っていた。
会議の口火を切ったのは一番奥に座っているセレスティア。
大きな円卓に着座したそれぞれの顔を軽く見渡してから声を発した。
「それでは、アレイクシオン王国、ニホンコク、聖マリアス国による、ヒトガタへの対策会議を始めます」
昨日まで敵対関係にあった国同士の話し合い。
テレビカメラの向こう側にいる一億数千万人の日本人はそれを知らない。
出席している者たちの間に漂うヒリついた空気。
共通の敵が現れても、これまでの事を水に流して互いに信用できるようになるまで問題はまだありそうだ。




