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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
世界ノ章 ~開いたパンドラの壺~
141/234

#141_滅亡へのプロローグ


「さて、お喋りはここまでだ。そろそろ人類の駆除を始めよう」


「待ってくれ!俺たちの世界とこの世界が一つだったっていうのは一体……」



 誰もが知らず、誰もが予想だにしなかった真実。

 どういう事かと焦りながら発したその問いは、時間稼ぎでも何でもなく純粋に理由が知りたい一心からだった。



「それを説明して私に何の得がある?私が蘇った理由を貴様らに話したのは、それに貢献した貴様らへの最低限の義理を果たしたに過ぎん。それ以上の無駄話に付き合うつもりはない。

 大人しく死を待つがいい。最初は……そうだな、戯れに蒔いた種を片付けるとしよう」



 そう言ってヒトガタは竜巻のように姿を変え、周囲に暴風を叩きつけながら消え去った。

 文字通り、そして姿通りに嵐のようにヒトガタが去った後、浩介は女性に声をかける。



「これからどうなるんだ?あ、いや、それよりも大空壁を解かないと」



 話し終えるまで女性はヒトガタのいた場所を睨みつけたままでいたが、話はきちんと聞いていた。

 浩介の目を見て返事をする。



「そうだね、あの人たちはもうこの国と戦う気はないみたいだし。というよりも、それどころじゃないからね。多分、最初の標的は聖マリアス国。でも次は予測できない。

 この国か別の国か、それともこの世界じゃない国か」


「まさか……」


「アイツ、言ってたよね、別の世界からも死のエネルギーを調達できるって。貯蔵量は無限と思った方がいいし、二つの世界が繋がってる今、もう一つの世界に干渉するなんてやれないことは無いはずなんだ」


「チートかよ……」



 そういう無双能力って、異世界召喚とか異世界転生の主人公の特権だったよね?悪役が持ってるのっておかしくね?

 何かの間違いだと思いたくなる。

 嘆いても仕方がないので思考を切り替え、できる事を一つずつ消化していくしかない。

 まずは、檻の消去。

 浩介は深く息を吐いて張っていた気を弛緩させ大空壁を解くイメージをしている時、女性がパチンと指を鳴らす。



「これでもう自由に移動できるはずだよ。教えに行かないとね」



 何それ。指パッチンで魔法を解くとかカッコよくね?俺も次からそうしようかな。

 冴えないオッサンが澄まし顔で指を鳴らす姿を想像する。

 ……イタイだけだった。


 そのあと戦場に瞬間移動するはずだったが、セレスティアが同行を申し出てきたので女性が抱えて走る事になった。

 サンドラに少女の保護を任せた時、浩介が何かを思い出したように言い出した。



「ちょっと自衛隊の人たちにも話してくる。あっちは攻撃意志がないって伝えなきゃだし、それにもう異世界だけの問題かどうかも怪しいから。先行ってて」


「うん、分かったよ」



 浩介は風のように街中を駆け抜け、近場の天幕へ向かった。

 天幕の外で数人の自衛官が中空を見つめ、ヒトガタが何か続きを話してくるのかと待っている様子だった。

 その中の一人に声を掛け、名乗ってから責任者と会いたいと申し出るとすんなりと天幕内へ通された。



「辻本浩介さんをお連れしました!」


「辻本、浩介?」


「お邪魔しまーす……」



 とてつもない緊迫した空気にあてられ、語尾が消え入る様に小さくなった。

 通されたのは指揮官のいる天幕らしい。気後れしないわけがない。

 天幕の奥で厳めしい顔をしながら腕を組んでいた男性がふと顔の緊張を解き、正面に立っていた迷彩服を着た女性が浩介へ振り返って柔らかな笑みを向けてきた。



「ああ、ご無沙汰しております、私を覚えていますか?」


「……あっ!陸幕長のっ!それに副官さん」



 副官の橋本茉莉は軽く頭を下げて応えた。



「ええ、お久しぶりです。あれからお会いできないままでしたね。まずは初めに言わせてください」



 ここへ来るきっかけを最初に持ち込んだ伍代陸上幕僚長。

 立ち上がって背筋をピンと伸ばし、音が鳴るほど素早く指先までまっすぐに伸ばした手を額の横へ持って行く。

 敬礼。

 それに倣って副官も敬意を示した。



「我々の要請を受け入れてくれて、本当にありがとう」


「いえ、そんな。私はただ、家族のためにと思っただけですから」


「それでも、命の危険があるこの使命を負ってくれた事に変わりはない。浩介君がどう思っていても、申し訳ないが我々は一方的に感謝を押し付けさせていただきます」


「感謝の押し付けって」



 互いに軽く声を漏らして笑い、伍代は敬礼を解いた。

 すぐに目を鋭くして浩介の用件を聞く。



「それで、話とは一体?」



 聖マリアス国軍を取り巻く情勢の変化と彼ら本国に訪れる魔手、それとブラックゲートを介して日本がヒトガタに攻め入られる可能性を示唆した。

それらを聞いた伍代は眉間に皺を寄せて呻る。



「聖マリアス国の人たちが危険な目に遭うとしても、二国間で停戦条約も平和条約も結ばれぬうちから敵国を助けに行くのは難しいでしょう。

 それ抜きにしても、デルフさんから聞き知ったマリアス教徒の過激さを考えると、日本としては深く関わりたくない国です」



 確かに、とそれが分からぬほど浩介も子供ではない。

 異論はない。



「一番の懸念は日本への侵攻ですが……これは総理に判断していただくしかありません」



 そう言って伍代は着座して橋本へ何かを呟いてから、折り畳み机の上で指を組んだ。



「聖マリアス国の件と日本、いや地球への侵攻の件、確かに報告受けました。ろくにお茶も出せず、申し分けありません」



 言外に退室を促される。

 緊急を要する事態だ、浩介とだらだら話している時間はないのだろう。

 橋本へ耳打ちした時からすでに動き始めているのだと察し、邪魔にならないように浩介は潔く暇の言葉を述べる。



「いえ、お気になさらず。私もこの後に行かなくてはならない場所がありますので。それでは、もし何かありましたら無線で」


「ええ、分かりました。くれぐれも無茶は控えてください」



 伍代と橋本ときちんと目を合わせてからお互いに頭を下げた。

 それから浩介は天幕を出て、聖マリアス国軍のいる場所へ向かう。



「って、習慣で走っちゃったけど、瞬間移動で先に着いてても問題ないよな」



 立ち止まると、聖マリアス国軍を足止めした場所へ感覚を伸ばして、自らと繋げた。







 未だ檻の中と思い込んで動けずにいた、リディン率いる聖マリアス国軍。

 全体は大司教に対する兵士たちの怒号で溢れていた。


 クズ野郎。

 よくも教皇様を殺したな。

 こんな事になった責任をどう取るつもりだ。

 この国を攻めなきゃカイラス様は死ななかった。

 死ね。


 罵詈雑言だけで済んでいるのは、リディンが殺意をもって詰め寄ってきた兵士たちを諭したからだ。

 こんなどうしようもない輩だろうと、殺したらあの化け物の餌になってしまう。だから殺すわけにはいかない。耐えてくれ、と。

 おかげでどうにか今の状態に落ち着いていた。

 そこにハインが瞬間移動で帰ってきた。



「壁は消えた。移動できる」



 開口一番にそう伝える彼の顔はいつもの無表情ではなく、瞳がどこか頼りなさそうに揺れていた。

 何かがあったのは分かったが、今はそれを気にかけている時間はない。

 ともかく、状況が変化したらしい。

 壁の消失が事実なのは向こう側にいたはずのハインを見れば分かったが、欲を言えばもっと早く、召喚門が現れた時に消えていて欲しかったと思ってしまうのは仕方がない。

 それよりも、自由を取り戻した今は一刻も早く本国に帰還し、事に備えなければならない。

 リディンは口角泡飛ばしながら大司教を責め立てる兵士たちへ向けて、アレイクシオンからの撤退と帰還の号令を発した。

 軍を率いるべくリディンが移動しようとした時、少し離れた場所で彼らにとって忌々しい光球が現れた。

 自然と兵士たちは、そこから現れた人物に対して剣の先を向けて身構える。



「ちょ、待って待って!戦いに来たわけじゃないんだ。話をしに来たんだ」



 コイツさえいなければ、と警戒を解かない兵士たちと対照的に、リディンは迷いのない足取りで浩介の正面へと歩み出た。



「確か、辻本浩介とか言ったな。見ろ、貴様のせいで多くの仲間が死んだ。死ぬだけならまだ納得できる。だが、そうではない。魔物の手にかかった彼らは死してなお奴らに利用される。

 これほどの屈辱があるか?」



 浩介は答えられなかった。

 その気持ちは分かる、すまない、とは口が裂けても言えない。

 浩介は国の為に命を捧げようと思ったこともなく、命を散らしたこともない。

 国や民の為に戦死したのであれば、その魂や遺族、同胞は嘆きはすれど納得できる。

 が、無為に殺されただけでなく、死そのものも敵の利になってしまうとなれば、悔やんでも悔やみきれない。

 死した仲間の魂までもが凌辱されるのは我慢できるものではない。

 そのような思いをしている人たちへ、事態を招いた張本人が何か言ったところで言葉は届かない。黙って受け入れるしかない。



「と、言いたいところだが」


「え?」



 リディンは口を歪めながら眉を顰めるという、何とも読めない表情を見せる。



「これは逆恨み、というヤツなんだろうな。大司教がこんな愚かな真似をしなければ、ヤツの復活はまだ先だったかもしれない、ヤツ自身がそう言っていた。

 それだけでなく、貴様の妹君を盾にするという卑劣な真似までしてしまった。

 見えない壁に阻まれて仲間が命を落としたのは、訪れるべくして訪れた結果なのだろう」



 言葉では聖マリアス国の非を認めている形だが、その表情を見るに心の底からそう思えているわけではないと読み取れる。

 自分たちで招いた結果であっても、仲間の死が仕方がないで片付けられるほど割り切れるもののはずがない。

 だけど、きちんと自分たちの非を言葉にしてくれたことには感謝しなくてはならない。

 意を汲んだ浩介は、これからの話をする。



「もう、国や人間同士で争ってる場合じゃない。恨みや憎しみは捨て置いて、人類共通の敵を倒さないと何も始められない」


「私も同感だ」



 どちらからというわけでもなく、互いに手を差し出し固く握った。






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