#14_待機
浩介と救世主の猫は、間仕切りの向こうの控室に移動した。
街中のライブハウス並みの広さで、正面右手の壁には奥へ続くドアがあり、壁際には86インチの大型モニターが台座の上に置かれていた。
画面は6分割されていて、様々な角度からテストプレイの様子を映していた。
控室には二十人近くの参加者がいた。
モニターの前で腕を組んでいる者、離れたところからモニターを見ている者、壁際に寄って座り込んでスマホを触っていたりと、出番まで様々な過ごし方をしている。
その中、三人グループが何やら話し込んでいた。
試遊の様子についてではなく、手元にあるA4の紙を見ながら時折目を合わせている。
一人は受付ですれ違った男性だったが、もう一人、浩介と救世主の猫が見た事のある人物がいた。
後ろ髪を刈り上げて、トップから前髪を厚めに残したツーブロックスタイルのスラリとした二十代後半のイケメン。
知っているその本人かを救世主の猫と確認し合う。
「あれって、浪木新太じゃね?」
「だと、思います。セイバーズ通信の司会者の一人ですから、番組の打ち合わせでしょうか?」
「番組開始前だし、スケジュールや台本の確認かもね」
普段接する事のない華やかな世界にいる人間に興味は惹かれたが、あまりジロジロと見るのも悪いので救世主の猫と話を続ける。
「現場はどんな感じだろう。もうちょっとモニターの近くに行ってみよう」
人だかりよりも少し離れた場所からモニターを見る。
画面の中では、デーモンが巨躯を自在に動かし、ゲーム中に見せた攻撃を繰り出していた。
それに対して近接攻撃を仕掛ける者、遠距離攻撃で牽制する者、魔法でサポートする者。基本的な立ち回りはゲーム同様でも問題ないようだ。
プレイヤーが全員私服であり、ゴーグルと青く光る楕円形のバッジを服の胸部に留めていた。
しばらく見ていると、デーモンがフィールドの外縁部プレイヤーを追い詰め、カメラの一台が近くに寄る。
デーモンの腰の高さに人間の頭がある。
ゲーム画面では感じられなかった圧倒的な威圧感がそこにはあった。
「なんていうか、パソコンとかスマホの画面じゃ分からなかったけど……迫力がおかしい」
「こ、怖いですね……」
「ゲームのカメラワークは、キャラの背後で少し高い位置にあるからデーモンは小さく見えるし、敵の全体像も常に把握できるから小さく見えてたけど、実寸大はやばいな」
「応募するんじゃなかった……」
救世主の猫の呟きが可笑しかったので浩介は吹いた。
それからすぐ、デーモンの攻撃を受けたプレイヤーの動きが一瞬棒立ちになったかと思うと、駆け足でフィールドの外へ出た。
ただのグラフィックであるデーモンの攻撃は現実の人間の肉体を透過し、実際に怪我を負う事はない。
その後も、デーモンの攻撃を受けたプレイヤーが続々とフィールドを退場していく。
最初8人いたプレイヤーは、あれからものの数分で3人まで減った。
残ったのは遠距離や魔法を使うクラスで、デーモンから距離を取ろうと走り回る。
しかし、デーモンは人間とは比にならない歩幅で易々と距離を詰めてくる。
狙われたプレイヤーは、やけにリアルに映し出されるゲーム中で見たアサルトライフルを密着状態で打ち込むが、右腕で薙ぎ払われると退場していった。
そうして、やがてフィールドを自分だけのものにした。
デーモンは自らの勝利を告げるように咆哮を挙げ、巨躯が光ったかと思うと一瞬にして消えた。
「終わったっぽいね」
救世主の猫は圧倒されたのか、終わってからも少しの間黙ってモニターに目を奪われていた。
それから少しして、ディレクターが襟元に付けている小型マイクに一言二言話すと、すぐに隣にいる男性に何か伝えた。
話しかけられた男性はモニターの右手にある奥へ通じているドアを解放し、会議室から一歩出たところで立ち止まる。その間もディレクターと司会者は話を続けていた。
それから数分も経たないうちに、会議室の外にいる男性が奥の方へ向かって話しかけた。
「お疲れ様でした。どうぞこちらへ」
男性は左手でこの会議室へ誰かを誘導するような動きを見せると、それとほぼ同時に息を切らせた人たちがぞろぞろと入ってきた。
皆楽しそうな顔をしている。
その人たちを出迎えるように、ディレクターが声をかける。
「皆さん、お疲れ様でした。楽しんでいただけましたか?」
「いやー、やばいっすね!」
一番最初に入ってきた男性が答えると、続々と声があがる。
「体力ないとめっちゃキツイけど、面白かった!」
「あんなの倒せるわけがない!」
「リアルすぎてちょっと怖かった」
「30パーまで削ったんで、四捨五入して討伐報酬くれませんか?」
テストプレイを終えた人たちが続々とディレクターと司会者の周りに人が集まる。
討伐報酬。もしかしてデーモンを倒せたら何か報酬があるのだろうか?
「っていうか、アラタもいるじゃん」
「おいこら、初対面だぞ。まぁいいけど」
呼び捨てにされたにもかかわらず、人の良さそうな笑顔を浮かべて対応する。
その後、ディレクターが試遊を終えた人たちに向けて改めて謝意を示し、何かを配り始めた。
「エリクシールの交換券です。これで消耗した体力を少しでも回復してください」
「えマジ?そんなのも作ったんですか……って、これスポーツドリンクの交換券」
「あざーっす!」
「昼飯まだだったからタイミングバッチリじゃん、神かよ」
そうして試遊から戻った人たちはディレクターや司会者と軽く会話を交わすと、三々五々に受付の方にある出口から退室した。
試遊の様子を映し出していたモニターから音は消え、静まり返った会議室にディレクターの声がひと際大きく聞こえた。
「了解です。少し早いですが始めます」
言い終えるとディレクターは大型モニターを背にして、会議室を見回しながら大きめの声で呼びかける。
ディレクターを挟むように男性と司会者が立っている。
男性の足元には大きめのアタッシュケースが開いて置いてあり、その中はテストプレイヤーが身に着けていたデバイスがあった。
「えー、時間より少し早いですが、既に皆さん揃ってるようなので説明を始めさせていただきますね。あと、皆さんちょっとこちらに寄って頂けると助かります」
元より近くにいた浩介と救世主の猫は、その場でディレクターの説明に耳を傾ける。
「えー、私はアークセイバーズ・カタストロフのディレクターの牧内です。よろしくお願いします。で、こちらが当ゲームの広報担当の浪木新太くん」
「よろしくお願いします」
浪木が軽く会釈してから牧内は続けた。
「まずは本テストプレイで使用する機材の説明をさせていただきます。まずは、こちらのゴーグル」
牧内が説明を始めると同時に男性はアタッシュケースからゴーグルを取り出し、渡していた。
「こちらを頭に装着していただきます。そして次はウェポンストレージボックス、武器となる筒状の機器です」
男性はウェポンストレージボックスを牧内に渡した後に、青いバッジを牧内ではなく浪木に渡した。
浪木は受け取ったバッジをアピールするように、胸の高さまで持ってきて上下に揺すった。
「最後にこちら、ダメージマネージャー。名前の通り、プレイヤーのダメージを判定・測定して管理する物です」
所々から感心するような小声が聞こえたが、牧内は説明を続ける。
「まずはゴーグルを装着していただき、右側にある電源ボタンに軽く触れてスイッチを入れます。その後に、この筒の底の部分にある窪みを押します。これがスイッチです」
言いながらディレクター自身が実演して見せる。
すると、ゴーグルから微かにパソコンが起動しているような機械音が聞こえてきて、筒状の物の底部は青く光った。
「あとはこのバッジですが、ピンで留められるようになっているので、衣服の胸のあたりに付けてください。
この3つが揃わないと敵にダメージが通らない仕組みになっていますので、攻撃判定を食らわずにプレイするというズルはできません」
ダメージマネージャーという存在を聞いた時に思った不正の可能性が潰されていて感心した。
「皆さんがテストプレイに臨まれる際は、ゴーグルとウェポンストレージボックスのスイッチを入れていただいて、ダメージマネージャーを身に着けてからフィールドに入っていただきます。
今ウェポンストレージボックスのスイッチを入れてもただの棒ですが、ゲームが始まればきちんと立体投影されます。
それでは次に、ゴーグルに映し出されるものを説明していきます」
アタッシュケース側にいた男性が、傍にあったホワイトボードを引っ張ってきてボードをくるりと裏返す。
そこには、あらかじめ表示されるものとその説明が書かれてあった。
牧内はそれらを上から順に説明していった。
ステータスバーの位置やパーティメンバーの名前の位置、基本的にはパソコンで遊ぶ時と何も変わらないようだ。
変更されていたのは装備面だった。防具はなく、最初に設定するクラスの選択と武器の切り替えは音声入力で行う。
「それと、パーティは最大4人まで組めます。ただ今回パーティを組むメリットはそこまで大きくありません。どれだけ離れていても音声がクリアに聞こえるのと、HPゲージが表示されるという事のみです。
パーティを組む方法は、テストプレイ開始前に電源の入った状態で、ウェポンストレージボックスの先端同士を向かい合わせていただくだけで完了します。
これは機器が行き渡った後にすぐにでも可能ですが、一旦テストプレイが始まってしまうとその機能は利用できないので注意してください」
ちらりと浩介は救世主の猫を見ると、目が合った。
「次は攻撃についてです。
近接攻撃をする場合は、そのまま投影されている武器をデーモンに斬りつけてください。
ウェポンストレージボックスの持ち手には電源とは別のスイッチがありますが、こちらを長押ししてから攻撃を当てると威力が高くなります。最大3秒までチャージできます。
射撃クラスはスイッチを短く一回押せば単発攻撃、連打した場合は連射になり、長押しはチャージ攻撃となります。
魔法クラスは、使いたい魔法を声に出してからスイッチを押します。チャージ攻撃や連射はできませんが、基本的な初期の属性魔法とバフとデバフの魔法を使えます」
そこでまばらに小さい歓声が挙がった。
恐らくは、魔法クラスを主に使用しているプレイヤーなのだろう。
「続いて回避についてですが、頑張って避けてください」
まさかの適当過ぎる説明に笑いが起きた。
全員の口元が緩み、そのまま牧内は続ける。
「あと、デーモン本体には常にダメージ判定が発生しているので、デーモンにめり込みながら攻撃し続けると5秒で全HPを持っていかれる設定になってます」
浩介は、つくづく良く練られたシステムだと思った。
「プレイヤーのステータスとHPはそれぞれのクラスのカンスト準拠となってますので、同じ攻撃を受けたとしてもダメージ量はクラス毎に違ってきます。
そして、すべての体力を削られた場合はゴーグルにfailureの文字が出て、この3つの機器の電源が自動的に落ちます。
再度電源を入れても、その回のテストプレイでは武器の投影もダメージ判定も出ませんので、素直にフィールド外への移動をお願いします」
牧内は視線だけで参加者を見回すと、締めの言葉に入った。
「説明は以上となりますが、質問はありませんか?」
浩介は少し考えると、先ほどの参加者の言葉を思い出し、手を挙げて質問した。
「いいですか?」
「はい、どうぞ」
「さっきの人たち、討伐報酬とか言ってたと思うんですけど、デーモンを倒すと何かあるんですか?」
周りは息を呑む音が聞こえてきそうなくらい静かになった。
これは参加者のモチベーションを上下させる重大なこと。
それぞれの顔は見えないが、牧内の回答に期待を込めているのがひしひしと伝わる。
報酬があるのか?それともないのか?あってくれ!と。
期待の込められた目に見つめられた牧内は、多少勿体付けたあとに、はっきりと声に出した。
「えー、報酬はですね……ご用意させていただいてます」
おおっ!と歓声が上がる。
次に気になるのは、その報酬の内容だ。
「来週の定期メンテナンスから一週間、ゲーム内で経験値とレアドロップ率が討伐成功するごとに200%ずつ上昇します。
二体倒せば400%、三体倒せば600%、すべてのテストプレイで討伐できれば最大で1200%アップします」
「まじか!」
「おおっ!」
破格の報酬に俄然やる気が起き、他の参加者も意気が上がる。
だが、ここで無慈悲な現実を突きつけられる。
「……なんですが、ここまでのテストプレイで討伐できたデーモンは一体もいません。それでも皆さんと、次の方々が討伐に成功すれば400%になりますので、是非頑張ってください」
周囲から漏れる声に若干の気落ちが見られたが、それでも400%の報酬は破格だった。
「他に質問はありませんか?」
ざわついた中で牧内の声が届いているのか分からなかったが、特に質問は出なかった。
「各スキルの使用方法や防御の方法などもこのボードに書いてありますが、私はここにいますので何かありましたら遠慮なく質問してください。
では、以上で説明を終わります。それでは皆さん、時間まで少々お待ちください」
参加者は皆、今の説明を噛み締めるよう神妙な顔つきでホワイトボードを見に行く。
浩介と救世主の猫も例に漏れず、再度ルールを確認して時を待った。




