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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
133/234

#133_兄妹


 草原を往く総勢約二万弱もの兵士の前に、光の球体が突如出現した。

 あれは何だ、とざわめく前に光は収束し、その中から現れた二つのものに皆が目を疑った。


 二人の男女。


 女は、この世の美を集約したような美貌を惜しげもなく晒し、それを縁取る長い黒髪を風に靡かせている。

 一方、男はどこにでもいるような冴えない中年。

 外見だけの話なら、これほど釣り合わない組み合わせはないだろう。

 いっそ振り切って美女と野獣のようであれば一周回って見れたものだったろうが、顔面レベルは中の下という中途半端さ。

 すんなりとそのカップリングを受け入れてくれる人はいなそうどころか、男にヘイトが集まるのは必死。

 という、これに連なる余談は後ほど語られる事もあるかもしれないが、大司教や聖騎士含め、その場の全員は一様に目の前の現象に戸惑って軍隊の動きが止まった。

 しかしその中、一人だけ嬉々とした声を上げた者がいた。



「おふぃいっ……!」



 やっと来てくれた。遅い、今まで何やってったのよ。怖くて怖くて泣きそうだったのを悟られないように我慢して待ってたんだから。


 そんな心からの安堵を、潤む眼差しに全て乗せて実兄を呼んだ。



「ごめん、遅くなった」



 今にも泣き出しそうな実妹の顔を見て、胸が痛くなる。

 妹がこんなに辛い思いをしている時に、俺は間抜けに眠りこけていた。

 頼りない兄で申し訳ない、目一杯安心させてやろうと感情を込めて葉月の潤む目を見ながら言った。



「今、助ける」



 すぐにでも危険な場所から救い出してあげたかった浩介は、一瞬で葉月の乗せられている馬車の荷台に移動し、葉月を抱えて女性の元へ戻る。

 共に現れた女性を除けば、誰一人として浩介の動きを追える者はいなかった。

 葉月の両腕は縄で肌を擦切らせて若干の血を滲ませていた。



「酷い事しやがる……」



 痛々しさに眉をひそませながら、全ての拘束を解いた。

 その時になってから、やっと聖マリアス国軍側の中で動き出す者が出た。

 その者、大司教が声を上げた。



「お、おい貴様っ!何を勝手に我々の物に手を出しているっ。すぐにこちらに返せ、さもなくばっ……」


「我々の物だと……?さもなくば、なんだ」



 首だけで振り向いた浩介の目は憤怒に染まっていて、殺意を帯びた睨みを受けた大司教は恐れを抱いて言葉の先を詰まらせた。

 今度は別の人物が声を掛けてきた。



「私は聖騎士団長リディン!聞きたい事があるっ、貴様はなにゆえその女性を我らから奪うのかっ」



 先程の傲慢な言葉をぶつけてきた人物と違い、葉月を自分たちの物のように言う部分に引っ掛かりは感じたが、所々に礼節が見られた。

 ならば相応に応えるべきかと、浩介は振り返って数歩前に出た。

 もう浩介の瞳に底冷えさせるようなものはなく、普段の彼がそこにいた。



「俺は辻本浩介。あんたらが拘束してたこの子の兄だ。誘拐された妹を助けるのに理由はないだろ」


「兄?そうか、ならばそれは道理。だが、その者をこちらに渡していただきたいっ!辻本とやら。貴様の国の者たちのせいで、我らの多くの兵士が虫けらのように殺されたっ!

 その女が奪われれば、またあの攻撃が始まってしまうっ!それだけは避けねばならんのだっ」


「なるほど、妹を盾にして王都まで攻め入ろうって事か。聞くけど、何でこの国を攻めたの?」



 ここぞとばかりに大司教がリディンに代わって意気揚々と答えた。



「それは、アレイクシオン国王の命を司祭バルガントが救った。にも関わらず、その後は彼に謂れなき難癖付けて監禁したからだっ!

 我々はバルガントの引き渡しを再三要請したが、この国は最後まで首を縦に振らなかった!ならば、我らは同胞バルガントを悪魔の手から救い出すべく立ち上がらなくてはならないっ!

 正義は我らにあるっ」



 浩介の睨みが消えたと見るや堂々たる演説をし、それを聞いていた兵士たちの士気が高まっていく。

 次第にぽつりぽつりと鬨の声が上がり、それはすぐに大きなうねりとなって草原に轟いた。

 熱狂する聖マリアス国軍に対して浩介は、うるさっ、とぽつりと呟いて鬨の声が静まるのを待った。

 葉月はそんな浩介の顔を見上げると、上手く言い表せない違和感を抱いた。



「(お兄って、こんな状況で堂々と出来る人じゃなかったはずなんだけど。本当にこれはお兄?人が変わったような感じはするけど、でも、あの申し訳なさそうに見てきた目は確かにお兄だった。何があったの?)」



 葉月の違和感は口に出されることは無く、やがては鬨の声も治まりを見せ始めた。

 その機を見計らった浩介は大司教の演説内容に噛みついた。



「俺が聞いた話は違うんだけど。

 バルガントは国王暗殺を阻止するといっていたが、それは嘘だった。王妃を喪って弱っていた国王を手なずけるための布石。

 本当の目的はアレイクシオンを内側から支配する為。

 王都を封鎖して住民を追い詰め、そこに慈悲深いバルガントと聖女が国民の信を集めて心酔させる。

 マリアス教を徐々に浸透させ、戦わずして隷属国が出来上がる。

 そうバルガント本人から聞いたけど」



 浩介の話を聞いていた大司教は徐々に顔を紅潮させ、あっという間に仕上がった。



「戯言を言うなっ!例えそうだとしても、どうしてそのような話を貴族でも王族でもない貴様が知り得るというのだっ!妄言で我らの大義を穢すというのであれば捨て置けぬっ!ハインっ、彼奴の首を即刻落として来るのだっ」


「わかった」



 無感情に了承し、ハインが最前線の一歩前に出て浩介を見据える。



「悪い」



 そう言うとハインは瞬間移動で瞬く間に浩介の背後に立ち、首目掛けて剣を横薙ぎに振る。

 防御は間に合わない。

 首が落ちると誰もが思った。

 が、浩介の断末魔の代わりに、ハインの驚愕に満ちた声が葉月の耳に届いた。



「なっ!」



 剣は見えない壁に阻まれて浩介に届いていない。

 解せぬ現象に、滅多に表情を変えないハインが唖然とする。

 それを無視して浩介は葉月と女性の元へ移動した。



「葉月、ちょっとここにいて」


「え、ちょ、あ」


「いってらっしゃい。でも時間がないから早くねー」



 歌うような女性の声に軽く笑いかける。

 振り返ると、剣の行き場をなくしたハインの姿がある。

 ここまで移動してきた時とは違って、軽く走ってハインの前に立つ。

 呆然とした目を向けられた浩介は、世間話をするように話しかけた。



「悪いって言うくらいなら、始めからやらなきゃいいのに。まあ、人間だから理路整然とした行動が出来るわけじゃないか。結果論であーすれば良かったこうすれば良かったのに、って責めるのは良くないか」


「……なんだ?」



 戦場で何を言ってるんだ、コイツは。

 しかし、ハインはそんな事よりも斬撃を防いだ謎の方が気がかりだった。

 浩介には手を動かすどころか、何かする素振りすら見せていなかった。

 ただの棒立ち。

 なのに剣は弾かれた。



「何をした?」



 考えたところで答えなど分かるわけもないので率直に聞いた。

 奥の手だろうと思われる強力な防御のタネを正直に曝け出してくれるとは思えなかったが、聞かずにはいられなかった。



「ふふっ。いやあ、こういう展開に実際になると、ニヤケてしまうね」



 浩介は口元に手を当ててこみ上げる笑みを隠すが、言葉が正直すぎて台無しだ。

 そこに女性から少し咎める声が入った。



「ちょっとキミ、時間が無いの忘れてない?」


「あ、そうだった、ごめん。じゃあ、葉月と一緒に別行動……いや、体が持たないか。それじゃあ、こいつら全員この場に足止めしとこう。二人でやれば早く終わるよね」



 イメージを女性へ送り込み、思惑を伝える。

 そうだねと頷いて浩介の案に乗る意を示し、葉月の傍から浩介の隣へ一瞬で移動する。

 それを見た大司教を始め、聖騎士含めたこの場の全員がまたも驚きを露わにする。



「瞬間移動だとっ?!ハイン以外にもいたのかっ」



 二人は彼らの反応を一切意に介さず、掌を大軍へ向けて突き出した。

 そして同時に気合を発する。 



「はああああっ!」



 目に見えない凝縮された空気の渦が聖マリアス国軍の頭上に生まれ、その渦は大きく広がって全軍の頭上を覆った。

 何故かは分からないがこのままでは危険だと、そうハインの勘が働いて再び浩介に斬りかかるが、やはり刃は空壁に阻まれる。

 何度も何度も打ち付けるが、一太刀も通らない。

 ハインを無視して、仕上げだと言わんばかりに裂帛の気合を発した。



「大空壁っ!」



 聖マリアス国軍の頭上を覆う渦は上空で檻へと姿を変え、蓋をするように落ちて全軍を閉じ込めた。

 逃れられたのはハインのみ。

 浩介の守りを破れない彼が、この巨大な檻を破れる道理はない。

 もしかするとカイラスの加護ならば、と一縷の望みを抱く。

 外と内でカイラスに期待する眼差しが集まったが、浩介と女性はそれどころではない様子。



「葉月ちゃんはどうする?」


「そうだな、俺が抱えていこう……えーっと、今更だけど、名前、教えてくれないかな」


「こんな時に?いや、名乗らなかった私も悪いね」



 名前も知らない人をここまで信用してしまう兄にほとほと呆れながらも、女性の名前に興味が沸いた。



「私の名前は……実は、ないんだよね。どうしよう」


「まじか……」


「でも今はそれは後回しっ。先に片付けないといけない事があるからね」


「そ、それもそうだな。じゃあ、先に行って。俺は葉月を親父たちんとトコに返した後でそっちに向かうから」


「分かったよ。じゃあ、なるべく早く来てくれると嬉しいかな」



 そう言って名無しの女性はここに現れた時のように光に包まれ、それが消えると彼女もいなくなっていた。



「……手品?」



 そう浩介に尋ねる葉月だが、本当はそういう類のものではないのだと気付いていた。






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