#132_戦場に投げられた葉月
大司教は兵士に葉月を馬車の荷台から下ろさせ、足の拘束のみ解かせた。
依然として口と両手は塞がれたままだ。
お兄みたいに凄く強かったら、とそんな詮無い事を考えてしまう。
遠くに見えるは、ミサイルや砲撃の雨に晒される敵部隊。
素人でも一目見れば分かる程に一方的な展開。
この場に葉月を引っ張り出したという事は、大司教は葉月を盾に攻撃を止めさせようという魂胆なのだろう。
大司教は一人の兵士に馬車を与え、それに葉月と共に乗るよう指示を出す。
あの只中に突っ込めと言うのだろうか。
巻き込まれて死ぬだけに決まっている。
そして大司教自身はもう一頭の馬に跨り、兵士に向かう先を伝えた。
「はあっ?!あそこに、ですかっ?それは……」
目を剥いて正気かと言外に匂わせる。
相手が大司教でなければストレートにそう言っていたかもしれない。
「なに、心配する必要はない。その娘は恐らく、我々が今煮え湯を飲まされている敵の関係者だ。この娘を巻き込みたくなければ攻撃を中止せよ、と呼びかけるだけだ。何もあの中に入れと言っているわけではない」
「そ、そうですか」
「まぁ、聞き入れられなかった場合はその娘の価値はそこまでだったという事で、もしかしたら同胞の手に掛かってしまうかもしれないがな」
「あの、その場合は誰がそこまで連れて行くので……」
「さあ、行くぞ」
他の人間に代わって欲しいと縋るその目を大司教は無視し、馬を走らせよと命令する。
ただ自衛隊の攻撃が止む事だけを、泣きそうになりながら祈る。
そこで思い浮かんだのは、未だ王都にいる家族、それと理津。
ここで自衛隊が敵の脅迫を呑んでしまうと、王都は落とされてしまうだろう。
降伏すれば無用な血は流れない可能性もあるが、どさくさに紛れた敵兵による蛮行が横行するかもしれない。
それは、葉月の大切な人ではないとは断言できない。
自分の命か、家族の命か。
その選択は他者の手に委ねられているのだが、葉月の中では自分はどちらが大切なのだろうかと残酷な葛藤が生まれていた。
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上空から敵部隊を監視していた偵察機のパイロットは、二つの不審な影を見つけた。
「なんだ、あれは」
「少し待て、拡大する」
後部座席のパイロットが映像を解析して確認する。
「馬と……馬車だな」
「馬?」
「ああ、だが二頭だけ突出してきたというのがどうにも変だ。それにこれは……まさか人質か?」
「どういう事だ?」
「すぐCPに回す」
CP(作戦指揮所)に送られた画像を見て伍代は唖然とした。
「まさか……」
拘束された様子で乗馬させられている葉月がモニターに映し出されていた。
想定外の緊急事態であった。
即座にHQ(作戦司令部)に無線を繋ぐ。
「すぐに攻撃を中断してくれ。誘拐された日本人女性、辻本葉月さんが敵兵により攻撃地点に向けて移動中。このままでは戦闘に巻き込んでしまう。データを送る。即刻、攻撃を中断せよ」
「宮内だ。データを確認した。今、攻撃中断命令を全部隊に通達した。陸自は引き続き監視を継続。場の最優先事項を辻本葉月さんの保護に変更。再度、特戦群を作戦に組み込む。
直ちに招集をかけてくれ」
「了」
交信を終えると同時に砲撃の音も止んだ。
だが、この後が問題だった。
敵の侵攻を阻害しようものなら、先ほどと同じく葉月を盾に脅迫してくるだろう。
かといってそのまま何もしなければ王都、いやアレイクシオンは聖マリアス国の手に落ちてしまう。
陥落を防ぐには早急に葉月を保護し、王都に入られる前に敵の戦意を喪失させるなり全滅させる必要がある。
敵部隊は見晴らしの良い草原の中にいるので、敵の目を盗んだり偽装して潜入する手は使えない。
いくら特殊作戦群が自衛隊最強の特殊部隊と謳われているといえど、不可能な事もある。
まさか、有利に働いていた地形がここで牙を剥くとは。
解決の糸口が見つからず、このような目に遭わせてしまった辻本一家に対しての慙愧の念、忸怩たる思いがこみ上げた。
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「よし、この辺りで良いだろう」
爆撃地から五百メートルほど離れた場所で大司教が止まれと言い、馬が緩やかに速度を落として止まった。
大きく息を吸い込み、大仰に両手を広げて遥か遠くにいると思われる敵へ向けて大声を張り上げた。
「聞けっ、卑劣な背信者どもっ!私はマリアス教の大司教ダグレウス。今すぐ攻撃を停止せよっ!こちらは貴様たちの仲間を捕虜にしているっ。この娘の命が惜しければ、今すぐ攻撃を停止せよっ」
葉月は呼びかけを聞きながらただ、お願い、とひたすらに祈る。
その祈りが通じたのか、直後にぱたりとミサイルも砲弾も止んだ。
「ふ……ふはっはっはっはっ!予想通り、やはりこの娘が鍵だった。これで我らの行く手を阻むものはない。戻って総攻撃を仕掛けるぞ」
大司教の後を追うように馬車も転進して部隊へ戻っていく。
葉月の願い通りに攻撃は止んだが、今度は王都にいる家族の身が危ない。
お願い、逃げて。
果たして、その願いは成就するのだろうか。
大司教たちは部隊と合流し、その後に続々と別動隊が終結し始めた。
被攻撃地点より手前にいたシャルフの部隊がいち早くリディンの部隊と合流を果たしたが、部隊長のシャルフはまだ到着していない。
続いてカイラスとその部隊も合流したがほぼ壊滅状態で、残存兵は二割程度。
カイラスは突然の攻撃中止に訝しみ、振り返って砲撃で穴だらけになった場所を見る。
「おい、急に攻撃が止んだが、どうなってやがる」
「それは、こちらの娘のおかげだ。彼女を死なせたくないだろうと呼びかけたら、それに応じてくれたのだ」
大司教が疑問に答えたが、部隊を救ったその手法を聞いた途端に瞳に薄く侮蔑の色が宿る。
「それって、つまり」
「カイラス、被害はどれくらいだ?」
「あ?ああ。もうほとんどやられちまって、二千くらいしか残ってねえ」
余計な問題が起きる前にリディンはわざとカイラスの言葉を遮った。
「ハインとシャルフはどうした?」
「あー、あいつとシャルフももうすぐ戻って来るだろ」
全てを説明するのは面倒だと思った。
簡潔に伝えようとすればカイラスの説明では拙く、結局は話が長くなるのでそういうのは頭の良い人間に任せる事にした。
それよりも重大な話をしなければならない。
「それよりも、だ。ナナリウスが裏切った」
「部隊の動きで何かあると思っていたが、やはりか」
「なんだ、知ってたのか」
「確証はなかったが。これに合流しなければ、いかに聖騎士だろうと反逆罪を適用せねばなるまい」
「もう戻ってこねえだろ。自分の命が惜しくて俺たちを裏切ったんだぞ。今すぐ殺しに行かせてくれ」
血の気が多いカイラスは憤りを露わにし、一刻も早く裏切り者を自らの手で処断させろと願い出る。
「今は全部隊の立て直しが先だ。ナナリウスの裏切りがあった今は、なおさら兵たちは自分たちを裏切らない聖騎士を求めるはずだ。そんな時にカイラスまで部隊を離れてしまえば兵たちはどう思う。
言わなくても分かるだろう」
感情に任せて動いて兵たちに不安の種を蒔くな、と冷静に諭す。
ぐうの音も出ないほどの正論に引き下がる。
「ちっ。で、これからどうすんだ?」
大司教が頭の悪い子供を相手にするように分かり易く説明する。
「この娘が我々の手にあるうちは、敵はこちらを攻撃できないという確証が得られた。ならば、この娘に先頭を歩かせて私たちはその後ろを優雅に歩いていけばいい。
下手に攻撃してこようものなら、この娘も死ぬかもしれぬのだからな」
「そうかい」
今後の方針を聞いておきながら興味なさそうに返した。
リディンに聞いたつもりだったが、大司教がカイラスの嫌悪する卑劣な方法を言ってのけたのだから仕方ない。
怒りと諦めが同居したような返答をしたカイラスへ、リディンが一言かけた。
「すまない」
「なんでお前が謝るんだよ。悪いのはお前じゃなくて……いや、何でもねぇ」
「すまないな」
「はあ。全くお前、いつもそんなんで疲れないのか?」
大きくため息を吐いて、リディンを気遣う。
心配されたリディンは、声を出さずに肩をすくめただけ。
「これが私だからな」
そうしている間にシャルフとハインも戻り、全軍が揃った。
いつの間にかリディンに代わり軍の指揮を執り始めた大司教。
「全軍、進めっ!」
大司教のやり方は気に食わないが、他に方法を思い付けないリディンらは何も言えなかった。
葉月を目立つように先頭の馬に乗せ、その後ろと横に大司教と聖騎士たちが布陣する。
その様子を上空から監視していた偵察機がCPに報告。
伍代たちは臍を噛む。
「そう来るだろうな……」
矢継ぎ早に次の報告が上がった。
オペレーターが興奮気味に伝えてくる。
「戦闘区域に異常発生。敵の目の前に人間サイズの光る球体が出現。一秒後に収縮し消滅。同座標には……」
「光る球体?スタングレネードの類か……?」
それからオペレーターの言葉を全て聞き終えた伍代は絶句した。




