#131_運命の選択
セレスティアは貴族の館一つ一つ周り、不安に駆られる人々を勇気づけてから入城した。
「この先の倉庫に地下室へ繋がる隠し階段があります。付いてきてください」
そうか、とサンドラは頷いて少女とはぐれぬよう手を繋いで、セレスティアの後に続いて倉庫の中へ入る。
地下室への道の開け方を他者に見られないようサンドラに扉を閉めさせ、自らは明かり一つない真っ暗な室内で仕掛けを解除を行う。
開錠された床板を剥ぐってサンドラたちを地下へ案内した。
階段の両端に点灯された照明の間を歩き、この世界の文明レベル不相応のドアの前に立つ。
サンドラは感心したように息を漏らした。
「ほう。まだ扉自体の機能が生きていたとは驚いたのう。てっきり、あの国のように聖石を移設していたものばかり思っていたが」
非常に意味深長な科白で気になるが、ドアに手を着いてあの詠唱を言う。
自動ドアのように滑らかに開く。
サンドラたちを中へ促そうと振り返ると、何故か両目を片手で覆って肩を震わせていた。
「どうかされましたか?」
「いや……」
口元がふるふると震えていて、その隙間から声が漏れ聞こえた。
「あやつ……こんな仕掛けを作っておったのか……あやつらしいと言えばあやつらしいが、これは、あまりに酷い、くっくっ」
何故声を押し殺して笑っているのかまったく見当が付かない。
これも後で聞いてみる事にして、とにかくやらなければならない事を始める。
「では、早速契約を始めましょう」
「そうじゃな、そうしよう」
どうにか笑いを収めて紫色に輝く巨大な宝石へと向かった。
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鬱蒼と茂るルクル大森林の中、犬はストレッチャーを引きずって疾駆していた。
草木をなぎ倒し、立ち塞がる動物には遠くから威嚇して道を開けさせ、真っ直ぐに突き進む。
ストレッチャーの車輪が石に乗り上げる度にがこんがこんと音を立て、傷だらけである。
それほど激しく揺れても浩介の体が振り落とされないのは、ドクターの固定技術が優れていたからであろう。
荒れた地面を強引に突き進んだせいで、とうとう車輪が破砕した。
ストレッチャーは寝台だけになり、橇と化した。
犬はそれに気付いているのかいないのか、見向きもしなければ速度を落としもしない。
ただ、ひたすらに森の悪路をひた走る。
寝台はボロボロになり、結んだロープもちぎれるのではないかと思われた時、犬はやっと突進を止めた。
目の前には、石造りの教会。
以前、浩介がこの森に入った時に迷い込んで見つけた建物で、クリスタル漬けの美少女と犬に出会った場所だ。
犬はそのまま浩介を引いて、虹色に輝く巨大なクリスタルのある小部屋へ入る。
クリスタルの中には、女性が以前と変わらずそこにある。
浩介をその前まで運ぶと、犬は狼のように遠吠えを上げた。
「ワオオオオオオオオオーンッ!」
クリスタルが視界を覆いつくすほどに発光し、浩介を包み込んだ。
浩介の周囲からバチバチと火花が散る音が聞こえ、浩介を包む真っ白な光は徐々にクリスタルと同じ七色に変化する。
目を焼くほどの光は虹色に輝く球体に形を変え、浩介を覆うその輝きは何故か温かいものを感じる。
やがて、その虹色の球体は収縮してビー玉サイズになって浩介の胸の上に浮かんだ。
それは、溶けるように浩介の体へと沈み込む。
虹色の玉が完全に浩介の中に納まると、指がピクリと動いた。
「ん……」
小さな呻き声。
そして、眠り続けていた体は動き出す。
「ここは……」
目覚め。
赤島亜戯斗らとの戦いの最中に眠らされてからこの数日間、至近距離で銃の発砲音が鳴ろうが、乗り心地の最悪な犬の曳くストレッチャーに乗らされようが全く目を覚まさなかった。
取り巻く状況はがらりと変わっていて、浩介は今、何がどうなっているのか知らない。
だが、何となくではあるが、ある予感めいたものを感じる。
起き上がって自分が今いる場所を確かめる。
「あの教会?どうして……」
「ワンっ!」
「……お前がここに連れて来たのか?」
「ワンッ!」
そうだと言わんばかりに吠えると、クリスタルの方へと進んで再び吠える。
「これに触れって、そう言ってるのか?」
「ワンッ!」
「今、あの女の子もサンドラもいないけど……まあ、やっても損はないか」
それにしてもお腹空いたなぁ、とひどく場違いな事を思いながらスマホの画面に触る時のように、軽い気持ちで躊躇なく掌でクリスタルに触れた。
瞬間、再び視界を覆いつくす光が部屋を埋め尽くす。
「うわっ、眩しっ!」
咄嗟に腕で目を庇って顔を背ける。
デジャヴを感じた。
「これ、前にもあったよな。確か、柴犬と会った時も同じ……」
「もう犬呼ばわりはやめてくれると嬉しいかな」
「え?」
光が収まったのを確認してから腕を下げて、声がした正面へ目を向ける。
「やあ、この姿では初めまして、かな?」
全体的にゴシックファッションを彷彿とさせる可愛いと格好良いが上手く融合した装い、そしてそれを纏うハリウッド女優にも引けを取らない絶世の美女。
クリスタルの中に閉じ込められていたはずのその彼女が、その檻から抜け出て浩介の目の前にいた。
言葉遣いはボーイッシュ、しかし凛と響く美しい声。
初めて聞いた声のはずなのに、どこかで聞いたことがあるように思える。
彼女に目を奪われながら声の正体を思い出そうとして、なかなか反応を返さない浩介に彼女は焦れた。
「もう忘れちゃったっていうの?こんな美人捕まえといて酷いなぁ」
「自分で美人とか言うなっ……あ」
この冗談とも本気とも言えない口の利き方。
初対面のはずなのに、なぜかずっと前から気心知れてる間柄のような空気感。
「夢の中で聞いた声だ……」
「思い出してくれたようだね。本当なら自然に目が覚めるのを待つつもりだったんだけど、そうもいかなくなったんだ」
「どういう事?」
「言葉で伝えるよりも思念を送った方が早いか。つまり、今はこういう事態になっているんだ」
不意に女性が額を突き合わせてきた。
「なっ?!」
女性との馴れ合いに免疫がないので狼狽えるが、それも一瞬。
情報が怒涛のように浩介の記憶に刻み込まれていく。
額をくっつけていたのは一秒かそこらだったが、それで終わったようで女性は半歩下がった。
イメージを受け取った浩介は、事の深刻さに打ちひしがれる。
「ってことなんだ。だから、キミを目覚めさせた」
「まさか、そんな事……いや、でもそれが本当なら早くどうにかしないと」
これは恥じらっている場合でも悲嘆に暮れている場合でもない。
取り返しのつかない事が起ころうとしている。
己を奮い立たせて、やらなければならない事を考える。
「どっちを先に行く?」
彼女の声音にも、じゃれ合うような雰囲気は感じられない。
どっちを。
浩介は苦し気に眉を顰める。
その二つはどちらも大切なもの。
だが、浩介を強制的に目覚めさせた事を鑑みるに、悩んでいられる時間はないようだ。
この場での選択が将来的に間違いだった可能性もあるが、そんなのは今は分からない。
意を決して女性に告げた。
「俺は、葉月を助ける。家族を守るためにここに来たんだから」
「キミならそう言うと思ってた」
晴れやかに頷くと、浩介と女性は光の玉に包まれた。




