#13_参加受付
エスカレーターで上階に上がると、人の流れに乗るように歩をゆっくり進めながら案内板がないか確認する。
すると、休憩所が設けられたホール手前の通路の真ん中に、スタンドPOPがあった。
「アークセイバーズ・カタストロフ(クロスリアリティVer.)試遊当選者様は、試遊30分前までに通路右手の小会議室にて受付をお願いします」
急に実感が沸き上がり、顔を見合わせて胸を高鳴らせながら通路を進んだ。
通路右手の壁の向こう側は各ゲームの生配信のスタジオブースとなっているようで、歓声や実況者の声が壁を隔てたこちら側にも届いている。
廊下の先にあるスタンドPOPの張り紙には「テストプレイ受付はこちら」と書かれてある。
浩介が救世主の猫へ目を向けると目が合い、少しだけ歩行速度が上がった。
受付の前まで来ると、ドアが壁に張り付くように外側へ解放されていた。
入ってすぐの場所、右手の壁と平行になるようにノートパソコンと紙が置かれた長机があり、女性がパイプ椅子に座っていた。
あの女性が受付係のようだ。
「すみません、アークセイバーズの試遊エントリーをしに来たのですが」
浩介が受付スタッフに告げると、顔をにこやかにして声を弾ませて応対する。
「お越しいただき有難うございます。それでは、こちらの画面にプレイヤーネームとゲームで使用されているIDとパスワードの入力をお願いします」
受付の女性はそう言うとノートパソコンをこちらに向ける。ディスプレイには浩介の見慣れた画面が表示されていた。
「これ、ログイン画面ですね」
「はい。こちらは今回のテストプレイ参加者の確認用に作られた、受付専用フォームになっています」
なるほど、本人確認するなら確かにこの方が早いと感心すると、慣れた手つきであっという間に入力を済ませた。
「終わりました」
「はい、有難うございます。それでは、お客様のご確認を取らせていただきます」
ノートパソコンを自身の方へ向きなおして受付女史がキーボードを叩く。
そして数秒画面を見たと思ったら、長机に置かれた紙に手を伸ばす。
紙にいくつかレ点チェックを入れると、浩介に向って一枚の紙とペンを添えた。
「お待たせいたしました。ご本人様確認が取れました。もし、差支えがなければお電話番号の記入をお願いしてもよろしいでしょうか」
そう言って差し向けられた用紙には、浩介がゲームで使用しているプレイヤーネームが印字されていて、その下にTELと表記されていた。
まさか、プライベート情報まで求められるとは思っていなかったので驚きが顔に出る。隣にいる救世主の猫も同じで、首を傾げた。
電話番号が必要な理由を聞いてみる。
「事前に来たメールには電話番号の事は何も書かれてなかったと思いますが、どんな事に使われるんですか?」
受付の女性は笑顔を崩すことなく、想定内の質問に答えるように淀みなく言う。
「はい、本テストプレイの登録にはプレイヤーネームとIDとパスワードのみで十分です。お電話番号は任意で構いません。
お教え頂いたお電話番号は後日、テストプレイで感じた修正点や改良点について意見をお伺いさせて頂くためだけに使用させていただきます。
もちろん、ご都合がよろしくないのでしたら未記入でも何ら問題ございません」
「なるほど、わかりました」
一流のゲーム会社が不正利用するとも思えなかったので、浩介は電話番号を記入した。
続いて救世主の猫もノートパソコンに情報を打ち込み、同じく電話番号も記入した。
「はい、ありがとうございます。ただいまご本人様登録をさせていただきますので、少々お待ちください」
浩介の時と同じく、受付の女性がキーボードを叩く。待っている間、二人は会議室の中をぐるりと見回す。
ここ、受付の空間は狭く、間仕切りで室内を分断していた。
受付から向かって真っすぐ伸びる間仕切りは扉三つ分と短く、途切れた先から向こう側へ回り込めるようだ。
間仕切りの向こう側からは複数のぼそぼそとした声が聞こえる。
わざと区分けしているということは、参加者の待機部屋は向こう側なのだろうか。
そんな事を考えていると、一人の男性が廊下からこの会議室へ入ってきた。
「お疲れ様でーす」
「はい、お疲れ様です」
入ってきたのは三十代半ばの男性で、角張った頬に黒縁の眼鏡をかけて顎髭を生やし、髪の毛はくるくるパーマをかけていた。
中肉中背という言葉がピッタリの体格である。
男性の挨拶に笑顔で応えた受付の女性は、その男性が間仕切りの向こう側へ行くのを止めずに自分の仕事に戻る。
二人は男性の背中を目で追い、自然と目を合わせると救世主の猫は言った。
「今の人、公式放送でよく見るディレクター、ですよね?」
「やっぱり、そうだよね。ちょっと見間違いかと思ったけど、本人だったか」
受付の女性が会話に加わって説明する。
「仰る通り、牧内ディレクターで間違いありませんよ。お客様が参加される午後1時30分開始のテストプレイは公式番組のスケジュールに入っていて、番組関係者も皆様と一緒にプレイされます」
「うそっ……」
「ええっ、ユアムーヴでただ流れるだけじゃないんですか!?」
浩介はてっきり、解説者や実況者のいないスポーツ中継のようなものがずっと垂れ流されるだけかと思っていた。実際、その状態であることを猫又たちと目にしている。
しかし、数回行われる試遊の中の一回が公式番組のコーナーに割り振られている、と受付女史は言う。
テレビカメラに向かって「イエーイ」とかやる年頃は二人はとうに過ぎ去っていて、これから晒す羞恥プレイにただただ恐怖を感じ始めた。
受付の女性はそんな二人を見ても尚、笑みを絶やさない。
「……猫さん、知ってた?」
「公式番組が今日、配信される事くらいしか……」
「そうですね、番組内容までは弊社も告知せずにおりました」
「うあぁ、少し考えれば分かり切ってた事だったっていうのに……」
良い顔をしない二人を見て、受付の女性は眉尻を下げて申し訳なさそうに聞いてきた。
「カメラに写ってしまうのがお嫌でしたらマスクをご用意しますが、いかがされますか?」
受付の女性は真剣に気遣う。
番組出演を渋る口ぶりだったが、浩介は内心そこまで気を遣われるほど嫌がっているわけではないので慌てて否定する。
「あ、いや大丈夫です。すみません、変に気を遣わせてしまって。猫さんはどうする?」
救世主の猫とは知り合って間もない付き合いだが、人前に出るのは苦手というのは浩介にも分かる。
だけど、スタッフの手間を考えて遠慮するかもしれない。
案の定、救世主の猫の目線は泳ぎ、言葉がしどろもどろになる。
「あ、え、いや、えっと……えっと」
彼女の代わりにマスクを用意してもらおうと思った時、受付の女性の方から救世主の猫へ言葉が掛けられた。
「一応、ご用意致しますね」
そう言って受付の彼女は横に置いてある段ボールに手を伸ばし、机の上にマスクの箱が置かれた。
ビニールで包装されたマスクを一枚取り出すと、救世主の猫へ差し出した。
「必要と思いましたら、お使いください」
笑顔で渡されたマスクを受け取ると、お礼をして丁寧にハンドバッグに仕舞った。
それを見届けた受付の女性は、改めて二人に話し始めた。
「遅くなりましたが、お二人のテストプレイ参加登録が完了しました。
こちらのバンドが参加者の証明となりますので、手首に巻いて頂き、この衝立の裏の控室にお入りください」
受付の女性は、緑色のパッチンバンドを浩介と救世主の猫に差し出した。
浩介が軽く鞭を振るうようにして右手首に巻き付けると、それを見てから救世主の猫も同じように手首に巻き付けた。
バンドの装着を確認してから、女性は今後の説明をする。
「テストプレイ30分前に責任者より説明があります。それまでは会場を自由に見て回っていただいても問題ありませんが、その時間には必ず控室に戻られるようにお願いします。
控室に出入りされる際はバンドの提示をお願いします。これで説明は以上となります。どうぞ、当イベントをお楽しみください」
説明の終わりを示すお辞儀を見た二人は簡単に謝辞を述べると、ひとまずは控室に向かった。




