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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
129/234

#129_鋼鉄の雨


 水平線の向こうでは、先ほどまでライトニングⅡによる航空爆撃が行われていた。

 だが、それも今から一分後には爆弾ではなくミサイルと榴弾による砲撃に切り替わる。

 自衛官たちは無駄のない動作で素早く各種最終チェックを済ませ、戦闘車両内で号令を待つ。



「これほど一方的なのは気が引けますね」


「じゃあお前、出歩いて昔ながらの合戦でも仕掛けてくるか?」


「い、いえ、そういう意味では……」



 九九式自走155ミリ榴弾砲の窓のない車内で、若手とベテラン自衛官がスコープとモニターを見ながら軽口を言い合う。



「わあってるよ、俺だってこんな虐殺じみた戦いに何も感じないわけがないじゃねえんだ。だけどよ、もし少しでも押し込まれたら誰かが死ぬかもしれねえ。それは俺やお前かもしれねえ。

 仲間が死ななくても済む方法なんて、これしかねえんだ。受け入れろ」


「はい……」



 若手は戦略系シミュレーションゲームが好きで、いつかは自分で戦車を動かしてみたいという気持ちから自衛隊に入隊した。

 だが入隊してすぐに思った。

 こんなはずじゃなかった。

 制服に皺が一つでもあれば叱責され、ハンカチ点検で忘れ物があっても叱責され、掃除が遅ければ叱責され、何をやっても叱責された。

 基礎体力作りも過酷で、もう帰りたいと何度思った事か。

 ところがスパルタ教育の賜物か、出来なかったことが出来てくると嬉しくなり、やがては出来て当たり前になった。

 プライベートのかなり限られた時間の中でも、同期と愚痴を零しながら酌み交わした酒は格別に旨く、絆も深まった気がした。

 そして、前期教育課程が修了して、機甲科への配属が決まり、今ここにいる。



「戦争なんて、なくなればいいのに」



 そんな気心知れた仲間が、敵にもいるのだ。

 もしかしたら、生まれた場所が同じだったならいい友人になれたかもしれない人達を、これから殺める。

 気は全く進まない。

 でも、やらなければいけないのも理解しているし、ここで駄々をこねるのは子供のする事だ。

 それでも嫌気が差すのは止められない。

 世界が違ってもエゴの強い者が群衆を使って邪魔者を排除するのは同じなんだ、と嘆きが零れる。



「それには同感だ」



 短く返されたその声音は、酷く優しかった。

 直後に感情の全くこもっていない声がヘッドセットから聞こえてきた。



「射撃用意……射撃始め!」



 座標データは既にドローンにより取得済みで、あとはあらゆる感情を押し込んで発射ボタンを押すだけだ。

 スイッチが押されると、榴弾は車体を大きく揺さぶって重厚な音を立てて発射された。

 見た事のない、どこの誰とも知らぬ異世界の人間の命を奪いに飛んでいく。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 カイラスは、2km後方に置いてきた兵士たちに襲い掛かった新たな惨劇に言葉を失った。

 前方の中空から甲高い音が無数に聞こえてきたと思ったら、それはカイラスたちの頭上を飛び越えて後方の兵士たちへと向かって爆発した。

 その爆発は、空から降って来た物と同様に高く土埃を上げて、兵士たちを蹂躙する。

 この飛翔体は先ほどまで兵士たちを苦しめてきた謎の現象などではなく、紛うことなく敵の攻撃によるもの。



「……前から撃ってきやがったっ!どこだ、どこから撃った、シャルフ!」



 取り乱したように首元を掴んで敵の所在を聞くが、シャルフは今度こそ心が折れたと言わんばかりに虚ろな目をしながら力なく首を振った。



「だから、言ってるだろう。俺の気配探知の範囲外だと……前を見て見ろ、この見晴らしのいい草原のどこに敵がいる?この先は街道、隠れられる場所なんてどこにもないっ。

 攻撃は水平線の向こうから飛んできてるんだよ」


「嘘を吐くなっ!そんなわけねえっ、何か絡繰りがあるはずだ、何か……」



 そう押し問答している間にも、地平線の彼方から夥しい数の榴弾とミサイルがカイラスたちの頭上をマッハで通過し、新たな惨状を生み出し続ける。

 絶えず聞こえてくる悪魔の音に、カイラスは怒りで顔を歪めた。



「こんな……こんな道理もクソも通用しねえなんて、あってたまるかっ!戻るぞっ」


「もう、遅い」



 それまでほとんど喋らなかったハインが、今にも兵士たちの元へ駆けだそうとするカイラスを呼び止める。

 振り返って凄んだ目で怒鳴り散らかされる前に、ハインはほんの少し悲壮感の漂う眼差しで告げた。



「戻ったところで死体が増えるだけ。それに部隊は半分以上やられた。今戻って後退するにしても、その間に全滅する」


「分からねえだろっ!もうすぐ打ち止めかもしれねえじゃねえかっ」


「だったら、戻らなくても問題ない」


「それはっ……。いや、なんだよ、あれ」



 激昂して冷静さを失い、言いくるめられそうになったカイラスの目に別の信じられないものが飛び込んできた。



「おい、あれ、ナナリウスの部隊じゃねえか?」



 指を差したその先に、作戦予定にない動きをしている部隊がいた。

 それは戦域からどんどん離れているように見える。

 三人の脳裏に瞬時に浮かんだ、敵前逃亡の四文字。



「アイツ、まさか逃げようとしてやがるんじゃねえだろうなっ?」



 自軍が窮地に陥っているこの時に、裏切りに走ったナナリウスへ怨嗟の声を向ける。



「仲間を裏切るたぁ、良い度胸してるじゃねえか。俺がこの手でぶっ殺してやる」



 殺気溢れるカイラスとは違って他の二人は敵前逃亡を咎める気はなかったが、それを今のカイラスの前で言う必要はない。

 ただ、それも一つの選択であると匂わせる言葉はかけておいた。



「離脱するナナリウスの部隊は攻撃を受けていない……?」


「相手も、戦意を失った者を手にかけるほど非道ではない、か」


「まさかお前らまで敵に降るとか言わねえだろうな?」



 シャルフとハインは互いに目を合わせると、肩をすくめて肯定も否定もしなかった。

 その答えに納得できなかったカイラスは釘をさすように鋭く睨むと、先のハインの苦言を無視して部隊の元へ向かった。





 後方で、なすすべなく呆然とただ見ているしかできないリディンと大司教たち。

 放った複数の伝令は、もう戻ってきてもおかしくない時間を優に過ぎても帰ってこない。

 彼らもアレに巻き込まれたのだろう。

 そして、ナナリウスの戦線離脱。

 少し前から彼の言動には不穏なものが含まれていたが、まさか離反するとまでは考えが及ばなかった。

 それも相まって、一人も建設的な事を言えなかった。



「……我々は、何を見ているのだ?」



 ようやく誰かが声を出したかと思うと、それは大司教の間抜けな呟きだった。

 でもその呟きは、この場の全員の心の声の代弁でもあった。

 故に、その問いに答えられる者はいない。

 教団において序列高位者の言葉の無視は無礼だとしても、誰一人そのような事を気にできる状態ではなかった。

 まさかあの場所に突っ込めとか言わないだろうな、それだけが頭の中を占めていた。

 敵と相対し剣戟弓矢飛び交う戦場ならいざ知らず、そもそもの討ち取るべき敵がどこにも存在していない。

 自殺しに行くだけである。

 リディンはそんな命令を下すことはないだろうが、大司教は何を言い出すか予想がつかない。

 恐れている言葉が吐かれた時の頼みの綱はリディンただ一人。



「リディン。確証はなくていい、推測で良いから言ってみよ。お前はこれを何だと思うか」



 まるで悪夢を見ているような目をしたリディンは、少しの間を置いてから答えた。



「敵の、未知の兵器としか」


「それは見ればわかる。どういった兵器かと聞いている」



 戦闘機という存在を知らない人間にしてみれば、その問いに対する答えが見出せるわけはない。

 リディンは押し黙るほかなく、痺れを切らした大司教はリディンに命じた。



「このまま、ここに居てもアレの二の舞になるだけだろう。ナナリウスらも離反した今、王都を四方から攻め落とす作戦はもはや成り立たぬ。我々に残された道は、このまま王都へ攻め込むしかあるまい」


「……分かりました。このまま南門を……」



 言葉の続きをかき消すタイミングでミサイルと榴弾の雨が降り注ぎ、数km先の地獄は更に苛烈を極めた。

 その時、兵士の一人が声を漏らした。



「あの看板の警告は、この事だったのか……」



 爆撃の轟音と地響きは遠く、この場所は静か。

 小声で漏れたその声は、異様なほどに響き渡った。

 警告の存在を知らなかった大司教に、リディンが立て看板の内容を話す。

 聞き終えると愕然とした表情に変わった。



「ここは、そんな国だったか?我ら相手に、そんな余裕を見せれるほどに強い国だったか?こっちには加護を受けた聖騎士がいるというのに、なんだそれは……」


「お言葉ですが」



 表情を変えずにリディンが現実を突きつける。



「瞬く間に広範囲を更地にしてしまう攻撃に対して、我々聖騎士の加護は無力です。

 攻撃範囲が広大過ぎて予知による回避は不可能、背の高い草の中での瞬間移動は自滅を招き、敵が見えなければ武器は使えず、敵は気配探知の範囲外。

 そして、私の分解も敵の武器に触れなければ意味を成さない」



 対人戦闘では無類の強さを発揮する加護。

 しかし、いま相手をしているのは人ではない。

 加護という特殊能力のアドバンテージはなくなっていた。

 退くべきか、それとも玉砕覚悟で攻めるべきか。

 事この状況下でも、大司教は自国の民に対する体裁が判断を鈍らせていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 アルスメリアとレイジットとの間に存在する廃屋の外で、グラコスは怪訝な顔をしていた。



「まだレイジットは陥落しておらぬようだし、遠くに見えるあの巨大な土煙は何でしょうねぇ?」



 しばらく観察していると、情報を探らせていた狩人が戻って来て報告をする。



「……なに?あそこにいるのが聖マリアス国の軍隊だと?そうか、なるほど。レイジットを攻めずに直接王都を攻めているのか。あれは戦闘で巻き上がったもので間違いはないでしょう。ならば!」



 ポンッと掌に拳の側面を軽く打って、翻って下品な笑い顔を浮かべながら廃屋へと歩き出した。



「手土産を持って私もあちらに赴こうではありませんか!」






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