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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
122/234

#122_救出される者と攫われる者


 チヌーク。

 機体の前後のローターを頼もしく回転させながら、上空にその威容を見せた。



「な、なんだ、あれは……神の船なのか?」


「ついに我らの信仰が結実したっ。やはりマリアス様は我らを見ていてくださっている!」



 兵士たちの間から歓声が沸き上がった。

 喝采を浴びるチヌークが兵士と隊員たちの上空で滞空すると、左右の後方ドアが開いて胴長の機体からロープが垂れ下がる。

 それを見た兵士たちは一層興奮を高めた。



「ついに、ついにっ!神がその御身を我らの前にお示しになるっ」



 戦闘を忘れ、曇りなき眼で今か今かと神の降臨を待ちわびる。

 全ての敵兵がチヌークに釘付けになっている今、デルフは身を屈めて静かに家の中に入る。



「マリー、無事かっ!」


「うん、だいじょうぶ。おじいちゃんもケガない?」


「ああ。それにしても、あれは一体……」



 窓越しにチヌークを見る。

 すると、ロープを伝って降りてくる人影が多数。

 搭乗していた隊員たちが素早くファストロープ降下してきた。

 着地するなり、問答無用で敵に向ってアサルトライフルを撃ち込む。



「ぐあっ!」


「神よ、な、なぜこのような仕打ちをっ!」



 続々と降下してくる隊員の迷彩服を見て、それが勘違いだったと思い知った。



「違うっ、あれは神などではないっ!敵だっ、殺せっ!」


「おおおおっ!」



 その間にも降下する隊員は増え、兵士たちは斃れていく。

 そんな中、降下を終えた一人の隊員が家の中へ向かって叫ぶ。



「乗り込めっ!」



 聞いた瞬間には隊員たちは弾かれたように家の中へ駈け込んでいた。

 問答無用で床に膝を着いて事の成り行きを見守っていたガルファを抱えて家から飛び出し、地表から一メートルの中空でホバーしているチヌークへ運んだ。

 中には衛生班が待機していて、迅速に処置に取り掛かる。

 兵士たちは救出部隊の面々やシスターだけでなく、チヌークも標的に加えた。

 数人の兵士が機体へ斬りかかる。



「逃がすかよおっ!」


「壊れろっ!」



 その間を滑り込むようにシスターが立ち塞いで、剣を掴んで受け止めた。



「させませんっ!」



 剣を掴んだまま放り投げる。

 武器を失ってはなるものかと、兵士も一緒に飛んでいった。

 シスターの踏ん張りによって一時的にだがチヌークの安全が確保され、その間に班長は皆に向けて撤収と叫ぶ。

 直後、まだ家の中にいたマリーレイアとデルフに外へ出ろと手を煽って伝えて、鋼鉄の鳥の中へ入れと促す。

 柴犬が真っ先に飛び出し、すぐさまその後を追ってデルフが孫娘の手を掴んでその身を庇うように家から出て共に走り出した。

 降下部隊が玄関とチヌークに繋がるラインの安全を確保していたので、すんなりと乗り込むことが出来た。

 二人の搭乗を確認してすぐ、シスターは急いで地下室へ行って浩介を肩に担いで地上へ戻る。

 その時、既にチヌークは降下部隊を地上に残したまま離陸を始めていて、優に地面から三メートルは離れていた。



「そんなっ!」



 シスターが絶望の声を上げるとすぐに機体の開いたままの扉からデルフが身を乗り出して叫んだ。



「掴まれっ!」



 外へ半身を乗り出して手を差し出す。

 シスターが飛び跳ねてデルフへ手を伸ばす。

 しっかりとキャッチした。



「ぐあ、お、重いっ!誰か手をっ」



 貸せ、と言う前に、班長が手を貸して二人でシスターと浩介を引き上げた。

 そして、チヌークはその場から離脱する。

 班長は自分たちと交代するようにあの場に残った隊員たちが気になり、パイロットに彼らの回収はどうなっているのかと聞いた。



「別の隊が脱出用のボートを寄越す手筈だ」


「いや、しかしあれだけの人数を相手に無事逃げ切れるなど……」


「二等陸尉」



 階級だけを言い、異論は認めぬと斬って捨てる。

 すでに作戦は開始されていて、己ではどうにもできない状況なのだと思い出す。



「……申し訳ありません」


「それにしても、よく持ちこたえた。今だけでも少しは休んでおけ」


「はっ」



 階級が上のパイロットから命令され、ガルファ救出部隊の面々は壁に凭れて体を休ませた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――





「そろそろレイジットの街も落ちる頃だろう」



 グラコスは三人掛けの派手な椅子に一人で座り、窓に浮かぶ月を肴にワインを傾けて傍に控えるヤグウルと話していた。



「他の貴族連中も亡命し始める頃合いだろう。私もそのつもりだが、他の連中とは少しばかり差を付けなくては、な」


「では……」


「ああ、狩人に仕事をしてもらおう。にっひっひっ」



 厭らしい笑い声を飛ばす主にヤグウルは恭しく礼をして、指示の確認を取った。



「すぐに表に馬車を用意させ、狩人に仕事の連絡を入れておきます」



 横目で満足そうに首肯したのを見届けてから、ヤグウルは退室した。

 無機質な機械のように命令に従うだけの感情の籠らない目をしながら、ヤグウルは屋敷を歩くのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 留学生用として城内に宛がわれた部屋のベッドの上。

 とても静かな夜で、葉月たちは深い眠りについていた。

 そこに突然、大窓が大きな音を立てて割られた。

 飛び上がるように目を覚ました葉月は、揺れるカーテンの裏側から姿を現した闖入者を見て悲鳴を上げる。

 全身を覆う黒いローブ、そして顔には黒い仮面。



「誰かっ!誰か来てっ!」



 闖入者はあっという間に葉月の目の前まできた。

 ベッドの上で後ろ手を突きながら後退るが、口を布で塞がれて何かを嗅がされかける。

 テレビでよく見るシーン。これ以上は吸わないようにと息を止めた。

 だが、布に湿らされた薬品は強力で、ものの数秒で意識が朦朧としてきた。

 闖入者が葉月を抱えて割った窓から出ていこうとした時、部屋の扉が開く。



「どうしたっ!?」



 父親の声が響く。

 廊下の明かりを受けて闖入者の背中が照らされたが、そのまま窓から飛び降りて姿を消した。

 父親はすぐに葉月の姿を探すが、街灯もない世界で見つけられるはずもない。

 駆けつけた警備兵に、葉月が拉致されたと説明した。

 そうしているうちに母親と理津も駆け付けた。



「早く取り返してくれっ!」



 父親は警備兵の肩を掴んで、今にも泣きだしそうな顔で必死に訴える。

 彼らも事の重大さを理解していたため、手早く部隊を編成して王城内、王都内へ捜索隊を放った。

 廊下で膝を折る父親の隣で、呆然と立ち尽くす母親。

 葉月が攫われた。

 理津はその言葉と現実を頭の中で反芻し、やがて自然と自分に渡された宝石へを目を移す。

 未だ灰色の鈍い光を放つ宝石を見て、少しだけほっとしたような気持ちを抱いてしまった。



「(まだ、これに頼らなくても……戦わなくても良い……葉月さんが誘拐されたのに、そんな事を考えたら、だめなのに……)」



 どうしようもない葛藤を抱えたまま、二人の背中を後ろめたい気持ちで見ていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 葉月を拉致した賊は、ヒュドラに破壊された西門から外へ出た。

 検問は間に合わなかった。

 王都の外に連れ出されたあたりで葉月は目を覚ました。

 薬を吸ったのが短時間だったので効果が切れるのも早かったようだ。

 恐怖で心臓が口から出そうになりながらも、自身の置かれた状況を知るために草原をひた走る賊へ話しかける。



「私を攫ってどうしようっていうの?何が目的なの?」



 賊は答えない。

 拙いが異世界語で話しかけたので通じていないという事はないだろうから、これは敢えて無視しているのだろう。

 そして、ふととてつもない不安が首をもたげた。



「私、殺されるの?」



 またしても無視。

 命の保証が得られず喚き出しそうになるが、一方で殺されずに解放される余地も残されている。

 だから、まだ取り乱すような時間ではない。

 ここで下手に騒いでは痛めつけられるかもしれない。

 これからどこに連れて行かれるのか、どんな目に遭わされるのかと恐怖の種はいくつもあるが、今は大人しくしていた方が得策だろう。



「(戦争中のこのタイミングで誘拐。身代金目的や脅迫目的よりも政治利用の可能性が高いかもね)」



 気が狂いそうになりそうなこんな状況におかれても、頭の回転は鈍ってはいなかった。


 葉月は王都アルスメリア郊外の廃屋に連れて来られた。

 その場所に不釣り合いな派手な馬車が一台止まる。

 出てきたのは、その廃屋と不釣り合いに派手な装いの男。

 椅子に縛り付けられた葉月に、その男は下卑た笑いを浮かべて嘲る様に言った。



「いやはや、留学生殿、ここまでのご足労痛み入ります」


「貴方は……見た事がある、確か……」


「このような美しい女性に覚えていただけていたとは嬉しいですなあ」



 心にもない、わざとらしい演技。

 葉月はいけ好かないその目を思い出した。



「やたらと王女様に食って掛かった貴族……」


「ふむ、私にあまり良い印象をお持ちではなかったようですね。いやあ、実に悲しい」



 悲しいという言葉とは裏腹に、その顔は今にでも葉月に虐遇しそうな笑みを湛えている。

 本能的に、この男を怒らせてはいけないと感じ取り、口を噤む。

 己の立場を分からせたと気を良くしたグラコスは、自分から話し始めた。



「さて、貴方を誘拐したのには理由がありましてね。知りたいでしょう?凄く知りたいでしょう?でもまだ教えて差し上げません。料理と同じように、話にも順番というモノがありますからねぇ、ひっひっひっ」



 吐き気を催しそうになるほど気持ち悪い笑い方。

 不快感に耐え、葉月は興味を持ったようにわざと喉を鳴らして目を合わせた。

 話を聞いているうちは危害を加えられることは無いはずだ。

 まずは己が身を守らなくては。

 ついでに、何か情報を引き出せれば一石二鳥。

 そう思われているとは微塵にも思っていないグラコスは、上機嫌のまま言葉を発する。



「私はあのクソガk……うおっほん、セレスティア殿下が王位に就くのは反対でしてね、ガルファ国王のままが良いんですよ。理由、知りたいですか?仕方ありませんねぇ、特別に教えてあげましょう」



 何も言ってないのに勝手に話が進んでいく。

 絶対的優位に立つ者が抱く余裕から湧き立つ、ある種の愉悦に浸っていた。

 そんな人間なら、葉月も幾分か楽ができそうだ。



「それはねぇ……ガルファ国王は非常に優秀な傀儡となってくれていたからですよ。自分で国の舵取りができない愚かな王っ。私たち貴族はそのおかげで甘ーい汁がたーっくさん、吸えましたっ!」


「……それは、どんな事か聞いても?」



 このまま黙って喋らせても良かったが、その内容がどんなものか気になったのも事実。

 興味を示されたのが堪らなく嬉しかったのか、うんうんと首肯して満面の笑みで語り始めた。



「良いでしょう、教えてあげましょう。まず、この国は自給自足で自国民が暮らしていける程に地盤が安定しているのは知っていましたか?でも、それじゃあ私の懐にお金が入ってこないじゃないですか。

 じゃあ、どうすれば私の懐はあったかくなるのか。食料をお金に変えるしかない。でも国内で食料を回しても大きな需要がないからお金にならない。では外国へ輸出するか?

 でも、それでは輸送する時間や費用がかかってしまうし、領地で取れる食料は余り気味とはいっても輸出で儲けられるほど多いわけではない。

 ならば、費用以上に儲けられる程の高額な商品を輸出すればいい。

 さあ、それは何だと思いますか?」



 食糧に取って代わる高価な商品。

 宝石か地元特有の工芸品の類か。



「宝石?」


「うーん、惜しいですねぇ。正解は人ですよ」


「人?」



 一体、どこが惜しかったのか。

 いやそれよりも、この人は何を言ってるんだと思った。

 一番最初に思い浮かんだ人の輸出の話は、ヤクザやマフィアが生業としている臓器密売。

 しかし、この世界に摘出した臓器を腐らせずに持ち運びできる方法が確立されているとは思えない。

 となれば……



「……奴隷、密売?」


「そうです、その通り!でもこの国には奴隷制度なんてありません。だから私は頭を悩ませました。どうすれば人を売れるのか、と。

 そこで目を付けたのが貧民街っ。ゴミがいなくなったところで誰も気付かないし気にも留めない。

 あそこはとても良い狩場でしたぁ。この国は治安も良かったので、密入国者もいましてね。でもやはり仕事にありつけない人もそこそこいて無事、貧民街に堕ちてくれました」



 笑顔で人身売買を語るその人間性に吐き気がした。



「だからですね、私たち貴族が、貧民街に手を加えるのを許せるはずないですよね?」



 口は笑っていたが、目が笑っていない。

 こんな事を考えたくもなかったが、悪行の邪魔をした報復が待っているのだと確信した。






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