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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
120/234

#120_大司教、出る


 島の住民が眠り始める宵時。

 再び大聖堂で臨時評議会が開かれ、兵士の報告を聞いた司祭たちは難しい顔を並べていた。

 ガルファとマリーレイアが逃亡してから丸一日経とうというのに、行方が杳として知れない。

 彼らがここに集まったのは、その件について。

 誰かが、まずは、と言って主題の外堀から話した。



「ガルファ国王を連れてきた青年二人ですが、水を浴びせようが顔を叩こうが何をしても、ただずっと虚ろな目で悲鳴と安静状態を短い周期で繰り返しています。

 食事も受け付けないため、このまま続けば近いうち餓死するでしょう」


「彼らの武力を見た時は震えるほど敵に回したくないと思ったものですが……何が起こったのでしょう」


「もしや、あの人外じみた力の代償という線はありませんかな」


「十分にあるでしょう。ですが、確たる証拠もないので憶測を重ねても意味はないかと」



 司祭同士が口々に話し、話題は移り変わる。

 そして、それまで黙って聞いていた大司教が口を開いた。



「では、次期教皇とガルファ国王を連れて逃亡した者たちの行方の話に移ろうか」



 瞬間、空気が張り詰めた。

 司祭たちの顔が強張り、互いの目を見て発言権を譲り合う。

 進行役が軽く息を吐いて、最初の発言者を指名した。



「まずは、山岳方面の報告をお願いします」



 薄っすらと額に汗を滲ませながら手掛かりは無しと報告して着座。それから次々と報告を促し、島全域の報告が出揃った。

 進行役がそれらの報告を一言でまとめる。



「つまり、誰も居場所が分からない、と」



 司祭たちはばつが悪そうに口を歪めて目線をテーブルに落とす。

 いてもたってもいられず、その中の一人が言い訳をした。



「し、仕方ないではないですかっ。我々は出来る限りの事を全力でやっています。それで見つからないのであれば、相手の方が一枚上手という……」



 大司教が皆まで言わさず手を上げて発言を打ち切らせた。

 緊張で静まり返る会議室の中、大司教に注目が集まる。



「誰かに責任を問うつもりはない。信者たちを使って捜索しても成果を得られなかったのであれば、恐らく貴殿のいう通りに、賊は逃げ上手なのだろうな。方針を変える」



 胸を撫で下ろしたのも束の間、再び固唾を呑みながら大司教の言葉を待つ。



「監視は島の外縁部に限定させる。この島から出るには海を渡るしかない。押さえるのはそこだけで良いだろう。問題は次だ」



 目をすっと細めて、表情を使って司祭たちに事の重大さを伝える。



「この二日間、アレイクシオン王国征伐軍から連絡が途絶えている。異常事態が起こっているのは疑うべくもなく、その原因を突き止める算段を講じる」



 二日間の通信途絶。

 狼煙を上げられる状況ではなかったか、何らかの理由で狼煙が使えなくなったか、それとも狼煙を上げる人間がいなくなったか。

 司祭たちは様々な憶測をめぐらせては検討してはいるが、現場を知らずにここで議論していても埒はあかない。

 誰一人として生産的な議論をしようとする者がいない会議室を見渡し、大司教は心底失望した。



「私が直接出向く」


「なんとっ!」


「そこまでされるほどの事ではっ」



 こぞって引き留めるような事を言ってはいるが、誰もが本心からの発言ではないというのは目を見れば分かった。


(これで当分の間は面倒くさいコイツの目を気にしなくて済む)


(権力を誇示した威圧的な態度が気に食わなかったんだ。少しでもこの島から離れてくれるなら気が休まるというもの)


(短い時間だが、ようやく好き勝手に振る舞える)


 そんな心の声が透けて見えるほどに目は語っていた。

 大司教も司祭らが腐った根性を持っていたのは気付いており、懲罰を科すほどではないと見逃していた。

 しかし、国の土台が揺らぐような事態に陥って尚、その態度を改めなかった彼らをとうとう見限る時が来たようだ。



「(所詮はその地位を親から受け継いだだけの人間どもか。アレイクシオンの一件が片付いたら、次は身内の掃除をせねばな)」



 未だ会議室内に響く喧騒を冷ややかに見た。


 それから三日後。

 千人を超える兵士と数十人の聖騎士見習いを連れた大司教が船に乗り込もうとした時、沖から一隻の小型船が国旗を風にはためかせて接近しているのが見えた。

 ようやく連絡が来たかと大司教が一度上がったタラップから下りて伝令の到着を待つ。

 伝令の兵士は大司祭の出迎えに驚愕した。



「こ、これは大司教様ではありませんか!どうしてこのような場所に」


「それより報告があるのだろう?」


「は、はっ!」



 兵士はリディンからの報告を一言一句漏らさず伝えた。

 大規模な罠の数々、弓が玩具に思えるほどの殺傷能力に特化した不可思議な武器。

 それによって、数的有利を誇っているにもかかわらず劣勢を強いられている事。

 加えて、聖騎士二名の負傷。

 それを聞いた大司教は努めて冷静に言った。



「ご苦労だった。私はこれからアレイクシオンに向かう所だが、一緒に来るか?」


「はっ!恐縮です!」



 周囲の兵士たちもそば耳を立てて報告を聞いていたが、聖騎士の負傷が俄かに信じられなかった。

 大司教も内心は心穏やかとは言えなかったが、おくびにも出さずに船に乗り込んだ。

 片道三日の旅。

 事の真相を知るのはまだ先だった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――





 夕暮れ時。

 哨戒に出ていた救出部隊の一人が息を弾ませて戻って来た。



「本隊と通信が繋がった。ここまで電波を飛ばすことは無理そうだが、その男性と出会ったあの崖の近くまで行けば繋がる」



 デルフをちらりと見て視線を戻す。

 この島に取り残されて四日。自衛隊本隊がガルファの救出を諦めるはずがないとは思っていたが、敵に見つかるのが先かもしれない、と不安が大きくなり始めていた矢先に飛び込んできた朗報。



「ここの見張りを交代してくれ。行ってくる」


「了解」



 足早に崖へ向かい、到着するなり本隊と交信する。



「こちらヘスティアワン。感明良し。現在地、港より東北東へ凡そ三キロ地点の森林内の一軒家。隊員の欠落なし。救助対象は縫合した傷口から出血が認められ……」



 現状報告を済ませ、次の作戦概要が通達された。

 唯々諾々と返事をし、最後に作戦の復唱を行って通信を終えた。



「国王様には、もう少し頑張っていただかなくてはな」



 隠れ家へ戻ると、ガルファとデルフの不思議そうな眼を受けながら他の救出部隊の面々に通信内容を伝えた。



「……というわけだ。それまで気を抜くな」



 それぞれが外を警戒して小声で返事をした。

 すると、デルフにメモを取られた隊員は、今度はこちらが絵を描いてデルフに見せた。



「これは……太陽か?昇って、落ちて……が一回。もう一度昇る前に、海の向こう?どういう意味だ?」



 彼はただ自信を漲らせた瞳で頷くだけだったが、一つ気になる絵について指を差して聞いてみた。



「この人の形、髭からして俺だよな。海の外側に向って伸びるこの矢印と疑問符はどういう意味だ?」



 なんとか異世界語とジェスチャーを交えて絵の意味を探ろうとする。

 隊員の動きが示すものを数分見続けて考えて、ようやく見当が付いてきた。



「この四角いのを使ってあんたらはこの島を出る。それについて行くか聞いてるって事か?」



 デルフはガルファや救出部隊と違って手配者でもないので、逃げ隠れする必要はない。

 だが、マリーレイアはどうだろう。

 この国に留まっていれば、いずれは教会にマリーレイアの所在が知られるのは明白。

 そうなった時、この痩せ細った体を見ればどのような扱いが待っているかは想像に難くない。



「マリー、この国から出れるかもしれないんだが、どう……いや、すまん」



 まだ十歳の子供に何を聞いているんだと自分で呆れた。

 どんなに判断に迷う場面だろうと、ここは祖父が堂々とした態度で連れ出すべきだ。

 そんな祖父の心を知らない孫娘は、少しだけ体を強張らせて答えた。



「あの人たちから追いかけられなくて良くなるの?」


「あ、ああ、そうだな。隠れて生活しなくても良くなるぞ」


「なら、いく」



 ここでマリーレイアだけを彼らに預けてしまえば、決着のつき方によっては二度と会えないかもしれない。

 死んだと思っていた孫娘と再び離れ離れになるなど、耐えられそうもない。

 デルフは焦るように隊員に言った。



「悪いが、俺も世話にならせてもらう」



 マリーレイアの頭を軽く撫でながら、隊員に向って手を差し出してしっかりと握手を交わした。



「ここに案内して終わりだと思ってたが、中々に奇想天外な人生になったもんだな」



 しみじみと感慨に耽っていると、マリーレイアの口からサンドラの声がした。

 何故か、苦笑いである。



「あー、思いに耽っていたところすまぬが、わし、元々アレイクシオンに行く予定だったんじゃが……まあ、マリーレイアとおぬしがあらためて決意を固めたと思えば、無駄ではなかったかのう」


「……それ、せめて俺の恥ずかしい台詞の前に言えなかったか?」


「じゃから、すまぬと謝っておろう。まさか、いい大人が『奇想天外な人生になったもんだ』とこそばゆい言葉を吐くとは誰が予測できよう。いや、できぬ」


「まあいい。お前さんから見ても、奇想天外な人生というのはあながち間違いでもねえだろう?」


「そうじゃな。普通の人間はここまで運命に翻弄されはせんじゃろうな。……こやつを除けば、の」



 トントンとペダルを踏むように足先で床を叩く。

 デルフは疑問に思っていたことを聞いてみた。



「そうだ、そいつ。あんたらはあの寝てる男を大層気にかけてるが、何者なんだ?」



 サンドラは顔に若干の憂いを帯びて言った。



「すまぬが、それは答えられぬ。じゃが……先のおぬしのような言い回しをすれば、『神に見捨てられ、神に拾われた人間』というのがしっくりきそうじゃな」


「なんだそりゃ。運が良いのか悪いのかよく分かんねえな」


「わしも同感じゃ。はっはっはっ」



 他愛ないやり取りで二人は笑った。






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