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#12_ランチタイムとエスカレーター


 西棟2階のフードコートで銘銘に昼食を購入して、中庭に移動した。

浩介たちが到着した時点で既に2階のイートインスペースは満席で、出店には長蛇の列ができていた。

十数分待ってようやく昼食を手に入れ、座って食べられる場所はないかと見回すと、大きな窓の外に中庭を見つけ、移動した。


 幸いにしてテーブルが空いていた。

サンドウィッチを咀嚼し、炭酸飲料を胃に流し込んだ猫又が、ニヤニヤしながら浩介と救世主の猫に話しかける。



「ハイネガーさん、猫さん、頑張ってね~」


「が、頑張ります」


「くそっ、調査不足だったなぁ。事前に知ってればもう少しマシな服着て来たのに」


「あらら、珍しい。きちんとしてるハイネガーさんでもそんな事もあるんだ」



 一体何の話をしているかというと、時は少し遡る。



 昼食を買う為に西棟の大ホールを通りがかった時、複数の人がスタンドPOPにスマホを向けていた。

 読むと、こう書かれてあった。



「ただいま、アークセイバーズ・カタストロフ(クロスリアリティVer.)の試遊を行っています。動画配信サイト、ユアムーヴにて生配信中です。そちらも是非ご覧ください」



 人だかりで大ホールの中が全く見えない。

浩介たちだけでなく、他にもその目で見たいという客もそこかしこにいるが、この混雑具合では待ったところで果たして中に入れるか怪しい。

スタンドPOPはこの事態を想定しての配慮もあるだろう。丁寧にQRコードと検索方法も表記されていた。

 スタンドPOPにスマホを向けていたのは、QRコードを読み取るためだったようだ。

浩介たちもそれに倣い、配信を見た。



「……まじか」



 映像は、広いフィールドすべてを俯瞰するように高所から撮影されていた。

例えるなら、三世代くらい前の野球ゲームを見ているような感覚である。

無論、カメラはそれ一台だけでなくフィールドの外側からでもプレイヤーの動きを追えるよう、会場にはテレビカメラのようなキャスター付きのものも見える。



「へ~、こんな風に映るんだ」


「ど、どうしよう……」



 他人事のように呟くのど飴の隣で、慌てる様子の救世主の猫。

とりあえず今は各々の心境はひとまずそのままにしておいて、昼食の調達を急いだ。



 そして、今に至る。



「みんなかなり激しく動いてたっぽいよね。お二人はそのへんの自信はどうよ?」



 猫又がいたずらっぽく訊いてきた。

言葉はなかったが、のど飴の目にも好奇の色が見える。



「うーん、運動神経は可もなく不可もなくかな。ただ、おっさんだからすぐにヘバる可能性の塊だね」


「わかるわ~。社会人になると全然運動しなくなるよねぇ」


「その筋肉の持ち主が言っても説得力ないわ」



 救世主の猫に話が振られる。



「それで、猫さんはどうよ?」


「私の勝手な印象だけど、学校は文化部に入ってるイメージなんだけど」


「め、面目ないです……」


「もう?!」



 浩介のツッコミを聞いてメジャーな乳酸菌飲料を口にしていたのど飴はむせて、口元から数滴こぼしてしまった。



「ちょ、のど飴さん大丈夫?」



 猫又が笑いながらポケットティッシュを取り出してのど飴に渡す。

その自然な仕草に浩介と救世主の猫は、これが出来る男か、と内心で呻った。

 のど飴は必死に笑いを堪えながら、汚れた口元やテーブルを拭きつつ口に含んでいたものをようやく嚥下させると、猫又に礼を言った後で笑いながら恨めしそうに浩介を見る。



「あ、ありがと。ハイネガーさん、急に笑わせないでよ」


「え、いや、笑わせるつもりなんて微塵もなかったんだが」



 話を元に戻すように猫又が持ち掛ける。



「確か、猫さんって弓使ってるよね」


「は、はい。弓一筋です」


「じゃあ、動き回るよりも離れて弓撃ってればなんとかなるんじゃね?」


「今回の試遊で弓、使えるんでしょうか?」


「さあ、わかんないけど、あったらいいよねぇ」



 明後日の方向に遠い目を向けて、猫又は誰へでもなく言った。

自分から弓の話しておいて無責任な、と浩介とのど飴は軽い笑いを漏らす。



「すっごい他人事みたいに言ってる」


「いやまぁ、実際にプレイするのは俺と猫さんだからね。とりあえずは、そんなに考え込まなくていいんじゃないかな。見てる側も、全員にキレッキレな動きを期待してるわけでもないだろうし」


「猫さんのスタイリッシュなプレイ、見てみたいな~」


「え、いや、私そんな運動できないですっ」


「私たちの猫さんをいじめるな!」



 のど飴が猫又を威嚇し、その後も和気藹々とした雰囲気で昼食を終えた。

 何となく、予定していた時間よりも早く大ホールへ足を運ぶ。

 人込みを割って中に入ろうとするも、あまりの密度に断念せざるを得なかった。

 猫又が溜め息を吐く。



「こりゃ駄目だな。俺とのど飴さんはいいけど、ハイネガーさんと猫さんは受付まで行けるのかね。ってか受付どこよ?」


「ちょっとスタッフさんに聞いてくる」



 浩介は近くにいるスタッフに声をかけ、テストプレイの受付はどこかと尋ねて戻る。



「西棟2階、この上の中央エントランスの左手に一室設けてあるんだってさ」


「あ~、なるほどね。デバイスの説明とかありそうだし、こんな賑やかなトコじゃ声も通りづらいわな」


「どうする?猫さんとハイネガーさんは今から受付に行く?そしたら私たち、二人の出番まで適当にぶらぶらしてるし」



 猫又は頷き、二人の返事を待つ。

 浩介はどちらでも良く、救世主の猫は消極的な個性がここで顔を覗かせて、両者は返答に窮した。

浩介は救世主の猫が少し迷っている事に気が付くと、自分が答えを出すべきだと思った。

 予定していた時間まで全員で遊覧するか、予定を早めるか。


 元々は優柔不断だった浩介。

社会経験を積んだおかげで、ある程度は短時間で決断を下せるようになった。

本質を見失わなければ、例え選択を間違ったとしても後から修正できると気付いたから。

そして、今大事なのは、後悔しないこと。

今日一番楽しみにしているのは、言うまでもなく試遊。

救世主の猫がどうしたいかは分からないが、まずは意見を口にして反応を見る。


「じゃあ、予定より早いけど行こうか、猫さん」


「え、あ、はい」



 驚いたような眼差しを向ける救世主の猫を見て、選択を間違ったかと思って意見を聞いてみる。



「もしかして、もう少し待った方が良かった?」


「あ、いえ、そんな事は、ないです」



 救世主の猫は首を横に一回振りって、否定する。

依然として本心は分からないが、嘘を言っていないと思う事にしよう。

 猫又とのど飴に向き直る。



「んじゃ、行ってきまーす」


「はーい、いてら~」


「ちゃんと見てるからねー」


「が、がんばります」



 二人は人でごった返す中、受付を目指した。

 まだお昼時だというのに混雑は常にピークを維持し、解消される様子は一向に見えない。ゲーマーにとって待ちに待ったお祭りなので、それもそうかと思う。

 上り口のエスカレーターの前では、それを利用する人で渋滞していた。



「うはぁ、これはまた少し待ちそうだね」



 隣にいる救世主の猫は頷いた。

 不意に訪れた待ち時間。

話し上手でもなければ聞き上手でもない浩介は、何か話さなければと会話のネタを探す。

 何か話さなければと焦るが、焦りばかりに思考が割かれて肝心のアイデアに頭が回らない。

気まずい空気になりかけた時、救世主の猫から話しかけられた。



「あ、あの、がっかり、されたでしょ?」


「え、何が?」



 救世主の猫は少し俯いていた。

一体何のことか分からなかった。



「チャットの時と、通話してる時と、全然違うから」


「あー、なるほど。その事か」



 確かにチャットと通話でテンションが全く違ったのは驚いた。

しかし、それで落胆したかと問われると、そんなことはない。

 文通が主流であった時代であれば、手紙では几帳面でも実際はフランクな人だったという事もあったはず。

現代に置き換えれば、手紙のやりとりが超スピードで行われているようなものだ。特におかしいところは何もない。


 どんな場合でも自分を表現できて意志を貫き通せる人間もいれば、そうできない人もいる。

 ただ、それだけの事である。

 そこに正誤や優劣はなく、あるのは個性。インターネットが普及した今、救世主の猫のような人は珍しくもなんともない。

 浩介はそう伝えると、救世主の猫は安堵したようで少し嬉しそうな顔をした。



「あ、ありがとうございます。そう言っていただけると、すごく救われます」


「そか。猫又さんやのど飴さんもそう思ってるはずだよ」



 そう付け加えると、より笑顔になった。

明るい雰囲気を取り戻した救世主の猫は言葉を続ける。



「みなさん、良い人たちですから、フレンドも多そうです」


「そうだねぇ。猫又さんなんかはホントに色んな人たちとプレイしてるし、のど飴さんなんかも、聞く限りだとギルド以外にも数人フレンドさんいるみたいだね」


「ハイネガーさんも、たくさんいるんじゃないんですか?」


「あー、俺はねぇ……」



 急に視線を反対側に向けて、人差し指で痒くもない頭を掻く。

照れている人間が取る行動のテンプレのように。



「あれ、違うんですか……?」


「そうだねぇ。まぁ猫さんが初めてのフレンドだねぇ」


「え……」



 浩介は言った後で、気持ち悪い発言だったと悔いたが、浩介は嘘が吐けない人間だ。

弁明するのも違う気がしてそのまま黙っていると、救世主の猫が更に尋ねてきた。



「あの、どうして、私を?」



 初めて出会った時の事を思い返すと、理由は簡単に見えてきた。



「それは多分、放っておけなかったから、かな。あんなに愉快な人なのに、フレンドいなくてソロで遊んでるっていうのが少し気になったし、何よりこんな傑物と一期一会っていうのは勿体ないじゃん?」



 最後の方は半分照れ隠しだった。



「傑物なんかじゃ、ないですけど……。そう、だったんですね。実は、そうなんじゃないかなって、ちょっと思ってました」


「勘が鋭いね」


「でも、どうしてフレンドさん……」



 救世主の猫が更に問いかけようとした時、いつの間にかエスカレーターの目の前に来ていた。



「お、なんだかんだで意外と早かったね。段差に気を付けて」


「は、はい」



 救世主の猫の問いは虚空に消え去った。






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