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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
119/234

#119_再会


 埃だらけだった家の中は、シスターの頑張りによって一時間もかからないうちに清められた。

 さらには、半日足らずで地下の隠し部屋が完成した。



「うむ、結構結構。悪くない出来じゃな」



 出来上がった決して広いとは言えない地下室を一望して、満足そうに頷く。

 そこに街で調達した備蓄用の食糧と毛布、ランタンを持ち込む。

 浩介を毛布の上に寝かせ、二人は一息ついた。



「とりあえずは、これで一安心ですね」


「さて、どうかのう。もしここを嗅ぎつかれて家の中を見られた場合、余程のうつけ者でない限りは廃屋にしては綺麗ずぎると訝しむであろうな」


「じゃあ、掃除しない方が良かったじゃないですか!」


「そうもいかん。地下へ繋がる床板の継ぎ目だけ埃がなければ、容易に見抜かれてしまうじゃろうが。怪しいと思われても、なぜ手入れがされているかを悟られなければやり過ごせるじゃろう」


「な、なるほど、流石です」



 誉め言葉に気を良くすることもなく、サンドラは柴犬に話しかけた。



「して、主様。こやつの目覚めの目途は立っておるのでしょうか?」


「ワンッ」


「そうですか。であれば、この地下室ももしかしたら無用じゃったかもしれませんのう」


「えっ」



 さらっとシスターにとって慈悲もない言葉が聞こえた。

 狭いとはいえ一軒家を掃除して地下室も一人で設えたのに、その労力は無駄だったかもしれない。

 泣きそうな目でサンドラを見つめる。



「そんな目で見るでないっ。主様も、かもしれん、と言っておろう。全てはこやつ次第。今すぐ目覚めるか、それとも数日後か。

 教皇となったマリーレイアとて見通せぬ領域じゃから、神のみぞ知るといったところじゃ」



 わざわざ薄暗い地下室で話し込む必要はないだろうと、眠り続ける浩介を置いて一階へ戻る。

 空腹を訴えたマリーレイアへ食事を摂らせ、眠らせた。

 これまでの監禁生活で疲労や占い師と体を共有している無理が蓄積されていたのだろう。一度も目覚めぬまま夜中を迎えた。

 風に揺れる木々のざわめき、虫の音、風の音が見張りを任されたシスターの耳を刺激していた。

 市民で構成された捜索隊もさすがに夜通し探しはしまいと気を緩めていた所に、まさかの多数の足音が夜の音に混ざって聞こえてきた。

 床に伏せていた柴犬もピクッと耳を震わせて立ち上がる。



「こんな夜更けなのに、捜索隊の方々も大変ですね」


「クゥン」



 聞こえたと言っても足音はまだ遠く、五百メートルは離れている。

 小声で話しても気取られる心配はない。

 地下室への床板を外し、寝息を立てるマリーレイアを抱えて柴犬へ言った。



「一応、念のため隠れておきましょう」



 地下室へ下り、浩介の隣にマリーレイアを寝かせてから床板を元に戻す。

 足音へ耳を澄ませると、こちらへ真っ直ぐ向って来ているようだ。



「万が一に備えて、主様を起こしましょう」



 柴犬がマリーレイアの上着の裾を加えて引っ張ったり顔を肉球で叩いたりして、ようやく反応があった。



「……眠い」



 二度寝に入った。



「二度寝してる場合ではないんですが……」


「クゥン」



 緊急事態なので、心を鬼にして幸せそうな寝顔を何回も叩いた。



「主様、起きてください。誰かがこっちに向って来てます。寝てる場合じゃないですよ」


「い、いたいぞ。分かったから、もう叩くな」



 寝ぼけ眼をこすりながらあくびをし、上体を起こす。



「まったく、もう少しゆっくりさせてくれても良かろうに。勤勉じゃのう」



 迫る足音へ不満を吐き出してから、真剣な顔つきで現状を尋ねる。



「それで、どの程度の数じゃ?」



 十人前後と聞いたサンドラは顔を顰めた。



「多いのう。これほどの数で動くのは、どこかでわしらの情報が知られたからじゃろうな」



 ここまでの行動でミスはなかったかと思い返すが、心当たりはない。

 街へ赴いたシスターが他人の目に触れていたが、聞いたところで今更どうなるものでもないか。

 今すべきことは、地下室の存在に気付かれないよう、息を殺してやり過ごすのみ。

 そう考える間にも、足音は迫ってきていた。



「そろそろ、静かにした方がいいかもしれません」



 シスターの警告に神妙に頷き、声を殺して上階へ注意を向ける。

 しばらくしてから、ドアが軋みながらゆっくりと開いていく音が聞こえた。

 硬い靴が遠慮がちに床を歩く音がする。

 侵入者は警戒しながら家の中を探索しているようだ。

 外に残っていた人間がぼそりと呟くのが聞こえたが、この世界の言葉ではなかった。



「賊はいないようだが……やけに綺麗すぎる。最近まで誰かが使っていたのか?」



 他の足音は依然として家の中を歩き回っていて、その足が地下室を塞ぐ床板を踏んだ。



「ん?」



 ほぼすべての足音が真上付近に集まり、不気味な静けさが漂った。

 サンドラとシスターと犬は、固唾を呑んで天板を凝視する。

 対策を講じる間もなく一瞬で床板が取り払われて家の天井が目に映る。

 侵入者とシスターの目が合った。



「主様っ!」


「仕方あるまい、強行突破じゃ!」


「ワンッ!」



 地下から飛び出そうとシスターが身を屈めた瞬間、目を焼くほどに強烈な光が地下室を照らす。

 シスターは直接光源を見てしまい、視界が潰された。

 それから異世界語が聞こえ、いくつかの足音が近づいてきた。

 その中の一人が驚いたような声でこの世界の言葉を話した。



「あんたは、昼間の」


「えっ」



 攻撃が飛んでこないどころか、話しかけられた。

 どうやら捜索隊ではないようだ。

 見下ろしてくる相手は更に話しかけてきて、敵意はないとアピールしてきた。



「とにかく、一度上がって来い。腰が疲れちまう」



 光源が逸らされて薄っすらと上の様子が見える。

 侵入者はこちらに武器を向けず、それよりも家の外の警戒を始めた。

 言われるがままに、シスターを先頭にして地下から上がる。

 続いてサンドラが床下から顔を出した時、侵入者の一人と目が合ってお互いに不意に声が漏れた。



「あ」



 見た事のある変わった模様の服。

 見た事のない変わった形状の武器。



「よもや、再び相まみえるとは思わなんだ」


「君たちだったのか」



 今度こそ、お互いに完全に警戒心を解いた。

 互いの言葉は通じていなかったが、おおよその表情で何を言っているのかは予想はついた。

 その声を聞いた他の一人が振り向いた。



「なんだよ、知り合いだっ……」



 ガルファ救出部隊の中にはいなかった、見るからにこの世界の一般中年男性。

 その彼はサンドラを見た瞬間、突然言葉を忘れたかのように顔と体全ての動きが止まった。

 見つめられたサンドラの口から、その体に見合う年相応の少女の声が発せられた。



「……おじいちゃん?」



 デルフは失ったと思っていた孫にそう呼ばれると、口を震わせながら涙を浮かべた。

 何かを言わなくてはという思いが震える唇から伝わってくるが、言葉が出てこない。

 おぼつかない足取りでマリーレイアまで近寄ると、膝を着いて孫が生きている事を確かめるためにしっかりと抱きしめ、声にならない声を上げて泣いた。



「おじいちゃん……」



 マリーレイアは声を上げて泣いた。

 二人は救出部隊の面々とガルファに見守られる中でひとしきり泣いた後、マリーレイアは過ごした五年間を掻い摘んで話し、その後は話し手をサンドラへ交代して現在の状況を語って聞かせた。



「……信じられないような話だが、実際に目の前で人格や声の変化を見せられちゃあ信じるしかないな。だがよ、マリーレイアはずっとこのままなのか?」


「案ずるな。今は成り行きで体に住まわせてもらってはおるが、それもわしの力が完全に回復しこの子の命が安全になるまでの間じゃ。

 教皇になったとはいえ、まだ年端も行かぬ子供を一人にさせるわけにもいかぬじゃろ」


「すまない、助かる」



 深々と頭を下げた。

 デルフはガルファたちを案内したら別れるつもりだったが、話はそう単純ではないらしい。

 この国の国教であり、さらには他国にも多数の信者を抱えている教団の腐り切った内情の生き証人となった孫娘。

 何の悪戯か、そんな世界的宗教団体の教皇などという人物になってしまった孫娘に課せられる責任や使命を想像しようにも、規模が規格外過ぎて何一つ現実味を感じられない。

 これから孫娘は幸せな人生を送れるのか、考えられるのはそれだけだった。



「それで、今後マリーレイアはどうなっちまうんだ?この先も逃げ続けなきゃいけねえのか?」


「さてな、それはわしにも予想がつかん。未来視したとて、異世界と繋がった今の世界は不安定過ぎての。この世界の行く末に関するものしか見れぬ。

 そして未来視した本人の未来は見えぬ」


「それじゃあ、いつまでこんな子供らしくない生き方をしなくちゃならないかは……」


「すまぬが、確かな事は何も言えぬ」


「そんな事……この子が一体何をした?俺が代わりじゃ駄目なのか?」



 縋るような目でサンドラを見つめるが、黙って辛そうに首を横に振られた。

 気持ちのやり場がなく、手で顔を覆って意味もなく上を見上げてしまう。

 大きく息を吐いて、せめてこれくらいは教えて欲しいと請うた。



「もし、この子が平和に暮らせる時が来たら、本当に普通の人生を歩めるって思って良いのか?」



 これくらいのささやかな希望は叶えらるべきだと、強く願うが依然としてサンドラの相好は崩れない。



「すまぬが、それも分からぬ。この一件が終結した後のこの国の状態にもよるが、教皇が大衆に求められる存在でなくなっていれば、或いはといったところじゃ。

 それすらも、担ぎあげようとする保守派がいれば難しかろう」



 マリーレイアが教皇となった情報はまだ誰にも知られていないだろうが、教団内ですでに感づき始めている者がちらほら出始めていてもおかしくない。

 この少女が普通の少女に戻れる日が来るかどうかは、誰にも分からない。



「冷静に考えればその通りかもしれねえ。だが俺は諦めねえぞ。この子が普通の幸せを手に入れられるようになるなら何だってしてやる」


「ああ、そうしてくれ。おぬしのような心強い者がいればマリーレイアも安心じゃろう」


「言われるまでもねえ」



 まずは、と孫娘の助けになれるかは不明だが、具体的な行動方針を知っておきたかった。



「で、あんたらはこれからどう動くんだ?」


「そうじゃな」



 サンドラは顎に手を当て、思案気に救出部隊を一瞥した。



「地下で眠りこけているうつけ者と、あの者ら次第じゃな」






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