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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
115/234

#115_アルス村の攻防(1)


 日が昇り、ログハウスの民家が建ち並ぶアルス村。

 外には人っ子一人見当たらない。

 一夜にして村人が全員忽然と姿を消したかのような不気味な静けさ。

 それもそのはず。

 二日前に、アルス村の住民はメリーズへの避難を完了していた。

 その無人の村を聖マリアス国軍から守るように土嚢でコの字に幾重にも囲い、土嚢の壁は前線から奥まるにつれて高さを増している。

 最前列の土嚢以外は、所々に人が前後に行き来できるように隙間が開けられている。

 つまりは、土嚢を壁に戦うということ。

 だが、準備したのはそれだけではない。

 最前列の土嚢の外側に深さ一メートル程度の溝を掘り、防衛力を上げた。

 更に、土嚢の表面には油を仕込んでいて、撤退の際は側に置いた可燃性ガスを封入したドラム缶を撃って火を点け、炎の壁で撤退の時間を稼ぐ。

 そして、土嚢の壁の中では自衛官たちがロケットランチャーや迫撃砲、スナイパーライフルを持ち込んで待機していた。

 アルス村の手前で待ち受ける構えである。

 一方、聖マリアス国軍は罠を警戒しながらも、順調にアルス村を目前に捉える場所まで辿り着いた。

 予知能力者のナナリウスと気配探知ソナー能力者のシャルフは疲労も回復し、万全の状態にあった。

 リディンは村の前に組まれた土嚢を見て訝しんだ。



「シャルフ、あれは何だ?知っているか?」


「あの白だか銀色の物か?いや、俺も始めて見る。誰か、あれを知っているか?」



 シャルフが兵士たちにも聞くが、答えは無かった。

 リディンは少し考えつつ土嚢の列を見渡していると、視界の端に再び立て看板が見えた。



「……またか。今度はなんて書いてある?」


「あれ、またあんのかよ。気にするこたあねえよ、ここまで来たら殴り込むだけだろ」


「これだから脳筋は……すまないが誰か持ってきてくれないか」



 シャルフの命令で看板を持って来た兵士に一言労いの声をかけてから、リディンは内容を確認する。



「『最後通牒。直ちに引き返せ。地面に敷いた線から一歩でも越えた瞬間、警告なく攻撃を開始する。繰り返す、直ちに転進せよ』か」


「ほらよ、やっぱり似たようなモンじゃねえか。ビビることなんかあるかよ、前に見たのだって脅すような内容だったけど大したことなかったじゃねえか」


「おい、もう忘れたのか?俺たちが罠に手こずっている間に狼煙を全部駄目にされたんだぞ。それに、あの謎の爆発。それがまた起こらないとは限らない。ここは慎重にいくべきだ」


「俺もシャルフに賛成だ。時には突撃も悪くはねえかもしれないけど、今はそれはやめといた方がよさそうだ。ハインはどうだ?」



 無口なハインは頷くでも首を振るでもなく、目を閉じていた。



「あー、どっちでもいいのね」



 ナナリウスは肩をすくめた。

 だがここでじっとしていても仕方がない。

 リディンはシャルフに気配探知をさせ、その結果が報告される。



「あの銀色の後ろに五百人前後の人間がいるが、指揮官らしき人間はどこにも見当たらない。あそこにいるのが兵士なのか村人なのかも分からない。あと村の外、ここからかなり離れた場所にも数人いる」


「……厄介だな。村人なら大きく迂回してやり過ごしたいところだが、兵士だった場合は背後から急襲される。それに村の外の存在も気になる」



 その時、無口なハインが口を開いた。



「……落とし穴を潰した時と同じ方法を試す」


「ふむ、それは私も考えていた。だが、村の外に配置されている存在がどのように動いて来るのかが問題だ」



 ハインの言葉に同意を示すが、他の要素も考慮に入れなくてはならない。

 となれば軍の動かし方は一つしか思い浮かばず、単純なそれをシャルフは口にする。



「軍を二つに分けるしかなさそうだね。予知の加護を持ってるナナリウスと探知の加護の私、そして指揮官のリディンは村の攻略に向かう。

 ハインは外の敵を相手にしてもらうけど、状況によって部下をカイラスに預けて単独で遊撃。ということでカイラスも外の敵の相手。

 今更、斥候や偵察を放っても無駄だし、弓兵を後方に待機させて戦闘が始まったら臨機応変に対応していくしかない。

 リディン、こんな感じでどうだ?」



 頷いて、聖騎士と他の兵らに檄を飛ばす。



「これより、敵国の村落及びその周辺の調査に向かう!敵は我々の村への立ち入りをなんとしてでも阻止してくるだろう。しかし、怯む必要はない!

 我らには拉致された同胞を救う大義があり、それはマリアス様の御意思でもある!慈悲の上に胡坐をかく厚顔不遜の異教徒に、神に仕える者の正義を命に刻み込ませてやれっ!」



 総勢二万人超にも上る兵士たちにの大音声の鬨が大地を揺るがす。

 そして、命運分かつ号令が下された。



「進軍せよっ!」



 再び大音声が大地を揺るがし、兵士たちは武器を携えて勇ましく歩く。

 作戦通り、リディン、シャルフ、ナナリウス率いる部隊はアルス村に向けて進軍。

 カイラスとハインは、識別不能の存在がいる村の斜め後方に向かう。



「……これがあの最後通牒で言っていた線か」



 リディンらの行軍を止めるように、炭酸カルシウムの白い粉が横一直線に長くひかれていた。

 白線を越える前に一旦停止する。

 聖騎士三人は目を合わせ、ナナリウスが予知の加護を発動して彼の率いる部隊を先頭にして再び歩き出した。

 一歩、二歩、三歩。

 まだ攻撃はない。



「……カイラスの言う通り、あれはただの脅しだったのか?」


「どうだろうねえ。まだあの線を越えて少しだからなぁ……でも、それももうすぐ分かるかもねえ」



 言った通りになった。

 十歩進む直前で血相を変えたナナリウスが叫ぶ。



「駄目だっ、止まれっ!」



 それまで、まるで緊張感の欠片もなかったナナリウスだったが、何を予知で見たのか焦って大声で兵士を呼び止めた。

 が、進軍を止めたところで無意味だった。

 先頭を歩いていた兵士の一人に異変が起きた。



「っっっっ!……っ」



 痙攣するように短く震えると、鎧に開いた小さな穴から血を流して倒れて絶命した。

 その場にいた全員は何が起こったのか全く理解できずにいたが、リディンの声でするべきことを思い出した。



「シャルフ、直前に敵に動きはあったか?」


「……い、いや、動いてなかったと思う」


「ナナリウス、他に何か見えたか?」


「あ、ああ、あのまま進んでいれば先頭の人間は全員、同じようになってた」



 それを聞いてリディンは殺された兵士に歩み寄る。



「お、おい、ちょっと待て!危険だぞ!」


「あいつ、今の見てなかったのかよ」



 二人の非難を受けてなお近寄り兵士をまじまじと見る。



「……血は背中じゃなくて正面からか。他からは……流れていない」



 検分していたようで、気が済むと部隊の元へ戻った。



「お前、何考えてんだよ、アホか」


「全く、怖いもの知らずにも限度というのがあるぞ」



 その身を案じたが故の叱責をどこ吹く風と聞き流して、打開案を出した。



「攻撃は正面から行われていた。前面を盾で防御しながら移動し、あの銀色の物体まで接近する。もしそこに潜んでいたのが民間人なら手出しはするな。大義がその時点で失われてしまう。

 だが、敵意ある者がいた場合は躊躇うな」



 新たに下された命令を部隊へ伝え、盾を持った兵士が先頭に集まった。

 素早く陣形をファランクスに変え、矢のような上からの攻撃にも備えた

 準備が整い、進軍する。

 間もなく、最前列の部隊の盾に思い切り槍で突かれた時に似た強い衝撃が間断なく打ち込まれる。



「な、なんだこれは、何をされてるんだ?!」


「これは弓矢じゃねえ、奴ら地面にでも隠れてたってのかよ!」


「だめだ、このままじゃ盾がもたない!」



 盾を持った兵士たちの間に動揺が走り、部隊の足が止まる。

 金属同士が激しくぶつかり合う音が絶え間なく耳朶を打つ中、心を折られそうになっている兵士に向けてすかさずリディンの檄が飛ぶ。



「止まるなっ!この戦いには、故郷に残してきた家族の命運もかかっている事を忘れるなっ!愛する者の為に、進めっ!」



 不思議とリディンの声はよく通り、それを聞いた兵士たちの戦意はあっという間に持ち直した。

 正体不明の攻撃を防ぎながらじわりじわりと土嚢との距離を詰める。

 十メートルほど進んだところで先頭の陣形の一角が崩れた。



「ぐっ!」



 盾を貫通して未知の攻撃が兵士の脇腹を抉ったのだ。

 不意に訪れた激痛に耐えかねて体勢を崩し、膝を着く。

 後ろにいた盾持ちの兵士はそれに気付かずに進んでしまい、負傷した兵士に後ろからぶつかって転んでしまった。



「うわ、どうした?!」



 無論、盾が正面からずれてしまっては不可視の攻撃はその鎧に撃ち込まれる。



「や、やめっ、っ、っ」



 十数人が倒れてからやっと前方の異変に気付いたリディンは、死亡した兵士に注意しろ、と叫んだ。

 盾が貫かれたと知って尚、進軍する勢いが衰えないのはリディンのカリスマに依るところが大きい。

 兵数を消耗しながら強引に進めた軍は、ついに土嚢まであと少しという距離まで迫った。






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