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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
114/234

#114_白の世界


「ここは……?」



 眩い光の世界で浩介は一人立っていた。

 唐突な場面転換に戸惑い、つい独り言が漏れる。

 次に発した独り言に、別の声が重なって聞こえた。



「さっきまであいつらと闘ってたはずだけど、どうして急に」


「早く戻り、奴らを殺さなくては……」



 どこかで少し前に聞いたことのある声だったが、どこだろう。

 姿の見えない者へ呼びかける。



「え、誰かいるの?」


「その声は、まさか貴君か?」


「その呼び方……あの時の?」



 生まれてこの方、貴君など呼ばれた事など一度しかないのですぐに思い出せた。

 その声の主がいるとなれば、浩介がいる場所はあの空間しかない。



「どうして俺はここに来たんだ?」


「いや、私にも皆目見当が付かない。こちらが聞きたいくらいだ。あの二人を始末する直前、夢から覚めたように私もここにいた」


「俺も全く同じなんだけど。何があったんだろう」



 浩介は首を傾げるが、すぐに元の世界に戻すように声の主に催促する。



「ともかく、今はそんな事よりも戻らないと。ゲートを作ってくれると助かるんだけど」


「ああ、そうしよう…………これは、妙だな」



 深刻そうに不穏な単語を呟き、ただ事ではないと悟る。



「どうしたん?」


「私の力が全く作用しない」


「って事は?」


「門が開かない」


「……うそだろ。閉じ込められたって事かよ。っていうか、この空間を自在に操れるのかと思ってたけど、そうじゃなかったのか」



 このまま戻れなければ、葉月や理津が危険だ。

 想像してしまうと焦りが募り、理性が少しずつ溶け出してその隙間から語気が荒くなる。



「なんだってこんな時にっ……何か策はない?」


「残念だが、ここでは私は何の力も使えないようだ」


「どうなってんだよ」



 思わず舌打ちしそうになった時、聞いたこともない程に美しく清廉な女性の声が響き渡った。



「少しは落ち着きなよ。ここと向こうの時間はリンクしていないから焦らなくても大丈夫」



 声の主と同じく、新しく加わったその声も空間全体に声を響かせて言葉を伝えてきた。

 首と体で上下左右を見回して姿を探すが、案の定どこにも確認できなかった。

 反対にあちらからは浩介の事が見えているらしく、軽く喉を震わせて明るく言った。



「ごめんね、私からはキミの事は見えるんだけど、この世界だと私は姿を構築できないんだ。でも、いずれはキミが生きている物質世界で会えると良いね」



 魅惑的な声とは対照的に、言葉遣いはボーイッシュだった。

 不思議とその声色が浩介の心をいくばくか落ち着かせ、それは知っている声の主も同様だった。



「誰だ?」


「うーん、ここで正体をバラすのもつまんないし、まあその時が来たら話すよ。今はキミたちの敵じゃないって信じてもらえればいいかな」


「承知した。しかし、何故だか妙に懐かしい声に感じるが……」


「まあまあ、それも追々ね。それよりも気になる事があるんじゃないのかな?」


「ああ、そうだ。私たちをここへ誘ったのは、貴公なのか?」


「そう。サンドラちゃんが切り離した精神体のキミたちを私のフィールドに連れてきたから、結果的にはそうなるのかな。さっきのキミたちは酷く危なっかしかったから、サンドラちゃんも見ていられなくなったんだろうね」


「っていうか、サンドラ・チャンって誰」



 ようやく口を挟めた浩介に、それは占い師の事だと教えてくれた。

 そこで初めて、あの怪しい風貌の年齢不詳女性にも名前がある事を知った。

 それはともかく、先ほどの戦いのどこに危なっかしさがあったのか分からない。

 途中は押され気味に映ったとは思うが、それは時間を稼ぐうえで相手にそう思わせるように演出で、全て計算の内だった。

 その証左に、後半は亜戯斗が手も足も出ない程に打ちのめしている。

 もしかして、その時間稼ぎの場面が危うく見えたのだろうかと思い、弁解する。



「ちょっと待って。その危なっかしいってどこを見て言ってるのか分からないんだけど。まさか、防戦一方に回った時の事?あれは……」


「マリーレイアちゃんが力を継承するまでの時間稼ぎだった、だよね。はずれ。もしそれが理由だったら、終始優勢だったキミに対してサンドラちゃんが手出しする必要はないよ。だってもうあの時は勝負は見えてたんだからさ」


「じゃあ、どうして」


「キミ、ここに来る直前にサンドラちゃんに言われた言葉を覚えてる?」



 何を言われたのか思い出そうとする。

 しかし、靄がかかったように思い出せない。

 掘り起こそうとする記憶は自然と時を少しずつ遡っていき、戦闘は有利に進めていたことは朧気だが覚えてはいる。

 だが、おかしなことにそれ以後の相手を追い詰めた時の記憶をはっきりと思い出せない。



「……なんで、思い出せない?見た夢を忘れていくみたいだ……」


「だろうね。それで、スピリットのキミはどうなんだい?」


「……私も似たようなものだ」


「そう、正にそれなんだ」



 我が意を得たりと、指でも慣らしたかのように声を弾ませて嬉しそうにした。



「気付いているかい?スピリットであるキミはこれまで彼の世界へ干渉できなかったというのに、その世界を認識できていた事をさ」



 指摘されてハッと気が付き、その原因にも思い当たる節があった。



「もしや、彼女の力が流れ込んだ時に何かが変わったのか?」


「ご明察。サンドラちゃんの力の一部がキミに流れた後、その力はどこに行ったと思う?」


「夢を見させることに使ったのでは……いや、それで力が全てこの世界から消えるなど三次元の世界では有り得ない法則。そして、あれは放っておいてこの空間に溶け込むようなものではない。

 ……そのまま残っているというのか?」


「その通りっ。サンドラちゃんの特性は【見る】事。夢を見せたり過去を見たり、未来を見る。その力を使えば、次元の違う世界を見る事も可能になる。それはスピリットにとっても例外ではないんだ」



 浩介には意味が図れない単語があったが、今はとにかく聞き役に徹した方が良さそうである。



「知らず知らずのうちに、サンドラちゃんの力を使っていたんだよ」


「そうだったのか。しかし、それと記憶の曖昧さはどう関係するのか」


「契約したからだよ」



 異世界に来た浩介がゴーストと相対した時、宝石に触れて超人的な力を得た。

 その事だろうな、と浩介は考えを巡らせる。



「契約を交わした者同士には、特定の条件下において共有する【あるモノ】が存在する。キミは、それが何かは分かるかな?答えは過去にサンドラちゃんが言っていたよ」


「えっ、えっ、ちょっと待って」



 突然に話を振られただけでなく、問題を出されるとは露ほどにも思っていなかったので思考の切り替えが上手く行かない。

 頭の中で何度か問題を反芻してから、ようやく過去の会話を思い返せるくらいに頭を整理できた。

 そして、理津の黒く変色した宝石を思い出した。



「感情?」


「正解。そして、人間が持つ感情の中で一番強いのは、憎しみや怒りの負の感情と呼ばれるものなんだ。そして、それは他者にも影響を及ぼす。思い当たる事はあるんじゃないかな」



 そう言われて咄嗟に浮かんだのは、地球での職場。

 個性的な客に対して一人の店員が他の店員に愚痴を零すと、話された方は特に気にしたことは無いはずなのに「そういえば確かにあの人は少し変かも」と悪い方に印象が誘導されてしまう場面を幾度も見てきた。

 そして、今度はその店員に対して、「あのお客にも色々事情があって悪気はないかもしれないよ」と言っても、一度植え付けられた悪印象は簡単には払拭されない。

 負の感情は媚薬のように甘く、容易く仲間を増やしてその心を捕らえて離さない。

 結局、窘めた側に向けられる言葉は「心が広いですね。私には少し無理です」といったような、虚しくて悲しいもの。

 その心中を見ていたかのようなタイミングで、声は響いた。



「今回もそれに似た事例だよ。親しい者が害されると言われて真っ先に怒りが沸いた。敵を排除しなければならない、って。

 現場を見聞きしてたスピリットも同じ怒りを覚えたせいで感情は一気に増幅されて、精神が本人たちの自覚のないまま融合しかけてしまった。だから、こうしてそれぞれ元に戻った今、二人ともその時の記憶が曖昧になってるんだ」



 なるほどな、と納得のいく説明だった。



「もしサンドラちゃんが止めに入らなかったら、今頃は精神は完全に融合して別の人格が形成されてた。そうなってしまえば、もう元に戻る術はない。

 だから今、こうしてキミたちがキミたちでいられるのはサンドラちゃんのおかげだから、感謝してあげてね」



 ウィンクしていそうな愛嬌のある声で言われた。

 だけど、と浩介が縋りつくように助けを求める。



「それじゃあ、俺はずっと感情を抑えて生きていかなきゃいけないのか?そんなの出来るわけがない。怒ったり泣いたり喜んだり、それって自然と心から沸いてくるものだろ。抑えようがない」


「そうだね、その通りだよ。それを解決するには、キミとスピリットの同調バイパスを切り離す必要がある。この手段は、以前の辛うじて人間だった時のキミなら不可能だったんだよ。

 絵の具を思い浮かべて欲しい。白が人間のキミ、黒がスピリットだとする。その二つが混じって灰色になっているのが少し前までのキミ。そこから黒だけを取り除くなんて事は出来ないよね。

 でも、聖石に触れてマナを受け取った今、キミは黒に造り替えられた。もはや、その存在を構成しているのは私たちと同じモノだからね。そして黒を黒から分離させても、結局は何も変わらない。そういう事。

 もし切り離さずにこのまま物質世界に戻ってしまった場合、再びキミとスピリットの精神は融合し始めてしまう。それを回避するには、今この場で解離させるしかないんだ。」



 辛うじて人間だった時、それが意味する一つの答え。



「不老不死……」


「そう、キミはすでに人間ではなくなってしまったんだ。どんなに辛くて痛くて苦しくても、死ぬことはできない。だけど、私は良かったと思ってるんだ」



 同情の言葉でも出てくると思っていたのに、真逆に肯定されてしまった。

 それが理解できない。



「どうして?」


「一つは、マリーレイアちゃんが見た未来を歩まずに済んだ。そして、もう一つは……」



 勿体ぶったように溜めて焦らす。

 合言葉のように自然と浩介は聞き返す。



「もう一つは?」


「キミと一緒に歩いていけるから、かな」



 照れくさそうな声音で、まるで告白でもしているかのような甘い言葉。

 これはどう受け止めたら良いのか正解が分からない浩介は、困惑して無難な言葉を選んでしまう。



「え、っと、そっか。人間じゃなくなったけど、一人ってわけじゃないのか。それは俺も嬉しいな」


「ええーっ!そこは『俺もキミとずっと一緒にいれると思うと嬉しいよ』とか言う場面じゃないのおっ?!」


「え、いや、だって俺、あなたの事何も知らないし。声は女性だけどネカマの可能性とかあるし。俺、同性愛者じゃないし」


「ひっどーいっ!乙女に向ってそういうこと言うかなあっ。いつか私の超絶美少女っぷりを見て後悔するがいいさっ!」


「まったく、こういう時にモテる男ってのはどう返してるんだろうなぁ」


「……すまないが、乳繰り合うなら他でやってくれないだろうか」



 どうやらこの中で一番まともなのは声の主だったようである。

 浩介はこの気の置けないようなやり取りに、猫又やのど飴らとの思い出が蘇った。

 あの場所にもう一度帰れるのだろうか。

 女性の声は一つ咳払いをして、仕切りなおす。



「と、ともかく、キミとスピリットを切り離す作業を始めよう。良いかい?」


「い、痛くはない?」



 宝石関係ではロクでもない事ばかりが体に起こる。

 あの激痛にまた襲われるのではないかと恐怖で一杯だった。



「貴君というやつは……情けない」


「いやお前、あれを経験してないからそんな事言えるんだからな?」



 泣き言を言うなと叱咤が飛ぶが、震える声であの痛みの異常さを必死に訴える。

 そんな逃げ出しそうな浩介の心を繋ぎ止める言葉が降臨する。



「大丈夫、心配ご無用。体に流れるエネルギーを放出するイメージをするだけで終わるから。ただ、その変化に馴染むまで実際のキミの体は眠りにつく。

 そして、次に目覚めた時は元の世界。だから、私たちとは暫しの別れだ」


「そうなのか。でもその言い方だと、また会えるんだろう?」


「もちろん。本当の姿での再会を楽しみにしているよ。さあ、始めよう」



 目を閉じて深く深呼吸し、何も感じない体のエネルギーの流れを妄想した。






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