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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
113/234

#113_演説


 聖マリアス国・ヴィネール広場。

 それは大聖堂への参道の途中に分岐する、島の内側へ伸びる街道の先にある。

 港方面以外から大聖堂に向かうなら、必ず通過することになる広場。

 数万人も収容できそうなこの円形の広場は、外縁を取り囲むように巨大なマリアス像がいくつも建てられいる。

 広場の中は、移動に疲れた礼拝者が足を休められるように飲食店に休憩所、湯浴み施設がある。

 普段であれば店の他に、こっちの蜜は甘いぞと巡業する商人たちが怪しい笑みを湛えながら客引きをしているのはずの信徒憩いの場。

 今日は午前の露店出店を禁止し、代わりに厳めしい顔をした兵士や司祭たちが大工たちと連携して、広場中央のマリアス像の前に突貫工事で舞台を設営していた。

 大司教演説の噂を嗅ぎ付けた大勢の国民が待ち遠しそうに見守る中、舞台は正午前に完成した。

 民衆が舞台に近づきすぎないよう、舞台との間に警備兵が何十人と横一列に並び、規制を敷く。

 今か今かと大司教の登壇を待ち望む民衆の数は、軽く見積もっても二万人以上。

 客席もない平面上の広場は、後方になればなる程に登壇者の姿は見え辛くなり、拡声器もないこの世界では当然声も遠くなる。

 ゆえに少し工夫をして、登壇者の声を司祭たちが最後列まで一定の距離毎に立ってやまびこをする。

 それだけを見ても、この国は国民の行動基準レベルでマリアス教が信仰されていると窺える。



「(俺のようにマリアス教によって大切なものを奪われたやつらはこの中にもいるだろうが、誰も声を上げられない。この国は本当に腐ってやがる)」



 広場の中間ほどの場所で渋い顔をしながら前方を睨んでいると、一人の司祭が舞台に登壇した。



「この場にお集りの敬虔なる信徒の皆さま、突然の呼びかけにも関わらず大勢の方に見守られながら集会を開催できる事に深く感謝致します。これはひとえに日頃からの皆様の高い信仰心の為せる業で……)」



 壇上で最初に挨拶をするのは高位の司祭で、民衆は真面目にその言葉に耳を傾けていた。

 デルフはぼけーっと耳をほじっていた。

 つまらなそうに空を流れる雲を眺めながら適当に聞き流して、大司教の登壇を待った。

 司祭の話が終わり、ついに大司教が入れ替わりで壇上に立つ。

 拍手喝采を浴びて、それを軽く手を上げて制する。

 デルフはあくびを噛み殺すと、殺意の満ちた目で登壇者を見る。

 壇上の大司教は、信者の目には指導者として相応しい凛とした佇まいに映り、裏切られた者の目には信者を騙す為のパフォーマンスにしか映らなかった。

 数多の崇拝にも似た視線を受けながら、大司教は言葉を発した。



「昨夜、この国に我らの神に敵対する者が侵入した」



 開口一番、核心に触れてきた。

 大きなどよめきが起こり、皆は周囲に目を配らせて不届き者が付近にいないかと疑うが、もちろん見た目で区別できるはずもない。

 大司教が手で制止して再びざわめきを収めてから、言葉の先を続けた。



「その者らは、修験者見習いの少女と、秘密裏に亡命を果たしていた敵国のガルファ国王を拉致した。

 少女は非常に勤勉で、教会内でも将来は大聖女とも囁かれる程に素晴らしい子であった。

 そしてガルファ国王。

 彼の国とは司祭バルガントの送還を巡って交渉していたが、国内における権力は貴族たちの手中にあり、ついには国王を亡き者にせんとの動きが見られたため、救いを求めて亡命された。

 貴族たちは連れ去ったガルファ国王を自国内で暗殺。それを自然死に見せ、堂々と国を我が物にする算段であると思われる。

 信仰する宗教も国も違えど、俗物に支配される民たちを見過ごしては、慈悲深き我らが神マリアス様は嘆き悲しまれるであろう」



 大仰に両手を広げて民衆へ訴える姿がデルフの目に映る。

 よくもまあ、ぬけぬけとここまで嘘をでっち上げられるものだと呆れを通り越して感心していると、隣から耳を疑う呟きが聞こえた。



「よくもまあ、ぬけぬけと……」



 驚いてそちらを見ると、その姿でその発言は大問題だろうと言いたくなる出で立ちだった。



「シスター、あんた……」



 無意識のうちに出た言葉だったのか、シスターも驚いて苦笑いを浮かべてどうにか弁明を図る。



「あ、いえ、これは、そのぉ……あっ、そうです!よくもぬけぬけと少女と王様を攫ったものだなぁ、って!」


「そ、そうか」



 あ、そうです!って何だよ。

 目を泳がせながら言う、取って付けたような白々しい言葉。

 もしや同じ境遇の者かとも怪しんだが、決定的な証拠がなければ腹を割って話せない。

 大司教の言葉は尚も続く。



「幸い、賊がこの国を出た形跡はまだ見つかっていない。監視体制の強化に教会の者、警備兵、志願兵を総動員してはいるが、まだまだ人手不足で万全ではない。

 そこで、皆に頼みがある」



 嫌な予感がして、僅かに眉間に皺が寄る。

 大司教は一呼吸置いてから、声色に重みを持たせて言った。



「ガルファ国王と、この国の宝である少女を一刻も早く救うため、力を貸して欲しい」



 民衆が固唾を呑む音が聞こえてきそうなくらいに場は静まり返り、そしてその言葉は信徒たちの心に深く刻まれた。

 そんな中、民衆の一人が拍手をすると、広場は瞬くうちに手を叩く音で満たされた。

 大司教は感慨に浸った様子でこの場に集まった者を十分に時間をかけて見渡し、手を上げて拍手を止ませた。



「貴方たちの、マリアス様への厚い信仰心に感謝する」



 胸に手を当てて軽く頭を下げると壇上から降り、演説は終わった。

 次に壇上に上がったのは数名の司祭。

 島内を警邏する班分けや区域の割り当て、区域毎の責任者などの具体的な話だった。

 マリアス教と反目しているデルフは当然ながらさらさら手伝う気などなく、その場を後にした。

 その際に、隣にいたシスターが気になって横を見ると、すでに姿はなかった。

 大司教の演説拝聴という予定外の道草をしてから帰宅し、ガルファに買って来た薬を飲ませてから演説の内容を話した。



「事実を都合の良いように歪ませて辻褄を合わせてきたか。奴ららしい」



 殊更窮した様子もなく、当然のように受け止めているガルファを見て気勢が削がれた。



「なんだ、全然大したことない風にしてるじゃねえか」


「一度、身をもって思い知らされたからかもしれぬな。口が達者な輩は面白いほどに人を操れる。この国の最高権力者がその才に恵まれているのを見ると、ついマリアスを信じてしまいそうになるな。贔屓が過ぎる邪神かもしれぬが」



 悟っているのか諦めてるのか判別の付かない笑い声をあげた。



「これも、肝が据わってるっていうのか?」



 デルフが困ったように軽口を叩く。

 それに対して軽く笑うと、思い出したかのようにガルファは話し始めた。



「そういえばその少女に会ったが、到底物事に励める環境で育てられたとは思えぬな。見ていて痛ましいほどに痩せ細り、不衛生な部屋に押し込められていた。余の言葉も届かぬ程に心が砕けておって、痛々しかったぞ……」


「ひでぇ話だ……あの教団の奴らは、信仰心と引き換えに人の心ってもんを差し出したんだろうぜ」



 顔を歪ませて嫌悪感を露わにして吐き捨てる。

 ふと、ガルファは一つの事に思い至った。



「いや、待たれよ。確か、そなたの息子たちは五年前にこの世を去ったと申したな?」


「ああ、それが?」



 過去を思い出し、言葉に険を帯びてしまうがガルファは意にも留めずに確認する。



「孫娘は当時五歳になったばかりだとも。それから更に五年経った今では、生きているとすれば十歳。違いないか?」


「ああ、その通りだ。生きていれば、な……」



 確認が済むと、ガルファは一度自分の考えに間違いは無いかと手元に目を落としてから、デルフの目を見て言った。



「あくまで可能性の一つとしてではあるが……もしかしたら、そなたの孫は生きているやもしれぬ」



 思いも寄らぬ言葉に目を見開く。

 期待を持ち掛けたが、家の中と道中で見た血だまりの光景が思い起こされ、デリカシーのない冗談を宣ったガルファへ怒りを向ける。



「あんた、言って良い冗談と悪い冗談の区別もつかねえのか?いくら王様だろうが、もう一遍言ったらぶん殴るぞ」


「冗談など余は言わぬ。大聖堂と呼ばれた建物の地下で出会った少女が、丁度十歳前後だったのだ。それも、長年そこで生活を余儀なくされていたような空間におった。」



 真剣に訴えかける眼差しを受けて、信じ難い言葉に動揺が走る。



「まさか、そんな……」



 憎しみに囚われていた心が僅かに自由を得て、凝り固まった思い込みがほんの少し融解し希望を抱く。



「いや、そもそもどうしてディーンとレイアを殺した?」


「ふむ、それにも何かきな臭いものを感じるな。事はそう単純ではないやもしれぬ」





 ガルファとデルフが会話しているのと時を同じくして、シスターと占い師と犬も大司教の演説についての話をしていた。



「なるほどのう、そうきたか」


「ここ、見つかりませんか?」


「分からぬ。早々にここを出て、絶えず移動して見つからぬようにするかのう」



 かつてマリーレイアの父親たちが使っていたベッドで眠る浩介を見遣る。

 視線の先を追ったシスターが項垂れる。



「……難しいですよ?」


「で、あろうなぁ」



 溜め息を吐いて頭を悩ませていると、マリーレイアがおずおずと言い出した。



「あの……ここ、地下ないですけど、隠しとびら作って地下室ってつくれない?かんたんじゃないかもしれないけど……」



 占い師はポンっと手を叩いて人差し指を立てた。



「それじゃ!使わぬに越したことは無いが、無ければ万が一の時に手詰まりじゃ」



 シスターを凝視する。

 そして、察する。



「……私がやるんですよね?」


「ん?当たり前じゃろう。こんなか弱い子供にさせる気か?」


「ですよねー。掃除始めますねー」


「時間がないから早くのー」


「ワンッ」



 占い師はシスターが街で買って来た果物を頬張りながら、犬を膝の上に乗せててきぱきと働くシスターを眺めるのだった。






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