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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
108/234

#108_暴走


 浩介の喉元に亜戯斗の剣の切っ先が触れるか触れないかの瀬戸際、浩介の放った掬い上げの斬撃が肘を捉え、腕があらぬ方向へ折れ曲がった。



「いてええええええっ!」



 骨折の痛みに耐えきれず、無事な左手を折れ曲がった肘へ添えて数歩後退る。

 浩介が普段の冷静な状態であれば、大怪我をさせてしまったと狼狽えて詫びの言葉を連ねたはず。

 今はただ、冷たい目を向けるだけだった。

 痛みに喘いで無防備な体へ容赦なく追撃をかける。

 屈む体勢からの横薙ぎで、今度は両膝を圧し折る。



「ああああああああっ!」


「亜戯斗っ!」



 犬や猫のような足の曲がり方をして仰向けに倒れた。

 ものの一瞬で戦闘不能にまで追い込まれた。

 だが、まだ終わらない。

 すかさず馬乗りになって刀の柄で思い切り鎖骨を穿つ。

 骨の砕ける音がした。



「いああああああああっ!」



 自由に動かせるのはもはや左腕と腰部、そして頭部のみ。

 亜戯斗が今できるのは、喚き声を上げて痛みが引くのを待つ事だけだった。

 浩介は亜戯斗に関心を失い、馬乗りのまま冷めた蒼い目を竜也へ顔を向けた。



「……お、おい、お前、なんなんだよ。本当に俺らと同じなのか?」


「さて、俺がここでお前に、宝石を渡せと要求しても卑怯じゃないんだよな?」


「っ」



 竜也は考えた。

 アサルトライフルを撃ち込んで浩介を退かせ、その隙に亜戯斗の元まで行って逃げ切れるか。

 だが、見えない壁の存在は厄介だ。光弾を防がれたら後はない。

 ここはとりあえず口先だけでもいいから謝罪し、頭を下げて許しを請うべきだろうか。

 いずれにしても、竜也には大人しく宝石を渡すという頭はなかった。

 迷っていると、浩介が先に口を開いた。



「いや、それをお前に聞くのは違うか。こいつに聞くべきだな」



 浩介は亜戯斗から離れてヒールを施す。

 緑色の温かい光が骨折をいともたやすく修復する。

 絶叫は止み、肩で息をして立ち上がって浩介を睨みつけた。



「てめぇ……ふざけやがって、ぜってえ殺すっ!」



 再び双剣を手に取り、真っ向から向かって行く。

 今までで一番速く駆ける。

 対する浩介は棒立ちのまま。

 斬りつけられる寸前になってから浩介は反応し、横薙ぎの短剣に対して刀を縦にして防御しようとする。

 しかし、寸前で亜戯斗はしゃがみ込んで浩介の視界の外から脛を目掛けて刃を振った。



「ザコがよおっ!」



 この間合いではガードは間に合うはずがない。確実に肉を切り裂く。

 そのはずだった。



「っ?!いねぇっ」



 瞬きの瞬間で浩介は姿を消していた。

 空振りした姿勢を戻す間際、背後に気配。

 刀が上から右肩に叩きつけられた。

 そこかと思った時には遅かった。



「亜戯斗、後ろだっ!」


「あがああああああっ!」



 竜也の警告は間に合わず、またもや骨が砕けて腕がだらりと下がる。

 怒りに歯をぎりぎりと軋ませ、肩口を押さえて振り返る。



「てめぇ、騙しやがったなあああっ!」


「騙す?まあ、自分を中心に地球が回ってると思ってるお前にはそう映るのかもな。さあ、これ以上痛い目に遭いたくなければ宝石を渡せ」


「くそがっ……」



 歯を食いしばって痛みを堪え、短剣を強く握る。

 憎しみの籠った目でこんな目に遭わせた相手を睨む。



「殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す……」


「そうか、その気はないか。では、この言葉をそっくり返そう。お前が言った言葉だ、有難く受け取れ……。ザコが、やれるものならやってみろよ」



 言い切ると同時に浩介は刀を消して空手になった。

 完全にコケにされて頭に血が上り、雄たけびを上げながら力任せに襲い掛かる。

 亜戯斗が攻撃の予備動作に入った瞬間、浩介は一瞬にして距離を詰めて鳩尾に拳を叩き込んだ。



「かはっ……」



 無理やりに酸素を吐き出されて、壁まで吹き飛ばされた。

 したたかに壁に体を打ち付けられたが、攻撃はまだ終わらない。

 亜戯斗が反応できない速度の拳で顔面、胸部、腹部のあらゆる場所を乱打する。

 浩介はガードしようと上げた腕ごと弾き、彼はサンドバッグと化していた。









 人が殴られ続けて足が体が宙に浮いている。

 マリーレイアは恐怖に体を震わせた。



「怖い……」


「あやつ、もしや……」



 聖石から聞こえた占い師のその声は険しく、浩介が怒りで我を忘れつつあるようだと言う。

 それは、単純に理性の枷が外れかかっているというわけではないらしい。

 マリーレイアはいくら恩人といえど、残忍な人間と分かれば恐怖の対象になる。

 もし、彼の機嫌を害してしまったらと考えると、怖くて仕方がない。

 嬲られ続ける亜戯斗を憐みの眼差しで見ていると、上着の胸元からペンダントが零れて現れた。

 そこに嵌っている宝石は、灰色掛かっていた。



「あれは……」



 占い師のさらに険しい声。

 濁り切った宝石は殴られ続ける間にもその黒さは濃さを増し、オーラが周囲を浸食してきているようにも見えた。

 それから少ししてから浩介はピタリと攻撃の手を止めた。

 亜戯斗は人形のように力なく地面に落ちる。

 浩介は再度問いかけた。



「もう一度聞く。また回復させられて同じ目に遭うのと、宝石を手放して見逃されるの、どっちがいい?」



 しこたま上半身を殴られ肌の露出している箇所が赤く腫れあがり、凶暴さを見せたあの目も瞼が大きく腫れて隠れている。

 全身から抵抗する力を奪われたまま、虫の息で呟く。



「……クソッ、タレが」


「そうか」



 浩介はヒールを施して回復させると、屈んで目線を同じ高さにして話しかけた。



「お前を甚振って俺の望む答えが返ってこない限り、また同じことを繰り返す。お前らの価値観で言うなら、それは卑怯でもなんでもないんだろう?」


「てめぇ……」


「……いや、やめた。その繰り返しは時間の無駄っぽいから方法を変えよう」



 浩介は亜戯斗へ向かって、ただ手を翳した。

 しかし、何かが起きた気配はない。

 亜戯斗が立ち上がろうと上体に力を入れた時、その認識は間違っていると気付いた。



「体が、動かねえ……っ?!」


「壁を作る応用だ。お前の形にはめ込んだ」


「クソがっ!」


「話し合いが出来ないなら、出来るようになるまで待つしかないからな。少しは頭を冷やせ」



 もう用はないとばかりに踵を返して、今度は竜也へ向き直る。

 怒りで強張った顔を緩め、シスターへ話しかける。



「あ、もう大丈夫だから戻っていいよ」


「はい、ご命令のままにっ」



 シスターははきと答えて光と共に消えた。

 坂道を転げ落ちる様に、気付けば竜也たちは気付けば窮地に追い込まれていた。



「降参する?」



 亜戯斗や竜也も夢にまで見た異能の力。

 この無敵とも思われる力を使えば何でも思い通りにでき、好き放題豪遊し放題の人生を送れるはずだった。

 それがまさか、こんなに早く障害が立ち塞がるなんて思ってもみなかった。

 まさに、生か死か。

 豪遊する人生に命を懸ける程の意地はなく、選択の余地はなかった。

 アサルトアイフルの銃口を下ろし、惜しむように言葉を吐く。



「わかった、お前の言う通りにし……」


「降参する必要はねえ、こいつは俺らに勝てねえ」



 浩介は半身になって亜戯斗を見る。

 そこには笑いを堪えきれず喉を震わせる姿。

 何かに気付いたかのようにすっきりとした顔でもあった。



「てめぇ、さっきから宝石がどうのとか言って脅してるけどよ、そりゃなんでだ?」


「お前らが自己中で頭の悪いゴミだから、それを分からせようと……」


「やっぱりてめぇバカだな。俺らはやりたい事をやってるだけだ。てめぇだってきれいごと言ってるけど、結局は自分の価値観押し付けてるだけじゃねえか。

 偉そうにモノ言える立場じゃねえんだよ」


「いや、全然違うだろ……。はあ、駄目だ、そもそもの頭の造りが全然違うから話にならないのか」


「どれだけ俺らを脅そうとこの力は渡さねえ。これで俺たちの勝ちなんだよ」



 浩介にはどういう意味か理解できなかったが、竜也はすぐに気付いた。

 ニヤリと口を歪めて軽く笑う。



「なーるほどね、そういうコトか」


「くっくっくっ、場数が違うんだよ」



 何かがおかしい。

 何かを見落としているようで、何かを失敗したような感覚。



「教えてやろうか、おぼっちゃんよぉ」



 その言葉に答えることすら癪に障り、代わりに鋭い眼光を向けた。



「力づくで奪えばいいのに、てめぇはそれが出来ねぇ」



 ペンダントから剥き出しの宝石に触ってしまえば、またあの気が狂いそうになる激痛に襲われるかもしれない。

 最悪、今度は耐えきれず死ぬかもしれない。だから、触れられない。

 それを知らない亜戯斗は、もう一つ別の答えを突きつけた。



「俺たちを殺して奪えばいいものを、それができねえ。殺す度胸もねえ。もうすぐこの騒ぎを聞きつけたここのヤツらが集まってくる。俺たちはそれを待ってればいいんだよ!」


「っ」



 殺害。

 人として決して越えてはいけないライン。

 それを超えてしまえば、二度と元に戻れなくなる。

 救出部隊は任務遂行のためとはいえ、幾人もの異世界人を殺めた彼らの心の内はどうなっているのだろう。

 必要に応じて人の命を奪う事を、もはや作業として認識しているのだろうか。

 それとも、眠る間際に思い出しては心に傷を作り続けるのだろうか。

 もし一般人の浩介が一線を越えてしまった場合、どうなってしまうのか想像もつかなかった。

 ただ、踏み止まらなければいけないとだけ思っていた。



「あーあ、こんな最悪な事に巻き込まれちまったら、あとで発散しないとやりきれねぇわ」



 この狭い地下に増援が来てしまえば、脱出は困難。

 ここは宝石を諦めて二人を拘束し、早々にマリーレイアを連れて脱出するしかない。

 身を翻してマリーレイアに向けて歩きはじめた時、亜戯斗が更に言葉を続ける。



「そういえば、てめぇの妹かなりイイ体してたよなあ?この後に相手してもらうってのもアリだな。あの服の下、早く見てぇなあ触りてえなあ」



 足を止めた。



「んだよ、お前あのちっこいのが狙いだったんじゃねぇの?」


「気が変わった。コイツにやられた分は妹に償わせる。じゃねえと、ワリに合わねえだろうがよ」


「じゃあ、俺はお前が狙ってた子にしてもらうかな」


「終わったら交換な」


「オッケー」



 蒼い瞳は、この世界を映すのをやめた。

 顔から感情がすっと消え、冷たい能面のようになった。

 マリーレイアはその時の浩介の目を見て、あの光景がフラッシュバックした。

 世界の終わり。



「……だめっ」


「あんの馬鹿者がっ、簡単に影響を受けよって!」



 マリーレイアが制止の声を上げ、占い師が浩介の未熟さに憤る。

 浩介に二人の声は届いておらず、ただ静かに亜戯斗へ振り返って刀の切っ先を無造作に向ける。

 その刀身は、黒い霧のオーラを纏っていた。

 夢遊病でも発症しているように朧気な足取りで亜戯斗へ近づく。



「あ、怒った?また殴る?でも残念。その分てめぇの尻拭いは妹にしてもうからよお、はぁーっはっはっ!」



 その言葉も聞こえていないようで、眉一つ動かさない。

 ついに亜戯斗の目の前まで来た浩介は、腹部へ向けて流れるようにゆっくりと刀を突きだした。






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