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パンドラの壺~最後に残ったのはおっさんでした~  作者: 白いレンジ
異世界ノ章 ~運命の出会い~
105/234

#105_ VS 適正者(1)


 穏やかな時間の中で両親との最期の別れを終えた私は、そよ風の吹く野原で膝を折って泣きはらした。

 どれくらい泣いていただろう、十分か一時間か。

 服の袖で赤く腫れた目元と洟の垂れた口元を拭って、ゆっくりと立って両親が立っていた場所を見た。

 まだ記憶に新しいその顔を鮮明に思い出そうとすると、その時の声や言葉も蘇って再び泣きそうに顔を歪んでしまうけれど、二人が指し示したドアを思い出した。

 野原に立った真っ白なドアは酷く不自然で気味が悪かったが、禍々しいものは感じなかった。

 ただ、そこでドアを開ける者を待ち続けているといわんばかりに。

 これはいつもの夢じゃなくて、よく分からないけれど夢と現実とあの世をごちゃまぜにしたような場所なんじゃないかって思った。

 だったら、ここでずっと途方に暮れていても何も変わらない、そう思ってドアに向って歩き出した。

 そして、ふと自分の心の変化に気付いた。

 今までなら、草と土以外何もない場所に永遠にいたとしても何にも感じることなく死ぬのを待っていたと思う。

 でも今は、今を変えようとしている。

 本当にこれでいいのだろうか、辛い思いをしなくてもいいのは本当なのだろうか。

 期待と不安。

 両親の言葉を思い出した。



「パパとママを信じて」



 それだけで、不思議と心が軽くなった。

 ドアの前に立ち、ひんやりとするドアノブに手を添える。

 手首を捻って押せば、それで終わり。

 でも、ここにいればまた二人に会えるかもと思い、ドアノブを握ったまま後ろを振り返る。

 誰もいない。

 そこまで期待していたわけではないけれど、本当にもう会えないのだとようやく実感した。

 それなら、二人が私に願う私にならなければ。

 じゃないと、私は二人を裏切る事になってしまう。

 それだけは絶対に嫌だ。

 私は、二人の遺した言葉たちを心に刻みながら、ドアを開けた。





 聖石と青い宝石が放つ光が消えた。

 目も開けられない眩しさはほんの数秒程度だったが、試みの成否が気になり何倍にも長く感じた数秒だった。

 占い師と浩介と犬は、急いで少女の様子を見る。

 生気の全くない虚ろな瞳に微動だにしない四肢。

 駄目だったかと肩を落としそうになった時、犬が吠えた。



「ワンッ!」


「っ!」



 占い師が反応して少女の瞳を見つめると、じわじわと虚無に満ちていた瞳に生気が戻り始めた。



「おおぉ!」



 酷く安堵し力が抜けた。

 浩介もほっと息を吐いて、少女が感情を取り戻したことを喜んだ。



「良かった。言葉は話せるかの?」



 体を抱えられたままの少女は、警戒しながらも小さく頷いた。

 占い師は焦る心を押さえつけ、言葉はゆっくり紡ぐが声は上擦っていた。



「まずは名前を話せるか?」



 少女は赤子のように口を少し開けたり閉じたりしてから、掠れた声で辛そうに名乗った。



「……マ、リー、レ、ィア」


「うむ、良い調子じゃ。じゃが、ちと体が衰弱し過ぎておるな。早くここから出た方が良いじゃろう」



 そこで浩介が口を挟む。



「次は、あのプレートに手を乗せるんですね」



 その言葉を聞いた少女は、体はビクリと跳ねて顔を震わせ拒絶する。

 どうやら地雷を踏んだらしい浩介は、出しゃばったのを悔いた。

 安心させるように、占い師は柔らかい声で語り掛ける。



「怖がらんでも大丈夫じゃ。ほれ、前とは違って、ここにはあの怖いおじさんたちはおらんじゃろう?まぁ、代わりに威厳や風格とはとんと無縁な冴えないヤツがおるがの、はっはっはっ」



 マリーレイアは目だけを動かして、ここで初めて浩介を見た。



「こやつもマリーレイアを助けるために力を貸してくれた。信用しても良いぞ。……ん?いや、そもそもわしの事は覚えておるのか?」



 じっと占い師の目を見つめて記憶を掘り起こす。

 少しして、力なく頷いて一言発した。



「ここ、で、ぁった、ひと……?」


「おぉ、覚えておったか。あの時は何も出来んですまなかったのう」



 過去に何かあったようだが、今は悠長に思い出話に花を咲かせられる場面ではない。



「積もる話は後にした方が……」


「そうじゃな。マリーレイア、力を貸してくれるか?」



 この短い時間で完全に信じるというのは難しいだろうが、少なくとも目覚めたばかりのその目でも二人は悪人には映らなかったので頷いた。

 何よりも、あの時以来出会った大人と違って優しくしてくれている。

 あの世界で両親が信じろと言った人たちというのは、この人たちなのかもしれない。

 浩介がマリーレイアをお姫様抱っこでプレートの前まで連れて行く。

 マリーレイアが手を当てようとした時、部屋の隅から大声が聞こえた。



「おいこらてめぇ!何しやがったっ!耳がいてぇんだよっクソがっ」


「まさか、生きてる間にスタングレネードを受けるとは思わなかったなー」


「スタン……トルネード?ってなんだ、さっきのヤツか?」


「トルネードじゃなくてグレネード。強烈な光と爆音で目と耳を一時的に麻痺させる武器。自衛隊の仕業だろうね」


「トルネードだかレモネードだか知らねぇよ。とにかく、まずは一緒にいたコイツら殺す」


「一緒にいただけで殺すって、メチャクチャすぎね?」



 片や怒髪天を突く形相、片やそれを面白おかしく揶揄する者。

 この時、浩介の前にはっきりと適正者二人は立ちはだかった。

 占い師は苦虫を噛み潰したような目をして小さく嘆く。



「間に合わんかったか……」


「こうなっては止むを得ません。俺が何とか時間を稼ぐので、その間に」


「分かった。じゃが不死身になったとはいえ、無敵になったわけではない。あやつにどっちかの相手でもさせれば、この場はどうにか凌げよう」


「ええ、そうですね」



 マリーレイアを占い師に預けると、浩介は戦いの巻き添えを与えないように二人から距離を取った。



「なにごちゃごちゃ言ってたんだよ、おい、そっちの覆面ヤロー、てめぇもだ。シバくぞこら」


「あの二人はお前たちに何もしてないだろ、八つ当たりはやめろ」


「あぁん?てめぇ何様だ、俺に指図すんなよマジで殺す」



 その時、浩介の後ろにあるプレートにマリーレイアの手が触れた。

 台座に複雑な幾何学模様が迸り、聖石が強く光を放つ。

 マリーレイアの体も、薄い光に包まれた。



「な、何だ?てめぇら、何しやがったっ」


「すまぬ、まだ時間がかかる!この光が収まるまで頼むぞっ」



 赤島亜戯斗の声に被せて占い師は声を張り上げて浩介に伝えた。

 言葉を背中で受け取り、目の前の二人の所業を思い出す。

 理津に対しての不躾な態度。セレスティアに暴力を働き、ガルファを敵国に売り飛ばそうとした事。狼藉自体の数は多くはない。

 だが、この二人は危険すぎる。みんながベースキャンプにいたままだったら、レイプされていたのは間違いない。

 そう思うと、怒りが沸き上がる。



「……欲望に任せて暴力を揮って、好き放題勝手気ままなその生き様。こんなヤツが人よりも長生きするのは害悪でしかない。ここでその芽を摘む」



 浩介の言い方がおかしかったのか、不町竜也はくつくつと喉を震わせる。



「くっくっ、なんか凄い廚二病こじらせてない?言ってて恥ずかしくない?ヤバイ、聞いてるこっちがハズいんだけど。共感性羞恥ってヤツ?」


「っていうか後ろのヤツら、なんか気に食わねぇ。俺らガン無視してなに勝手してやがんだコラァ!」



 啖呵を切った亜戯斗は、能力を使って占い師へ向かって飛び出した。

 その目には浩介の姿はなく、まっすぐに占い師とマリーレイアのみを見据えていた。

 だから、容易かった。



「行かせるわけないだろ」



 浩介の脇を通り抜けるか否かという時、亜戯斗の腹部に強烈な回し蹴りを入れた。



「うっ!」



 自身の突進の威力がそのまま乗った蹴りに、体をくの字に曲げて喘ぐ。

 浩介はそのまま蹴り抜き、壁まで吹き飛ばした。

 レンガの壁をハンマーで叩いたような硬い音がした。



「がっ!」



 地面に尻もちをついた亜戯斗は、咳き込みながら立ち上がる。

 吹き飛ばされた亜戯斗を見て、竜也は目を瞠った。



「おい、マジかよ……俺らの動きが見えるのかよ」


「ごほっ、ごほっ、そんなんじゃねぇ、コイツ、俺らと同じだ、ごほっ」


「は、マジで?じゃあ、ビビッて逃げ出したヤツって、コイツか?」


「ああ、間違いねぇ、ごほっ……なんでそんなヤツがここにいるんだよ」


「さあなぁ。だけど、やる事は変わらないから別にいいんじゃない?俺も手を貸すよ、タイマンじゃ不安だし」


「っるせぇ!負けねぇよ!竜也はあのガキをブチ殺せ」


「そう?でもま、それがあいつらにとって一番の嫌がらせになるかもね」



 亜戯斗と竜也の両手に光の渦が出現した。

 それは瞬く間に形を変えて、その手に収まる。



「今度は本気でブチ殺す」


「油断は良くないからねぇ」



 亜戯斗の両手に短剣、竜也の両手にアサルトライフル。

 見た目を重視したフォルムや過分な装飾が施された二人の得物には見覚えがあった。



「なるほど、外道に落ちるようなヤツでも元はオタクだったか」


「……その口、ぶっ潰してやるっ」



 亜戯斗が浩介に向って弾かれた弾丸のように迫るのを合図に、竜也はマリーレイアへ向けてアサルトライフルのトリガーに指を掛けた。

 浩介は右手の平を亜戯斗に向けて空気を圧縮した見えない壁(空壁)を展開し、虚空へ向かって呼びかけた。



「出番だ」



 竜也の指が引鉄を引いた。

 光り輝く不思議な弾丸が銃口から発射され、音速を軽々と超える速度でマリーレイアへ襲い掛かる。

 早くも自分の仕事を終えたと信じて口元をニヤケさせた竜也。

 しかし、光弾とマリーレイアの間に光り輝く靄が一瞬にして現れ、光弾は靄の前で弾けて消えた。



「……は?」



 靄はすぐさま人の形へと変わって正体を見せる。



「この前は私の意思に関係なく戦わされましたけど、天使さまと心を同じくする今、心置きなく成敗して差し上げます!」



 シスターは浩介と同じく右手で光弾を防ぎ、浩介の空壁は亜戯斗の斬撃を拳二つ分開けた場所で押しとどめていた。

 亜戯斗は不可視の壁に一瞬戸惑ったが、そんなの知ったことかと二刀で力任せに何度も斬りつける。

 しかし、一向に浩介には届かない。



「んだ、これはよおっ!ふっざけんなっ!」



 自分の事を棚に上げた身勝手な言葉が聞こえた。

 浩介の怒りの感情が膨れ上がる。



「……それはこっちの台詞だっ!」



 左手に刀を生成してから空壁を解除。亜戯斗の斬撃を掻い潜り、腹部に強烈な横薙ぎを見舞った。






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